第7話 二人の過去
二人に連れられて、俺は普段は通らない廊下を歩かされて、ある一室に入らされた。
「うん、ここなら大丈夫じゃろう。さき、説明してやってくれ」
坂崎さんの言い方が妙に格好良かったので、感心してしまった。
「この部屋は監視カメラも盗聴器も仕掛けありませんから自由に話せます。光彩さん、実はこのセンターには敵側のスパイが潜り込んでいるのです。その為にうかつなことは言えません。今日の会議でも駐在員や同行員にもスパイが潜んでいるかも知れません。充分に注意してください」
さきはそこまで言うと坂崎さんに
「旦那、光彩さんに私の事で余計な事言ってないでしょうね」
そう言って笑いながらも凄んで見せた。
「お前が余りにも秘密主義だから、ワシが暴露してやろうと思っていたところだったのじゃ」
坂崎さんはそう言って更に俺に
「こうすけ、このさきはな、何と平安貴族の娘なんだぞ。どうだ、驚いたか!」
「ええ! 世が世ならお姫様!」
俺が余りにも驚いていたので、さきが照れてしまい
「貴族と言っても、大した事ないんですよ。父の位は「従八位下」ですから昇殿は許されませんし、今で言うと小役人ですよ。貧乏だったし……」
さきは少しだけ笑った。その笑顔が普段とは違って悲しそうだった。
「その頃の事は余り良い思い出が無いのか?」
「う~ん、結局私がこんな仕事してるのも口減らしみたいなものですからね。私五女ですから、割りとどうでも良い存在なんです」
「良かったら、ここで時間まで話してみたらどうじゃ」
坂崎さんが俺の気持ちを代弁してくれた。
「そうだよ。心に閉じ込めた気持ちを開放してみたらどうかな?」
俺も興味半分とは言え、さきには何か理由があるのではと思っていた。
「じゃあ、時間までお話しますね……私の父は源具教(みなもとのとものり)と言いまして、貴族とは名ばかりで貧しい暮らしをしていました。毎日役所に通ってはどうでもよい仕事を延々と繰り返していました。
貧乏子沢山って言いますが私の家もそうだったのです。男五人に女六人の兄弟でした。男はどこかへ養子にでも出して、その家が出世すれば、こちらにもお零れに預かれます。女は器量よしなら婿のなり手は沢山います。でも私は不器量でしたので、そんな話は全くありませんでした」
さきは俺の基準ではかなりの美人だ。目はぱっちりと大きいし二重だし、顔はたまご型で、唇も綺麗に割れているし鼻筋も通っている。それにしっかりと出る所は出ていてスタイルも良い。今なら大モテと思って、思い出した。平安期の美人の基準を……
「そうなんです。私はあの頃では不美人なんです。下品な顔と言われて厄介者でした。あの頃は目は細く切れ長、口は小さくおちょぼ口、顔はうりざね顔、色は白く透き通るよう……全然私とは違います。だから、どこからも声が掛からなかったのです」
そうなのだと改めて思ったが、背はどうだったのだろう……。
「私は女でも高い方でした。平安の頃は坂崎さんの居る江戸後期よりも皆高かったです。男の方も百六十三センチぐらいはありました。百七十を越えていた人も珍しくありませんでした。それでも百五十八の私は大女でしたね。それに、あの頃は和歌などの歌が詠めませんと相手にして貰えません。正直に言いますと、私は歌が苦手だったのです。だから、組織から、この仕事の誘いがあった時に二つ返事で応募したのです。十三の時でした」
「十三! 今なら中学生じゃないか!」
俺が驚くと坂崎さんも、さきも
「お前の頃が遅いんじゃ。我々の頃は四十過ぎれば何時死んでもおかしくはない。だから元服も早いんじゃ」
「そうですよ! 平安の頃なんて四十歳というと老人ですから。五十歳になると、完全に長老扱いですよ」
そう言ってたしなめられてしまった。
「でも、組織から誘いって……どうやって組織の存在を知ったの?」
だってそうだろう、平安の時代にこんな組織が存在するって、知ってる訳がないのに。
「組織は、私の事を調べていたのですね。父の名代で兄と一緒に神社に奉納する為に外出した時に、その神社で陰から声を掛けられたのです。そして長い文を戴きました。家に帰りその文を読み、私が不思議に思っていた事柄等も書いてありました。それで決断しました。父と母には別れの文を書いて旅立ちました。勿論夜間で、家の外では組織の方が待っていてくれました」
