第12話 コーカス村攻防戦 3人の女神

 4メートルの壁の上に立ち、周りを見渡すアギト。その目は2キロ先の丘いる4人の人影を捉えていた。4人は馬に乗った状態でコーカス村を見ている。


 アギト。

 カロンにバディにアモス、そしてカーシーか。ハッキリとは分からないが、俺の第六感がそう言っている。そして何やら音が聞こえる。まさか!? 


 アギトは一度地面に降りる。

アギトの後を追って来たジーナ、ミア、そしてリリーナ。


 「どうしたのアギト君。突然走り出したからビックリしたわ!」


 「どうしたんだ、アギト」

 

 「そうですよ、兄様」


 アギトは3人を無視して地面に耳を当て集中する。

 聞こえる。僅かだが蹄(ひづめ)の音が聞こえる。遂に来たか!


 アギトは3人に大きな声で命令を下す。


 「ジーナ、村長に報告!! この村に敵が攻めて来る。敵の数は約2000~3000!! 敵はカーシー軍!! 迎撃の用意を急げ!!!」


 驚くジーナ。


 「ウソ、まさか!!」


 「詳しい説明は後だ! それと橋の鎖と滑車の取り付けが出来る人間、もしくは修理の出来る者を連れて来てくれ! すぐに!!」


 「分かったわ!!」


 敵軍が来れば修理どころじゃないがな。やれる事は出来るだけやっておきたい。

 「そしてミア!!!」


 「はい!」


 「空気が乾燥してるから、火矢を使ってくる可能性がある。かく家々に連絡しろ。『出来る限り屋根、壁に水をかけ防火につとめよ!!』と」


 「分かりました!!」


 全速力で駆け出すジーナとミア。


 「そしてリリー!!」


 「はい!!」


 「お前もジーナと一緒に村長の所に行ってくれ!」


 「何をすればいいんですか?」


 「何もしなくてもいい。そのまま待機!」


 「何で!?」


 「カーシーの目的はリリー、お前だ!! だからこの橋から離れろ!!」


 「イヤです!! 私もここで皆と一緒に戦います! ですからここにいます!」


 「お前に出来る事はここにはない! 村長の所に行って担ぎ込まれる怪我人の手当てをするんだ。リリーを邪魔者扱いにするわけじゃない。人には出来る事、出来ない事がある。俺には回復魔法は出来ない。しかしリリー、お前には出来るだろう!!」


 「そうですが……」


 「なら、ミア達が帰り戻って来るまでの間ここにいてもいい。その後は寄合所にいる村長の所に行くんだ。いいな、リリー!」


 リリーナは顔を下に向け、渋々納得する。


 「…分かりました」



 アギトはこの村の防御態勢を考える。

 壁の高さは4メートル。壁の内側は地上3メートルぐらいの位置に足場が組まれている。そこから左右に移動でき、弓を射る事が出来る。しかしその足場は全てを網羅している訳ではない。


 次にこの村の人口を考える。約800人。そのうち成人男性は3~4割とすると300人前後は戦える。この村は女性も戦えるが期待はできない。村の男性を全員、弓矢隊にしても300人。壁を突破されたら剣や槍に持ち変えて戦う。一辺が300メートルの壁を100人で受け持つのか。厳しいな。


 橋に面しているこの壁。ここは乗り越えずに、この橋を目指して来るはずだ。そしてこの橋を受け持つのはこの俺だ、出来るのか? 出来なければ死ぬだけか!



 アギトは天を仰ぐ。すると、村中に警戒を促す鐘の音が鳴り響いた。

 アギトはリリーナの所へ行くと彼女を抱きしめる。


 「俺はお前の両親との約束を守る。死んでもお前を守る」


 「死んではダメです、無責任です! 父様と母様の約束を果たすなら、こんなところで死んではダメです!」


 彼女はアギトを叱咤する。


 「そうだな」


 するとジーナとミア、そして村長達がやって来た。


 村長。


 「アギト殿」


 「村長はこの日の為に村の皆を訓練をしてきたはずだ。だから俺からは何も言う事はない。俺はあなた達、村の人を信じる。しかしこの橋は俺に任せてくれ。必ず守る。それ以外の壁はお願いする」


 俺は村長に頭を下げる。


 「心得たアギト殿。多分この橋が一番の激戦になるじゃろ。死んではいかんぞ!」


 「勿論、そのつもりだ。村長も死ぬなよ!」


 「分かっておる」


 「そう言えば、村長の名前をまだ聞いてなかったな?」


 「ワシの名は、エリックじゃ。エリック・ケオリーじゃ!」


 「いい名前だな」


 「生まれて初めて褒められたわ!」


 2人は肩を叩きながら笑う。


 「「ははは、ははは」」



 徐々に蹄の音が近付いて来る。


 アギト。

 橋の修繕はやはり無理か。あまりにも時間が少ないな。


 アギトは自分の手や足が震えているのに気がつく。

 怯えているのか俺は? クソ、この震え何とかならないのか!


