第17話 カーシーの誤算

 カーシーは自身を含め、幹部達と先に別荘に帰還を果たした。そして負傷者の治療の準備、母親の実家から借りていた兵の返還の準備等に追われていた。コーカス村と別荘の距離は約15キロ。敗残兵達はその距離を時間をかけて戻る事となる。全ての兵が帰還すると、改めて負傷者の数に驚く幹部達。庭園に収まりきれない負傷兵を見ながら思わず声をもらすカーシー。


 「ここまで酷いとは思わなかった。ほとんどがあのアギトとか名乗る男にやられたのか?」


 傍にいたアモスが応える。


 「左様でございます。死亡者よりも負傷者の方が圧倒的に多く、撤退にも多くの時間がかかりました」


 「分かっている。しかしこれでは回復魔法が使える人間が足りんだろう?」


 その時ある女性が現れた。歳の頃は45才前後で白いブラウスとスラックスを身につけた貴婦人。ロングの銀髪をまとめて結び、碧い目をした妖艶な女性。名をアイリーン・ドミニク・スタンリー。第2王子カーシー・ドミニク・スタンリーの母親、その人である。アモス、ネイルがひざまづき、それに続いてカロン、バディがひざまづく。


 カーシー。


 「これは母上、突然このような場所に来られるとはいかがされました?」


アイリーン。


 「気になって来たのです。貴方の計画が予定通り進んでいるのかどうか? それがなんです、この様な事になっていようとは!」


 「も、申し訳ありません母上。これには事情がありまして…」


 コーカス村での一件をアイリーンに説明するカーシー。


 「そのアギトと名乗る異世界人に、ものの見事にやられたと」


 「そうです。そしてこれがその証です」


 後ろにいる負傷兵を見せるカーシー。


 「にわかには信じられない事ですが、この光景を見ると信じるしかないようですね。あと回復魔法を使える者はこの母が多く連れて来ております。それに関しては心配しなくても大丈夫です」


 「母上、ありがとうございます。本当に助かりました」


 「念の為に連れて来て良かったですわ。それで、カーシーさんは今後どうされるおつもりですか?」


 「はい、その事に関してはこれから計画を練り直したいと思っております」


 「分かりました。それではこの母も参加させて頂きましょう」


 「母上がですが?」


 「そうです。私もお金と兵を出しているのです。参加する権利はあると思いますが?」


 「そうですが…」


 「よろしいですね、カーシーさん?」


 「分かりました。母上もご一緒にどうぞ」



 2階の会議室に移動する一行。


 カーシーはアイリーンにカロンとバディの紹介をすませた後、今後の方針を決めるため会議を始める。


 長方形の机には、ネイルをはじめ軍の関係者が席に着き己の意見を出す。後ろのテーブルにはカロン、バディそしてアイリーンがその内容に耳を傾けていた。多くの意見が出された後に、カーシーが自分の意見を出す。


 「俺としてはアギトとクラークを戦わせ、弱った方を叩くつもりだ。わざわざコンベールから来ていただいたカロン殿とバディ殿には申し訳ないが、作戦の為に今回はアギトを見逃し利用したいと思う。皆の意見を聞きたい?」


 「「「「「異議なし!」」」」」」


 多くの将兵が賛同し、そのまま可決されようとした時、それまで黙っていたアイリーンが口を開いた。


 「カーシーさん、よろしいですか?」


 「何でしょうか、母上?」


 「私は戦の事はよくわかりません。しかし、貴族と言うものは貴方よりよく存じ上げております。貴方の言う事は多分正解なのでしょう。ですが、貴族の心構えとしては決して褒められた物ではないですね」


 「どういう事でしょうか?」


 「よくお聞きなさいカーシーさん。貴族というのは舐められたら終わりの世界です。例え世間が馬鹿馬鹿しいと思っていたとしても、名誉の為に命をかけるものなのです。貴方のお話ではアギトという人物を見逃し漁夫の利を得るお考えなのでしょう?」


 「はい、母上のおっしゃる通りです」


 「では訪ねますが、貴方がこの先スタンリー王国の王となった時、下々の者に『アギトとか言う異世界人に負けた王様だ』と一生言われる事になりますが、貴方はそれでよろしいのですか?」


 言葉につまるカーシー。


 「つまりそういう事です。ここで逃げてはダメです。ここが正念場だと思いなさい。貴方は貴族であり、そしてこの国の王となる人物。逃げる事はいつでも出来るのです。幸いこの場にはカロン殿とバディ殿がおられます。この巡り逢わせも選ばれし者の運命。彼等の力を借りて貴方の望むものを得るのです」


  カーシーは少し考え、母親の顔を見る。


 「母上、ありがとうございました。目が覚めました」


 優しい瞳で息子を見つめるアイリーン。


 「それでいいのです。王には王の威厳、風格というものがあります。よろしいですねカーシーさん。私は少々出しゃばり過ぎたようです。それでは、これにて失礼します。負傷兵の事はこの母にお任せなさい」


 そう言い残すと負傷兵の所に行き、1人1人励ましの言葉をかけるアイリーン。

アイリーンはそこで負傷兵の世話をしている副隊長のカラムに声をかけた。彼は何かを命じられた後、姿を消し二度と現れなかった。



 「皆の者、俺の考えは言はなくても理解したな。兵は一度解散。そしてカロン殿とバディ殿にはこの別荘にて雨が降るまで待機してもらう。同じくネイルも怪我をしていない兵を50人残しこの別荘で待機。よいな!」


 「ハッ!!」


 

   それから10日後、雨を迎えるのであった。

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