第19話 アイリーンの夢
カラムの遺体はそのままの状態で現場に置き、検死官の到着を待つ事となる。一同はコネリーの部屋に集まり、今後の方針を相談する事となった。テーブルに皆が座るとメイドがそれぞれにお茶の用意をする。それを飲もうとフレイザーがカップに手を伸ばすが、それを止めるコネリー。
「どうした、コネリー? 飲んではダメなのか?」
メイドがいないのを確認し、フレイザーに小声で話しかける。
「あのメイドはアイリーン様が俺の内情を探る為に使わされた密偵だ。そのお茶を飲むな! 毒を盛られている可能性がある。俺の推測だがカラムはあのメイドに殺された可能性が高い」
コネリーはフレイザーにジーナの手紙を見せる。
「声を出すなよ。静かに読んでくれ」
コネリーはメイドを呼ぶと、どうでもいい用事を言い渡し部屋から遠ざけた。今度は近衛兵を呼び、自分の部屋にメイドを近づけないように言い渡す。フレイザーはメイドがいなくなったのを確認すると手紙を読み始めた。
「おい、とんでもない事になってるではないか? これは下手をすると、内乱状態になるぞ! 何故、もっと早く俺に相談をしない。このバカ者が!」
「俺が知ったのは昨日の事だ。お前には今日にでも相談しようと思っていたところだ。それと俺はお前よりバカではない。バカにバカ呼ばわりはされたくない!」
「何だと!」
「やるか?」
睨み合う2人。そこにクレアが割って入る。
「はい、はい。2人共話が逸(そ)れてるわよ。本当に年をとった子供なんだから」
「「誰が子供だ!」」
「変な処で息を合わさないの!」
コネリーはホーマーに顔を向ける。
「ホーマー君、クレアの躾(しつけ)がなっとらんぞ。まったく、いつまでこのデカイ尻に敷かれとるんじゃ!」
とばっちりを受けるホーマー。
「すみません、余りにもデカイ尻なんでどうにもなりません」
怒るクレア。
「そこ、アナタ、いらない事を言わないように!」
小さくなるホーマー。
新たに入れなおしたお茶を飲みながら、話を元に戻すコネリー。
「カーシー様もこれだけ派手に動けば軍は動かせまい。ならば搦め手でくるか? どういう手段でくるか予測が難しい。それに先手を打たれた為、諮問会議が開けなくなった。何から何まで後手に回っておるな。何せよ詳しい情報が欲しい」
クレアが空になったコネリーのカップにお茶を注ぐ。
「コーカス村の件に関しては、私に任せて。明朝、私とユアンとノエルで先発すれば、4日後にはコーカス村に着くわ。警備隊は準備が整い次第、派遣してもらえればいいわ。警備隊の準備はアナタの方でお願いね。
それと、フレイザー様に一筆書いてもらいたい事があるので、夕方に一度執務室にお伺いいたします」
「何を書かされるのかは分からんが、夕方には部屋にいる」
ホーマー。
「警備隊の方には僕が話を通しておく。なにより現状を把握しなければ、手の打ちようがない。娘達の様子も気になるしな」
フレイザーが飲みかけのカップをテーブルに置く。
「何にせよ、俺にも情報を回せ。国内の出来事には口は挟めんが、軍を動かす事案なら俺を頼れ。いいな」
コネリー。
「その時は頼りにさせてもらうぞ、フレイザー」
腕時計を見るコネリー。
「さて仕事の時間だ。一度お開きにするか。では今夜もう一度、話をしたい。皆いいか?」
フレイザー。
「仕方がない。今夜の酒は我慢するか」
「私達もいいわよ」
一同席を立ち退出するが、コネリーはクレアだけ呼び戻す。
「クレア、少し待て」
コネリーはクレアに近づくと耳打ちをした。クレアは小声でコネリーに問い返す。
「あのメイド利用しないの? 手紙にもあったけど上手く使えば裏をかけるわよ」
「あれは危険すぎる。ここで始末しておいた方がいい。それに向こうから何か仕掛けてくるはずだ。分かったな」
「それは政務大臣としてのお言葉ですか?」
「そうだ!」
「はっ、かしこまりました!」
その頃コネリーからどうでもいい用事を任されていたメイドはそれを済ませると、自分の家族宛てに手紙を書いていた。内容は仕事の事や友達の事などが書かれていた。それを外にいる身なりのいい男に渡すと男は何処かに消えていった。するともう1人、身なりのいい男が現れ同じ場所で待機する。メイドは宮殿内に戻って来ると、コネリーの執務室の前に立った。
