第5話「真相はいとも容易く」

「まあ、だいたいこんな感じだけどユイナは何か聞きたいことはあるかな?」

 

 そこには待っていたはずのユイナの姿があった。

 目の前で命を落としたはずの父親が目の前に戸惑いと、困惑する様が見て取れる。 


「どういうことなの! お父さんもお母さんも今まで私を騙していたの? お父さんは目の前で死んだと思って、本当にどうしたらいいのかもわからなくなって……。村のみんなのことだって信じていたのに。私だけ何も知らずに悠々と生きてきたなんて、こんなの耐えられないわ」


 ユイナは一歩ずつ近づいてくる。その瞳には涙を湛えている。


「僕らが今ここで話していたことが真実だよ。ユイナには王女としてではなく一冒険者としてアマトと共に天冥の軍勢との決戦に備えてほしい」


「私にそんな力なんて……」


「自分の能力を信じて。エルフの国王と魔族の第三王女の一人娘であるユイナには未知の可能性が眠ってる。それに最強の英雄になるアマトがついてる」


 これからってところが胆だな。

 なんせ、雑魚モンスターが爆裂するのを見て驚いてるくらいだし。


「まったく、まだ最強でも英雄でもないんだ。条件なら似たようなものだろ。一緒に強くなってこの無茶ぶりしてきた両親にガツンと言ってやろうぜ」


「だから、もう泣かなくていいんだ。俺と一緒に行こう! 悲しみを絶やす為に」


 精一杯の空元気をかました。人間やろうと思えばどうにかなる。恥ずかしい台詞でもその場限りなら何のその。

 後で思い出して恥ずかしくならないように、忘れててくれることを祈りながら。


「私はアマトさんと一緒に強くなります。私のような思いをしてる人が他にいるなら力になってあげたい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 どうやら、前向きになったみたい。


 ジルは棚から一枚の地図を取り出し卓上に広げた。

 そのまま、おもむろに地図の南東、西南東を海に囲まれた岬に金貨を置く。


「これはフォールディア大陸の地図で、金貨を載せたところがこの村。もちろん術法を用いて外界から視認されないようにしている。地図上では森が広がっているだけだけどね」


「俺がここに来るまでに見た限りでは辺りは開けた平原のようになっていたが?」


「村から半径10kmは敢えて外的の侵入に備えて開拓を行っているんだ。そして、森に囲まれていて実際に警戒するのは北からのみといったところだね」


 俺は置かれた金貨の北に指を置く。


「ということは、北の森を突っ切らないといけないわけだな」


「その通りだよ。森は20kmを超える規模で外界からこの村の存在を隠すために非常に都合がいいのだけど、ここを抜けなければどこにもいけない。まずは、このまま真っ直ぐに北に向かって進みシフトラル王国の首都アルティアへ向かってはどうかな。ギルドも商会もあるから情報を集めるためにもいいと思うよ」


 自称冒険者から、公認冒険者になる為にも何らかの後ろ盾はほしいところだし、選択肢は決まったな。


「戦力の増強も考えれば、人の多いところには行きたいところだし、アルティアを目指してみるよ」


 地図は大まかに大陸名、国に記載があるだけで現代日本においてみられる地図とはかけ離れている。  強いていうなれば、海賊の宝地図でも見ているようだ。

 ところどころ、ドラゴン、クラーケン、サイクロプスなどが描かれている。


 地図を正確に描かず抽象的に描いているのは機密情報の漏えいを防ぐ意味合いもあるのだとジルは言っていた。

 

「その格好で旅ってわけにもいかないね。アマトには僕の装備と旅に必要なものを一式用意しよう。アマトには僕の友人として娘を任せるんだ。時に王女を守る盾であり剣であって、娘をかばって死ぬようなことだってあってはならないと思ってる。二人に生きていてほしいってことを忘れないでほしい」


「約束する。俺が必ずジルとクラウディアさんの元へ娘さんを送り届ける」


「この日の為に用意しておいた服があるから、ユイナも着替えていきなさい。私がラスフェルトにいたときに着ていた服をユイナに合うように仕立て直しもので、魔力を引き出す装飾が施されているわ」


 ジルには俺の装備を用意してもらった。上下ともに漆黒獅子の皮を極限まで薄く柔軟に鞣してあり、両肩、胸に水龍の鱗を編み込まれている。さらに耐属性処理、浄化処理、自己修復まで備える。さながらライダースーツのようだ。


