アーカーシャ・ミソロジー5

キール・アーカーシャ

第1話

第5話 黒の女皇帝


 平和主義者はかつての大戦を批判する。

 その一つは早期降伏すべきであったとの意見である。

 しかし、ヤクトは比較的に早期に降伏した。

 その為、皇族・貴族・財閥の権力が多少は残された。

 核爆弾も投下数は一つで済んだ。

 ただし、天文学的な賠償金をヤクトは支払う義務を強いられ、その割を食ったのは庶民であった。

 そして、終戦後ヤクト国内は貧富の差が生じ、数多のホームレスがたむろしていた。

 

 平和主義者達が言うように、さらに早期に降伏していたら、

どうなっていたか?

 同じく島国アルカンドを見よ。

 かつてのヤクトの軍事-同盟国のアルカンドは、あまりに早期に降伏した為、降伏派と抗戦派に国が二分し、同じ国民が互いに殺し合った。

 そんな忌まわしき歴史は語り継がれる事なく、存在しなかった事とされた。


 早期の降伏は善では無く、悪にもなり得るのである。

 戦争は外交であり、未(いま)だ戦えると相手に見せる事は、外交のカードに成(な)り得(え)、敗北が確実だとしても、降伏時の条件に違いが生じる。


 ロータ・コーヨは無意識の内にそれを知っていた。


 

 ・・・・・・・・・・

 イアンナ南部への入り口の付近は草原になっていた。

 そして、それは南から北にかけて下り坂となっており、

攻める側からしたら、絶好の場所だった。

 ラース-ベルゼ軍3000名は今、綺麗(きれい)に隊列を組み、坂を下(くだ)っていた。

 それをアポリスと副官のラゼルは見守っていた。

ラゼル「敵は潜んでいるんですかね?」

アポリス「かもね・・・・・・。しかし、少なくとも偵察からの連絡

では、きちんとした陣地は築かれていないそうじゃ

ないか」

ラゼル「まぁ、生き残った偵察兵の情報では・・・・・・ですけど」

 ラゼルは偵察兵を数十名出していたが、帰って来たのは数名

だけだった。

アポリス「ボルド隊との打ち合わせでは、そろそろだな」

ラゼル「ええ。あと、10分程ですね」

アポリス「さて・・・・・・両面よりの攻撃に敵はどう出るかな?

     そして、ソルガルム、貴方は、生きているのなら

     どう対処するのでしょうね?」

 と呟(つぶや)いた。

すると、一滴の雨粒がアポリスの仮面に当たった。

アポリス「これは・・・・・・予想以上にひどい雨に-なりそうだ」

 と言って、アポリスは上空を見上げた。

 空は雨雲で完全に覆われていた。しかし、雨粒は-それ以上

落ちず、曇りを保っていた。

アポリス「天恵か・・・・・・。これで、ヤクト空軍は、手出しが

     出来ない-だろう」

 と、静かに告げるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ロータは少ない戦力の中、偵察部隊、警戒部隊に多くの割合をさいていた。

 偵察部隊は敵の戦力等の情報を得るため、かなり遠くまで

行動範囲は広がっている。一方、警戒部隊は近づいて来た敵

が対象なので、陣地の周辺が行動範囲である。

 警戒部隊は敵を見つけたら、本陣に知らせると共に、戦う

事となる。

一方、偵察部隊は敵を見つけても、隠れてやり過ごす事が多い。とりわけ、敵の偵察部隊を先に発見した場合、そうする事が多い。これは、偵察部隊の目的は-あくまで敵主力の情報であり、基本的に敵の偵察部隊は対象ではないからだ。

