第13話 コーカス村攻防戦 情勢

      ~他の壁~


 レス・ブリスはアギトと反対側の壁にいた。この壁の防衛を任されていた人物がレスである。妻のジーンは赤ん坊を抱いて夫レスに声をかけた。


 「あなた、無茶はしないで! 先月子供を授かったばかりです。あなたが……父親がいないのは不憫です!」


 「分かってるよ。でもこの村を守らなければ、キミもケビンにも未来がない! だから僕は……僕は家族を守る! どんな事があっても!」


 深い口づけを交わすレスとジーン。


 「ここは危険だからもう家に帰って欲しい。この子を頼む!」


 「この子の事は任せて! だから、死んではだめよ!!」


 後ろ髪を引かれながら、夫と別れ家に戻るジーン。

 

 「この子の為にも死なないで、あなた!」



 ジーンと別れ、壁に設置してある足場を上り、壁の外を見る。外は多くの兵で埋め尽くされていた。


 「何だ、この数は!」


 コーカス村を取り囲む兵を見て驚くレス。よく見ると、多くの歩兵部隊の中に弓矢隊が混じっている。近くには荷車も幾つか見受けられる。その中から取り出している矢の先端には油紙を巻いてあるのが見えた。


 火矢(ひや)か……なるほど。ミアさんが言ったとおり、家の屋根と壁に水をかけておいて良かった……ん? 橋の方がざわついているな。どうやら向こうでは戦いが始まったようだな。ではこちらも始めるとするか。


 「みんな、奴らが仕掛けてくる前にこちら側から仕掛けるぞ! 僕が合図を下したら火矢を射掛ける。いつもの練習と同じだ。緊張するな!」


 一斉にキリキリと弦を引く音が静かに響く。100人の男達が壁の向こうにいる兵に照準を合わせる。男達が『この村を襲いに来た事を後悔させてやる』と心を一つにした時、レスの号令が鳴り響く!



 「撃てーー!!」


 ついに他の壁でも戦いが始まる。続けて火矢を敵の荷車(にぐるま)めがけて放つ。燃え上がる荷車。敵は燃えていない荷車を安全な場所に移動させ、壁めがけ反撃の火矢を放つ。火矢と火矢の応酬が始まった。






      ~橋~


 橋の修繕をする人達の護衛を任されたミアとジーナは、僅かに残った兵を相手に奮闘していた。橋の近くにいたフルメイルの敵は全てアギトが撫で斬りしていたので、あとは防御力の劣る敵ばかりだった。


 ミアは三節棍を身体にまとわりつかせながら、まるでカンフー映画のような動きをしていた。時折、手元の鎖を引くと三節棍から棍棒に変化し敵を撲殺する。


 一方のジーナは、ムチを自分の手足のように使い敵を蹴散らしていた。敵の足をすくい上げ地面に倒れると、すかさずヒールで顔面を踏みつけ死に至らしめた。


 ミア。


 「姉さん、アギトがフルメイルの敵を全て倒したおかげでやりやすいね!」


 「ミア、油断をしてはダメよ。アギト君がいない今は私達がこの橋の要(かなめ)なのよ!」


 「分かってるって! でもアギトは凄いな、頭だけじゃなく腕も立つんだ。ボク見直したよ!」


 「言っとくけど、アギト君にちょっかい出さないでね! 私が先に見つけたんだから!」


 ふくれ面のミア。


 「……ケチ」


 「何か言った?」


 「いえ、別に!」



 そんなやり取りをしながら、2人は敵を薙ぎ倒していた。






     ~寄合所~


 リリーナと村長、そして村の女性達が寄合所に集まっていた。部屋のテーブルやイスを片付け1階にはマットを20枚、2階には15枚マットを敷き詰める。いつ怪我人が運び込まれれてもいいように準備を整える。


 リリーナ。


 「ここに誰も運び込まれないのが、一番いいですね」


 リリーは腕組みしている村長に話かける。


 「そうですな、リリーナ様」


 「村長さん、リリーナ様はやめてください。リリーと呼び捨てにしてください」


 「それは流石に。ではリリーさんと呼ばせてもらいます。アギト殿のあの強さ、凄まじいですな!」


 「はい、さすが兄様です! これならこのコーカス村も守りきれるのではないでしょうか」


 「そうですな。他の壁もまだ大丈夫みたいです。しかしアギト殿の適切な指示がなければ、危なかったですな」

 

 「そうですね」


 リリーナはアギト、ジーナ、ミア、レス、皆の顔を思い浮かべた。


 「皆、無事に帰って来て!」


 リリーナはそう言うと、胸の前で両手の指を絡ませ祈るのであった。






     ~橋から100m離れた場所~


 アギトは橋の護衛をミアとジーナに任せ、少し離れた所で歩兵部隊と対峙する。騎馬隊は指揮系統が乱れ、再編成するのに時間がかかっていた。アギトはこの時間を使い、出来るだけ多くの歩兵を削る事に専念していた。


 アギト。

 かなり削れたはずだ。一度戻るか。


 橋に戻ろうとした時、歩兵部隊の後方にネイルの姿を捉えた。


 「見つけたぞ、ネイル!!」


 ネイルは歩兵の中から現れ、持っていたランスの先端をアギトの方向に向ける。


 「キサマ、いったい何者だ!」


 「俺はただの村人だ」


 「ただの村人がこんなに腕が立つものか!!」


 「戯言はいい、行くぞ!」


 アギトは腰をやや落とした状態で、徐々に近づき間合いを詰める。ネイルがランスをアギトめがけて突き出す。


 アギト。

 流石に軍を率いているだけの事はある。鋭い突きだ。だが。


 アギトはそのランスを斬り上げ真っ二つにする。


 「バ、バカな!!」


 アギトはネイルの首を刎ねようと、今度は斬り上げた国切丸を振り下ろす。その瞬間、アギトの手首めがけて何者かがレイピアを打ち込んでくる。咄嗟に軌道を変えそのレイピアを叩き斬るアギト。


