第11話「同じベッドで寝る……だと!?」
俺とユイナの装備をおもむろに指さすカイル。
真剣な表情になり室温が一気に下がったような気がした。
「お前たちと手合せして、感じたことを言おう。あの装備の本質が何もわかっていなかったようだな。無論、それを知ったからと言って何かが変わっていたとも思えんがな」
「仕掛けとだけ言われた……。『無理はしないように』とも」
ジルに言われたことはカイルとの戦闘のことを指して言ったのだとこの時に思い知った。
それもそのはず。無理をしなければならない状況など、五万とあるだろうがそれを敢えて口にする以上すぐにその場面に立ち会うとということ。
まさに、先が見えていないと的確に当てて見せることなどできはしない。
「装備というものは使用者の能力に応じて適したものへと、変えていくのが定説だと言われている。どれだけ、強靭な肉体があろうとも装備が貧弱では耐えられず瓦解してしまう。剣であれば素振りをするだけで摩擦で消えてなくなる何てことも珍しくはない。逆に能力に乏しいものが優れた装備を纏ったところで、成長を阻害すればいいほうだ。各上に勝てると勘違いをし、無残に死ぬなんてことにでもなれば取り返しはつかないからな。しかし、お前たちの装備に施された仕掛けというのはそのどちらにも該当しない」
「優れても、劣悪でもないってことか。いや、根本的に違う……」
「味わったのだろ? あの感覚を。あれは、主の精気と血を吸って成長する生きた装備だ。目には見えない細かい糸が主と装備を繋げエネルギーと血液を循環させる。一体となった状態であれば、まるで素肌のように研ぎ澄まされた感覚に繊細な動きが実現できると言われている。そして、主以外を認めない。盗賊が生きた装備に滅ぼされたという伝承もあるという」
「生きた装備はこの世界では珍しいものではないのか?」
俺は疑問を口にしてみる。
「我も実際に見るのは初めてだ。無機物に命を吹き込むなど常人のそれではないってことだ。古より伝わったような年代ものであれば時間経過により命が芽吹くことがあるとも謂われるが、そのようなものがやすやすと手に入ることなどあるまい。我も実際に作られた経緯まで把握はしておらぬが貴重なものなのは確かだ」
「いくら貴重だからと言って危うく殺されかけたんだぞ。そんな危険な装備を今後も纏うなんて、冗談じゃない」
「本心ではそうは思っておるまい。ユイナの考えていそうなことを代弁したといったところか。臆病を演じることはない、貪欲であれとはよく言ったものだ。これから先生き抜くためには、命への執着を意識することは避けて通れまい」
こちらの心の内を見透かすように、視線に射抜かれた。
先生に説教でもされている気分になる。実際に師匠がいれば、こんな風に諭されていたのだろうか。
「答えてやろう、装備はお前たちを主と認め、主を守るという意思が働き一体化を促進させた。どのみち主なき装備など存在意義などないからな。結果的にお前たちは装備と急速に一体化を果たした。要するに馴染んだということだ。そして、そのままでは失われた体力により数日は眠り続けることになっていただろう。それでは短縮された時間が無駄になってしまう。したがって装備を外してそこに並べておいたわけだ」
まるで、呪われた装備のような話だと思いはしたが自分の能力の成長に合わせて、その都度装備を新調しなければならない手間を考えれば、合理的であり金銭面でも節約できそうだ。
今現状で常に最強装備であり続けるというのであれば、常に鍛えている状態を持続しているともいえる。自分自身の鍛錬により強化できるのであれば、鍛冶といった専門知識も必要としない。
「どこまで、見据えていたのか……。結局のところ、全てジル達の掌の上で踊らされていたって事だろ。他人の思い通りに動かされていたことには、正直納得できないがモンスターの群れの中で起こりえたと思えば諦めもつく」
「でも、私の装備は母から受け取ったもので、お話を聞いた限りではマスターは母になるのではないですか?」
ユイナが言うことは尤もだ。装備に認められるかどうか以前に、持ち主がすでにいるのであれば条件にはそぐわないのではないだろうか。
「物には魂が宿る……。では答えになっていないか!? 我も個々の装備の性質まで熟知しているわけではないが、実の娘の為に繕った贈り物が命を奪う類であるはずがないと思わぬか。お前の装備もジルの物を仕立て直したものと聞いている。言わずもがな」
日本には『付喪神』『八百万の神』という言葉がある。全ての物には魂が宿るとか、100年使い続ければ命が芽吹くだとかどういったもので、一種の勿体ないおばけである。
何も日本に限った話ではなく、世界各地で伝承は多く伝わっており、それほど突拍子のない話には聞こえなかった。
「じゃあ、私の杖『レクフォール』もアマトの刀『ガルファール』も同様に生きた武器ってことになるのですか?」
