冗談じゃない

「そマ?はは!ふざんなし!死ねよ!」

 居間にて、スマホで友人と会話をする太郎。いつものように他愛のない話で盛り上がり、明日学校で会おうと区切りをつけて通話を切った。すると、近くで会話の始終を聞いていた太郎の母が顔をしかめて苦言を呈した。

「あんたいつも友達に、死ね、なんて言ってるの?縁起でもないからやめなさい。」

「うっせぇなぁ…。今の若い子はこういうのが当たり前なの。母さんの古い常識なんて今の時代にはウザがられるだけだし。」

母から顔を逸らし、スマホのゲームを始める太郎。しかし、母は食い下がらずに再度太郎を注意する。

「冗談でも相手に死ねだなんて、そんな常識がまかり通って良いわけがないでしょ!昔はね、言葉には不思議な力が宿るって言われていて…」

「言霊でしょ?そんなのアニメや漫画の世界の話じゃん。母さんオカルト厨なの?キッモ!」

ゲームをしながら母を小馬鹿にするように嘲る太郎に、母の語気は強くなる。

「いい加減にしなさい!とにかく、これからは変な言葉使うの禁止だからね!死ねも使っちゃ駄目!分かった!?」

「へいへい、り。」

ゲームに集中しながら片手間の返事でその場は頷いた太郎。しかし案の定、その日以降もしきりに「死ね」という言葉を友達同士で使い合っていた。

 ある休日、太郎が友達と二人で買い物に出かけた帰り道のこと。歩道のない道で道路脇を並んで歩きながら、各々が買った服について冗談交じりに茶化し合っていた。

「太郎のそれ、文字多すぎ!ネタにしかみえねー!」

「うっせぇ!お前のだって似たようなもんじゃん!死ねよ!」

小突き合いながら二人でケラケラ笑い、ふざけて友達が太郎の頭を叩こうとしたときだった。大きなクラクションの音が鳴り響き、友達が立っていた場所を勢い良くトラックが通過する。一瞬太郎は固まった。トラックは、少し離れた所で急停止し、青ざめた顔で運転手が降りてきた。運転手が駆け寄った場所には、友人が不自然に体を曲げて横たわっている。地面が赤く滲んでいたのはその場からでも確認できた。理解が追いつかないまま、太郎の頭の中は真っ白になり、ただただその場に立ちつくしていた。

 結局、友人は帰らぬ人となった。事故の原因は、トラックの運転手がスマホを見ながら運転していたことが一番に挙げられたが、友人が道路に出すぎていたという点も原因の一つだった。友人の家族は、太郎に自分を責めないようにと優しく対応してくれたが、太郎は自分が許せなかった。母親の言葉が何度も頭をよぎる。言霊…彼が事故に遭う直前、確かに太郎は「死ね」と言ってしまった。もしあの場であんなことを言わなければ、友人は死なずに済んだのではないだろうか?葬儀が終わってから、しばらく太郎は学校を休んだ。

 それから数週間後、落ち着きを取り戻した太郎は、復学前に友人の墓を訪れた。墓前で拝み、友人に謝罪とちょっとした決意を語る。

「あの時、あんなこと言っちまって本当にすまなかった…。もしかしたら言霊って本当にあるのかもな…。今後、同じ結果を招かないように、死ねって言葉、封印しようと思う。他人にとっては些細なことだろうけど、俺にとっては大事なことだから…。今までありがとう…そしてごめん。」

もう一度手を合わせ、太郎は友人の墓を後にした。

 その後、周りの友達は相変わらず冗談でも「死ね」と使っていたが、太郎だけは決して使わなくなったそうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る