第16話 心の傷
カーシー軍が帰還した後、多くの村人は喜びに沸いていた。ブリス夫婦も抱き合っていた。皆生きている事に感謝している。そんな中、馬車に乗った花屋の女の子が村の中に入って来た。
「足止めででもされていたのか」
彼女から視線を外すアギト。今の彼はカーシーやアモスとのやり取りの時とは違い、高揚感が静まり冷静に物事を見る事が出来た。
橋の方向に歩を進め、累々と積み重なる屍を眺める。そこから100m先にも多くの屍が散乱していた。堀の周りにはおびただしい手足が転がっていた。
心が震える……痛い、心が痛い。
アギトは盗賊を斬った時も、心を痛めた。しかし、今回は更に苦しんでいた。戦いの最中は生き延びる為に必死で分からなかった。だが、冷静になるとアギトは自分がこんなにも多くの人を殺(あや)めたんだと苦しんでいた。
いくら敵とはいえ、この人達にも家族がいただろうに。だがこちらが殺らなければ立場は逆だったはずだ。
そんな事を思っていると、背後からジーナが声をかけてきた。
「アギト君、どうしたの、散歩?」
「そんなところだ」
「それより怪我人の方はいいのか?」
「えぇ、もうすんだわ。それより元気ないわね、アギト君? カーシー軍を撃退したのに」
「……」
アギトに肩に手を乗せるジーナ。
「ジーナさんも結構、人を殺めたみたいだけど、心の方は大丈夫か?」
「えぇ、私もミアも大丈夫よ」
「強いんだな」
「そうね…でも、ここで心がまいってたら次の戦いには挑めないわ。また来る可能性があるから」
「そうだな。しかし、ジーナさんもミアも凄いな。俺とは育った環境が違うからなのかな。俺は自分でメンタルは強いと思っていた。実際強いと思う。
だが、戦争に関してはダメだ。俺のいた国は平和だったから戦争がなかったんだ。しかし、今後の事を考えれば、そんな悠長な事は言ってられない」
「アギト君聞いて。貴方がいなかったらこの村は今頃ゴータ村と同じ運命を辿っていたと思うの。その運命を変えてくれたのは、まぎれもなく貴方よ、アギト君! 貴方が助けた命は決して少なくはないのよ」
「分かってる。俺自身、昨夜の選択は間違ってないと思うし、あれ以上の作戦はなかったと思う。けど、けど、心が痛いんだ! 出来ればここから逃げたい。この世界から!
だけど、それ以上にリリー、ミア、そしてジーナさん、貴女達を守らなければならないと心が訴えてるんだ」
悲しい顔をするジーナ。
「ごめんなさいね、アギト君。私達がこの世界に呼んだばかりに……私てアギト君に何回も謝まってるわね」
「別に謝る必要はない。ただ心が痛いんだ。悪いが少しの間1人にしてくれないか。落ち着いたら後始末の手伝いするから」
「分かったわ。アギト君を1人にさせるのは心配だけど、そう言う事なら仕方ないわね。無理せずにゆっくり戻って来て。アナタは我儘を言うだけの事はしているわ」
「すまない、ジーナさん」
俺は暫くして村に戻ると、皆の手伝いをする。皆は活躍した事を褒めたたえ、事後処理などしなくてもいいと言うが、何かしなければ心がもたなかった。そして夜を迎えた。今夜は静かな夜だ。昨夜なかった紅い月が出ていた。
ちなみにこの世界ではもう一つ碧い月があり、不規則で現れる。どんな法則なんだろう?