ユイナはそのまま、立てかけられた相棒へと手を伸ばす。
そっと触れると淡く優しい光が立ち昇る。
受け取った時は何の変哲もない、一つの武器に過ぎなかった。
しかし、今ではまるで生まれたばかりの子供のように、はしゃいでいるかのようにさえ見える《…》。
「その通りだ。お前たちと巡り合った因果によってこの世界に生命を得た武器に該当する《……》。武器と防具どちらも魂を持つということにおいては同じだが、魂の有り様は若干異なる。防具に関してはいくつに分かれていたとしても全てが一つの魂から分配される。いわば集合体というわけだ。しかし武器は魂の分配は起こりえない。一対で使用される双剣を例に挙げれば、魂は一つではなく二つあることになる。何故かと問われれば我にはわからぬが、そういうものらしい」
確かに、魂がこの世に生まれること自体が奇跡に等しいというのに、防具の各パーツごとに魂が芽吹くとなるとその数は計り知れない。
ともなれば、双剣など一対で使用される武器ならばその希少性は類を見ないと言えるのではないか。
理由がわからない以上、もっと違った要因によるものであればその限りでもないが……。
「生きているってことは、会話をしたりすることも出来たりするって事か!?」
武器と会話をしたりする小説を読んだことがあった。なんだか楽しそうじゃないか。
「現状では難しいだろうな。生まれたばかりだということは、要は赤ん坊のようなものだ。言葉もろくに理解できていないだろう。次に会話に必要な声帯がないことがあげられる。ただしこれは有機生命体に限った話に過ぎない。ゴーレムの類でも知性があり会話ができたのだから、恐らく何らかの方法があるはずだ。あくまで現時点ではということだ。可能性は低くはないだろう」
「早くしゃべってみたいね。そう思うとなんだか今から楽しみ!! 今日から寝る前にお話を読んで聞かせてあげようかな」
まるで生まれたばかりの子供に言葉を教えるようなことを言うユイナ。
しかし、俺は覚えている……。
思いっきりフルスイングして、モンスターの頭を粉砕したことを。
言ったら、きっと殴られるから言わないけどね。
なかなかどうして、胆が据わっているというか、やるときは殺る《や》というか。
怒らせるとたぶん怖いタイプなんだよなぁ。
普段は猫被ってるんだよ、この娘。
「何?」
「いや……何も言ってないけど」
口に出てたっけ。マジで……。
真夜中と言っても差し支えのない時間となっていた。ずいぶん親切に教えてくれていたんだなと思いつつもよく吟味している自分がいた。
今後聞いた話は生きてくる。それを無駄にしない為にも頭の中のノートに内容を書き留めておくイメージ。これは大切なことだと思う。
計算するときに算盤をイメージしているようなもので、これがなかなか後々になって役に立つんだよね。
一目眠りしたというのに、眠気がじわじわ瞼へ侵攻してくる。
こいつは手ごわい。
ユイナもうとうとしていて、なんだかこてっといきそうな予感。
「いろいろ教えてもらって助かった。ありがとう」
「礼を言われるほどのことではない。我は役目を全うするだけだ。明日は朝食事を済ませたらお前たちを森の外まで送っていこう。モンスターは徘徊している事は言うまでもないが、距離はそれほど長くないが地形が入り組んでいるのでな。迷えば最悪野垂れ死にするかもしれぬ」
「頼みます」
樹海で迷子なんて、考えたくもない。コンパスがあったとしても森が入り組んでいれば道を知っている者を案内人に立てたほうが間違いはない。
「安心せよ。言っただろ、最初からそのつもりであったと。今日はもう休め。明日は早いぞ」
そこで思い出した。
当初は不可抗力とは言え、ユイナと同じベッドで寝ていたわけだがまた同じベッドってわけにはいかないだろう。
「ベッドなんだけど、もう一つない!? いや、布団だけでもあれば……」
「ベッドは一つだけだ。贅沢をいうものではないぞ」
「いや、そういうことじゃないんだ。年頃に男女が同じ寝床なんてまずいだろ!?」
「ふははは、おかしなことをいうな。人間の子供はそんな細かいことをいちいち気にするのか。我はお前たちに普段の寝床を貸すということは我は、どうすると思う? つべこべ言わずに年長者の言うことは聞くものだぞ。少なくとも今お前たちは野に放り出されない環境にいるのだから、しかと受け止めよ」
「そうまで言われれば、素直に好意に甘えさせてもらう」
さっきから静かだとは思っていたが、案の定隣ではユイナがテーブルに伏して寝息を立てている。
役得と思ってベッドへお姫様抱っこで連れていき落ちないぎりぎりまで離れて眠ることにする。
先に起きれば文句も言われないだろうと、服も着てるし大丈夫問題ない。
この考えが甘かったと知るのは、意外に早く判明する。
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