クモの巣作り

 とある民家の窓辺にて、クモの太郎は生まれて初めて巣作りに挑戦していた。「他のクモが作った事のないようなオリジナリティ溢れる巣を作る」をモットーに行動を開始した。まず民家の庭から拾い集めた小枝を、中に入れる空間を作りながら窓に立てかけていく。ある程度広さを得られたら、拾った木の葉を外側に掛けて…完成。小枝と木の葉のテントに満足した太郎は、早速自慢をしてやろうと、友達のクモの次郎を呼んできた。

「どうだ!こんなお洒落な家、見たことないだろ!」

ふふんと自慢げに鼻を鳴らす太郎。そんな太郎の様子にため息をついて次郎が気になる点を指摘した。

「飯はどうするんだ?俺達の足では自力で獲物を捕らえるのは難しいぞ?それにこんな粗末な作りの家じゃ、強風の日に吹き飛ばされちまう。雨の日なんて中がびしょびしょで体が動かなくなっちまうぞ?」

次郎の言葉を踏まえて、太郎はもう一度完成したての我が家を見る。立てかけた小枝をちょっといじると、床にポテッと転げてしまった。支えを失った木の葉もつられるように床に落ちる。家の脆さを理解した太郎は、すぐに材料を脇にどけて、今度は小石を拾って持ってきた。器用に小石を並べて積んでいき、自分が入る空間と入り口部分を空けた小石の囲いができた。その上に先程の小枝と木の葉を敷き、屋根を作って小石造りの家が完成。材料運びに息を切らしながら、太郎は再び次郎に笑みを向けた。

「後は葉っぱを小石で固定すれば風も雨も屁の河童よ!これでもう欠点はないだろう!」

これでもかと体を仰け反り、威張るように次郎を見る太郎。しかし、次郎は顔に手を当てて首を横に振る。

「雨水が床を伝って入ってくるし、屋根の僅かな隙間や小石の合間からも雨水は浸入してくるぞ?それからさっきも言ったが食糧はどうするんだ?言っておくが、うちに来ても何もやらんぞ?」

次郎の指摘に自信をなくす太郎。想定していた「石をぶつけて獲物を落とす」という考えも、次郎に論破されるだろうと考え、口を噤んだ。落ち込んだ太郎の肩に手を置き、次郎が諭し始める。

「お前の意気込みとか気持ちとかは良く分かるよ。他の誰も思いつかないようなオリジナルを作り上げたい…誰だって思うことだ。だがな、俺達はクモだ。クモにはクモなりの巣の作り方がある。俺達だからこそできる獲物の捕り方も、な。」

「…他の奴らの真似なんて嫌だよ。」

拗ねる太郎に次郎は言葉を続ける。

「お前は真似ることを嫌っているが、そもそも真似ること事態は悪じゃない。生き物は皆、倣うことで習い、物事を確立させていく。例えば小説を作るという行為。まず文字の存在を知り、文字を模し、文字を覚える。次に文字で構成された言葉の存在を知り、言葉を模し、言葉を覚える。繰り返す外部からの情報入手と模倣、学習の繰り返しで文章に至り、文章にストーリーを付与する技術を知り、模し、初めて物語が出来上がる。つまり神様でもなければ、全くのオリジナルを自分一人で生み出すなんて無理なんだよ。全ては見聞き知り行いの経験で得られた情報によって成される。意図的な結果としての模倣は確かに宜しくないが、学習過程としての模倣であればなんら問題はないはずだ。簡単な話、他を知り、コツを掴み、そこから初めて自分のオリジナルをものにしていけるってことだ。」

「つまり…どういうことだ?」

変に気取った言い方をしたせいか、太郎は頭の上にハテナを浮かべているような顔をしていた。説明の仕方が悪かったことを反省した次郎は太郎の背中を強く叩いて笑顔で答えた。

「つまり、まずお前は本来のクモ式の家の作り方を学んで真似して技術を覚えろってことだ!基礎を覚えたところで、巣の形に凝るとかインテリアを置くとかデコレーションするとか、応用してオリジナルを見出していけばいいんだよ!」

話の芯を理解した太郎は、気持ちを一新し、勢い良く立ち上がった。

「そうか!よし!それなら早速、次郎先生!ご指導、宜しくお願いします!」

また一つため息をつきながらも、親友のためならばと次郎はそれに了解した。


 それから3日程後、太郎は新しい我が家を見せたいからと次郎を呼び出した。クモの巣の作り方を覚えた今回はちゃんとした形になっているだろうと次郎は少しだけ楽しみにしていたのだが…。

「どうだ!これが俺の城!太郎・ザ・ドリームだ!!」

次郎は絶句した。目の前にあったのは、数日前に見た小石造りの家をクモの糸で囲み、そこに何層も葉っぱの雨除けを張り付けた、確かにある意味城のような防壁付きの家だった。太郎は自慢げに説明を加える。

「風雨対策万全!緊急時避難用に近くの木にも別荘を建造!獲物はご覧の通り、城の最外層にに広く張り巡らせた君たちが巣と呼んでいるお粗末な罠で狩り放題!夜にわんさか獲物が飛びついてくるから飯に困らないんだぜ!」

巣に張り付いていた獲物を器用に持ってきて次郎にご馳走する太郎。掛ける言葉が見つからなかった次郎は、口をあけたまましばらく固まっていた。

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