 この場合、本陣に伝令を送り、敵の偵察部隊が通り過ぎるのを待つ事となる。

 しかし、ロータは自らの偵察部隊に、敵の偵察部隊を発見したら、必ず攻撃せよ、と命じてあった。

 ロータは情報を重視した。

 とりわけ、この戦況下においては、敵に自軍の正確な戦力を知られるわけには、いかないのだった。

 なので、敵を見つけたら、難しい事は考えずに攻撃させたのだった。

 このため、ロータは情報戦に勝利していた。

 ロータは南に送った偵察部隊から、大規模なラース軍勢が

迫っている事を知った。さらに、偵察部隊は敵の偵察部隊を

先に発見し打ち破っていた。


 しかも、この偵察・警戒部隊は思わぬ効果を生んだ。

 話は約半日前に遡(さかのぼ)る。


 ロータ達は作戦を練っていた。しかし、圧倒的な戦力差の

前で、皆が意気消沈していた。

 そこに警戒部隊の兵士が駆けて来た。

兵士「申し上げます。イ、インペリアル・ガードを名乗る者が

   協力を願ってきています」

ロータ「インペリアル・ガード?皇子殿下の親衛隊か?」

兵士「はい。リグナラス・シヴィタス士官候補生と名乗っておりました」

ロータ「そうか・・・・・・。しかし、何故、インペリアル・ガードが?」

兵士「リグナラス殿の話によりますと、お、皇子殿下がヤクト解放戦線のメンバー   と共に、我々の援護に駆けつけて

   来られたとの事です・・・・・・」

ロータ「皇子殿下・・・・・・・。クオン・ヤクト・アウルム殿下の

    事か?」

 とロータは震える声で尋ねた。

兵士「はい。はい。確かに、確かに、そう聞きました。これを」

 そして、兵士は腕輪を机に置いた。

アレン「これは・・・・・・確かに、王家の紋章が象(かたど)られて-いますね」

ロータ「本物か?」

アレン「ええ。間違いなく」

ドリス「皇子殿下が・・・・・・皇子殿下が生きておられた。いや、

    それだけじゃない。クオン皇子殿下が、こんな最前線にやって来られるな    んて・・・・・・」

カポ「ロータ隊長・・・・・・。ウィル隊長の言ってた話、本当だったんですね。皇子殿   下・・・・・・・」

ロータ「ああ・・・・・・。出迎えの準備を急ぎ行え。もちろん、敵に知られるわけには-    いかないから、目立つわけには

    行かないが、できる限りの事をしろ」

アレン「承知しました。しかし、本当に皇子殿下か、どうか。

    もしかしたらラース軍の罠の可能性もあるわけでして」

ロータ「もちろん、それはそうだ。だから、誰か、皇子殿下の

    魔力を知っている者は居ないか?」

 すると、タランが手を挙げた。

タラン「私が見聞して参りましょう。私は一時、王宮に仕えて

    居たことがあります。目は見えずとも、魔力を心眼で

    見ることは-かないます」

ロータ「タラン・・・・・・だが、お前は傷が」

タラン「だからこそです。確かに、これが敵の罠の可能性は

    否定できません。あまりに都合が良すぎます。だから

    こそ、大して戦力とならない私が行(ゆ)くべきでしょう」

 すると、ロボットの人形と化したホシヤミも手を挙げた。

ホシヤミ「あっ、僕も行きます。他に、役立てる事、今は無さそうですし」

ロータ「そうか・・・・・・。二人とも、気をつけてな」

 とのロータの言葉に二人は答えた。

ロータ「あと、ホシヤミ、君は皇子殿下に対し、礼節を忘れないようにな」

ホシヤミ「はーい」

 とホシヤミは元気よく答えた。


 そして、タランとホシヤミは兵士に連れられ、皇子の親衛隊

であるリグナとファスと面会した。

リグナ「あっ、タランさん。タランさんですよね?」

ファス「知り合い?」

リグナ「ああ。昔、王宮警護で門番をしてた人だ。よく融通してもらった」

タラン「サー・リグナラス。お久しぶりにございます」

リグナ「ああ。でも、あの時は俺もまだ、7つとかで、ガキだったんだよな」

タラン「ええ」

