蛾の羽染め屋さん
とある森の一角に、チョウチョさんが羽染め屋さんを開きました。羽染め屋とは、虫たちの羽に色とりどりの綺麗な模様を描いてかっこよく、可愛く、美しく仕立ててくれる着色ファッションのお店です。お店を始めてすぐは訪れるお客さんが少なく、それほど話題になりませんでしたが、徐々に口コミでお客さんが増え、今ではすっかり評判の良い有名な人気店へと変わりました。お客さんだけでなく、染め師を目指して弟子入りする虫も集まってきました。ガさんはそのうちの一人。彼女は数年チョウチョさんの技術を学び、チョウチョさんに技術を認められてから、別の森で自分のお店を開き始めました。チョウチョさんの弟子だったという事実もあって、お店の出だしは順調でした。自分の羽染めで笑顔になって喜んでくれるお客さんを見て、ガさんも思わずにっこり。
ところが、数週間も経つと客足がほとんどなくなってしまいました。同じ顔ぶれがお店を訪れてくれますが、新規のお客さんはほとんどいなくなってしまいました。困ったガさんはすぐに何が悪かったのか考えましたが、思い当たる節がありませんでした。それからしばらくは常連のお客さんに励ましの言葉を貰いながらなんとかお店を続けていきましたが、長続きしないまますぐにお店を閉めて塞ぎこんでしまいました。
ある日、ガさんの話を人伝に聞いたチョウチョさんが心配して彼女の様子を見にやってきました。久しぶりに見たチョウチョさんの顔に思わず安堵したガさんは、彼女の胸を借りて溜まったものを吐き出すように泣き続けました。
ガさんが落ち着いた頃、お店の不調の原因を探すべく、チョウチョさんはガさんにお客さんが来なくなった辺りのお店の出来事について聞きました。ガさんはもう一度当時の出来事を思い返してみました。そして一つ思い当たる事が出てきました。
「そういえば、あの日辺りからクレームばかりつけるお客さんが増えましたね…。」
チョウチョさんの触覚がピクンと動きました。どうやらそのクレームに何かあるかもしれないとチョウチョさんは感じました。クレームの内容をガさんに聞くと、チョウチョさんは納得した様子で頷きました。ガさんの話では、お客さんがつけたクレームとして、
・模様の形を指摘された
・色の種類を増やした方がいいと言われた
・お店の外観についてこうすべきだと指図された
…
などがあったそうです。ガさんは、チョウチョさんから教わった技術や一人前になった自分の技術を、プロでもないずぶの素人から駄目だしされたことに腹を立てて、そのお客さんと口論になったり、時には無視して彼らの意見を聞き入れようとしなかったのでした。手をギュッと握り締めるガさんの頭を優しく撫でながら、チョウチョさんは問題について口を開きました。
「あなたの気持ちは良く分かるわ。私も何も分かっていない人にあれこれ言われるのは嫌だもの。でもね、その嫌の中にもプロである私たちにとってためになる意見が隠れていることがあるのよ?」
いまいちピンときていない様子のガさん。チョウチョさんはそれなら、と話を続けます。
「お薬と毒で考えてみましょう。お薬が賞賛の声、毒が批判の声。お薬は私たちの体を元気にしてくれる。でもだからといってそればかり取りすぎるのは逆に毒。ほら、飲み薬とか決められた量というものがあるでしょう?それと同じで褒められてばかりで何の改善点も指摘されなければ新しいデザインに行き着いたりお客さんにたくさん来てもらったりなんてできないわ。次に毒だけど、お薬を作るのに毒が使われているって知ってた?確かに毒はそのまま飲めば危険だけど、上手く活用すれば優れたお薬が作れるの。だから自分が嫌だと感じた言葉の中にも、私たちのためになるお薬は隠れているのだから全て切り捨てては駄目よ。ほら、良薬は口に苦し、なんていうじゃない?お薬と毒を上手く使い分けて、もう一度頑張りましょう!私も再開のお手伝いするから、ね?」
チョウチョさんに笑顔で手を差し伸べられたガさん。チョウチョさんの教えを胸にもう一度やり直してみようと、力強く彼女の手を握り立ち上がりました。チョウチョさんに負けないくらい眩しい笑顔で彼女の提案に応えながら。
チョウチョさんとの再会から数日後、ガさんのお店は無事に再開されました。ずっと待っていてくれた常連のお客さんにお礼と謝罪をしながら、心を入れ替えて仕事に取り組みました。チョウチョさんの口伝でいなくなったお客さんも戻ってきて、お客さんの意見を大切にしたおかげもあり、お店は再開前よりも大繁盛。今ではチョウチョさんの弟子のお店で一番の人気店になりました。
休日にチョウチョさんにお礼のために花の蜜を持って行くと、チョウチョさんは大喜びで蜜を受け取りました。その蜜を二人で飲みながらチョウチョさんは笑いました。
「良薬は口に苦し…なんて言ったけど、やっぱり甘いものは格別に美味しいね!」
おどけた様子のチョウチョさんに、ガさんも思わず笑ってしまいました。
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