 武器は、『ガルファール』という刀を譲ってもらった。

 水龍の牙を鍛えた至高の一品にして、柄には深奥鮫の革を使用している。本来あるはずの鍔はない。

 1mを少し超えたくらいの長さがあり刀にしては少々長く感じる。


 鞘はリーミアという樹齢1000年を超える大樹から切り落とされたという。

 樹齢によって硬度が変わるというリーミアは、樹齢と共に高度が増していき1000年を超す長寿にもなるとアダマンティウムと同等の固さを誇ると言われているのだそうだ。

 それに加えて燃えることのない樹木として希少だという。

 

 ユイナの服は上下ともに青を基調とし、華美な装飾等は一切ない。

 それでも、もとは王族のドレスを仕立て直したこともあり上質なであることは素人の目にも明らかである。

 スカートは動きを妨げないように膝上まで短くされている。

 漆黒のロングコートを羽織ることで真後ろからでは足元を伺うことはできない。


 武器は、『レクフォール』という杖を渡されている。

 ガルファール同様に水龍の牙から鍛えられた一品。

 先端には碧龍玉水晶が嵌め込まれ使用者の潜在能力を引き出す力を宿すという。


「装備に関しては仕掛けがしてある。最初のうちは無理をしないようにね」


「仕掛け?」


「アマトたちと一緒に成長していくというか、最早体の一部のような感じだね。長旅なら装備に大金をかけてもいられないし、最初から優秀な装備では慢心を招くからね」


「なるほどな。使いこなしてみせるさ」

 

 他には漆黒獅子の革製のリュック。

 中身はサンドイッチ2食分、干し肉10個、ナイフ1本、水筒2個、パジャマ一着、二人の軽装一式、漆黒獅子の革製財布が入っていた。 

 財布には銅貨20枚、銀貨20枚、金貨3枚、

 

「これも、持っていくといい。このロケットには王家の紋章が刻印してある。きっと役に立つはず」


 王家の紋章が入った銀の首飾りを渡される。

 瑠璃色の宝石が埋め込まれ、海の底へと引き込まれるかのように美しい。


「貴重なものだろ。まして、一般人が持っていていいものじゃない。そうだろ?」


「だから、次に会うときに返してくれればいい。返したくなければ……。それもありだと僕は思うけどね」


「わかった。必ず返しに来よう。それと、いろいろ世話になったな」


「こちらこそ、これから先のことを考えれば感謝しなければならないのは僕たちの方さ。数えきれないくらいの困難が待ち受けているだろうけど、打ち勝てると信じてるよ」


「じゃあな」


「またね」


「お父さん、お母さん。行ってきます」


「いってらっしゃい。無理はしないようにね」


「気を付けていきなさい……。あなたたちとまた会える日を楽しみにしているわ」

 

 村の北口に差し掛かるとそこには村の住人たちが見送りに来ていた。


「姫様! お気をつけて」「王女様の出立なり! 福音の鐘を鳴らせ!」「親衛隊前へ! 王女殿下へ敬礼!」「お嬢様、どうかご無事で」


 村人総出でまさに十人十色で、様々な声援が向けられた。

 どれも冒険の門出を祝うものばかりだ。


 村の住人の全てがユイナの生まれも地位も知っている。今日この日を心待ちにしていたであろう者たちの歓声は村中に響き渡る。

 

 急に俺の肩を熊の手ががっちりとつかむ。


「あんちゃん、嬢ちゃんを頼んだぜ。俺は嬢ちゃんが生まれたときから見守ってきた、専属護衛人だ。それをあんちゃんに譲るんだ、しっかり頼むぜ」


 何か通じるものがある、熊にしか見えない男がしきりに叩いてくる。

 人は直感で好き嫌いを決める。おっさんの人柄も野性的なところも割と気に入っている俺がいた。

 もともと、動物に好かれやすいのもあって打ち解けていた。 


「ああ、約束してやる。熊のおっさんはもっと芸を磨いておけよ」


「口の減らねえな、おめえも。まあ嫌いじゃねえがな。それと俺は……」


 ディルクは何か言いかけると、道中食えと林檎モドキと梨モドキお押し付けてきた。

 受け取ると、餞別だと器用に指先で金貨一枚を投げてよこした。

 

「まったく、この村の連中はどいつもいいやつばかりじゃないか……」


 こうして、俺は初めての村を後にした。

 エルフと魔族の血を継ぐユイナと共に。

 





 



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