第3話「真実を求めて」
「痛いです。離してもらえませんか……」
「わ、悪い……」
慌てて、掴んでいた手を離した。
振り返ると、俺を涙目の美少女が上目づかいで見つめている。
身長は俺よりも頭一つ分くらい低いので160cmくらいだろうか。
田舎娘というよりどこかの国のお姫様といった気品のようなものを感じる。
質素な鈍色なワンピースは胸のあたりを必要以上に強調している。
あまりの美しさに見とれていると少女は恥ずかしそうに、目をそらした。
「ごめん……」
「いえ……」
気まずい。
おかしな格好の男に突然ひっぱりまわされたかと思えば、凝視されるなんて恐怖以外の何物でもないだろう。俺ならおまわりさんを呼ぶに違いない。
「俺は、天間天人。たまたま出会ったジルと仲良くなって家に招待されたら。……あんなことに」
「私はユイナ・フィールドといいます。ジル・フィールドの娘です。父が死に際に言っていたアマトさんというのがあなたなのね」
俺は静かに首を縦に振る。
目の前で父を殺されてそこにたまたま居合わせたもの通し。それ以上の関係がアマトとユイナの間にはない。
ただでさえ、異世界に来て間もないというのに、他人の世話なんてとてもじゃないが荷が重すぎる。
この村はユイナにとっては地元なわけなので、親戚や友達なんかもいるだろう。事情を話せば住まわせてくれる人もいると思う。一家が狙われたとしてもかくまってくれる人はいるはずだ。そうと決まれば……。
「早く村人たちに伝えないと、あんな化物放っておいたら被害が出るに違いない。奴も追ってくる気配はないし、目的もわからない以上はできることを一つずつしていこうぜ!」
「だめ、戻らなきゃ! すぐに戻れば助かるよ。ねえ、すぐ戻りましょ!」
「わかってるんだろ……。最後を看取ったのは君だろ。俺じゃない、まぎれもなく君自身なんだよ」
ユイナは張りつめていたものが切れたかのように、泣き崩れた。
今更ながら、他人のことなんて何も考えていなかったと実感した。
映画の主人公なら出会ったばかりの美少女ヒロインを泣かしたりしないだろう。華麗に悪者を退治して、笑顔ですくって見せるに違いない。
俺はといえばやはり、殺し合いとは無縁で平和な国の一学生に過ぎないってことなんだと。否……これは逃げだ。
結局は、自分本位だったってことだろ。国とか、育ちとか、身分とかそんなくだらないものは化物にでも食わせてやればいい。
俺は目の前で泣いている少女にそっと手を差し出した。
力なく伸ばした手をつかむユイナに内心ドキドキしながらも、ぎゅっと力を入れて握った。
「もう、大丈夫。迷惑をかけてごめんなさい。私が村長のところに案内するから、一緒にいきしょ」
「それならいいんだが……」
ユイナと手をつないだまま村の中心に向かって歩き出した。
看板が数件並んだ場所に差し掛かると、低くドスの利いた声で呼び止められた。
「ちと待てよ、あんちゃん。ここいらじゃ見ねえ顔だな。村の娘っ子に手を出しちゃーいけねーよ」
野菜が並んだ店から、3m近いのではないどろうか、全身茶色の毛におおわれた巨大熊が包丁片手に仁王立ちしている。
咄嗟に手を離そうとしたが、離してもらえなかった。
「ディルクさん、違うのアマトさんはみんなに危険を知らせるために私と一緒に村長に会いに行くところで。私にも優しくて。ってなにいってるんだろ私」
一人で顔を赤くしているところはなんだか年相応で可愛い。
「まあ、嬢ちゃんがいうんだからそうなんだろうが。危険を知らせるってのは解せんな。この村には魔物の類はおろか野生動物ですら結界に阻まれて村を見つけることはおろか、入ることだってかなわんよ。あんちゃんも外から来たなら、囲んでいた杭に結界発生のジョイントベルをみたんじゃねーか」
「確かにみたさ。だけどな、俺がこうやって村の中に入れてジルを殺した人型の化物も村の中にいるってのも事実なんだよ。のんきに店番なんてしてないでとっとと逃げるなり、人を集めて戦うなりしないと取り返しがつかなくなる!」