 その時、ジーナがアギトに近付いて来る。彼女はアギトを抱きしめると、頬に軽いキスをする。呆然となるアギト。


 「ごめんね、アギト君。私達がアナタをこの世界に呼んだ為に、貴方を危険な身に遭わせて。今さら謝っても仕方ないけど。死なないでね、アギト君」


 ジーナの行動に驚くミア。


 「ね、姉さん! 何もキスまでしなくても」


 「ミア、アギト君は何の関係もないこの世界に突然呼び出されたのよ。それなのに私達の為に、命を賭けて戦おうとしてるの。逆の立場なら貴女に出来る? 私には出来ないわ!


 だから、少しでも彼の心を支えたいの。アギト君と二人きりの時、彼は言ったわ。元の世界では人を斬ったことないて。そんな彼が数千の敵に立ち向かうのよ。確かに腕はたつけど戦争よ。普通じゃないのよ、ミア!」


 納得した顔をするミア。


 「分かったよ、姉さん」


 今度はリリーナがアギトに近付いて来た。


 「兄様、いえアギトさん。私はアナタを信じています。だから絶対帰って来てください。家族を失うのはもう嫌です!」


 アギトは両手を広げジーナ、ミア、そしてリリーナを包み込むと彼女たちに語りかけた。


 「俺はこれからお前達の盾となり矛となる。あいつらの汚い手を、お前達に指一本触れさせない。だから俺を信じて待っててくれ!」


 「アギト!」


 「アギト君!」


 「兄様!」



 アギトは彼女達に背を向けると、鎖の無くなった橋へと向かう。

 あの橋は縦横4×4メートル。あそこは俺にとっての死地か…いや違う。あの橋は希望だ。あそこを守りぬけば俺達の勝ちだ。


 どうやら手足の震えが止まったみたいだ。ありがとうな、ジーナさん。それに、ミア、リリー。何とかなりそうだ。それにリリーの親の仇もとれる……何としてもあの橋を守りきってみせる。なんせ俺には3人の女神がついているからな。


 遂に騎馬隊が橋の前に到着した。その中から1人の隊長らしき軍人が馬から降り、橋に近づくと大きな声でアギト達に警告を促す。


 「私はこの軍を率いるネイルだ! この村におられるリリーナ様、そしてジーナ、ミアの二名の女を差し出せば村への攻撃はせん!」


 アギトの後ろから出て来た村長が応える。


 「リリーナ様は分かります。ですが何故、ジーナとミアも差し出さす必要があるのです。教えてもらえませんかの?」


 「それは私にも分かりかねる! 上からの命令だ」


 アギトが割って入る。


 「ネイルさん。あんたの上司はカーシーだな?」


 「貴様、許さんぞ! カーシー様と呼べ!」


 「そのカーシー様は、ジーナとミアを玩具にするつもりだろ?」


 「知らん! それより先程の返答はいかに?」


 アギトと村長は声を合わせる。


 「「断る!!」」


 「ならば交渉は決別!! これよりコーカス村に攻撃を開始する!!」


 村長はその場から退避する。アギトはそのまま橋の上で待機する。一方、ネイルも後方に退き騎馬隊が橋の前に陣を取る。ネイルは大きな声を発する。 


 

 「突撃!!!」



 近くにはカロンとバディの姿があった。


 「いよいよだ、バディ! よく視ておけ!」


 「はい、お師様!」


 アギトの7~8メートル先には、ランスをかざした騎士が1人。その後ろには無数の騎馬隊。


 アギト。


 「来い!!!」


 アギトは身体の左側をやや後ろに構えると、国切丸の鯉口をきる。



 「ヒヒ~ン!!」


 馬が鳴くと同時に突貫が始まった。スピードの乗ったその馬はアギトを蹴散らそうと目の前まで来た瞬間、アギトをすり抜けると、そのまま堀の水へと騎士ごと突っ込む! 周りの人間には理解できていない。しかし、2人の男女だけが驚愕の真実を受け止めた。


 カロン。


 「……視えたか、バディ!?」


 「は、はい、お師様! か、辛うじて視えました」


 「目の良い、バディでもやっとか?」


 「お師様は?」


 「視えなかった! しかし刀を抜いた気配は感じた!」


 「身体が少し動いたと思った瞬間、既に人馬もろとも斬り上げてました。こんな技見た事ありません!こんなのを相手に勝てるんですか、お師様!」


 悩むカロン。

 これは中盤に出て行っても厳しいな。ヤツをかなり疲労させないと勝てんぞ!