家に戻ると3人の女性がアギトの帰りを待っていた。
リリーナ。
「兄様、大丈夫ですか? ジーナさんから聞きました。何か私に出来る事があれば何でも言ってください。」
「大丈夫だリリー。心配してくれてありがとう!」
ミア。
「アギト、ボクの手料理はまた体調がいい時に作るから、今夜のご飯は姉さんの作った物を食べて」
ジーナ。
「アギト君、お昼も食べてないでしょう? 直ぐに用意するから食べてね。本当は胸の刻印の話なんか聞きたいけど今夜は止めておくわ。今夜は早く寝て」
「分かったよ。あと皆俺の事を心配しすぎだ。こんな男のために」
リリーナ。
「何言ってるんですか? 兄様は私の大事な家族です。自分の事をこんな男とか言わないでください!」
「悪気があって言ったんじゃない。すまなかった」
ミア。
「ボクにとってもアギトは大事な人だ。そんなに自分を蔑(さげす)まないで!」
「ごめん、謝るよ」
食事をすませ、お風呂をいただく。寝る場所は我儘を言って家の近くの納屋にしてもらった。今夜は1人になりたかったから。
「アギト、何で納屋なんだよ。ボクの部屋もとに戻したから、ボクの部屋で寝てよ。ボクはリリーと寝るから」
「ありがとう、ミア。でも今夜は我儘を言わせてくれ」
~壁の上~
アギトは納屋に行くとさっき食べた物を吐いた。そして眠いのに眠れない。気分を変えるために村の壁に設置してある足場に向かい外を眺めるアギト。
「昨夜はこの村が戦場だったんだな」
「そうね。昨夜はありがとうね、アギトさん」
(俺を心配してジーナさんが来たのかと思っていた。しかし、そこにいたのは別の女性だった。金髪の長い髪が風にたなびき、それを指でかきあげる。碧い瞳が遠くを見つめていた。そして俺の方に視線を移すと、真っすぐ俺の目を見つめる。美人と言うより可愛い顔をした女性だ)
「貴女は確か…」
「ひどいわねアギトさん。私の顔を忘れたの? 家が近所なのにもう! ジーンよ。ジーン・ブリスよ」
「すまない、ボーとしてたもんだから」
「いいわ、許してあげる。それとアギト君て呼んでいいかな?」
「別にかまわない。それより、赤ん坊はいいのか?」
「えぇ、旦那に任せてきたわ。たまには親子2人きりにしてあげなくちゃ」
「こんなところ、誰かに見つかると変な噂を立てられるぞ。俺はいいが貴女に迷惑がかかる。先に下りるよ」
「今来たばかりじゃない。そんなつれない事を言わないの! 本当アギト君て17才にしては大人びてるわね。しかも強くて、頭も良くて、顔も良い。うちの旦那と大違いね。これじゃ周りの女の子は放っておかないわね?」
「自分の夫を悪く言うもんじゃない。必死でこの村を守った旦那さんに失礼だ」
「今のは本音じゃないわ。彼は私なんかにはもったいない男性よ」
「ノロケならほかでやってくれ」
「ゴメンね。でも貴方みたいな男性を見るとほっとけないのよ」
「お節介焼きか」
「何か言った?」
「何でもない」
「そう。少し私の話に付き合って」
「分かった。夜はまだ長いからな」
「ありがとう。実は私はね、この村の人間じゃないの。ここから北にあるフィル村の出身よ。6年前このコーカス村と合同でお祭りがあったの。その時に今の旦那と出会い、1年後に結婚し先月赤ちゃんを授かったの。やっと出来た子なの。
彼は結婚する前にこの村の出来た経緯を話してくれたわ。その内容に私は驚いたわ。王様の隠し子リリーナ様を守る為に出来た村だと聞いて。だから私は旦那を説得してフィル村に移る事を勧めたの。
だけど、彼は『僕だけが逃げる訳には行かない』って。その時私も覚悟を決めたの。彼のいる場所が私のいる場所。どんな事があっても彼と最後まで添い遂げるって。
そして月日が流れ、ケビンという赤ちゃんを授かり幸せの絶頂を迎えたの。でもそんな時に、カーシー様の軍が攻めて来たの。死を覚悟したわ。いざとなれば彼と私とケビンの家族3人で死のうって。きっと男と子供は殺され、女は犯される。そんな事は絶対にイヤ!
