第22話 ジーナとミア
~ジーナとミア~
食事の後、そのままテーブルでお茶を飲みながらジーナの質問を受ける事になったアギト。丸いテーブルの正面にはジーナ、右側にはミア、左側にはリリーが座っている。
ジーナ。
「早速で悪いけど、アギト君の前の世界の事なんだけど。アギト君には彼女がいたわね?」
身を乗り出すリリーナとミア。
「あぁ、こちらの世界に来る二ヶ月前までは彼女がいた」
「名前はミナミ・ツカサさんね」
「そうだ。ジーンさんに聞いてるんだろう? ならここで話をする事は何もないぞ」
「えぇ、確認みたいなものよ。でもアナタの口から聞きたいの」
「何でだ?」
「とても大事な事だからよ!」
頷くリリーナとミア。だが口は挟んでこない。
「私はね、いえジーンさんも、リリーちゃん、ミアも気になっているの。興味本位からではなく真面目な話として。それは多分大事な事だと思うの」
リリーナ。
「兄様はこの世界に来た時、時間とか距離の単位が元の世界と同じだと言ってました。国が、いえ世界が変われば、その単位が違ってくるのは私でも分かります」
ミア。
「アギトに聞かれた時ボクは確か『ミナギ教国の姫巫女様が大昔に決めた事』とか言ったと思うんだ。姉さんに聞いたら1000位前に決めた事らしい」
ジーナ。
「今の姫巫女様は43代目サーラ・ディ・ミナミ様。似てると思わない? 同じミナミよ。この世界ではミナミと言う姓は珍しいのよ。
しかも、同じ黒髪よ。私の知ってる限りこの世界には黒髪の人はアギト君とサーラ様だけ。濃い青の髪の人はたまにいるけど、真っ黒は知らないわ。ただし、この世界は広いから私が知らないだけかも知れないけど、それでも多くはないはずよ」
「ジーナさんの言いたい事は分かった。しかし、仮に彼女がこの世界に来ていたとしても、余りに時間の隔たりが大きすぎる。彼女がどうやってこの世界に来たかはわからないが、1000年は長くないか?
それに初代のサーラさんがつかさだとしても、本人はもうこの世にはいないはずだ。今いるのはその子孫だろう?
何か遺言みたいな物を残していたとしても、1000年も前の遺言に何の意味がある。ほとんど伝説の世界だ。もし俺と関係があるとしたら、その子孫の43代目サーラさんだろう。
だが俺はサーラさんと何の接点もないし、向こうも俺の存在なんか知らないはずだ。悪いがこの件に関してはジーナさんの考え過ぎだと思う」
「そう言われると何も言い返せないわね。でも、気には留めて置いて」
「分かった」
ミア。
「アギトはその彼女とその……やっぱり、いいや」
「何だ? 言いかけて止めるのは止めてくれ、気になるから。最後まで言ってくれ」
「アギトはその…彼女とキ…キスをした事があるのか?」
リリーナとジーナは素知らぬ顔をしているが、完全に聞き耳を立てている。
「いや、残念ながらない」
本当はあるが、あえて言う事でもないだろう。
ミアは嬉しそうにアギトの顔を見る。
「そ、そうか、ないのか」
「どうした?」
「いや、な、何でもない」
そんなミアの顔をジーナは見逃さなかった。
「じゃ、これで用事はすんだわ。アギト君、リリーちゃんありがとうね。それとミア少し時間をもらえる?」
険しい顔でジーナがミアを見る。
「な、何でしょうか、お、お姉さま?」
「私の部屋に行きましょう」
2人はジーナの部屋に移動した。
「ミア、アギト君に何をしたの? アナタ、アギト君が襲われた朝、何か嬉しそうにしていたわね。普通襲われたら酷く動揺したり怒ったりするものよ。けどアナタは何故か少しだけ喜んでいた。アギト君が襲われた時に何があったの?」
「す、鋭い。その……実は……」
ミアはアギトが眠っている時に、こっそりキスをした事をジーナに告げた。
「アギト君は知らないのね?」
「多分。よく眠ってたから」
「私アナタに言ったわよね? 彼には手を出さないでって! 何で?」
「その、何となく……ボクの中で気になる存在に……」
「いつも元気なミアさんにしては歯切れが悪いわね。まぁ、いいわ。じゃ、それはノーカウントね。アギト君が知らなければそれは単なる事故よ」
「な、なんで! ボクにとっては……」
「いい、ミア! 私も男性を好きになるのは初めてなの。この件に関しては私は引かないわよ。いいわね!」
