第20話 1000年の想い
~第1王子クラーク~
カーシー軍がコーカス村を撤退した10日後、アニヤ・バーデンがクラークの別荘に姿を現す。
メイドは急ぎ1人の男性にアニヤの事を告げる。その男性は金髪の長髪に翡翠色の目をしていた。男性は彼女をダイニングルームに招き朝食を摂りながら面会をする。
「ご苦労様だったなアニヤ! お前も一緒に食事をとらんか? 腹も空いてるだろう?」
片膝を着きながら報告するアニヤ。
「お心遣いありがとうございます、クラーク様。それより先にご報告を!」
「分かった。報告いたせ」
「はっ」
アニヤはコーカスでの出来事をクラークに報告する。
「そうか、戦を仕掛けて負けたか! バカな奴よ。弟の分際でいつも兄をバカにしおって。何が正妻の子だ! 例え正妻の子でも次男は次男だ。逆に第2夫人の子でも長男は長男だ。長男である俺に逆らうから痛い目に合うんだ。いい気味だ!」
今後の方針よりも先に愚痴を述べるクラークに呆れるアニヤ。そんな彼女にお構いなく話を振るクラーク。
「お前もそう思うだろう? しかし、そのアギトは今後こちらにも邪魔になりそうな奴だな? 何か策はあるのか?」
「はい、幾つかありますが、まだ直ぐには無理でございます。暫らくお時間を頂けるならアギトなる人物を始末してご覧に差し上げます」
「そうか期待しておるぞ! ところで、リリーナは美人だったか?」
「はい、かなりお美しい女性でございました」
舌なめずりをするクラーク。それを見たアニヤはクラークに釘を刺す。
「クラーク様。リリーナ様はザイン帝国のラルス陛下に貢物として差し出す予定。リリーナ様に手を出す事は許されません。ましてや異母兄弟でございます。お控えなさいませ」
引き下がらないクラーク。
「まだ身体の秘密も分かっていないのだろう? ならばリリーナを裸にして調べるしかないだろう。それをこのクラーク様が直々に調べてやるのだ。これはリリーナにとって、大変名誉な事だと思わんか?」
「お言葉ではございますが、女性の身体は同じ女性が分かっております。リリーナ様の身体を調べるならば、このアニヤが承ります。よろしいですね!」
「分かった、分かった。そう目くじらを立てるな。ところでアニヤが俺の監視役に来てからもう一ヶ月が経つな。そろそろ監視役を辞めて俺の女にならんか? いい想いをさせてやるぞ!」
「私はクラーク様の監視役ではございません。身の周りのお世話をする為に、ラルス陛下から使わされた者です。お間違えの無いようお願い致します」
「では夜の世話も頼む!」
「お戯れを! それでは私はこれにて失礼を致します」
「つれないな、アニヤは! まあよい。下がれ」
再び朝食をとるクラーク。それを下げずんだ目で見ながら退出するアニヤ。
この王子は女の事しか考えていない。本当にこのバカ王子を傀儡(かいらい)にするおつもりですかラルス様?
心の中で呟くアニヤであった。
~ザイン帝国 ラルス・ゲルタ・ザイン皇帝~
アニヤがクラークの別荘に到着してからさらに2週間後、アニヤの配下エミリーがザイン帝国の首都ブランベルクに到着する。皇帝の居城ベルン宮殿の裏門に馬車を止めるエミリー。彼女はワンピース姿の町娘から黒い近衛兵の制服に着替え、銀髪のセミロングに櫛を通す。準備が整うとラルス皇帝陛下がいる謁見の間に姿を現す。
彼女は謁見の間の奥まで行くと跪(ひざまず)いた。彼女の前には小さな階段があり、その奥には見た事がない豪華な装飾を施した椅子があった。その椅子には1人の若い男性が腰を掛けていた。その男性の髪は銀色の長髪で、目は碧かった。しかしその碧い瞳の奥には野心を秘めた輝きがあった。
「長い距離をご苦労であったな、エミリー」
その男性はエミリーが言葉を発する前に声をかけた。
「先に陛下に声を掛けて頂き、申し訳ございません」
「よい、余はこの宮殿で何もしておらんからな。エミリーのように良く働いておる者に、労をねぎらう事しか出来ん。そう恐縮するな」
「勿体ないお言葉、この身が引き締まる想いでございます」
「はははは、まあ良いわ。で、どうであった第2王子カーシーの様子は?」
「ハイ、申し上げます」
エミリーはコーカス村での出来事を詳しく報告した。
「カーシーより、カーシーを打ち負かしたアギトが気になるな」
ラルスはグラスに入った紅いワインを口にすると、少しの間考えこんだ。
「エミリー、そのアギトをこちらに引き込めないか?」
今度はエミリーが少し考えてた後、ラルスの目を見ながら発言する。
「どうでしょう? 一度アニヤ様が暗殺に失敗しておりますれば、難しいかと存じます。アニヤ様は無言を通されたようですが、アギトに全て言い当てられたとの事。このザイン帝国の事も、ある程度感知している様子」
