召喚された俺と転生したヒロイン 

富城 昴

第1話「ここから始まる物語」

 照り付ける日差しが眩しい。


 瞼を開けば全く見覚えのない景色が一面に広がっている。


 整備もろくにされていない道端にパジャマ姿で茫然と立ち尽くす。


 記憶が正しければ俺は天間天人てんまあまと、現在19歳。


 大学の講義がない日曜日。


 朝から夜まで一日中ゲーム三昧に明け暮れていたはず。


 気が付けば寝ているというのがいつものことで、天地がひっくり返ってもこんなことになるとは思えない。


 もちろん家から一歩も出ることなく……。


「ここはどこだ?」


 誰も答えてくれない。


 周りには誰もいない、ただ自然豊かな原っぱが広がっているだけで人の気配はおろか動物もいないようだ。


 風が吹き抜けるだけで、静謐な雰囲気にどこか幻想的な気分になってくる。


 まるで、異国情緒あふれる世界に舞い降りたかのような錯覚さえするほどに。


 すぐに錯覚ではないことに気付くことになる。


 それでも、納得できない。


(新手の誘拐か嫌がらせか、寝てる間に草原に放置するって誰も幸せになれないよね)


 やめてほしい。


 現状では裸足、所持金無し、携帯電話も無しで服装に至ってはパジャマを着ているだけ。


 こんなところを知り合いにでも見られたらと思うと恥ずかしい。


 とりあえず、現状を打開するためにも道に沿って歩き出してみた。


 夢ならそのうち覚めるだろうなどと、軽く考えていたのだが。


「痛っー!」


 小石を踏んでしまい足の裏に血が滲み言い知れない鈍い痛撃に顔をしかめる。


 確かに痛みを感じた。


(夢じゃない!?)


 普段から靴を履いて外に出るのが当たり前の生活をしていると、この痛みはそうそう味わうことはないだろう。


 レア度でいうと小指をタンスの角に引っ掛けるような確率かな。


 今更、靴のありがたみを知ったよ。ありがとう靴を発明した昔の偉い人。


『痛覚耐性 取得』


 突然、頭の中に機械音声のようなものが聞こえてきた。


「もしもーし、誰かー、なんかいいましたかー! 言いましたよねー、怒らないから出てきてくださーい」


 叫んでみたものの反応はない。


 そういえば、足の裏の痛みが先程までとは違いさほど気にならなくなった。


 これから先、靴を履かなくてもいいのではないかと思えるくらいに。


 つい先ほど靴のありがたみに涙したのもつかの間、『靴なんていらないんじゃないか』と手のひらを反すような自分に驚く。


 それほどまでに、俺を包み込む世界の空気が劇的に変わったのだ。


 試しに小石を故意に踏んでみたが、痛みが先程の声を聞く前とでは雲泥の差になっていた。


 小石を踏んだ感触は確かに感じるが、些細なものだと感じるに落ち着く。


 これはいったい……。俺の身に何かが起きているというのか?


 今は深く考えずにしばらく歩を進める。


 10mほど先に何やら青く丸い風船のようなものが浮遊しているのが目についた。


 風船には黒い三つの穴のようなものが開いていて紐のようなものがぶら下がっている。二つの穴は丸く両サイドに並列し、その中央部分やや下方には横一文字の楕円型の穴が黒々と開いている。大きさはサッカーボールぐらいだろうか。


 そのまま右に左にふわふわ漂っている風船に近づいて行くと、風船も近づいてきた。


 間近まで迫る球体はなかなかどうして不気味なもので、動きも相まってこの世のものではないなんてことを思って、一歩下がった。


 すると、風船はスピードを上げて近づいてくる。


「おいおい、追いかけてくるってのは勘弁してくれよ!? マジでかなり怖いっての!!」


 これは、危険だと第六感的な何かが訴えかけてくる。


 ホラー映画さながらの怪物は徐々に距離を詰めてくる。


 普段から危機管理はしておかないといけないってことか。


『危険察知 取得』


 また、さっきの声が聞こえた。


 その瞬間、風船が目の前だけではなく、俺を中心に周囲にも数体いると気配として伝わってくる。


 流石に、薄々状況が理解できてくる。


 謎の音声の後に痛みが和らいだり、気配を感じ取ったりとまるでゲームそのものじゃないか。


(ってことは目の前の風船はモンスターだよな)


『モンスター情報表示 取得』


 音声とともに目の前にモンスターの名前とレベルが表示された。


『ブルーン・レベル2』


 鬱陶しいと思ったら表示が消えた。どうやら任意で表示させることが可能なようでますますゲームっぽい。


 もうここまでくれば、現実そのもの。リアルすぎて夢でも妄想でもないことはわかりきっていた。


 寝てる間に異世界に召喚されたってことで納得するしかないだろ。


 我ながら順応するのは早い方だと思うが選択肢がなければそれで落ち着くのも世の節理。


 いや、そうでも思わなければ精神がおかしくなってしまう。


 錯乱して我を失いパニックに陥るなど愚の骨頂。


 それにしても不親切すぎる。


「アイテム皆無で武器も無しなんて序盤の雑魚敵にも為す術がない。諦めて人生リセット……。なーんて言うと思ったか!」


 急停止から勢いを殺しつつ右足を踏み込み一歩敵前に急接近をかける。


 風船はまるで生物としての恐怖等は持ち合わせえている様子もなく、一定の加速をし前進を続けている。 


 思いっきりブルーンなる青い風船目がけ、左足を軸にして回し蹴りを放った。思いのほかずっしりとした感触が足に伝わったと同時にブルーンはボールさながら吹っ飛んで行って岩にぶつかって………………爆発した。


