第18話 アイリーンの罠

     ~首都オルダン~

 

 首都オルダンにあるルード宮殿。その一室で1人の男性が紺のスーツに身を包み難しい顔をしていた。金髪で碧い目の男性の名は政務省のトップ、コネリー・アイマ・ラッセルである。


 業務のため宮殿を留守にしていた彼は、3日遅れで手紙を読んでいた。差出人は孫娘ジーナからであった。内容は刀の召喚と、その持ち主である龍宮アギトなる人物を一緒に召喚してしまった事。ゴータ村が盗賊達に襲われ、リリーナ以外全員殺害された事などが記されていた。手紙を読み終わる頃、コネリーの部屋に2人の男女が入って来た。



 女性の方は碧い目に金髪のショートカット。身長は165㎝位でしっかりした体型。歳は40才手前。顔のつくりはジーナに似ている。彼女の役職はルード宮殿の近衛副長。名をクレア・アイマ・ラッセル。ホーマーの妻でありコネリーの娘であり、ジーナ達3人娘の母でもある。


 男性の方は碧い目に赤い髪の短髪。身長は180㎝位でがっしりした体型。歳は40才前後。顔のつくりはミアに似ている。彼の役職はルード宮殿の近衛長。名をホーマー・アイマ・ラッセル。クレアの入り婿である。


 クレア。


 「お父さん、何か用ですか?」


 ホーマー。


 「お義父さん、火急の用とは?」


 3人は部屋の中央にあるテーブルに座ると、コネリーはホーマーとクレアに手紙を渡す。


 「ジーナから3日前に届いた手紙だ。読んでみよ」


 ホーマーとクレアは順番に目を通す。


 「お義父さん、これは!」


 「幸いリリーナ様はご無事のようだが、レーンとタリは残念な事とあいなった」


 「お父さん、アル君はとんでもない事になってるわね!」


 「あぁ、こんな事が起きるとはな。しかし、そのアルと同化したアギトなる人物によって、リリーナ様は命を助けられたようだ」


 アゴに手をやるコネリー。


 「ここオルダンとコーカス村は遠く、どんなに急いでも3日はかかる。その分情報が遅れる。その後何もなければよいがな? 念の為ユアンとノエルを呼ぶか」


 クレア。


 「あの2人に繋ぎをさせるのね。確かにあの2人は馬術も上手で、機転もきくわね」


 「クレアから2人に至急コーカスに向かうよう申しつけよ。何かあれば直ぐに連絡をするように!」


 「分かったわ」


 クレアが部屋から出ようとしたその時、1人のメイドが駆け込んで来た。


 「申し上げます。コーカス村がカーシー様の私設軍に襲われたもようです。ただ今コーカス村の使いの者が大臣にお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょう?」



 メイドを視るコネリー。

 確かこのメイドは、ジーナの手紙にあった諜報員。

 「分かった。 直ぐにこの部屋に呼べ!」


 「かしこまりました」


 クレア。


 「お父さん?」


 「クレア! お前もここに居ろ。ユアンとノエルは後回しだ」


 「分かりました」


  

 村からの使者はコネリーの前に現れると、片膝をついた。


 「そのような堅苦しい事はよい。早く村の様子を申せ」


 「はっ」


 村の事を詳しく聞き出した後、ジーナからの手紙を受け取る。


 「お義父さん、ジーナからは何と?」


 「先程の手紙の補足じゃ。それとカーシー様はまた何やら仕掛けてきそうな雰囲気じゃな? ならばこのオルダンから警備隊を派遣し、今回の戦の検証と警備をさせるか」


 ホーマー。


 「お義父さん、何故コーカスの警備隊ではなく、このオルダンからなのですか?」


 「現在、スタンリー王国の法律が適用されるのはこの首都オルダンだけじゃ。他の地域はクラーク様とカーシー様が勝手に法を捻じ曲げ好き勝手やっておる。

 ジーナの手紙にもあったが、ゴータ村では、遺族の財産を親族が相続出来ないらしい。特にあの地域は両陣営の息がかかった警備隊が入り乱れておる。そんな所ではリリーナ様の安全は確保できん」