でも天は私達に味方してくれたわ。アナタ、そうアギト君がいてくれたの。このコーカス村に。そして貴方の指揮の下、見事に彼らを撃退してくれた。その命の恩人が弱り、傷つき、悩んでいるなら助けてあげたいの。いえ、恩返しがしたいの。多分、私だけじゃなく多くの村人は思っているわ。
今夜ここでアナタと会う事は旦那にも言ってあるの。だから安心して、悪い噂は立たないわ」
「すべてお見通しか。相談を持ち掛けたのはジーナさんか?」
驚くジーン。
「凄いわね! でも彼女とは関係なく、純粋にアナタの力になりたいの。私から見てもわかるもの。アナタは一人で全てを抱え込んでる。アナタは賢いから人に相談せずに一人でこなしてしまう。そしてそれがアナタの心を蝕(むしば)んでいる。アギト君、アナタ気が付いてないわね?」
「なにが?」
「今、涙を流してるわよ」
アギトは指摘され初めて気が付いた。自分が涙を流している事に。彼女はアギトの顔をその胸に抱え込み優しく語りかける。
「我慢しなくてもいいのよ。好きなだけ私の胸で泣いて」
アギトは膝まづくと彼女の胸の中で泣いた。泣くつもりがないのに泣いた。声を出さずに、ひっそりと。どれくらいの時間が経過したのか分からない。
優しく語りかけるジーン。
「よかったら、アギト君の話も聞かせて」
「人に話せるような人生を歩んでない。いや、話してもつまらない人生だ」
「本当にアギト君て、ひねくれてるわね。あの3人の女の子も苦労するわね」
「どうしてリリー達が出てくるんだ?」
「分かってるんでしょ? ミアちゃん、ジーナちゃん、そしてリリーナ様。ここではリリーちゃんと呼ぶけど、皆、アナタの事を愛してるわよ。見てたら分かるもの。それが気づかないアギト君じゃないでしょ。勘が鋭く、頭の回転が速いアナタが」
「俺は彼女達が好きだ。しかし、俺は彼女達と恋人関係にはなれない。まだ心の整理がついてないから」
「心の整理て? 何か理由があるのね?」
「……」
「よかったら教えてくれない?」
「……俺はこの世界に来るまでは学生だった。1年前に両親を事故で亡くし、2ヶ月前に最後の家族の爺さんまで病(やまい)で亡くした。しかし爺さんが亡くなる1ヶ月前、つまり今から3ヶ月前、当時付き合っていた彼女が突然、行方不明になったんだ。
あの日俺の家で、俺、爺さん、彼女の三人で夕飯を食べ、その後、彼女を家まで送って行った。彼女の家まであと20mの所で別れたんだ。それが最後の別れになった。その後、彼女を目撃した人は誰もいない。もしあの時、俺が玄関まで送っていれば、彼女は…」
「まだ彼女の事が好きなのね?」
「あぁ、今でも愛してる」
「よかったら、彼女の名前を教えてくれない? 嫌なら無理にとは言わないけど」
「……つかさ」
「それって、もしかしてあの……」
「何だ?」
「いえ、ごめんなさい。何でもないわ」
「俺としては、もう少し時間が欲しい。悪いけど」
「分かったわ。時間がかかってもいいから、そのうち彼女達の心に応えてあげて」
「……分かった。そのジーンさん、今夜は色々世話になった」
「どういたしまして。たまには若い男性とお話するのもいいわね。久しぶりにドキドキ感があって嬉しかったわ。あとアギト君、友達感覚で喋っていいのよ」
「そうはいかない。貴女の年齢は多分18才プラス6才で2……」
いきなりジーンに顔を引っ張られるアギト。
「アギト君、死にたい?」
アギトは思わず顔を左右に振る。
「いい、アギト君? 女性の年齢を気にしてはダ~メ! 分かる? その若い命を散らせたくないわよね? ちなみに私の年齢は永遠の16才よ。分かるわね?」
今度は首を縦に振る。
「アギト君って物分かりが良いから助かるわ♡」
アギトは彼女を玄関まで送ると、もう一度礼を言って別れた。
アギトの姿が見えなくなると、ジーンの玄関からジーナが現れる。
「すみません、ジーンさん。遅くに無理を言って」
「いいのよ。私も楽しかったわ」
「私では彼を包み込むのには若過ぎました。だから人生経験の豊富なジーンさんにお願いするしか……」
ジーンは笑いながらジーナの顔を引っ張っていた。
少し落ち着くとジーンはアギトと話した内容や心情、そしてつかさの事を話した。
ジーナ。
「その…つかさって、まさか?」
「ジーナちゃんもやっぱりそこに辿(たど)り着くのね。本人ではないと思うけど、何らかの繋がり、いえ、関係はあると思うわ」
「まさか、アギト君とあのお方が」
「まずアギト君と同じ黒髪、そしてあのお方に名前が似てるのよ。勿論、微妙に違うけど。そして、つかささんの突然の失踪。でも時間に大きなズレがあるわ」
ジーナはアギトと出会った頃の事を思い出す。
「確かにアギト君は、時間とか距離の単位が同じで驚いてたわ」
「その単位を決めたのはミナギ教国。でもそれは1000年も前よ。今の姫巫女様は43代目サーラ・ディ・ミナミ様。しかも、この名は代々引き継がれる名前。本当の名前は分からないわ」
「ジーンさん、もう一度、彼女の名前を言ってもらえませんか?」
「いいわよ。アギト君の彼女の名前は美波つかさ。ミナミ・ツカサよ」
ジーンの夫と赤ん坊は深い眠りにつき、ジーンとジーナは深い謎に包まれていた
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