 衝撃と音で全身に鈍い痛みが駆け抜ける。痛覚耐性がなければなければ、気を失っていただろう。


 一人佇む天人はただただ、小さなクレーターを眺めていた。


 そこには、跡形もなく吹き飛んだ3m四方の岩があったはずだが微塵もない。


 全身から汗がだらだら流れてくる。


 止まらない。


「おいおい、冗談だろ……」


 一歩間違えれば、あの岩は天人だった。


 そんなことを考えていると周囲の反応が近づいてくることに気が付いた。


 このままでは、命がいくつあっても足りない。


 無我夢中で駆ける。


 どれくらい走ったのだろうか。


 周囲にモンスターの気配は感じない。


「逃げ切れた!?」


 振り返るとそこに怪物の姿はない。


 安心したのもつかの間、疲れていることを思い出したかのように力が抜けて足元がおぼつかなくなる。


 道端に倒れている大木に腰かけ休憩することにした。


 少し落ち着いてきたところで整理したい。


「おっ!ステータス画面が出た」


 目の前に浮かぶステータス画面をしきりに目を通す。


 収得スキルは……



【名前:天間天人テンマ アマト レベル2】 


 種族:人間 


 職業:無 


 加護:無  


 身体アビリティ:

 SP10 

 MP10 

 WP11 

 筋力13 

 防御10 

 敏捷10 

 器用10 

 魔力10 

 精神力10 

 知力30 

 霊感10 

 魅力10 

 運11 


 固有アビリティ:全恵の才 


 アビリティ  :痛覚耐性 危険察知 モンスター情報表示 


 スキル    :回し蹴り 


 PP     :10  


 HPの項目がないところが何とも恐ろしい。命に関しては数字では語れないって事だと解釈した。


 それを除けばやっぱりゲームって感じがする。


 レベルが1ではなく地味に2なのはさっきレベルが上がったからだと思う。蹴った瞬間に何やら効果音が聞こえた気もするし。


 ステータスが全体的に低いけど、実際どの程度影響を与えるのか検証したい。


 固有アビリティの全恵の才の詳細は靄がかかったかのようになって全文が読めない。全てのアビリティ・スキルが取得可能というところだけが唯一読み取れた。これだけでもとんでも能力なのにまだ隠された力が眠っているというのだから胸が熱くなる。


「ん?」 


 PPのところが点滅しているので、意識を集中するとスキル、アビリティの項目が一覧表示される。


 PPを消費することで、魔法も覚えることが可能なようだ。


「あれ? 回し蹴りPP1で取得ってことは……」


 どうやら、自力で技を会得すればPPの消費はしなくて済みそうだ。


 PPを大量消費するものは今後の課題として、試しに何かとってみよう。


『時計取得』『方位磁石取得』


 ポイントを1ずつ使ってアビリティをあっさり取得できた。


 PPの無駄遣いはしたくないので自然に覚えたり、努力しても会得不可能なものを選んでいく方針だ。これは後で後悔しない為の処世術に他ならない。


 とりあえず、残りは温存して必要なタイミングでその都度考えていこう。


 取得したアビリティがさっそく役に立っている。


 時計によれば今の時間は……。


【AM10:15:30】


 24時間の流れは同じなのか確かめるすべはないがここは同じと仮定すると秒数まで表示されるとは結構便利だ。戦力の幅が広がるぜ。


 ちなみに方位磁石のおかげでまっすぐ北に向かって進んでいることもわかっている。


 いくらフリーシナリオで目的すら不明でもどこに向かって進んでるかくらいは知っておきたい。


 遠くの方に家が数件建っているのが見えてきた。


 あれからモンスターにも遭遇せず、順調に進んできた。


 もうすぐ11時ってところでやっと村の入り口についたらしい。


 簡易的な背丈ほどの杭が等間隔に打ちつけられ村を囲んでいるようだ。


 人の出入りは容易で何の為の杭なのかわからない。


 杭の先から何やら鈴のようなものがところどころにぶら下がっている。揺らしても音が鳴らないので何の為に有るか不明。


 外にはモンスターがうろついていることを考えれば堅牢な柵であったり、砦を構える、堀の設置、少なくとも見張りの一人もいてもいいように感じる。


 にもかかわらず、外部からの侵入が容易なことに若干違和感がある。


 疑問に思いつつも、足を止めずに杭の境界線を越えて家が建ち並ぶ村へと足を進めた。

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