第23話 雨
アギトが家に帰るともう夕方だった。夕飯はクレアが作ったシチューだ。
ミア。
「久しぶりのお母さんのシチューだ!」
ミアとジーナがその懐かしい味に舌鼓をうつ。そんなミアにクレアはが話しかけた。
「ミア、あんた料理はちゃんと作ってるの? 料理出来ないと男性は振り向いてくれないわよ」
顔を背けるミア。
「……ボク散歩に行ってくる」
「逃げるな、ミア!」
クレアはミアの首根っこを掴むと、別室に連れて行く。ミアが連れ込まれた部屋からは、何やらミアのうめき声が聞こえた。暫くすると涙目のミアが出て来た。
「い、痛かったよ」
アギト。
いったい何をされたのか気になる。
アギトは散歩に行くと言い残して外に出ると、直ぐにクレアが現れた。
クレア。
「ゴメンね、アギト君。わざわざ時間を作ってもらって」
「いえ、別に。折角だから、見晴らしのいい場所まで行きますか?」
アギトは以前ジーンさんと話をした壁に、クレアを案内をした。
「いい場所ね。夜風に吹かれながらお話ししましょうか」
彼女はそう言うとアギトに質問を投げ掛けてきた。まず一つ目はジーナから聞かされている内容の確認だった。二つ目は今まで通りアギトが協力するのか、その場合アギトはどう動くのかの確認だった。
クレア。
「私としては、今後もアナタに協力してもらいたいわ。なんせこの村を救った英雄ですもの」
「英雄なんかじゃない。俺はただの村人だ。だからそんな言い方はやめて欲しい」
「私は英雄だと思うけどな。でもアナタがそう言うならそうするわ」
「すまない」
「あとアナタが聞かせてくれた、スマホだったかしら。あれで、カーシー側のシッポを掴む事が出来たわ。ありがとうね。でもその機械スゴイわね」
「これは、もう使えない。バッテリーが残ってないからな。バッテリーと言うのは、この機械のエサだ。俺のいた世界に戻らないとコイツにエサはやれないんだ」
「そう、惜しいわね。それがあれば色々と使えたのにね。話は変わるけどアナタはリリーちゃんの事好きなの?」
「あぁ、妹として」
「そう……よかったわ。あとウチの娘達で好きなのいる?」
「あぁ、皆好きだ。嫌いな人はいない」
「そうじゃなくて、女性としてよ」
「好きだ。だが、恋人にはなれない」
「そう、ジーナから聞いているから深くは尋ねないけど、良かったら彼女達の心に応えてあげて。でも両方じゃなく、どちらか1人にね」
「……分かった、約束は出来ないが」
「今はそれでいいわ。少し遅くなったから、そろそろ帰りましょう。あと明日ゴータ村へ確認に行くから付いて来てくれるかしら?」
「分かった。お供するよ」
「ありがとうね」
家に帰り寝る場所を決める。クレア、ユアン、ノエルは家で寝る事となり、アギトは納屋で寝る事になった。
クレア。
「ごめんね、アギト君。なんか、追い出した感じになったわね」
アギト。
「別に謝る必要はない。結構この納屋気に入っているからな」
翌日、アギトとクレア、ユアン、ノエル、ジーナ、ミア、リリーの7人でゴータ村へ出かけ、彼女の検分の手助けをする事となる。村に到着すると、まだクラークの息のかかった警備隊員が数人いた。だが、クレアが一喝し今後ゴータ村は宮殿の直轄とする事を述べると、警備隊員達はスゴスゴと帰って行った。俺は思わず声を上げた。
感心するアギト。
「流石クレアさんだ、貫禄が違うな!」
「それ、褒めてるのアギト君?」
少し不機嫌になるクレア。
「もちろんだ。胸がスカッとした!」
「そう、ならいいわ」
彼女は笑顔になり、返事を返す。
アギト。
『貫禄』と言う単語はNGなのか?