 「分かりました。それではその派遣される警備隊員の中に私かクレアを入れてください。2人とも留守にするとお義父さんの警備が手薄になりますので、どちらかは残ります」


 「分かった。ならばどちらが行く?」


 クレア。


 「私が行くわ。久しぶりに娘の顔も見たいし」


 「俺だって会いたい」


 「先に言ったのはワ・タ・シ。貴方はお父さんのお世話をお願いね♡」


 「そんなのありか、クソ!」


 怪訝な顔でホーマーの顔を見るコネリー。


 「ホーマー君、私と一緒に居るのはそんなに嫌かね?」


 「い、いえ滅相もない。う、嬉しいです。お義父さんと2人きりでいられるのは」


 「誤解を招くような言い方はやめなさい」


 「ぶぅ!」


 思わず吹き出すクレア。



 そして、2人が部屋から退出すると、その日の業務を終えたコネリーは、宮殿に設けられた自室へと戻っていった。


 「しかし、大胆な行動に出られたものよ。まさか直接、村を襲うとは! 逆にチャンスか? これでカーシー様に対して罪を問う諮問会議が開ける。そこで何らかのペナルティを架す事が出来れば、リリーナ様の身の安全につながる。


 クラーク様に対しても法の自己解釈による法律違反の証拠を押さえる事が出来れば、失脚に追い込む事が出来る。そうなればこの国初の女王が誕生する可能性もある。それをより確かなものにする為にもジーナよ、早急にリリーナ様の秘密を解き明かしてくれ」


 コネリーは独り言を吐いた後、アルコール度数の高いウイスキーを飲むと深い眠りについた。しかし、夜が明けきってない早朝に、コネリーの考えを覆す事件が起こった。



 ルード宮殿の門を守る兵が、コネリーの寝室を訪れ、ある人物の訪問を告げる。


 「コネリー様、早朝失礼致します。ただ今門前にてカーシー様の私設軍の隊長を名乗る者が、コネリー様に門前でお目通りしたいと申しておりますが、いかがされますか?」


 突然の事に飛び起きるコネリー。深呼吸をしたあと平静を取り戻し門兵に話かけた。


 「何、門前で会うのか? 何故だ?」


 「私には分かりかねます」


 「まぁよい。分かった。直ぐに会おう。悪いがホーマーとクレアを呼んで来てくれ」


 「かしこまりました」


 コネリーは少し考えた後、出て行こうとする門兵を呼び止める。


 「悪いが、フレイザー将軍も呼んで来てくれ」


 「かしこまりました」


 何か嫌な予感がする。念の為にラッセル一族とは関係のない人間を1人、入れておいた方がいいだろう。


 地位の高い者は宮殿内に自分の部屋を王から賜っている。


 最初に現れたのはフレイザー将軍。身長は190㎝近く、その鍛えられた肉体は周りの人間を圧倒する。銀髪を短くカットしており、目は深い緑色。歳はコネリーと同じ60才。


 「どうしたコネリー? 俺はまだ眠いぞ」


 「すまんな朝早く呼び出して。カーシー様の使いの者が来て、目通りを申し込んでおる。何かあった時に私や娘夫婦ではマズイと思ってな。まぁ、お前はその時の保険みたいなもんだ」


 「お前は子供の時から用心深い奴だったな。仕方ない。何もなければ今夜の酒代はお前がおごれよ!」


 「分かった、分かった。本当にお前は酒が好きだな?」


 「人の事が言えるか」


 そこにホーマーとクレアが現れた。


 ホーマー。


 「これはフレイザー将軍おはようございます。こんな早朝に何かあったのですかお義父さん?」


 「カーシー様からの使者が来られた。何やら急いでいる様子。では全員揃ったので使者殿に会いに行くとするか」



 門前には1人の薄汚れた兵が地面に正座しコネリーが来るのを待っていた。剣は門番に渡してあり丸腰である。


 「私がコネリーだが、その方がカーシー様の使いの者か?」


 「ハイ、私はカーシー様の私設軍で隊長をしております、カラムと申します。お初にお目に…」


 「前置きはいい。本題を申せ」


 「かしこまりました。その前にこちらの手紙をお渡し致します。私の話が済みましたら、その手紙を読んでいただきたく存じます」


 コネリーは手紙の裏を見ると差出人はカーシーの母親アイリーンからであった。策略の匂いを嗅ぎとるコネリー。



 カラム。


 「それでは申し上げます。今回カーシー様の軍がコーカス村を襲撃したのは間違いございません。しかしそれを画策しましたのは、カーシー様の母君アイリーン様でございます。当時カーシー様はコーカス村ではなく、ご自身の別荘にて猟を楽しまれておりました。