メイドはコネリーがいないのを確認すると、コネリーの机の引き出しを開け中を探り始めた。一番上の引き出しには鍵がかかっていたが、それを解除すると中から金庫のカギが現れた。そのカギを使い部屋の奥にある金庫を開ける。その中からある小さな物を取り出す。それを胸の谷間の中に仕舞い込むと部屋から退出した。しかし、そこには先程までなかった人影があった。
「探し物は見つかったかしら、可愛いメイドさん?」
廊下の壁にもたれ掛かったクレアが声をかける。
「それは、大臣の大切な物よ。こちらに返して頂けないかしら?」
「これはクレア様。私は部屋のお掃除をしていただけでございます。何も取ってはおりません」
「掃除にしては早いわね」
「クレア様は何か勘違いをされておられる様子。私は他にも仕事がありますので、これで失礼を致します」
自分の横を通り抜けようとするメイドにいきなり斬りつけるクレア。それを難なく避けるメイド。
「何をなさいます、クレア様!」
「最近のメイドは腕も立つのね。私の本気の一撃を難なく避けるとは!」
しかし、その一撃でメイド服の胸の部分が切り裂かれる。中からメイドの白い乳房が現れ、それと共に床に何かが落ちる。
「それは何かしら?」
「ちっ!!」
メイドは突然走り出し、廊下の窓を突き破る。
「やるわね! ここ2階よ。私も飛ぼうかしら」
下にいたホーマーがクレアに声をかける。
「君では体が重すぎて、足を挫く。後は僕に任せておけ」
下で待機していたホーマーがクレアに声をかけると、メイドと対峙する。周りをホーマーの部下が取り囲む。メイドはナイフを抜くと身を屈めた。
「出来るな! メイドにしておくのは勿体ない」
低い態勢からメイドが襲いかかる。何とか避けるホーマー。いつもの彼なら何でもない事だが今回は難しい。何故ならメイドのあらわになった白い乳房が、目の前で大きく揺れているからだ。
2階からクレアの声が大きく響く。
「アナタ、シャキッとしなさい! そんな小娘の胸で惑わされないで。後で私の胸を見せてあげるから!」
「もう、見たくない」
小声でささやくホーマー。
「何か言いましたか?」
「いえ、何も!」
再び襲いかかるメイドを投げ飛ばすと、そのまま抑え込む。静かになったので観念したのかと思ったが、メイドはもう1本のナイフで自分の胸を貫いていた。外でその様子を見ていた男はそのまま姿を消す。
ホーマーとクレアが合流する。メイドが盗もうとしたもの、それは国王の印であった。このスタンリー王国でこの印を持つ事を許される人物、それはこの国の王ただ1人である。つまりこの印の持つ者は王である事を意味する。
クレアの部下がコネリーを連れて来ると、一部始終を説明する。
コネリーはクレアの顔を見る。
「カーシー様、いやアイリーン様か? 動きが早いな。この宮殿でこんなにも蠢動(しゅんどう)していると言う事は、コーカス村が気になる。頼んだぞクレア!」
「えぇ、分かってるわ。あとアナタに聞きたい事があります」
今度はクレアが夫ホーマーの顔を見る。
「先程、アナタは私の身体が重いと言いましたね! その後、胸も見たくないと言いましたね!」
冷や汗をかくホーマー。
「き、聞こえていたのか?」
「今夜、アナタに教育を施す必要があるようですね! 覚悟しておきなさい!!」
「クレア、ホーマー君をイジメるな。彼は……」
「お父さん! トバッチリを受けたくないなら、口を挟まないように!」
コネリーはホーマーに気の毒そうな顔をして、その場から退散した。
「お義父さん、僕を1人にしないで下さい!」
周りにいた部下もいなくなっていた。残された2人の間には、そよ風が舞っていた。
その夜、朝のメンバーが集まる。その時パイロンの死は毒殺である事がコネリーの口から発せられる。毒はコンベールのシャロン地方で取れる草の成分と一致。アイリーンとカーシーに関しては出方を待つ事となった。
解散後、クレアとホーマーの夫婦の部屋からは、ホーマーのうめき声が聞こえた。
~カーシーの別荘~
メイドが死亡した3日後、カーシーの手元にメイドからの手紙が届く。カーシーは封筒を開け便箋を取り出す。書かれた内容は家族に宛てた他愛のない日常であった。