「わ、分かった。ボクも姉さんに譲るつもりはないからね!」
~クレア~
2人はアギトの知らないところでライバルになっていた。そんな平和な日が数日続いたある日、コーカス村に3人の人物が訪れた。
曇り空の昼下がり、3人の来訪者は寄合所に顔を出した。3人の中の一人はジーナ達の母親クレアだった。彼女は若い男女を従えていた。クレアが中に入ると2人は寄合所の外で待機する。
男性の方の名はユアン・ブルワー。歳は17才で背は170㎝に満たない。体はやや痩せ形。赤い髪で目は茶色。
女性の方の名はノエル・ブルワー。歳は16才で背は160㎝位。同じく体はやや痩せ形。赤い髪で目は茶色。ユアンの妹である。
クレアは中にいた村長に声をかけた。
「久しぶりね、エリック村長! いつもウチの娘達がお世話になってるわね」
「これはクレア様、お久しぶりでございます」
「それにしても危なかったわね! 娘の手紙を読んだけどよく持ちこたえてくれたわ」
「はい、お手紙でもご存知かと思いますが、偶然にもアギト殿がいてくれた事が幸いしました。彼がいなければ多分、今頃は……」
「そうね、危なかったわね。そのアギト君と娘達は自宅かしら?」
「はい、多分」
「じゃ、早速会いに行くわ。村長また後でね」
「分かりました。久しぶりの再会にジーナ達も喜ぶでしょう。早くお会いなさいませ」
クレアはユアンとノエルを連れて娘達の家に向かう。クレアが玄関を開けようとした時、中からミアが現れた。
「あ、あれ、お、お母さん?」
「ただいま、ミア!」
「姉さん、お母さんが帰ってきたよ!」
家の中で用事をしていたジーナが玄関に向かう。
「お母さん、久しぶり! 手紙を読んでくれたの?」
「ええ、お父さんが私に知らせてくれたの。かなり危なかったわね。でも無事で本当に良かった。皆心配してたんだから。取り急ぎ私とユアンとノエルの3人で駆けつけたの」
ジーナとミアはクレアと熱い抱擁をかわしながら3人とも涙ぐんでいた。しばらく抱擁を交わした後、ミアはクレアの後ろにいる2人に視線を移すと声をかける。
「2人共大きくなったね。見違えてて分からなかったよ」
その問いかけにユアンが答える。
「本当にお久しぶりです、ジーナ様にミア様。お二人とも綺麗になられましたね」
「よ、よせよ、そんな見え透いたウソ。それに『様』はよしてよ。昔はこの村で兄弟のように遊んだ仲じゃないか。せめて『さん』にしてよ、頼むから。あとその堅苦しい言い方もやめて欲しいな」
ユアンはクレアの顔を見るとクレアは微笑みながら頷く。
「分かりました。本当にジーナさんもミアさんも無事で良かった。心配しました」
後ろにいたノエルも2人に話しかける。
「本当に良かった。お二人とも」
ミア。
「ノエルもユアンも元気そうで良かった。何年ぶりかな? 6~7年ぶり?」
長くなりそうなのでクレアが割って入る。
「さて懐かしむのは後回しよ。リリーちゃん、いえリリーナ様と例のアギト君はいる?」
するとリビングで様子を見ていたアギトが声をかけた。
「俺とリリーはここだが、クレアさんか?」
リリーナはクレアとジーナ、ミアが抱擁を交わしている時、その様子を羨ましそうに見ていた。彼女はその後、アギトの指に自分の指を絡ませ力を込めていた。リリーナは気を取り直しクレアに挨拶をする。
「お久し振りです、クレアさん」
クレアはリリーナの前まで行くと膝を付き挨拶をする。クレアはリリーナの指がアギトの指に絡ませている事に気が付くが、それには触れず挨拶をする。
「リリーナ姫、お久しぶりでございます。この度は本当にご無事でなによりです。遅れましたが、クレア・アイマ・ラッセルが来ましたからにはご安心を! 追って宮殿から警備隊も到着致します。どうか、お心を安らかにおられる事を」
「ク、クレアさん、どうか以前のようにリリーと呼んでください」
クレアは立ち上がるとリリーナに話かける。
「分かってるわよ、リリーちゃん。でもこれは儀式みたいなものだから、一応しておかないとね。でも立派になったわねリリーちゃん」
そう言うとクレアはリリーナを抱きしめた。リリーナは絡めていた指を解くと、クレアの身体にその細い腕を回す。
「辛い思いをさせたわね。ゴメンね、リリーちゃん!」