 レイピアの男。


 「怪我はありませぬか? ネイル殿」


 「おお、カロン殿! た、助かりました!」


 アギト。

 ネイルに気を取られカロンに気がつかなかった。いや俺に気配を感じさせなかったカロンを褒めるべきか。

 「ほぉ、リリーの親の仇が現れたか。いい機会だ、仇を取らせてもらう!」


 アギトは国切丸を納刀するとカロンに向きを変え、再び抜刀の構えをとる。カロンは真っ二つにされたレイピアを捨て、もう1本のレイピアを腰から抜く。その剣先をアギトに向ける。


 アギト。

 流石だな、手強い。


 2人の間の時が止まる。カロンが仕掛ける。アギトが抜刀する。しかし、カロンはそのまま後方に退き、国切丸は空を斬る。


 カロン。


 「今日は貴殿と戦っても、私に勝ち目がない。このまま引かせてもらう。しかし、貴殿の弱点を見つけた。今度会う時はその命もらい受ける!」


 気がつくとネイルはバディの肩を借り、馬の近くまで移動していた。


 一杯食わされたか。


 カロンはアギトに背を向けると、その場から立ち去る。まるで背後から襲いかからないのを、見越しているかのようだった。


 アギト。


 「カロンさんだったか? 今度いつ会える!」


 「そう遠くない日に、必ず!」


 「分かった、楽しみにしてるよ!」


 「私もだ!」



 カロンと合流するバディ。


 「それにしても、あの者の手首によくレイピアを打ち込めましたね、見えないはずでは?」


 「あぁ、見えかった。しかし、ネイル殿めがけて刀を振り下ろすなら、その軌道はいたってシンプル。そこを狙ったまで。 しかし、あそこから刀の軌道を変えただけでなく、こちらのレイピアを叩き斬るとは凄いな! 敵ながら大したもんだ!」


 「お師様、敵を褒めるとは感心いたしません! しかしあの者の弱点を見つけたのは本当ですか?」


 「本当だ! だが、それにはある条件が必要になる。それまでは待つしかない」


 バディの肩を借りたネイルがカロンに話かける。


 「カロン殿、それは本当ですか?」


 「えぇ、ですからその条件が揃うまで待って欲しいのです。それまでは、あの男には勝てません」


 「分かりました。私からもカーシー様に申し上げましょう。どのみちあ奴を倒さねば、カーシー様は前には進めないでしょう」


 「かたじけない」


 カロンとバディは編成中の騎馬隊の近くで待機する。ネイルは馬にまたがると別の壁へと移動し、再び隊の指揮をとった。






     ~橋~


 アギト。

 俺の弱点か? 俺自身、気がつかない癖? まあいい、今度立ち会えば分かる。


 アギトは見える範囲で村の様子を探る。時間的に暗くなったので、村は松明(たいまつ)に火を付け周辺を明るく照らしている。


 まだ村の中は燃えてないな。防火対策が効いているようだ。周辺を確認してミアとジーナのいる場所に戻ると、2人は修理をしている村人を警護していた。周りには敵兵はいない。全て倒したようだ。

 

 「大丈夫だったか? ミア、ジーナさん!」


 ミア。


 「こちらは大丈夫だ、アギトがフルメイルを全部斬てくれたから、楽だったよ!」


 ジーナ。


 「アギト君の方も、大丈夫だったみたいね!」


 「あぁ、ところで、橋の方はどんな感じだ?」


 「敵がいないから、はかどってるわ。もう少しで終わるみたいよ」


 「そうか。それじゃ、後は任せてもいいかな?」


 「どうするの、アギト君?」


 「今夜は月が出ていない。そして今の俺の服は黒い上下に黒い胸当てだ。やる事は一つ。奴らの背後に回り奇襲を仕掛ける。まさかたった1人で仕掛けてくるとは思っていないはずだ。裏をかいてこそ成功率が上がると言うものだ!」


 「危険よ、アギト君!」


 「今はどこにいても危険だ。なら、少しでも生き残れる工夫をすべきだ。それが今だよ、ジーナさん。それに俺はまだ全力を出し切ってないし、体力も残っている。調子にのるのは良くないが、意外と冷静だ。だから信用してくれ!」


 「仕方がないわね。でも絶対に無茶はダメよ」


 「分かってる」


 「気をつけてね、アギト君」


 「あぁ」


 ミア。


 「アギト、必ず帰って来て! もし無事に帰って来てくれたら、その……ボクの手料理を食べさせてあげるから」


 「「えぇ!!」」


 驚くアギトとジーナ。


 「そんなに驚く事ないだろう! 失礼な!!」


 「そうだな、無事に帰ってこれたらお願いするよ。じゃあ行ってくる」


 アギトは走り出すと、そのまま闇へと消えていった。


 「ミアさん、どういうつもりかしら?」


 ミアに詰め寄るジーナ。


 「な、何が?」


 「手料理よ!」


 「い、いいじゃないか、手料理ぐらい」


 「あのミアさんが料理を作るなんて、槍が降ってくるわね! まぁ、いいわ。その話はこの戦いが終わってから、ゆっくりと聞かせてね、 ミ・ア・さん!」


 「こ、怖い!」




 時間は深夜の12時になろうとしていた。

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