「アモス、例の虫を!」
「かしこまりました」
アモスは虫が詰め込まれた箱を持って来ると、その中に便箋を入れる。すると虫が一斉に便箋を食べ始めた。暫くすると便箋は穴だらけになっていた。よく見ると虫が食べたところだけが文字になっていた。メイドはこの虫が好んで食べる葉の汁で文字を書き、その虫が食べる事によって文字が浮かんできたのだ。
仮に魔法で文字を消すと、相手方にもその魔法を使える者がいた場合、解読される恐れがある。その為別の手段を講じたのが今回の手法である。
「手紙によると、早朝ルード宮殿に到着したカラムにメイドが薬の入った水を差しだしたそうです、母上」
同じ部屋にいた母親のアイリーンが言葉を発する。
「それは良かったですね。あの日、私はカラムに策を授けました。あえて矛盾が発生するような内容を覚えさせました。副隊長から隊長に格上げし、最後に手紙と印を渡しました。どうやら功を奏したようですね」
「あと諮問会議を行う予定だったそうですが、取りやめになったそうです」
「それは、なにより。ところで国王だけが持つ事を許されている印は手に入りましたか?」
その時、使いの者がアモスを呼び出す。アモスは一旦部屋から出て行くと、再び入室する。
「アイリーン様、その事に関して発言してもよろしいでしょうか?」
「かまいません」
「では申し上げます。ただ今つなぎの者が戻ってまいりました。それによると、メイドはその手紙を出した後、印を持ち出す事に成功したそうですが、敵の手に落ち捕まったようです」
「な、何ですって!!」
「しかしその後、自害したそうです」
「そ、そうですか。驚きました。もし口でも割るような事態にでもなれば大変な事になります。余り欲をかいてもいけませんね。今回はこれで良しとしましょう」
カーシーはアモスが入れたお茶を飲みながらアイリーンに話しかける。
「あとは雨の日を待ち、カロン殿にアギトを始末してもらえれば、当面の目標は達成です」
「当面はね」
「当面と言いますと?」
「母はある事をコンベール大王国のアンジェ国王様にお願いしている処です」
「何をお願いしているのですか?」
「貴方の未来の妃の事です」
「私の妃ですか?」
「そうです。アンジェ国王様には姫がおりません。その為、ロアン地方を治めるクロード・レロイ・ロアン侯爵の1人娘、リア姫をアンジェ国王様の養女とし、貴方に嫁がせる計画を立てています」
「な、何ですって! その様な事を。 母上、ちなみにリア姫の歳は?」
「喜びなさい14才です。貴方の妃になる時は15才です」
「私とは10才も歳が違いますね」
「若い娘は嫌いですか?」
「嫌いではないですが、美人ですか?」
「私は見た事がないのですが、噂では大変美しいようです」
「分かりました。その話お受け致します」
「貴方は本当に美人が好きですね。ですが、難関が待ち受けております!」
「難関とは?」
「アンジェ国王様の皇太子レオン様が反対をされておるのです。そこまでしてスタンリー王国に肩入れする必要性がないと。あの方とカーシーさんは相性が良くなかったですね?」
「以前お会いしました。ですがどうしても性格が合いません。私もあの方と兄弟になるのは嫌です。が、しかし…」
「そこで、母はあのリリーナをレオン様に差し出そうと思っています。あの者も一応この王家の者。その後どうなろうと痛くも痒くもありません。どうです、良い考えでしょう?」
「そうですね、しかもリリーナは非常に美人です。きっとレオン殿も喜ぶでしょう」
「そうですか、リリーナは美人ですか。丁度良かった。それならばレオン様もお喜びになるでしょう。ではこの話、母が進めておきます。
それに貴方がコンベール大王国の身内になれば、もし皇太子に何かあればスタンリーのみならず、コンベールの王にもなる可能性があります。
全てはこの母に任せておきなさい。よろしいですね!」
「分かりました、母上」
こうしてアイリーンとカーシーの親子は深夜まで密談を続けていく。
アモスは2人に悟られないように、苦々しい顔で聞いていた。
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