涙ぐむリリーナ。
「でも、兄様が、いえ、アギトさんが傍に居てくれたので寂しくなかったです」
「リリーちゃん、身体だけでなく心も成長したわね」
クレアはリリーナを抱擁する。抱擁を済ますとアギトを頭から足のつま先まで丹念に観察する。
「顔はアル君だ! でもホンワカした感じがなく、顔も凛々しくなったわね。全体的に鋭くなった感じね。そうだ言い忘れていたわ。今回はよくリリーちゃんとこの村を救ってくれました。ありがとうね」
クレアはそう言うとアギトに握手を求めて来た。握手を交わすと彼女は耳打ちをする。
「夜時間もらえるかしら? 少し私と夜風に当たりましょう」
そう言うと彼女はウインクをする。アギトとリリーナはユアンとノエルを紹介してもらう。今後緊急を有する場合は、この2人が宮殿とアギト達の間を取り次ぐ事となった。足も速く馬術も相当な腕前みたいだ。だが、剣の方は普通の人よりは腕が立つ程度。
皆でお茶を飲みながら今までの経過を詳しくクレアに説明をする。そしてリリーナの秘密にも言及する。
そこの部分は小声で話すクレアとジーナ。
クレア。
「そんな術が施されていたなんて、分からないわよ。よく分かったわね」
ジーナ。
「本当に偶然なのよ。一緒にお風呂に入らなければ分からなかったわ」
「でも、これで何とか光が見えてきたわね。これに関しては私がお父さんに手紙をしたためておくわ。いや直接話をした方がいいか。手紙は不味いわね。多分色んなとこから密偵が忍び込んでいるようだから」
「その件に関してはお母さんに任せるわ。それとカーシー様の例のメイドは?」
「あれは危険過ぎるから、捕まえようとしたんだけど自害したわ」
「凄いわね。敵の本気度が良く分かるわ。それはそうと宮殿からの警備隊はいつ来るの?」
「その件は大丈夫よ、今日から3~4日後に来るわ。さてリリーちゃんの地図はどうしたものかしら。大勢で行くよりは少人数で動いた方がいいわね」
それまで聞き役に回っていたミアがクレアに聞く。
「アギトも言ってたけど何で大勢で行かないんだ? その方が安全じゃないか」
ジーナが答えようとしていたが、クレアがそれを制し説明をする。
「ミアもそろそろ頭を使いなさい。今回は大勢で行く方が危険なのよ」
「何で?」
「本当に貴女は……いいミア、今回はクラーク様やカーシー様がリリーちゃんを狙ってるの。リリーちゃんの身体の秘密を解き明かし、財宝か武器か知らないけどそれを手に入れる事が出来れば、相手より優位に立てるの。そして、バックにいる帝国なり、大王国にも大きな顔が出来るのよ。
そんな時に大勢で動けば『謎を解いて目的地に向かってますよ』と言っているようなもので、敵は私達よりも多い兵を使って狙って来るわ。下手をすると、内乱状態になるの。それは誰も望まないし、してはいけない事なの。分かる、ミア?」
「わ、分かったよ、お母さん。だからそんなに睨まないで」
~湖~
大体の話が終わるとアギトはリリーを連れて、近くの湖に馬で移動した。本当は2人だけで行動するのは危険なのだが、アギトと一緒ならばと言う事で許可がでた。彼女はアギトの後ろに乗り周りの風景を見ながら風を楽しんでいた。
「兄様、よくこんな湖を見つけましたね。いつ見つけたんですか?」
「ミアに怒鳴られて、出て行った時さ」
「あ、あの裸を見た時ですか?」
顔を少し赤くするリリーナ。
「そうだ。さあ馬から降りてきな」
「は、はい」
馬から降りると、リリーナの為にハンカチを敷くアギト。
そこに腰を下ろすリリーナ。
「優しいんですね。まるでアル兄様みたい」
「あぁ、アルの記憶が教えてくれるんだ。本来の俺はこんな事はしない。あいつは本当に優しいんだな。俺には出来ないよ。話は変わるがリリー、大丈夫か?」
「何がです?」
「クレアさんがミア達と抱擁している時、俺の指にリリーが指を絡めてきたよな。痛いぐらいに」
「す、すみません。痛かったですか?」
「そうじゃなくて、羨ましかったんだろ? ミア達には家族がいるのに自分にはいないって。仕方がないさ、家族を亡くしてまだそんなに時間が経ってないからな。今まではいろんな事が起きて、気が紛れていただけだ。クレアさんと少し抱擁してたが、本当は両親としたかったんじゃないのか?」