リグナ「タランさん、クオン皇子殿下が来てるんだ」

タラン「分かっております。しかし、一応、確認せねばなりません。案内して-頂けませんか?」

リグナ「ああ。分かった」

 そして、リグナとファスはタラン達をクオンの元へと急ぎ

案内した。


 ・・・・・・・・・・

ファス「クオン、ヤクト軍の人を連れてきたよ。タラン・ダンって人で」

クオン「・・・・・・タラン・・・・・・」

 すると、クオンの頭はひどく痛んだ。

ファス「大丈夫、クオン?」

クオン「ああ。大丈夫だ。イース、面会して問題ないか?」

 と森林パルチザンのリーダーのイースに尋ねた。

イース「ああ。それと、クオン。パルチザンのリーダーは確かに俺だが、ヤクト国    の皇子は-お前なんだ。だから、

    もっと堂々と命令してくれていいぜ。本音を言うと、俺は誰かに命令され    るのは-あんまし好きじゃあ無い。

    だからこそ、ヤクト軍も途中で辞めちまったんだけどな。でも、クオン、    お前になら命令されていいって、

    思えるんだ。不思議だな。皇子とか関係なく、そう思えるんだ」

クオン「ありがとう、イース。じゃあ、人をやって、ここまで連れてきてくれ」

イース「ヴイ、頼む」

ヴイ「了解いたしました」

 そして、ヴイはタラン達をクオンの元へと連れてきた。

クオンの姿を見るや、タラン達は即座にひざまずいた。

 それを見て、クオンは彼等に近づいていった。

タラン「皇子殿下、クオン・ヤクト・アウルム皇子殿下・・・・・・。

    ご無事で・・・・・・よくぞ、ご無事で・・・・・・」

クオン「ありがとう。タラン・ダンさん-だよね」

タラン「はい、はい・・・・・・」

クオン「ヤクト軍の人達と合流したいんだ。案内してくれるかな?」

タラン「はい。私ごときで、よろしければ・・・・・・。我が君」

 それは一枚の絵画のようであった。

 重装の鎧を着た騎士のタランが、皇子であるクオンに、頭(こうべ)をたれ、片膝をついていた。

 それを見て、その場の全ての兵士が心打たれたのであった。


 ・・・・・・・・・・

 ロータ率いるヤクト兵士達はソワソワとしながら、半信半疑で待っていた。

 すると、遠くに人影が見えた。

 彼等はバニッシュの魔法を使っており、目を凝らさないと見えはしなかったが、確かに、こちらに向かっていた。

 兵士達は念のため、銃を構えた。

 辺りに緊張が走った。

そして、魔法が解け、クオン達が姿を現したのだった。

 それと共に、かすかな歓声が上がった。

兵士A「皇子殿下、皇子殿下が来て下さった。俺達の所へ」

兵士B「夢みたいだ・・・・・・。本物、本物だ・・・・・・。本物の

    皇子殿下だ」

兵士C「ああ・・・・・・ああ・・・・・・俺はもう死んでもいい。死んでもいいぞ。あの方の為(ため)なら、死んでもいい」

 と、兵士達は涙で目をぬらしながら、呟いた。

 兵士達は最敬礼でクオンを迎え入れた。

 それに対し、クオンは手を軽く掲げた。

 その様に兵士達は感激に震えた。

 そして、ロータ達がクオンに近づいていった。

ロータ「クオン皇子殿下。よくぞ、このような場に、おいで下さいました。我等一同・・・・・・我等一同ッ・・・・・・」

 ロータは言葉を続けようとしたが、嗚咽(おえつ)で声が詰まってしまった。ロータの目は涙に-にじんでいた。

 それに対し、クオンは手を差し伸べた。

クオン「そう、かしこまらないで下さい。俺は階級からしたら、

    貴方達より下です。それに俺達はヤクトの同胞じゃ

    ないですか。共に戦いましょう。共に」

ロータ「はい・・・・・・はい・・・・・・」

 そして、ロータは恭(うやうや)しく両手で、クオンの手を握った。

 それを見て、兵士達は我慢しきれずに、言うのであった。

『ヤクト万歳ッ、クオン皇子殿下万歳ッ』と。


 ・・・・・・・・・・

 しばらくして、兵達が一応の落ち着きを見せた頃、ロータ達とクオン達は作戦会議に入っていた。