クレアは最初にリリーナの育ったブーリン家に行くと、目を閉じ黙とうを捧げた。
「来るのが遅くなってごめんなさいね、レーンさん、タリさん。貴方達のおかげでリリーちゃんは今日も元気よ。アギト君という新しい兄もでき、今は平穏な生活を過ごしているわ。貴方達の死は無駄にしないわ。あとは私達ラッセルファミリーが面倒をみます。だから安らかに眠って」
リリーナが悲しげな表情になったので、アギトは彼女の肩に手を置いて慰めた。
「大丈夫か、リリー?」
「はい、大丈夫です」
リリーナは自分の肩に置かれたアギトの手を、力強く握り返してきた。
「強くなったな、リリー」
一通りの検分が終わるとアギト達はゴータ村をあとにする。帰り際、霧雨が降り出した。そしてその夜、本格的な雨へと変化する。
~カロンとバディ~
ここはコーカス村から近いフィル村。その宿屋の一室で1人の男が、窓から外を眺めていた。
「ついに雨が降ってきたか」
男の部屋に1人の女性が入って来た。
「お師様、雨ですね」
「そうだなバディ。明日はあの男と合いまみえる日だな」
「勝てますか、アギトに?」
「勝算はある。天が私に味方してくれる」
「お師様は一人で戦われるおつもりですか?」
「あぁ、そうだ。私1人だ」
「私も一緒に戦います!」
「それは相手に失礼だ。わざわざこちらが有利なるまで待ってもらっているのだ。その上、2対1ではな」
「お師様、失礼ですが申しあげます。命のやり取りで卑怯もクソもありません。最後に立っている者が正義なのです。私はお師様に生きていて欲しいのです。貴方は私の育ての親であり、兄であり、剣の師でもあります。
私は貴方に拾われていなければ、今頃は飢えで死んでいました。そんな貴方はこれから死地に向かおうとしている。貴方は私とって、たった一人の家族なのです。危なくなれば私は躊躇(ちゅうちょ)なく踏み込みます!」
「確かに今まで出会った中ではケタ外れの強さだ。場合によっては、これが最後の戦いになるかもしれない。だがな、それでも彼と戦ってみたいのだよ。これは武芸者としての血が私に訴えかけているんだ。それにまだ負けと決まったわけではない。この雨が私に味方してくれる」
「お師様、いいですね! もし、危なくなれば私は介入します」
「分かった。何度も同じ事を言わなくていい」
「分かってくれれば良いのです」
その後バディは自分の部屋に戻り、長い間窓から外を眺めていた。
カロンはバディへの手紙をしたためた後、いつもより早くベッドに身体を預けてた。
~来訪者~
その翌朝、コーカス村に2人の男女が訪れた。その2人はマントのような防水服を身にまとい、馬に乗って現れた。不審に思った村人が声をかけた。
「あんたら、何処から来た? それとそのフードを取って顔を見せてくれないか?」
馬から降りた男が答える。
「私の名はカロン。この女性はバディ。アギト殿とある約束を果たすために参った。取次ぎをお願いしたい」
カロンは名を告げると、フードを外し、その顔を村人に見せた。村人もカロンとバディの名は知っている。冷静を装いつつもカロンに対応する。その頃アギトは朝食をすませ、今後の予定を打ち合わせをしているところだった。そこに村人が急いで駆け込んで来た。
「アギト君、カロンとバディがキミに会いに来た。どうする?」
「勿論、会う。そうか遂に来たか! しかし、雨の日に来るとは! いや、違うな。雨を待っていたのか? 何か作戦を立ててきたみたいだな…立ち会えばわかるか」
アギトが立ち上がるとリリーナ、ジーナ、ミア、クレアも立ち上がる。
「兄様」
「心配ない、取り合えず会うだけだ。皆ここで待っててくれ」
アギトは国切丸を腰に差すと家を出る。クレアだけはアギトに付いて来た。
「1人は付いていかないとね」
アギトとクレア、村人はカロンの待つ橋の近くまで歩を進める。雨に打たれながら到着を待っていた二人。カロンはアギトの姿を見つけると話しかけてきた。
