第13話「師匠は白銀の騎士」


 扉を開ければ、何やら異彩を放つ純白のフルプレートアーマーが待ち構えていた。

 

「では行くとするか」

 

 声を聴くまではカイルなのかわからなかった。

 全身隈なく覆い隠していることもあって、それが人であるかも怪しい程であった。

 それもそのはず……。


 なんといっても『でかい』の一言に尽きるからだ。

 着ている人物よりも一回り大きい装備は、ゆったりしているのではなく確かな質量を持って身体に適している最も最適な形を成しているからだ。

 それでもこういわざる負えないだろう。

 すべてが規格外である……と。


 『厚み、硬度、密度、質量、純度』これらは偏に多ければ、高ければいいというものではない。

 一歩踏み出すだけで振動が伝わってくる。

 恐らく1t以上はあるだろう。

 それを着こなすこの男はまさに動く壁であり城。『壁将』の名にふさわしいとあらためて思った。

   

 右手には中央に赤いルビーのゆうな宝石が煌く十字架を象った漆黒の盾。およそ50cm程だろう腕から肩くらいをカバーできるようだ。

 左手にはシンプルな銀の五角盾。しかし2m近くあるにも関わらず厚みも親指の長さほどもある。

 重さはやはり1tはあるだろう。

 

 両手に盾を装備するということは即ち、カイル自身が鉄壁の要塞であり戦車だということを意味する。

 これだけ、重量があるにも関わらず歩行に一切の支障は見られない。むしろ軽やかに森を進んでいく為、ついて行くのも至難である。 


「ふぇぇ、なんだか強そう」


 ユイナ同様俺も二度と戦いたくないと思った。

 力の差は分身の比ではないことは、見れば誰でもわかりそうなもので。

 そもそも刃が通るイメージが全くわかない。 


「いくらなんでも、そこまで完全武装でなくてもいいんじゃないか!?」


 俺は明らかに森の中を移動するのには不釣り合いな、容姿に疑問を投げかけた。


「肝心なのは森を抜けてからだ。この森一帯は我の領地にして不干渉地帯として喧伝しているのだが。最近ちょっかいを出す輩が現れたらしい。いつ出くわすかわからんからな。素顔もさらすわけにもいかんし、森を抜けたところに我の屋敷があるのだが正体がわからぬ以上出入りも悟らせたくはない。だかろと言って素人が森を抜けるのは容易くはないぞ」


