第9話 夜の来訪者 その3

~カーシー陣営~


 村長の案内で寝室に移動したアモス達は、村長に礼を言うとドアにカギをかける。部屋の中央に置かれているテーブルに集まると、身分卑しき者が顔を覆っていた布を外す。布の下からは端正な顔立ちの青年が現れる。短めの銀髪に碧い目。

 この人物こそアモスの主(あるじ)、第2王子カーシー・ドミニク・スタンリー(24才)その人である。かしずくアモスと護衛の2人。


 

 「よい、今日は無礼講だ。そうかしこまるな」


 カーシー、カロン、バディの3人は、テーブルに付くとアモスの入れたお茶を飲む。


 「しかし見事にまでやられたなアモス。お前があそこまで言い負かされたのは初めて見たぞ。口の達者なアモスがだぞ? 腹の中で笑ったわ」


 バツが悪い顔をするアモス。


 「はっ、返す言葉がございません」


 「しかし、なんなんだ、あのリリーナの態度は。昨日目を通した報告書とは全然違うではないか? 報告では何の特徴も持たないただの田舎娘としか書いてなかったぞ。報告書が間違いだったのか、それともたった1日で性格を大きく変える何かがあったのか、どう思うアモス?」


 「はい、私が以前この目で確認いたしました時は報告書と同じ、ただの田舎娘にございました。故に少々侮っておりました。その為、虚を突かれてしまい面目次第もございません。しかし1日であれほど性格を変える出来事と言えば例の襲撃事件しか思いつきませぬ」


 「あれか? あれは不味かったな。かき集めた盗賊共に村を襲わせたまでは良い。そしてリリーナの養父母を殺すまでも良い。あの養父母は邪魔だからな。しかし村を全滅させたのは不味い。

 警備隊を投入し、半壊になった村からリリーナを助け出す計画だったからな。その後、リリーナを手なずけ、身体の秘密を聞きだす予定だったが、全て困難になった」


 「申し訳ございません。警備隊全てが腹痛を起こし3時間程動けませんでした。何者かが水に薬を混ぜた痕跡がございます。我々の計画を察知し邪魔をした者」


 「あのバカ兄貴か?」


 「はい、恐らくは第1王子・クラーク様かと」


 「リリーナを我が陣営に迎える事を察知したと言う事か? ではあのバカ兄貴もリリーナの秘密に気付いたと言う事か?」


 「カーシー様のご考察の通りかと思われます」


 「しかし我らがこの秘密を知ったのは3ヶ月前、アモスの放った密偵からの情報だ。その時、初めてリリーナと言う身分卑しき妹がいるのを知ったのだぞ」


 「ブルーノ前王と政務省のコネリー大臣は竹馬の友。王と臣下の身分を超えた友情があります。何かあるのではないかとコネリー大臣に一人メイドを忍び込ませました。そこで初めてリリーナと言う娘を発見し、やっと見つけたのがあのゴータ村」


 「そうだったな。そしてリリーナにスタンリー王国の財産、もしくは武器を記した場所を、あの小娘の身体のどこかに封印したと言う。いらぬ事をしてくれおったわ親父も。しかしあのバカ兄貴がよくこの話を嗅ぎ付けたな?」


 「その事ですが最近クラーク様のところに、帝国から1人のメイドが送られてきたと言う話が漏れ伝わております」


 「何だと?」


 「その者がクラーク様に助言をしている様子」


 「名前と年は判るか?」


 「はい、名をアニヤ・バーデン25才。以前、帝国で密偵・暗殺をしていたと噂もございますが、詳しい事は分かっておりません」


 「帝国も厄介な女をバカ兄貴に付けおったな。まぁ、今回バカの話はよい…さっきアモスの話の中にコネリーの名が出たが、確かコネリーのフルネームは……」


 「はい、コネリー・アイマ・ラッセル。先程あの場に居たのはその孫娘。ジーナ・マイア・ラッセルとミア・マイア・ラッセルでございます」


 「確かもう1人いたな」


 「はい、もう1人はソフィア・マイア・ラッセル。現在エスター教会のシスターをしております」


 「田舎だな!」


 「はい。しかしあの場所はこのスタンリー王国の中では一番北の位置、ミナギ教国に一番近い場所にございます」


 「そのうち教国から何か言って来るとすれば……」


 「多分コネリー卿に接触してくるかと。しかしかの国は姫巫女様と教皇との間で主導権争いをしておりますれば」


 「姫巫女側ならコネリーに、教皇側なら帝国に付くと言う事か」


 「ご考察通りかと」


 考え込むカーシー。


 「話は変わるが、あのアルト・ブーリンとか言う男をどう見るアモス?」


 「私が以前、見かけた時は確か髪の色は赤に近い色のはず。しかし今回は黒髪でございました。あと何と言ってよいのか分かりませぬが、雰囲気が違うと申しましょうか、隙が無いと申しましょうか、顔は同じでございますれば同一人物とは思われます」


 「言っている事が分からんな。つまり髪を染めたと言う事か? 何故その様な事をする必要がある?」


 アモス。

 「申し訳ございません。分かりかねます」

 確かに。なぜ髪を染める?


 「髪の話はもういい」


 「はっ」



 2人の護衛に話しかけるカーシー。


 「待たせたな、カロン殿とバディ殿。ゴータ村の件では世話になったな。あのブーリン夫婦は恐ろしく腕が立つのでな、お主達がいてくれて助かった。お主達を派遣してくれたアンジェ国王には私から礼をしたためておく。

 しかし、このような事態ではリリーナに関してはもう絶望的だな」


 ため息をつくカーシー。


 「さて話を変えよう。先程の会見でそなた達から見て気付いた事などないか?」


 すると今まで黙っていた護衛の男カロンが言葉を発する。


 「申し上げます。先程話題に上ったアルト・ブーリンと申す者、かなりの使い手と見受けられます」


 「ほう、コンベール大王国で知らぬ者がいないと言うカロン殿。そして裏の世界でも有名な其方がそのような事を言うとは。ならば戦えばどちらが勝つのか気になるところだな」


 「正直に申し上げると私が負けるかと」


 「何? そこまでの使い手なのか、あの男は」


 「昨夜この地より3キロ程離れた場所に、盗賊と思われる遺体が有りました。その斬り口は下から上に斬り上げられ、馬もろとも斬り捨てておりました。

 どの国の剣術も上から下に斬り下げる技術。下から上に斬り上げる技は初めて見ました。しかもその斬り口は鋭く、剣の方もかなりの業物(わざもの)」



 感心するカーシー。


 「ほう」


 「あの斬り口は剣では到底不可能。あのアルトとか名乗る男の腰にあったのは剣ではなく刀。恐らくあの刀で斬たものと思われます。

 刀は文献で見た事はありますが、実物を目にしたのはこれが初めて。そのくらい珍い物。もし勝機があるのならば刀は円の動き、レイピアは直線。その分早く剣先が敵に到達します。勝負は刹那(せつな)(短い時間)で決まりましょう」


 「それ程までとはな。ならばカロン殿とバディ殿の2人がかりならどうかな?」


 「2人ならば、あるいは」


 「かなり厳しいと言う事か?  もしゴータ村にあの男いればどうだった?」


 「襲撃は失敗した可能性が高いと思われます」


 「そうか……参考になった」


 「お役に立てずに申し訳ござません」


 「いや、よい……さて今夜はもう遅い。せっかくの心づくしだ、寝るとしよう。アモス」


 「はっ」


 「外で待機しておるネイルの軍に連絡をいれておけ。『ご苦労、そのまま待機』とな」


 「承知いたしました」


 時間は既に12時を回っていた。アモスは部屋の明かりを消す。ランプに明かりを灯すと、少し離れたネイルの小部隊に信号を送る。それを受けたネイルは部下に待機の命令を出す。そして朝を迎える前にコーカス村の村民に見つからない所まで軍を移動。農民に変装して馬車でカーシーを迎えに行く。



 こうしてお互いの陣営に一応の決着をみる事となる。

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