 アギトの使った足さばきは〔難場歩き〕。明治以前の日本は右手右足を同時に出して移動していた。明治以降は西洋の文化導入により現代の歩き方に変化した。だが、これには異説もある。ちなみに〔難場歩き〕とは難儀な場所でも苦労せずに歩けるという意味がある。この歩法は正中線を崩さずに抜刀できる利点がある。




 国切丸を視るアギト。

 この日本刀はおかしい? 俺の予想が当たってるならこの刀は多分、血を吸っている。以前、盗賊を斬った時も感じたが、人馬を斬った割には流れた血が少なすぎる。

 他にもある。普通、刀は血糊を拭かないと納刀しないが、それが無い為すぐに納刀できる。あと斬れ味が異常過ぎる。いったい何なんだ、この刀は?



 ネイルは水に沈んでゆく騎士と馬を視る。騎士の上半身と馬の頭部はアギトの近くで沈んでいる。だが、騎士の下半身と馬の胴体は少し後ろに沈んでいる。


 ネイル。

 真っ二つだ! いったい何をした。こんな事が人に出来るのか? いや、事実を受け止めなくては。どう対処すれば……こちらが奴に有利な点は……数だ。数で押し切るしかない。


ネイルは呆然とする騎馬隊に大きな声で再び命を下す。


 「敵はたった1人だ! 数で押し切れ! 突貫!!」


 ネイルの声に触発された騎馬隊は再び突貫して行く。だが狭い橋の為、1頭ずつしか攻め込めなかった。どれだけの時間が過ぎたのかは分からないが、アギトいる堀は多くの屍で埋め尽くされていた。


 ネイルはこの現状を何とか打破したかったが、弓矢隊は配備していなかった。何故なら、騎馬隊で押し切れると思ったからだ、まさかの展開に驚くネイル。


 ジーナ、ミア、村長達もその光景を見て唖然としていた。そして、リリーナも。彼女は盗賊に追われていた時、アギトがそれを斬る瞬間を目撃していない。何故なら、リリーナが気付いた時には、すでに盗賊は斬られた後だったからだ。


 村長は寄合所に戻り、村人を指揮する役割を忘れていた。


 「何じゃ、あの異常な強さは!!」


 ジーナ、ミア、そしてリリーナも言葉を発する事なく、口を開けた状態で呆然としている。


 「アギトってこんなに強いのか! ボ、ボク足が震えてきたよ!!」


 「ミア、私もよ。強いとは分かってたけど、ここまで強いとは!!」


 「アル兄様の力も加わったとはいえ凄いです!!」


 「アル君の補強はあくまでも肉体強化よね? でも太刀筋は純粋にアギト君の技よ! 本当に凄いわ! これならおじ様、おば様の仇とれそうね。けどその前にこの難局を乗り越えないと」




 闇の紛れてアギトを視ている人物がいた。


 「何者だ、アイツ? それにしてもあの剣、どこかで?」


 その人物は、そのままアギトの観察を続ける。


 


 ネイルは唇を噛んでいた。これではラチがあかないと。騎馬隊ではあの狭い橋の上にいる男を包囲できない。ネイルは部隊の入れ替えを考えていた。しかし交戦中に部隊を入れ替えるのは、本来してはいけない。何故なら、部隊を入れ替える時には隙が出来るからだ。そこを敵に攻め込まれれば、全滅する可能性がある。


 ネイル。

 敵は1人だ。大丈夫だ。


 しかし、ここにネイルの誤算があった。確かに1人だ。だが並みの人間ではない、アギトなのだ。

 ついに決断を下すネイル。


 「騎馬隊は後方に下がれ。歩兵部隊、前へ! あの者を取り囲んで串刺しにせよ!!」


 騎馬隊が橋の前から離れようと背を向けた瞬間、隙が生まれた。アギトはその隙を見逃さない。彼は橋を渡ると、敵のいた陣地に移動する。そして、騎馬隊の背後から襲いかかる。


 「お前らバカか! 敵に背を向けてどうする。たった一人だからナメているのか? ならこのチャンスいただくぞ!!」


 アギトは手間取る敵を背後から襲いかかる。

 その時、村に向かって大声で叫ぶアギト。


 「そこにいる村の人達、この隙に橋の鎖等の修理をしてくれ!!」


 村人。


 「分かった、まかしてくれ!!」


 修繕に来ていたが、戦闘が凄まじく何も出来ずにいた村人達。彼等は工具と滑車・鎖を持って橋に向かう。そしてミアとジーナがそれぞれ武器を持ち、彼等の護衛に就く。


 「アギト、ここはボクと姉さんでカバーする! だから思う存分暴れてきて!!」


 「分かった、ミア、あとを頼む! ひと暴れしたらすぐに戻って来る!!」


 アギトは敵の目を橋からそらす為、あえて自分に注意が集まるように移動する。



 戦闘からまだ2時間も経っていない。長い夜が始まろうとしていた。



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