「頭もきれるか! クラークとは出来が違うな。かえってバカなクラークの方が扱いやすいか。その件に関しては保留にするか。ご苦労であったなエミリー。その疲れた身体を癒したら、再びクラークのところで情報収集せよ」
「かしこまりました」
退出しようとするエミリーをラルスは呼び止める。
「エミリー、アニヤに伝言を頼む。『余は最近アニヤの顔を見る事が出来ずに寂しい。余はいつもアニヤの事を気にかけておる』とな」
アニヤを信望しているエミリーは、顔に笑みを浮かべながら応える。
「かしこまりました。さぞかしアニヤ様もお喜びになるでしょう」
そう言うとエミリーは謁見の間をあとにする。エミリーが退出すると、その扉から黒いドレスをまとった妖艶な一人の女性が入って来た。その女性は椅子に座しているラルスに近づくと、彼の背後に回りその顔に細い指をはわせる。
「いけない人ね。女性に、ない夢を与えるなんて」
「何を言っているのかな? 片思いをしている女性に夢を与えるのも男の役目だと思うが?」
「貴方を好きになる女性は皆、不幸になっていくわ。私を除いてはね♡」
「君は勘違いをしている。余を愛する女性は全て幸せになるぞ」
「そうね、その命と引き換えにね」
「好きな者の為に死ねる事は、無上の愛だと思うのだが」
「それは貴方の理屈よ。可哀想に彼女もまた報われぬ愛の為に死んで行くのね」
「男は情で動き、金で裏切る。女は金で動き、情で裏切る。ならばその情で繋ぎ留めておく。余はそう思っている」
「私はそうは思わないけど、貴方の考え方は否定しないわ。考え方は人それぞれよ」
そう言うと彼女は、ラルスの飲みかけの紅いワインに口をつける。
「ところで、面白い坊やが現れたわね。どうするおつもり?」
「そうだな、今後の成り行き次第だな」
「あら、いつも計画を立てて動く皇帝陛下にしては珍しいわね?」
「なんせ異世界人だ。不特定要素が多く、しかも情報が少なすぎて手の打ちようがない」
「アニヤにその情報収集させ、場合によっては彼女を切り捨てると?」
「人聞きの悪い事を申すな。彼女は私への愛を貫く為に動いておるのだ。もしそこに死があったとしても、彼女は幸せを抱えたまま別の世界に行くだけだ」
「そう……私はこれで失礼するわね」
「ゆっくりしていかないのか?」
「本当の貴方はお忙しいでしょう? それに他の女性に想いを寄せてる殿方には興味ありませんわ」
「なんだ、ヤキモチを妬いておったのか?」
「知りませんわ。それではごゆっくり」
そう言うと彼女は姿を消した。ムスク(じゃ香)の香を残しながら。
「可愛い処もあるではないか」
彼女の名はメリーナ・ホォン・ファーレン。170㎝のスレンダー美人。緑のロングヘアーに紅い瞳。皇帝ラルスのフィアンセである。彼女の父親はファーレン州を治めるフランク・ホォン・ファーレン侯爵。ザイン帝国の重鎮でもある。そんな彼女との関係は微妙なものであった。
~ミナギ教国~
湖の近くには教会風の建物と、神社のような建物があった。神社の中には巫女の姿をした女性が、湖を眺めていた。湖は赤くなりそして青へと色を変える。その日はアギトがコーカス村で多くの敵兵を屠っていた時間と合致する。
彼女は思わず声を出した。
「ついに、あの方がこの世界に来られたのですね。長かった…本当に」
近くにいたもう1人の巫女が跪(ひざまず)きながら声をかける。
「悠久の時を待った甲斐がありましたね、サーラ様」
「えぇ、やっとあの方にお会いできます」
「サーラ様の想い人、アギト様。この湖が光るのは、国切丸が人の血と命を吸っている何よりの証」
「以前、私が千里眼で見た光景が、今コーカスの地で繰り広げられているのです」
「直ぐにアギト様に連絡を取りますか?」
「それはだめです。あの方の心はまだ未熟です。多くの試練を乗り越え、心が成長した時に会わなければ意味がありません」
「しかし、それでは遅すぎるのでは?」
「確かに残された時間は多くはありません。しかし、あの方の心が成長していない状態で会っても意味がないのです」
「分かりました」
「しかし、オルダンにおられるコネリー様とエスター教会にいるソフィアさんには連絡を取る必要はあります。これから手紙をしたためますので、取り急ぎ手配をお願いします」
「かしこまりました」
そう言うと彼女は黒い髪をたなびかせながら、書院に足を向ける。途中渡り廊下から見える湖を、その黒い瞳で見つめながら独り呟く。
「本当は早く貴方に逢いたい! 1000年は長過ぎました。そしてあの日の事を謝りたい……伝えたい私の心を。愛しています、今でも!」
その翌日、多くの人を殺めた事によりアギトは心に傷を負うのであった。
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