「久しいな、アギト殿」
「そんなには日は経ってないはずだが?」
「そうか。待ちわびていたから、長く感じたかもな。用件はただ一つだ」
「あぁ、分かってる。直ぐにここで始めるのか?」
「いや、ここから西に2キロ離れた所に、少し開けた所がある。そこでお願いしたいが、よろしいか?」
「分かった。そこがアンタにとって都合が良い所なんだな」
「分かっているなら話が早い。私にとって都合が良い場所だ。それでも構わんのか?」
「あぁ、俺は別に構わない。しかし、その前に教えて欲しい事がある」
「何かな?」
「アンタみたいな騎士道精神を持った人が、何故ゴータ村襲撃に加わった?」
「私達の事はある程度分かっているみたいだな、ならば話そう。私達は一時期、暗殺も請け負っていた。それは私達が生きる為に必要だったからだ。今私達はコンベールの王、アンジェ国王様に仕えている。王の依頼であれば例えそれが嫌な仕事でも、生きる為には請け負わなくてはならない。今回は王ではなく別の御仁だがな」
「あと、ブーリン夫妻は強かったか?」
「あぁ、かなり手強かった。一突きで仕留めてはいるが、そこに至るまでの駆け引きは、流石は元騎士団長と副騎士団長だと感心した」
「そうか、話してくれてありがとう。アンタは俺の好きなタイプだ。しかし、アモスと同じで出会った時期と場所が悪かったみたいだな、残念だよ」
「私もキミと同じ意見だ。それでは我々は先に行って待っている。また、後で会おう!」
アギトは一度家に帰ろうとして振り返る。アギトの顔を見るクレア。
「なかなか古風ね、今の時代こんな果し合いなんて! でも嫌いじゃないわよ、気概があって」
「そうだな」
「私が立会人として付いて行くわ、アナタの技も見たいしね」
「分かった。でも家で待ってるリリー達に報告しないといけない。一度家に戻るよ」
村人と別れてから家に戻ると事情を説明する。するとリリーナ達が付いて来ると言うが、アギトはそれを却下し立会人はクレアだけにした。
リリーとジーナ、ミアが俺を囲み、心配そうな顔でアギトに語りかけてくる。
「兄様、まだ本調子ではないでしょ? また人を斬る事になるんですよ?」
「そうよ、アギト君、またあの苦しみを味わう事になるわ」
「アギト、無理をするな。カロンはボク達で何とかするから」
「皆、心配してくれてありがとう。けど、向こうさんは俺をご指名だ。それにミア達が束でかかってもカロンには勝てない。そして、俺自身いつまでもこんな状態ではダメだ。いつかは乗り越えなくてはならない、それが今なんだ!
人を殺すと言う事実を受け止めて前に進まないと、俺はこの先皆を守れない。そして、なにより、リリーの親の仇を打たなければいけない。だから俺を行かせてくれ!」
「…分かりました、兄様。でもこれだけは約束してください。必ず無事に私達の元に戻って来ると!」
3人の女性はアギトの目から視線を外さない。アギトは彼女達の心を受け止め、それに答える。
「もちろんだ、必ず皆の元に帰ってくる!」
アギトはそう言うと、彼女達一人1一人と抱擁を交わし、そして背を向ける。その後、村長に事情を説明し馬を借りる。
馬に乗る前にクレアがアギトに話しかける。
「アギト君が勝つか負けるかで、カーシー様の出方が変わってくるわ。アナタには何としても勝ってもらわないといけないわ」
「分かってるよ、クレアさん。俺は自分で自分をよく理解しているつもりだ。勿論勝つつもりだ、その為に慎重に動く。俺にとって慢心こそが敵だ」
「アギト君は強いと聞いていたけど、それにおごる事なく、そんな心持ちでいるなら大丈夫ね! けど、試合は、いえ、死合いは水物。何があるかわからないから、くれぐれも慎重にね!」
「分かってる。それじゃ出発だ」
アギトとクレアの身体を、雨が容赦なく叩きつけていた。
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