ロータ「我々、ヤクト軍が主力として、両面より迫る敵ラース軍を迎え撃つので、パルチザンの皆さんは、補佐

(支隊)として、次のように、敵に奇襲を仕掛けて下さい」

 と言って、ロータは図に示した。

アグリオ「なる程。我々は南部を叩けば良いのですね」

 と、クオンの親衛隊長のアグリオは言った。

 それに対し、ロータの参謀、アレンは答えた。

アレン「ええ。今、一番大切なのは、南部の敵の動きを止める事です。ともかく、敵は今度の戦いで一気に決めに

    かかるでしょう。そして、南部の敵さえ、動きを

    止めれれば、相当、有利に戦いを進められるでしょう」

リグナ「しかし、北部の敵を叩くのもありだと思いますが」

アレン「確かに。しかし、北部の敵は我々の経験上、動きが

    遅いのです。慎重とも言えます。一方、南部の敵は

    動きが早い。早すぎる程です。故に、今度の戦いも

    恐れを知らずに、突撃を仕掛けて来る事が予想されます」

リグナ「なる程・・・・・・」

ロータ「そして、ある程度、戦果が見え、敵に被害を与えたら、

    一気に離脱する事となります」

クオン「少し、いいですか」

ロータ「はい。皇子殿下」

クオン「ロータ部隊の配置は逃走を前提とするなら、西側では

    無く、東側に寄せるべきでは?」

アレン「確かに、理想はその通りです。しかし、皇子殿下、我々はどうしようも無く、人なのです」

クオン「と言いますと?」

アレン「我々の部隊は既に、損耗率が4割を越えています。

通常の戦争なら、大勢の脱走兵が出ている事でしょう。

    しかし、ここイアンナは山に囲まれ、逃げ場が基本

    ありません。もちろん、今回はその山を利用して逃げるわけですが、兵の心理としては逃げ辛(づら)いモノが

    あったわけです」

アレン「しかし、今回、山を使って逃げる事が前提となっているわけでして、すると、西側に配置すれば、逃げやすいだけあって、兵士はすぐに撤退しようと-するでしょう。この彼我の戦力差でそれが起きれば、惨敗どころ

    ではすみません」

 すると、森林パルチザンの副リーダー、ヴイが呟(つぶや)いた。

ヴイ「背水の陣という事か・・・・・・」

アレン「そうとも言えます」

ドリス「とはいえ、今の兵士達に-逃亡しようなどという者は

    一人たりとも居はしないと思いますが」

アレン「一応、念の為(ため)です」

すると、パルチザンのリーダー、イースが口を挟んだ。

イース「そっちの兵の事は、まぁ、そっちに任せるぜ。しかし、

    問題はこっちだ。俺達はあくまでゲリラ戦を主体と

    してやって来た。それを正面突破ってのは無理が無いか?」

ロータ「正面では無く、側面突破だけどね。まぁ、少し、敵を

    攪乱(かくらん)してくれる-だけでいい。いかな、勇敢な義勇軍の

    君達でも、これはきつかったかな?」

イース「そんな事-言ってねぇって。はは、やるさ。やってやるさ。正直、俺はこそこそ-してるのよりも、正々堂々(せいせいどうどう)の

    方が、好みなんだ」

ヴイ「イース、乗せられ過ぎ・・・・・・」

 とイースの副長のヴイは苦笑しながら言った。

イース「え?あんた・・・・・・。人が悪いな。チェッ、まぁいいけどさ」

 とイースはロータに向かって言った。

ヴイ「イース・・・・・・。そういう言い方は・・・・・・」

ロータ「まぁ、人が悪いのは事実だから。さて。まぁ、今回の

    戦いは、あくまで時間稼ぎのモノ。だから、あんまし

    無理せず、お互い死んだつもりで行こう」

イース「どっちだよ」

 とイースは苦笑するのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ラース軍の南部の指揮官、アポリスは比較的、前線に出てきて居た。それに、副官のラゼルが付いてきていた。

