第4話「『闇落ち』ダークエルフの神髄」

 見間違うにはあまりにも、時間が短すぎる。

 この村に訪れて、初めて言葉を交わした時と寸分違わぬ爽やかな口調。


「待っていたよ。じゃあ約束通り話の続きをしようか」


 それは、数刻前に血まみれで倒れたはずの青年の爽やかなまでの澄み切った声だった。

 服装はそのままに貫かれたはずの胸にもそれらしい形跡は見当たらない。

 まるですべてが夢か幻のようだったと結論づけてしまえば合点がいくような、空気が漂う。

 フローリングの奥には縦長のテーブルに椅子が4つ。

 一番奥の椅子に腰を掛けた青年が何事もなかったかのように、ティーカップを片手に手招きをしている。


 俺は退路を確保したまま、一歩踏み出すに留める。

 異質な雰囲気が漂う空間に、まだ何か隠されているのではないかと勘繰ってしまう。


「俺が戻ってくるのが分かっていたようなもの言いじゃないか。まあ、そんなこったろうとは思ってたが。言われた通り娘を連れて村を出るとは思わなかったのか?」

「村を出て行ってしまうってことについてだけど、それはないよ。アマトは必ずここへ来たさ。それだけは確実に言える。強いていうならばどういう経緯でここへ来るかまではわからなかったけどね。結果だけは知っていたのさ」


 まるで俺の行動を全て把握しているのか、未来が見えているのか口調はテストの答え合わせをしているかのように坦々としている。


「端からおかしいことばかりで、信じていいかどうかも未だに決めあぐねてる次第だ。まあ、話の流れからして俺をこの世界に召喚した張本人ってところだろうが……。率直に言わせてもらおうか! お前は何者だ!?」


 わざわざ、実の娘まで騙すような振る舞いに怒りを覚えつつ一喝していた。

 少女は実の親が亡くなったと思い泣いていたんだ。 

 俺の断りもなく勝手に異世界へ召喚して厄介ごとに巻き込んだというならなおさらだ。

 時と場合によっては、殴り飛ばしていたに違いない。


「今更隠しても仕方がないね。本当の名はジルフォルン・ウィル・ウォウラウン・エリヲール。エルフの国エリヲールで国王をしている。勘違いさせたのなら、申し訳ないけど、アマトをこの世界へ召喚したのは僕じゃない。そして、彼女でもない」


 ジルはテーブルを挟んで正面に視線を送る。

 全く気配は感じず、今の今まで空席だと思っていた。

 そこには、骸骨の仮面をつけた何者かが腰かけている。

 ゆっくり仮面と頭からかぶっていたローブを脱ぐと、床まで伸びた漆黒の髪に底の見えない黒眼をした妖艶な美女の姿があった。


「お初におめにかかります、いえ先程一度お会いしましたわね。仮面越しではありましたが。あらためまして私、クラウディア・ダークア・ラスフェルト。ユイナの母にして魔族の国ラスフェルトの第三王女。結果的にあなたがこの村に来るきっかけを作ったのは私ですわ」

「詳しく聞かせてくれ」

「最初からそのつもりだと言ってるよ。それともまだ信じられないのかな。無理もないけど、その気になればアマトは何百、何千と死んでいたよ。身体的にも精神的にもね……」

「それが私たちには容易にできるということを、あなたはわかっていないようね」

 クラウディアがジルに視線を向けるとジルはコクッと頷いた。

 一瞬のうちに綺麗な深い青髪が漆黒に変わる。

 瞳からは黒い光をうっすら放ち周囲の光を奪う。


「「こういうわけさ」」


 後ろから不意に肩に手を置かれた。

 触れられるまで何が起こっているのか全く理解することは出来ず、あまつさえ身動き一つできずにいた。

 目の前に座ったままのジルが、徐々に元の姿へ戻っていく。

 振り向くと同様に背後に感じていた気配の元凶も徐々に空気に解けるように消えてしまった。


「さあ、話の続きをしようか」


 おとなしくジルの横の空いている席に座った。

 完全に元の姿に戻ったジルが、苦々しく切り出した。


「今のは闇落ち。一時的に圧倒的な力と闇属性に特化した魔法の行使ができるようになる。それでも天冥の軍勢には太刀打ちができなかったんだ」


 わずかな時間とはいえ、目の前で起こったことは驚異的なまでに異様な光景であった。

 現代の日本にいて、魔法や超常現象の類は一生のうちに一度だって体験することができないだろう。それにもかかわらず、さも当たり前のように目の前で繰り広げられるとんでも体験。 