「実際に視界の良いところでモンスターと戦ってみて、苦戦したんだ。こんな場所で襲われればどうなるか想像したくはないな」


「私もこれだけ樹木が生い茂っていると、魔法による遠距離からの援護は出来そうにないと思う」


「そんなに心配しなくても何とかなるものだって! 杖で粉砕してやればいいさ。あんがい接近戦のほうが強いかもしれないし」


「女の子に向かって腕っぷしが強いって堂々と言えるアマトは、それはそれは怖い物なんてないんだよね……試してみる?」


「魔法頼りにしてるよ!! もちろんモンスターに頼むよ」


「当たり前でしょ。私をいったい何だと思ってるの!?」


 冗談のつもりだったんだけど、ノリがいいのか天然なのかよく付き合ってくれるな。

 その方がありがたいんだけどね。


 森に入る直前で意識がなくなっていたので、現在地が全く分からないでいた。

 人というものは終着点を定めることで効率的に且つ最大限にパフォーマンスが発揮される。

 どこにいるかもわからないとなると逆に不安やミスを誘発しかねない。


「この辺りは森に入ってからどのくらいの地点になるんだ?」


「およそ1、2kmと言ったところだな。万が一の時に破棄捨てて気取られない程度には考えられて拠点を置いている」


 ということは、直線距離で17~18km実際に歩く距離はそれよりも長くなるのは覚悟した方がいい。


 歩くスピードは相変わらず速い。整備された道を歩くのとそうは変わらない。

 カイルが歩く道は、凄まじい重量により押し固められ、木の幹や枝などは容赦なく粉砕していく。 


「俺の勘なんだが、あまり通っていない道を敢えて進んでいるように見えるんだが、やはり侵入者を見越しての事なのか?」


「半分当りだ。基本的には同じ道は敢えて通らないようにするというのは間違ってはいないが、外敵とは直接は関係がない。この森は急激に再生と成長を行う精霊の加護にある類稀な森になっていてな。別段気にすることなく同じ道を通っていたとしても、数日で痕跡なぞ消えてしまう。同じ道を通らないのは規則的な行動は実戦で行動が単調になるのを防ぐためだ」 


 カイルは足を止めた。

 それに倣うように後ろの俺達も足も止め動向を窺う。

 

 先頭を突き進むカイルの正面にコブラのような蛇型モンスターが突如、姿を見せる。

 直立しているだけで4mほどはあろうか。幅も大人二人分ほどはあり全長までは計り知れない。

 

『アスプウラエウス レベル56』

  

 圧倒的な威圧感に俺も、恐らくユイナも動きを封じられているだろう。蛇に睨まれて動けないカエルのようだ。

 一人を除いては。


 蛇は毒液を放つが巨大な盾に弾き飛ばされる。

 数発、毒液を放ったところで、毒液による攻撃無意味だと理解したのだろう。体をばねのようにして、カイルを飛び越え後方の俺たち目がけ飛び掛かってきた。

 

 しかし、辿り着くことはなかった。

 カイルは真上に振り上げた十字架が蛇に触れた瞬間。

 蛇は内部から爆裂し破砕したのだ。


「いったいどうなってんだ? 触れただけにしか見えなかったが」


「周囲から集めた気の流れを圧縮し、内部に流し込んで許容をはるかに上回ったため破裂したのだ。単純だろ」


 簡単に言ってのけるが、ガラスのコップに張った水が溢れるには表面張力が働きすぐには流れない。

 それどころか、せいぜい水だけが溢れるだけに過ぎない。

 カイルは圧倒的な水の量でガラスのコップごと破壊するのとどうようの事を単純なことだと言った。 

 

 表示されたレベルも決して低くはないだろう。

 これが、圧倒的な力の差というものなのか。


「俺に技を……いや違う。生きるすべを教えてくれ!!」

 

 鎧に身を包まれているカイルの表情は窺うことは出来なかった。

  

「お前は何を求める」


 一言。   


「俺が生き残るため」


 俺は、自分が傷つき、誰かのために倒れてそれで満足できると思っていた。

 偽善者のそれだ。

 しかし、自分が命を落とした後のことを放棄する理由にはならないと知った。

 

 俺は倒れる際に、同じく地に伏すユイナを見て確かに感じた。

 諦めるのは簡単だ。それでは目の前の少女が、まだ見ぬ助けを求める人を救うことができなくなる。 

 それなら、無様でも生きて次に繋げる他はない。


 そのチャンスはここでつかみ取る。


「それでいい。我が主を守護することができるのも命あってのことだ。お前は常に選択をしている。場合によっては過酷なものとなろう。しかし、死を選ぶことはするな。死ぬということは後悔することも恨まれることも、妬まれることもすべてを放棄したということだ。それは罪からの解放というなの敗北を意味する。勝者になれなくとも良い敗者にはなるな」  


「よろしくお願いします」

 

「あのぉ。私もできれば肖りたいんですけど……」


「安心せよ。そのつもりだ。こやつ一人でどうこう出来るわけもないからな。それにお前たちは連携がなっておらん。相手がどれほど優れていようが、考える頭の数だけ対抗策は増える。逆もしかり格下だと侮っていては足を掬われることにもなるがな」


「ありがとうございます。足手まといにならないように頑張ります」


 ユイナも交えて森を抜けるまで実戦形式で教えを乞うことになった。

 森を抜けるまでと、与えられた時間は僅かしかない。

 それでも、できうる限りのことは全てする。

 

 全てをものにするために……。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る