「その組織の者と言うのは実はワシじゃよ」
横から坂崎さんが得意そうに言った。そうか、二人はそんな仲だから特別親しかったのか。
「今度はワシの番じゃな。ワシの場合も同じようなものじゃ。同心というのはな世襲になってるが、実は年末に上司の与力の家に呼ばれないと、その年限りでクビなんじゃ。まあ、よっぽどの不祥事が無い限り代々受け継がれて行くのじゃがな。そんな訳じゃから同心の職を受け継ぐ前に、組織に入ったのじゃ」
俺は坂崎さんはかなり同心の職歴が長いと思っていた。
「勘違いしてるかも知れんから言っておくが、ワシは今年、お前らの数え方で二十八だ」
ええ!にじゅうはち! 俺とたった二つ違い、はあ十は違うと思った……。
「じゃあ、同心より組織の方が長いのですか?」
「勿論そうじゃ。部屋住の頃は組織に専心していたがな」
そうなのか、俺はこの時少しだけ、この二人の事が判ったと思った。
その夜の会議では、イギリスの組織の妨害が各時代で行われていた事が報告された。実際の手口等では俺も証言して、各時代の駐在員の参考になったみたいだった。
その後、俺は会議室から出された。これから先は機密扱いらしい。
終わると、それぞれが部屋に帰るのだという。坂崎さんい言わせると
「こうすけ、ここの部屋に何故鍵が無いか知ってるか?」
普段の坂崎さんとは若干違う感じで言うので、俺は何かあると思い
「いいえ、思いもつきませんけど、やはり意味があるのですか?」
そう惚けて尋ねると坂崎さんは嬉しそうに
「それはな、夜這い出来るようにじゃ!」
「夜這い?」
「そうじゃ、今夜はこれだけ駐在員と同行員が集まったのじゃ、好き者同士もおる。熱い夜になるじゃろうて」
そうか、そんな意味もあったんだ。まあ、俺には関係なくも……ない。俺も誰かに夜這いすれば良いのだと気がついた。どうやら坂崎さんは約束の人が居るみたいだった。
「じゃあな。お前、さきの所でも行ってみたらどうだ。あいつ満更でもないみたいだぞ」
そう言って坂崎さんは去って行った。
全く、何を言っているのだ坂崎さんは、俺がそんな事を思ってもないとはいえない……心根を見破られたみたいだ。でも、さきだって、そんな事思ってもないのではないか。そう言えば坂崎さん、ドサクサに紛れて何か言ったな。
その後、坂崎さんが恋人からか、さきの部屋番号を聞き出して、俺にそっと教えてくれた。
「5101だからな、間違えるなよ」
それだけを言うと坂崎さんは去って行った。こうなったら俺も覚悟を決めよう。
深夜十二時を少しだけ回った頃に俺はエレベータに乗り廊下を歩き。5101号の部屋の前に立っていた。
そっとドアノブに手を掛けて引くと中は薄っすらと灯りが付いていた。声を掛けようか迷っていると、誰かが活きよい良く飛び出し俺とぶつかった。俺はその人物に倒されてしまったが偶然その人物のスリッパを掴んだ。
「放せ!」と言っていたが俺は掴んだままだった。中から、さきの声で
「誰か、そいつを捕まえて……」
助けを求める声がか細く途切れた。俺はその人物のスリッパを履いた足に食らいついたが、逆の足で思い切り腹を蹴られてしまった。そいつは、そのまま去って行った。後には脱げたスリッパだけが残っていた。
俺は、痛い腹をさすりながら、さきの部屋に入って行くと、ベッドにさきがうずくまっていた。
さきの意識が無かった。これは一大事だ。先程の人物がさきに何かしたのだ。俺はさきを抱きかかえると
「さき、どうした。大丈夫か?」
声を掛けても反応が無かった。呼吸はあるみたいだ、俺はベッドの脇にある電話の受話器を上げ耳に当てた。これで誰か人の居る場所に繋がるはずだと思う
「センターです。どうしましたか?」
受話器の向こうで声がしたので、俺は
「大変です! さきさんが誰か暴漢に襲われました。急いで誰か来て下さい」
それだけを言うと
「判りました。すぐ向かいます!」
そう言ったかと思うとセンター全体に警報が鳴り響いた。俺はさきを抱きかかえながら途方にくれるのだった。
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