 コーカス村に居たのはカーシー様の偽者です。全てはアイリーン様の陰謀。どうかカーシー様の無実を信じていただけませんでしょうか」




 一同唖然となる。フレイザーがカラムに尋問をする。


 「お前は3日前、コーカス村にいたのか?」


 「はい、私もその場におりました」


 「隊長ならカーシー様の顔は存じておるな?」


 「はい、存じております。あの顔はカーシー様ではございません。似てはおりますが別人でございました」


 「お前は何年前から、カーシー様の軍で働いておる?」


 「私は10年前からおります。ですからカーシー様の顔を間違える事はございません」


 「なるほどな」




 今度はコネリーはカラムに話しかける。


 「何故、面会場所をここ門に指定したのだ? 私が個人で使用している部屋では何かマズイ事でもあるのか?」


 「それは私の服が汚れておりますれば、お部屋を汚さないようにと思ったまで」


 「そうか、それは有り難い。ところで他には報告はないのか?」


 「私の話が真実である証としてアイリーン様より、これを預かっております。どうぞお確かめを」


 そう言うとカラムは王家の紋章、鷹が彫られた印をコネリーに渡す。


 「他にはないのか?」


 「はい、ございません」



 ここでコネリーはアイリーンからの手紙を読む。



 『 拝啓  コネリー・アイマ・ラッセル様


  不躾ながら前置きはせずに本題に入らせてもらいます。この手紙をお読みになられていると言う事は、既にこのカラムと申す者の話をお聞きいただいたと思います。長年政務大臣をされている貴方ならお気付きになった事がおありになると思いますが、この者は幾つかの嘘をついております。


 その一つ目はこの者は、カーシー軍の隊長ではなく副隊長です。この者は以前から自分を誇張する癖があり、その都度戒めておりましたが中々治りません。これに関してはコネリー殿は預かり知らぬ事でしょう。


 二つ目はカーシー軍の創設は今から6年前でございます。これに関してはコネリー殿もご存知ですね。


 そして最後にその者がもし王家のは紋章の入った印を持っていれば、それは我が家から盗まれた物。


 見当たらないのです、いくら探しても印が。カラムは持っていないと申しておりましたが、もし持っていたならば当家より盗んだ品です。私設軍とは言えやはり印がなければ軍を動かす事は無理でございます。何故なら命令を認可する書類には必ず印が必要だからです。


 今回のコーカス村の件は、全てそのカラムと名乗る男が1人で仕組んだもの。その者はカーシーが出世すれば己も出世し、いずれは貴方の政務大臣のイスにも手が届くと固く信じている者です。影武者を立てたのもカラムです。残念ですが私にこの者を止める事が出来ませんでした。


 コネリー殿は私やカーシーを疑っておられるでしょう。しかし私はコーカス村の件には全く関わっておりません。勿論カーシーも関わっておりません。


 よろしければ貴方様のもとで、その者が裁かれるのを期待しております。


 なおそちらに王家の印がありましたら、ご返還をお願い致します。印の返還がこの国に安寧をもたらすでしょう。


 最近は私はコンベール大王国のアンジェ国王様との御茶会などで忙しく、コネリー殿のお顔を拝見する事も出来ず寂しく思います。ではいずれお会いいたしましょう。




           次期国王の母、アイリーン・ドミニク・スタンリーより』





 一読したコネリーは空を仰ぎ、大きくため息をついた。


 やられた! 先手を打たれた。こんな見え透いた嘘は子供でも分かるわ。印を返せだと? 印を返さなければ大王国との戦か? しかし、印を返せばカラムと名乗る男を処罰せなばなるまい。どちらにしてもアイリーン様の手のひらの上で踊らされる事になるのか。忌々しい! 


 だが戦をすればこのスタンリー王国はコンベールに飲み込まれる…仕方ない。ここはカラムに人柱になってもらうしかないな。


 正座をしていたカラムに近づくコネリー。その時突然、吐血する。一同は一斉に彼に近づく。

コネリーはカラムを抱きかかえると、彼はコネリーの手を掴み、虚ろな目で訴える。


 彼は最後の言葉を振り絞る。


 「だま……され……た」


 「おい、しっかりしろ!」



 その後、カラムは帰らぬ人となった。



 その様子を廊下の窓から、緑色の髪をした1人のメイドが覗いていた。

 

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