「……よく分かりますね」
アギトは立ち上がり、リリーナを立たせる。
「リリー、俺はアルの代わりが出来てないと思ってる。それに関して悪いと思っている」
彼女に頭を下げるアギト。
「そ、そんな事は言わないで下さい。アギトさんも大変だったじゃないですか。この世界に突然召喚され、王位継承に巻き込まれながらも、村や私の為に傷つきながらも戦ってくれました。
そんなアナタを責める言葉なんてありません。むしろ感謝してるんです。だから自分を責めないでください。お願いします」
「ありがとう、優しいなリリーは。レーンさんとタリさん、いい親に恵まれたな」
「そうですね。私には勿体ないぐらい、とても……いい……両親……でした」
リリーナは感極まって遂に泣き出した。アギトは彼女を軽く抱きしめた。すると彼女はアギトの胸を両手で軽く叩きながら胸に顔を沈めていく。彼女の泣く声が湖に溶け込んでいく。しばらくすると、スッキリしたのかいつもの顔になっていた。
「あの、ご、ごめんなさい」
「かまわない。落ち着いたかリリー?」
「はい、なんか凄く落ち着きました」
「そうか、良かった」
「兄様は私を慰める為に、ここに連れて来たんですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます。気を使わせて。その兄様の方も大丈夫ですか? この間の事はまだ完全には治ってないのでは?」
「あれは治らないよリリー。慣れるしかないんだ…人殺しは嫌だけど…けど慣れないとリリーや皆を守れない」
アギトは自分の手のひらを見る。
「この手で敵を殺さないと、皆を守れない」
「兄様、いえ、アギトさん、そんなに自分を追い込まないで。無理をさせてる私が言うのも何ですが、そんなに自分を追い込むとアギトさんが壊れてしまいます。だから、だから自分自身を責めてはだめです」
今度はリリーナがアギトを優しく抱きしめる。彼女のその大きな胸に抱かれながら、彼は再び涙を流していた。
アギト。
ジーンさんの時にかなり泣いたはずなのに、俺の涙はまだ枯れてなかったようだな。
少ししてアギトは彼女の胸から顔を外すと、雲の隙間から日差しが差し込んでいた。リリーナがアギトに話しかける。
「私もアギトさんも家族がいないんですね」
「俺の元いた世界には身内は誰もいない。そしてこの世界にも」
「だったらこれからは本当の家族になりませんか?」
「そうだな、なら本当の家族になるか。今まで通り俺が兄でリリーが妹で」
「い、いえ、そうじゃなくて、その、ふ、ふたり……で」
リリーナの気持ちを察するアギト。
「そうなると嬉しいな。でもそれは、周りが許してくれない。なんせリリーはお姫様だ。他国との関係もあるし身分も違う。だいたい俺は異世界人だ。でも家族なら大丈夫じゃないかな。かりそめの家族だけど」
「それじゃ、本当の家族じゃありません。私は国の事なんかどうでもいい。田舎で皆と、そしてアナタとゆっくり暮らしたいだけなんです」
「それが出来るといいな。しかし、ゴータ村で亡くなった人の命と、育ての親のブーリン夫妻の想いがリリーの肩に重くのしかかっている。それを無視する事は彼らの気持ちを踏みにじる事になる
だからリリーは彼らの気持ちに応えて進んで行くしかないと思う。そして俺は兄としてキミを支えていく。それでは駄目かな?」
「それじゃ、今と変わりません。アナタは私の事が嫌いなんですか?」
「嫌いなはずないだろう」
「やっぱり、ツカサさんが忘れられないんですか?」
悲しい顔をするアギト。
「彼女とはもう会えないって分かってるんだ。でも頭で理解できても、心がまだ納得してないんだ。俺の中の時間では、まだこの間の事だから」
「そう……なんですか……」
「あぁ。忘れる事は出来ない。でも、思い出にするには時間が足りないんだ。だから……」
「だから?」
「もう少し時間が欲しい」
「……分かりました。でもいつか私の想いがアナタに届くと嬉しいです」
あえて返事をしないアギト。
「皆が心配するかも知れない。そろそろ帰ろうか」
「はい」
2人は皆が待つ家へと帰って行った。
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