 こんな馬鹿げた力があってもなお、太刀打ちできない天冥の軍勢とはいったい何なのか。


「ジルのいう天冥っていうのは、天界と冥界が融合し死と再生を繰り返す混沌の世界のことですわ。あらゆる場所に天冥とつながる裂け目が開き、そこから天冥の化身が進行して生命を貪っていきますの」

「僕も王として民を守らなければならない。そんなときに、西のグランロギスという大国が異界より破壊神を召喚し天冥に送り込もうとしたわけさ。目には目を歯には歯をって具合にね。実際はそんなに簡単な話でもなく、過去に召喚された文献によると生贄には100万人の魂を必要とし、破壊神を滅ぼすのも容易ではなかったと記されていた。延命のためなのか、私利私欲の為なのかわからないけど、黙ってみているわけにはいかなくてね」

「『グランロギスに乗り込んで、止めてくる』なんて愚かなことをおっしゃるジルを止めて私が利用させてもらったのですわ。100万人の生命力をわずかに残し、異世界より強大な力を宿した人間をこの村に召喚してやりましたの」

「ちょっと待て! 村に召喚されてないし、強大な力なんてないし完全に失敗してるだろ!」

「この村の結界のせいで座標がちょっとずれただけよ。誤差の範囲だわ。あなたがこの世界に来てから今までに持っていなかった力が手に入ったのははなくて? ジルから聞いたはわずかな時間で言葉を理解できるようになっていたと。それともあなたは異国の言葉をなんとなく話せるようになる特技でもあるのかしら?」

「100万人に匹敵する力が手に入ったてのはわかったが、ステータス画面とか、レベルとかその辺を詳しく教えてもらいたいんだけど」

「すてーたす? れべる? 聞きなれない言葉ね」

「こう、目の前に自分の能力が視覚的に見えたり、数値で把握できるんだけど……。みんなできるんじゃないのか?」

「それは、あなたの世界の常識とこの世界の常識との差異を保管するために行っている強制力ね。潜在能力は100万人以上の人に匹敵する力を宿しているわけですし、破裂させないように徐々に慣らしていくためだと思ってその能力を使いこなしなさい」

 

 ゲームのし過ぎで、一番馴染んでいたシステムが元の世界の常識として形になったものらしい。

 

「俺をここに召喚したのは、それだけが理由ってわけでもないんだろ。大勢の命を救ってはい終わりってこともないだろうし、あの子芝居にも意味があったんだろ?」


 ジルがティーカップを置いた。


「娘を託すにたるかどうか試したのさ。いくら力を得たからと言ってもそのまま、無鉄砲に死地に赴くようなら流石に止めていたよ」

「途中から不自然な気はしてたからな。どうせ、村の連中みんな関係者ってとこだろ。それにしても、店なんてわざわざ作る必要はないと思うけどな」

「確かにこの村は僕の信頼する者のみから構成されている。大半が僕、直轄の親衛隊だしね。でも、娘だけは何も知らない。もちろん王族ってこともね。通貨を循環させているのも、全くの世間知らずでは外の世界では生きていくのが困難になるだろうと思ってのことさ。今日この日に旅に出るというのも妻の未来予知の力で知っていたし、対策は十分だったということになるね」

「どうして、娘に本当のことを伝えないんだ。わざわざ、国を捨てて村を作ったことと関係しているのか?」

「国を捨てたわけではないのだけどね。一応、妹に国を任せてあるよ。ここは天冥と戦うための拠点を築く予定で、ユイナが村を出てから本格的に動き出す手はずになっているんだ。ユイナは僕のエルフとしての才と妻の魔族としての才を両方色濃く受け継いでいるから、王族として国の政策を担うよりも戦力として前線に立つ時が来ることも予知で知っていた。だから、子供の時くらいは普通の生活をさせてあげたかったのさ。期待していたよりも単純な答えだったんじゃないかな」


「それが聞けただけで、ここへ来た意味はあった。俺もたいがいだが、ジル達もそれなりに苦労してるってことだろ。本来なら、圧倒的な力で娘の護衛でもさせるつもりだったんだろうが、あいにく俺の力なんて現状ではたかが知れてる。戦力として数えられるなら、恥は承知で頼らせてもらう。まあ、俺より先に死なせるようなことはしないがな」

「それでいいさ。ユイナもアマトのことは嫌いじゃないみたいだし。仲良くやってくれればいいよ」


 ジルは開いたままのドアへ視線を向けた。

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