第2話「出会いと別れ」

 誰でもいいから何か知ってることがあれば教えてほしいという思いを抱きつつ、村を廻ることにした。

 すると、人影がまばらに見えてくる。

 耳の尖った20歳前後に見える青髪の青年で鍬を担いで、こちらに向かって歩いてきた。

 この世界にきて初めての人との会話にどきどきわくわくしながら話しかけてみる。

「村人発見! あの、すいません。ちょっとお聞きしたいことが……」

 青年は立ち止まり、耳を傾けてくれたところまではよかった。

 そして、申し訳なさそうな顔をしながら青年は通り過ぎて行った。

 そう、言葉が通じなかったのだ。

 あたりを見渡してみると、人間、獣人、エルフとあらゆる種族の人々が行きかっている。

 ただ、会話が聞こえてはいるのに聞きなれない言葉なのか全く理解することができない。

 建物の前に看板が立てられているが書かれた文字も読み取れない。

 リアル日本ならここで、辞書、ネット、翻訳と解決手段が多岐にわたるが現状では期待薄……。


「しかーし! こんな時うじうじ考えていても仕方がない。序盤で詰むよりはマシだよね」


 ステータス画面を開き、大量に並ぶ言語一覧から、PP10を使用して叡言えいごんを取得した。

 〈叡言〉全ての種族の言語理解

 50を超える選択肢の中から正解を引き当てるのは困難だろう。

 個々に取得してもPP1の消費で済み、まとめてもPP10とはね。

 これでは真面目に努力して異文化交流に精を出している人が気の毒に思う。


 改めて周囲に目を向けると世界は白黒からカラフルになったのではないかというくらい、ガラッと変わったように感じる。

 看板に書かれた文字も普段使い慣れている日本語のように理解できるし、落ちている木の枝を拾って地面に落書きをしてみるとすらすらと周囲と同系統の文字を書くことができた。

 どうやら、周囲に書かれた文字はシフトラル公用語らしい。

 つまり、ここはシフトラルという国か州、または何らかのかかわりのある場所ということだ。

 そんなことを考えていると先程の青髪青年が戻ってきた。


「あの、これよかったら。どうぞ。って言っても通じてないんだよね……」


 丸いパンとリンゴのような果物をわざわざ家から持ってきてくれたようだ。


「サンキュー!」


 青年はさっきまで意思疎通ができずにいたのに、突然会話が成立したことに驚いているようだ。


「あれ、言葉わかるの?」


「まあ、細かいことは気にしない方向で。それよりここがどこなのかおしえてくれないか」


「シフトラル王国が辺境の地ファトス。忘れられた土地と言われています」


「忘れられた土地か……。詳しく教えてくれないか。おっと俺は天間天人。アマトって呼んでくれ」


「僕はジル・フィールド。僕のこともジルって呼んでほしい。話の続きだけど立ち話もなんだし、この先に僕の家があるんだ。よかったらどうかな」


「何から何まで世話になりっぱなしだな」


「困ったときはお互いさまってね。この村じゃ助け合わなきゃ生きていけないからね」


 柔らかな笑顔が人の好さを思わせる。おそらくこの村じゃなくてもジルなら誰にだってやさしく接することが出来たと思う。

 俺はというとジルの家に向かうということで、安心しきっていた。少しは落ち着くことができると思っていたんだ。


 この後のことなんて何もわからないし、当分はこの村を拠点にしレベル上げでもして過ごすのもいいだろう。

 レベルが上がって安定してきたら旅に出るのもいいかな。


「あれが僕の家だよ。小さいけど妻と娘の3人で住むにはちょうどいいくらいかな」


「さらっと自慢してくれちゃって、若いのにもう結婚して子供がいるなんてなんとも羨ましい限りだな」


「若いと言っても125歳になるからね。子供の一人ぐらいはいるさ」


「ひゃ、ひゃくって。どう見ても俺と同年代くらいにしか見えないって!」


「エルフという種族は長寿な種族だからね。人間に比べれば老いるのも遅いというだけだよ」


「だけってことはないと思うが、思いのほか歳とのギャップに驚いただけだから気にしないでくれ」


「そうしてもらえれば、僕も助かるかな」 


 そう言いながら扉を開けるジル。


「アマト……。アマトーーーーー!逃げてっ」


 ジルは目の前で膝から崩れ落ちる。背中には何かが貫いたかのように血を滲ませてうつ伏せに倒れ伏した。

 こんなのはおかしい。危険察知は反応していない。


 貫かれた瞬間は全く見えなかった。

 家の中に不気味な骸骨の仮面をつけた何者かが見える。

 室内で振り回すには不向きであろう3m程であろうか槍を両手で構えている。

 槍からは滴り落ちる血が今しがた何があったかを物語っている。

 足がすくんで動かない。

 ドサッっという籠を落とす音とともに家の横から誰かが足早に近づいてくる。


「お父さん……。しっかりしてっ!」


 瑠璃色の髪を腰まで伸ばし耳がちょこっと尖っている少女がジルに縋り付いて泣き叫んでいる。

 後姿でも相当な美少女ではないだろうかと思うほどの 煌びやかなオーラを放っている。


「ユイナ……。母さんはもうだめだ。僕も長くない……。ユイナも16歳になった。外の世界を知る時が来たんだよ。アマトとと一緒に村を出なさい」


「何を言ってるかわからないよ。お父さん目を開けてよ。ねえ……ねえってば」


 ジルは最後の力を振り絞って話をしたのだろう。静かに眠るように動かなくなった。


 そこで家の中へ顔を向けて恐怖のあまり絶句する少女をみて我に返った。

 このままじゃ俺たちも殺される。そう思い少女の腕を引いてその場から駆け出した。


 この選択は正しかったのだろうか。

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