「名に寝ぼけたおと言ってやがる、夢でも見てたんじゃねーのか。ジルはなぁ、この村でも随一の魔法の使い手で腕っぷしもそれなりにある。死んだなんてふざけた事ぬかすな」
「アマトさんが言ってることは本当なのっ! 私もお父さんが目の前で息を引き取るところを見たし、早くみんなに伝えないと!」
「まあ落ち着け、嬢ちゃん。全部気のせいだった。それでいいじゃねーか。長話ししているほど暇じゃねーんだ、また後で来な」
うっとおしそうにあしらわれてしまった。
村長宅に向かう途中に出会った村人には手当たり次第、危険を説いて回ったが皆ディルク同様相手にしてくれなかった。
まるで狼少年にでもなった気分だ。
一番ショックを受けているのは紛れもなくユイナに違いないというのに、必死に警告をして回った。
生まれたときから家族同然で育ったという村人たちに、冷たくあしらわれている事実を受け止めることなんてできないだろう。
結局、誰一人として聞き入れることなく村長宅に到着した。他の家に比べれば一回り大きい平屋の木造住宅といった感じだ。
トントン
これで最後だ。意を決してドアをたたいた。
「ユイナじゃないか、ここへ来たということはそこの摩訶不思議な格好の御仁が何か関係してるのかな?」
腰を曲げ杖をついた老人が俺を一瞥して言った。
「この方は冒険者で、この村に立ち寄った父の知り合いです。これから話す件とは関係ありません。私のお父さんが人型の化物に殺されました。村長からみんなに避難を呼びかけてください」
いつの間にか冒険者という設定になっていた。
この世界がどんなものかはわからないが、世界を旅するというのはそれほど不自然なものではないらしい。
ユイナはふっきりれたかのように冷静でいて、落ち着いた口調だ。
「それは、一大事ではないか! おちおちしていられんのう。皆を集めて至急事に当たらせよう。家のこともわしらに任せて、おぬしらは当分ここにいればよい」
「お気持ちは嬉しいのですが今から、すぐに村を出ようと思います。お父さんの最後の言葉なんです。旅に出るようにと……」
「そこの御仁も一緒に行くというのか?」
「ええ、お父さんが信頼している冒険者の方ということで信用にたる人物だと思います。無論私も同意見です」
「ユイナがそういうなら、心配は無用のようだの。気を付けていくのだぞ」
ぽんぽんとユイナの肩をたたくと、杖をつきつつ外へ出ていく。
村人との会話も後半からは極力会話に参加せずユイナに任せ、情報整理に努めた。
「今後の方針が見えた。これから村を出て旅に出るが、その前にやっておかなくてはならないことがある。俺は野暮用を片付けてくるから少し待っていてくれ」
「わかりました。早く戻ってきてくださいね。一人ぼっちはもう嫌なの……」
瞳に涙をためて少女は上目づかいで覗き込んでくる。
もう落ち着いたかと思ったがまだ16歳の少女だ。両親を一度に失うには若すぎる。
俺は大学の進学を区切りに一人暮らしを始めた。突然、天涯孤独のような状況になるなど想像すらしたことがない。
できることがあれば、なんでもしてあげたいと思った。
「速攻で戻る!! 吉報を待っていてくれ」
踵を返し、もと来た道を足早に辿っていく。
さきほど村の連中を集めると言って出ていった村長にすれ違うこともなく、数件の建物と住人を横目にしただけだ。
考えは纏まった頃には、ジルの家の前にいた。
静まり返っている。まるで時が止まったかのようにセピアに映る景色。
ただの、気のせいだったのかもしれない。瞬きをすれば風が木の葉を揺らす音も、鮮明に映る日の光さえ現実へと引き戻してくれる。
それでも、ここへ来るのは二度目ともなればこう言わざる負えないだろう。
『不自然』だと……。
そこには血まみれで倒れていたはずのジルもいなければ、開きっぱなしだったはずのドアも閉まっている。
すべてが夢であったかのように静謐としていた。
ドアを開けると……。
奇妙な、空間が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます