第5話 ゴータ村

     ~ゴータ村~


 アギト達一行は、暫くするとゴータ村に着いた。酷い有様だった。焼けただれた家や半壊した家。通り道を塞ぐ死体の山。ある程度進むと警備隊の検問に引っかかる。そこから1人の若い警備隊員がアギト達に近づいて来た。


 若い警備隊員。


 「お前達はこの村の者か? もしそうなら話が聞きたい」


 アギト達は馬から下り、ジーナが若い警備隊員と話をする。


 「私達は隣村から来た者です。昨夜空が真っ赤になっていたもんで火事か何か心配になり駆け付けた次第です。しかし、何なんですかこれは?」


 「この村は昨日、盗賊共に襲われ全滅だ。見ての通り酷い有り様だ。ではお前達はこの現状を初めて知ったのか?」


 「はい。まさかこんなになっていたなんて。生き残った人はいないんですか?」


 「我々が把握している限りはいない。それも含めてこれから調査をする。そう言う事だから早々に帰ってくれ。仕事の邪魔だ」


 「はい、分かりました。けど親戚の家があるので様子を確認しておきたいのですが、構いませんか?」


 「俺達は現在散らばって任務に就いている。そこの担当者に確認を取ってくれ。くれぐれも邪魔だけはするなよ」


 「分かりました。どうもありがとうございました」


アギト達は警備隊員から離れ、リリーナとアルの住んでいた家へと足を進める。


 リリーナ。


 「何故、ジーナさんは親戚とウソをついたんです?」


 「ごめんね、リリーちゃん。出来るだけ隠しておきたいの」


 「何故です? 別にやましい事なんかしてませんよ」


 「昨日の夜、話したわよね。ここの警備隊員は何か信用がおけないの。だから出来るだけ身分は隠しておきたいの」


 「そうですね。分かりました」


 歩き出すとすぐに目的の家に着いた。


 マジマジと家を見るアギト。


 「ここがリリーとアルの家か?」


 アギトは懐かしさを感じながら家を見る。家は倒壊はしてないがかなり損傷が酷い。するとそこを管轄している警備隊員に呼び止められた。 


 警備隊員。 


 「お前達はこの家の者か?」


 「いえ、親戚の者です。様子を見にきました。ここに住んでいた人は知りませんか?」


 「ここの住人は亡くなってたな。遺体はこの裏手に置いてある。丁度良かった。本人かどうか確認して欲しい。確認がとれたら声をかけてくれ。まだここら辺にいるからな」


 「「「分かりました!」」」


 

 アギト達は裏手に回るとシーツを被(かぶ)せてある遺体を発見する。リリーナはシーツを剥がすと2人の顔を確認する。父親は端正な顔立ちで赤い髪。母親も美人で髪は金髪。間違いなかった。リリーナとアルト・ブーリンの両親だ。


 声を出さずに泣くリリーナ。


 「お、おとう……さま、おかあさ……ま」


 アギトは遺体のある部分に目をやる。


 「凄いな、これは」


 「どうしたの、アギト君?」


 「ジーナさんか。この傷口を見てくれ」


 皆が一斉に覗き込む。


 「これは」


 「そう、一突きだ。前方から喉元を一突きで刺している!」


 驚くジーナ。


 「おじ様がたったの一突きなんてありえない!」


 「そうだよな。しかも後ろからではなく、前からだ。つまり正々堂々と立ち会ったと言う事だ。それで負けたとなると相当な手練れだ。でないと剣の達人だった人が一突きでやられる訳がない」


 「相手は相当な剣の使い手ね」


 「普通、盗賊ってこれ程まで腕が立つなもんなのか?」

 

 「まず、ないわね」


 考え込むアギト。


 「腕利きを盗賊に紛れこませたのかもしれないな……何処かの国が絡んでいると言う考え、いい線いってるかもな」


 更に詳しく傷口を視るアギト。


 「刺し傷は細いな」


 「レイピアかしら?」


 「どうだろうな? でも、その可能性はあるな」


 「一度、おじ様やおば様の声を聞きましょう」

 

 ジーナは遺体を調べると、2人とも魂魄石をペンダントにしていた。乱れた服を元に戻した後、ペンダントを2人の胸に置くと遺体に話かける。


 「おじ様、おば様、安らかな眠りの中、失礼いたします。僅かな間だけ再び現世にお越し下さい」


 二人の胸の上に置かれた魂魄石が大きく光り出すと、その光の中に2人姿が現れる。1人は育ての父親レーン・ブーリン。もう1人は育ての母親タリ・ブーリン。2人に駆け寄るリリーナ。


 「父様、母様、何故逃げなかったのです? リリーは、リリーは……1人ぼっちになってしまいました。兄様ももうこの世にいません」


 泣き崩れるリリーナ。そんなリリーナを愛おしく見つめる両親。


 母親。


 「ゴメンなさいね、私達の可愛いリリー。これから貴女と永い時を過ごせなくなりました」


 父親。


 「でも僕達はリリーが生き延びた事で安堵してるんだ。リリーを逃がす為に二人で時間稼ぎをした事が無駄にならなくて」


 「私は父様と母様と一緒に死にたかった。1人は嫌です!」


 「馬鹿な事を言わないで! 子が親より先に死んではいけません。ましてや子の危機に命を張るのは親として当たり前の事です。だからもう泣かないでリリー」


 ジーナがリリーナの両親に近づく。


 「おじ様、おば様、お久しぶりです。ジーナです。今回の件では何も出来なくてすみません」


 「いいのよジーナちゃん。貴女にはいつもお世話になっていたわね。これからは私達の代わりにリリーをよろしく頼むわね」


 「勿論、心得ております。出来れば幾つか質問したいのですが、よろしいでしょうか?」


 「いいわよ。私達で答えられるのなら」


 「まず一つは、王宮でも1、2を争う程の剣の使い手であったおじ様。そしておじ様に次ぐ剣の使い手であるおば様。お2人がいればたとえ不意を突かれたとしても、村人と力を合わせれば40人位の盗賊は何とか凌(しの)げたのではないですか?」


 「その問いには僕が答えよう」


 「おじ様」


 「とんでもない剣の使い手が2人いた。この僕が逆立ちしても敵わない程のね。この2人が真っ先に狙ったのが僕達2人だ。僕達を先に倒せばこの村は何とでもなると思ったんだろうな。まさしくその通りになったよ」


 「そうですか。おじ様とおば様のお身体を拝見させてもらいました。おじ様程の使い手が一突きとは。あとおじ様の目から見て本当に盗賊に観えましたか?」


 「それは裏で帝国か、大王国か絡んでいるかいないかと言いう事かな?」


 「はい。私の考えでは少なくてもどちらかが絡んでいると思っています」


 「これはあくまでも私見だが大王国ではないかと思う。私を殺害した男はレイピア使いだが、あの型は大王国のレ二ア地方に伝わる剣技に似ていた。少なくともその流れを組むものだと思う」


 「私を殺(あや)めた女も同じ技を使っていたわ。多分、盗賊は本物でその中に紛れていたんじゃないのかしら。参考になったかしら、ジーナちゃん?」


 頭を下げるジーナ。


 「はい、ありがとうございます」

 

 アギト。

 確か第二王子の後ろ立てが大王国だったな。多分ジーナさんも同じ考えに達しているはずだ。


 再び質問をするジーナ。


 「リリーナさんの身体に何らかの秘密があると聞いていますが、おじ様かおば様は何かご存知ないですか?」


 「済まないな、僕は知らない」


 「ええ、私も分からない」


 「そうですか。では何か気になる事とかないですか?」


 腕を組み考える父親。


 「それもないな。力になれなくて済まない」


 「いえ、こちらこそすみません」


 肩を落とすジーナ。どうしたものかと顔をしかめる。


 「リリーナさんには事の顛末てんまつをお話しております」


 母親。


 「そう、世話をかけたわね。話をする前に襲撃を受けたから」


 「いえ、後これは報告ですがアルト君は今はもういません。この龍宮アギトさんの胸の中で眠っています。そして彼はアルト君の遺志を受け継ぎ、リリーナさんの力になってくれています」


 アギトの方を向く父親と母親。


 「やはりな! アギト君だったかな、彼の魂にアルの魂が重なり合ってるのが観える。僕が霊体だから分かる。例の召喚魔法が成功したんだね、良かった。しかし、アギト君とアルが融合するとわね」


 「でもそのおかげでアギトさんは身体的に大きな力を得たようね。その力でどうかリリーを助けてあげて、お願いします。親バカだと思うかも知れないけど、私達にはもう何もしてあげられないから」


 母親がアギトに頭を下げると、父親も続けて頭を下げる。


 「分かってます。だから頭を上げてください」


 アルト・ブーリンがアギトの意識に強烈に何かを訴えかけてくる。アギトは意識を手放すと身体がアルトに乗っ取られる。髪も黒から赤に変化した。


 アルト・ブーリン。


 「父さん、母さんやっと会えたね。そしてリリー! リリーのことはアギト君の意識を通じて観ていたよ」


 リリーナ。


 「兄様どうやってアギトさんと変わったんですか?」


 「今、アギト君に無理を言って代わってもらったんだ。きっと、これが最後の家族の集まりになるからね」


 「兄様!! 会いたかった!!」


 アルトに抱き着きその胸で泣くリリーナ。それを優しい眼差しで見つめる父親のレーンと母親のタリ。


 父親。


 「アル、アギト君に迷惑をかけているね。ちゃんと謝っておきなさい。そして彼の手助けをするんだぞ」


 母親。


 「アル、会えて嬉しいわ。アギトさんを通してリリーをお願いね!」


 「分かってるよ、父さん、母さん。彼は強く優しい男だ。多少言葉がキツイ所もあるけど、信頼出来る。だから彼の力になれるよう僕も手助けするよ」


 「そう、それを聞いて安心したわ」


 「そして僕の大好きなリリー。僕は常に彼と一緒だよ。彼の目を通してリリーを観てる。だから彼を『兄様』と呼んでかまわない。彼も承諾している。あと僕の机の一番上の引き出しを見てくれ。そこにリリーに渡したい物がある」


 「兄様!」


 顔を上げアルトを見つめるリリーナ。無理に代わったせいか額から汗がにじみ、大きく身体が揺らぎ始めるアルト。

 

 「僕の意識もそろそろ彼と代わりそうだ。父さん、母さん、そしてリリー、さようなら」


 「いゃ! 兄様行かないで!」


 アルトを強く抱き締めるリリーナ。


 「悪いなリリー。抱き着いてくれるのは嬉しいが俺はアギトだ」


 アルの髪の色は赤から黒に戻っていた。そこから飛びのき後ずさりするリリーナ。

 苦笑いするアギト。


 「そこまで露骨にされると傷つくな」 


 「入れ替わったんなら早く言ってください!」


 やれやれと言う感じで見ていた父親。


 「すまないなアギト君。リリーは人見知りだから」


 「それより貴方、アギトさんにお願いを」


 「そうだった。アギト君、私達の寝室の床を調べてみてくれないか。そこに大きめの箱があるはずだ。中にはリリーの花嫁衣裳と短剣が納めてある。その短剣は彼女がこの国の王族の証となる物。リリー、肌身離さず持っているんだよ」


 母親。


 「リリー、貴女は本当は私達の子ではありません。ですが、実の子であるアル以上に愛情を注ぎ、大切に育ててきました。襲撃の日、貴女は15才の誕生日になりましたね。


 あの日、実は皆でリリーの誕生パーティーの準備をこっそりしていたの。私はリリーにウエディングドレスをプレゼントするつもりでした。私の仕立てた拙いドレスです。貴女の花嫁姿が見えないのが残念です。今回の件がなければ私達の娘として、貴女を貴女の愛する人の処に送り出したかった」


 「父様! 母様!」


 涙ぐむリリーナ。


 「一国の姫様のドレスとしては見すぼらしいものです。だから他に豪華なドレスが良いのなら、そちらを選んでくれても構いません。貴女には恥をかかせたくありませんから」


 頭を振るリリーナ。


 「何を言うのですか母様! どんなに綺麗なドレスでも母様が仕立ててくれたドレスには敵いません。私は絶対このドレスを着てお嫁にいきます……ただ相手がいれば…」


 「いるじゃない、貴方のすぐ傍に」


 周りを見るリリー。


 「まさか……これ……アギト……さん……ですか?」


 「私から視たら彼はいいわよ」


 「やめてください!!」


 「そんなに拒否しなくても」

 それに『これ』呼ばわりはないだろう。いくら俺でも傷つくぞ。


 父親。 


 「楽しい会話の中に悪いがもう時間がない。では改めてアギト君、ジーナ君、ミア君、リリーをよろしく頼む。1日遅れで悪いが、15才の誕生日おめでとうリリー」


 アギトの方を向き頭を下げる母親。


 「私からもお願いするわね、アギトさん」


 今度はリリーナの方に顔を向ける。


 「リリー、アギトさん達の言う事をよく聞いて行動しなさい。あと身体に気をつけてね。最後にもう一度リリーや皆さんに会えて嬉しかったわ。

 15才のお誕生日おめでとう、リリー。さようなら」


 二人の姿が光の中に包まれて消えていった。


 「父様、母様……」


 言われた通りに寝室の床の下には鉄の板があり、それをめくると綺麗な箱が出て来た。箱を開けると白くて綺麗なドレスが出て来た。そしてミスリルの短剣。そこにはスタンリー王国の鷹の紋章が刻まれていた。


 「父様……母様……」


 次にアルの机の引き出しからはメッセージカードと、綺麗な箱があった。中には銀で出来た薔薇のブローチ納められていた。彼女は少し離れた所で、1人メッセージカードを読む。


 『お誕生日おめでとうリリー。僕は今日コーカス村で用事があるから、キミの誕生パーティーに間に合わないかも知れない。その時にはこのカードを渡すよう母さんに頼んである。

 それとキミが欲しがっていた銀の薔薇のブローチ。出来れば僕の手で渡したい。これでも奮発して手に入れた物だよ。良かったら大事にしてもらえると嬉しい。15才誕生日おめでとうリリー。キミが僕の妹で本当に良かった。          


                        愛しのリリーへ  


 

                                  兄より』


 彼女はしゃがみ込むと、声を出さずに泣き崩れる。


 「兄様」





     ~帰村~


 暫くして皆が外に出て帰る準備に取り掛かる。

 ジーナは担当の警備隊員に声をかける。


 「長い間すみませんでした」


 「遺体は親戚で間違いなかったか?」


 「はい、間違いございません。遺体と遺品を持ち帰りたいのですが、よろしいでしょうか?」


 「ダメだな、遺体は明日引き取りに来い。担当者がいるから、そいつに声をかけろ。物品は国の財産とする」


 「遺品は親戚が引き取っていいはずでは?」


 「以前はな。しかし国王様がお亡くなりになってかは、第1王子クラーク様の指示で変更されている」


 「クラーク様はまだ王におなりになってないですよね?」


 「俺にも分からん。ただ上からの指示だ」


 「……そうですか、分かりました」


 ジーナは大きく肌けた胸の隙間から金貨を取り出す。警備隊員に寄りかかると甘い声で話かける。


 「ねぇ~♡ 私の胸の温もりのあるこの金貨でどうにかならないかしらぁ? 警備隊員の男前さん……ねぇ~♡」

 

 ジーナの胸の谷間に釘付けになる警備隊員。


 「ダ……ダメだ、……ダメだ!」


 アギト。

 かなり動揺しているな。あれだけの美貌、あの胸、温もりのある金貨。もう少しだ、ジーナさん。


 「じゃあ~、これでもダメかしらぁ?」


 ジーナは更に大きく胸のボタンを外す。もう中身が見えそうだ。そしてもう1枚、金貨を胸の中からゆっくりと取り出す。


 金貨をジーナから受け取ると、ポケットに仕舞い込む警備隊員。


 「俺は何も見てないからな! 知らん、知らんぞ! 早く行け!」


 警備隊員に微笑みながらお辞儀をし、何もなかったかのように戻って来るジーナ。しかし、アギト達に見せるその顔は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 気を取り直すジーナ。


 「さあ、皆帰りましょう」


 感心するアギト。


 「ジーナさん、凄いな! この為に服を肌けていたのか、尊敬するよ」


 「念の為に準備してただけよ。あんな奴に見せるなんて気持ち悪いわ」


 アギトの目を見つめて話をするジーナ。


 「でもアギト君なら、全てを見せてもいいわよ♡」


 「あ、ありがとうございます」


 「ふふふ、可愛いわね♡」


 俺、完全に遊ばれているよな。

 視線をミアに移すアギト。


 「ミア、何で何も話さないんだ? お前こっちに来て全然喋ってないよな。何でだ?」


 憐れむ目でミアを見るジーナ。


 「アギト君許してあげて。今回みたいに頭を使うのは理解できないの」


 驚くアギト。


 「まさかミア、お前アホの子か?」


 「誰がアホの子だ!」


 「アギト君、ミアはねバカじゃないの、アホでもないの。ただ頭の回転が悪いだけなの」

 

 「それを普通バカと言うんだが」


 アギトをにらみ付けるミア。


 「アギト、お前!」


 「ほらミア、帰るわよ」


 「くそー、後で覚えてろよ」



 リリーナはアギトに小声で話しかける。


 「兄様、ジーナさんて毒があるわね」


 「あぁ、逆らわない方がよさそうだ」


 リリーは俺の事を兄様と呼んでくれた。なんだか嬉しい! 


 こうしてアギト達は遺品を持ち帰る事が出来た。


 アギト。

 ジーナさんがいなかったら持ち帰るのは無理だったな。ミアでは難ずかしいだろう。俺は心の中でジーナさんに感謝した。


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