アポリス「いい風だ・・・・・・」

ラゼル「大佐・・・・・・。もう少し、後ろで指揮を執った方が

    よろしいのでは?」

アポリス「フッ、一応、後衛に本部を置いているだろう?私が

     死んでも問題無いように出来ている。ただね、

     ラゼル。後衛だと伝令が来るのにタイムラグが発生

     するからね」

ラゼル「まぁ、いいですけど。大佐ほどの能力者なら-よっぽどの事が無い限り、平気でしょうし」

アポリス「フッ、それにね・・・・・・。そこらで様子を伺(うかが)っている

     ネズミが引っかかるかも-しれないからね」

 そして、アポリスは低く笑った。しかし、その瞳は吸い込まれ、墜ちていく程に、昏(くら)く冷たかった。


 ・・・・・・・・・・

ボルド「突撃ッッッ!」

 との北部のボルド隊が突撃を開始するのと、南部のアポリス

隊が進撃を開始するのは、ほぼ同時だった。

 そして、隠れていたヤクト兵士が抗戦を開始するのだった。

 空には開戦を知らせる信号弾が舞っていった。


 ・・・・・・・・・・

 戦況は-すぐに変化していった。

 南部のヤクト軍は-あっけなく撤退し、イアンナの内部へと

逃げ込んでいった。

ラゼル「どうします、追いますか?」

アポリス「当然だ。我々も前に進む」

ラゼル『全軍ッ、突撃せよッ、突撃ッ。敵を逃がすな!勝利は

    目前だッ!』

 とラゼルは念話で叫んだ。

 それを聞き、ラース兵士は猛然と進んで行った。

ラゼル(あれ?いいのか?ちょっと、張り切り過ぎじゃ?

    ま、まぁいいか。大佐は何も言わないし・・・・・・)

 そして、一抹の不安を覚えながらも、ラゼルも進軍するので

あった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ボルド達は、それなりに苦戦していた。

ボルド「ええいッ!砲弾だッ!敵にさらなる砲弾の雨を降らせてやれッ!」

 しかし、数で勝っているはずの、ボルド隊の砲兵はロータ隊

の砲弾で吹き飛んで行った。

ボルド「クゥッ。ちょこまかと。進めッ!進めッ!進軍せよ!」

 そして、ボルドを筆頭にラース兵士は突撃していった。


 ・・・・・・・・・・

隘路(あいろ)(狭い通路)を抜け、イアンナ内部へと入った-

アポリス隊の兵士は次々と二方向からの交差射撃の的となっていた。

 次々とラース兵の屍が積み重なる中、ラゼルの元には伝令が

来た。

ラゼル「なっ、待ち伏せのようですッ」

アポリス「当然だな・・・・・・。一部の部隊を森林を迂回(うかい)させて、

     進めろ。時間はかかるが、確実に敵を殺せる」

ラゼル「了解。大佐、それで、現在、正面から進んでいる

    部隊はどうすれば?」

アポリス「彼等は今の通り、突撃させればいい。敵の目を釘付けにする為にも」

ラゼル「りょ・・・・・・了解・・・・・・」

 そして、さらなる屍がイアンナ南部の入り口に積まれる事と

なるのであった。


 ・・・・・・・・・・

ボルド『何処だッ!ロータ・コーヨッッッ!出てこい!』

 とボルドは叫びながら、大剣でヤクト兵を切断していた。

ボルド『オオオオオオオッッッ』

 との咆哮(ほうこう)が辺りに響いた。


 ・・・・・・・・・

ロータ「さて、お呼びのようだ・・・・・・・」

 そう言って、ロータは愛剣の-神(かみ)宿(やど)る地の魔刃を抜いた。

ドリス「大尉。行かれるのですか?」

ロータ「ああ。指揮ならアレンに任せて問題ないしな。それに

    奴とは決着をつけないと」

 そして、ロータはボルドの元に駆けて行った。

 ロータの姿を視認し、ボルドは嬉しそうに唇の端を釣り上げた。

 そして、ロータとボルドの死闘が再び、幕を開けた。


 ・・・・・・・・・・

アレン『第二小隊ッ、敵が回り込んでこようと-しているぞッ!

    予定通り、鈎形(かぎがた)陣を展開しろッ」

 そして、アレンの指示通りヤクト兵は綺麗に陣を変形させて

いった。

 斜行戦術で迂回(うかい)機動しようとした-ラース兵士は、それを阻まれ手痛い反撃を受ける事となった。


 ・・・・・・・・・・

 ボルドと親衛隊を、ロータは一人で相手していた。

1対10の戦いであったが、ロータは必死に時間を稼いでいた。

ボルド『どうしたッッッ!ハッハッハッ!いいものだな、敵を

    なぶり殺すというのもッ!ハッハッハッ!』

 と、叫びながら、ボルドが攻撃していった。

 すると、ロータは敵の支援魔術師へと向かって行った。

 そして、敵の護衛の手をすり抜け、魔術師の腹を切断した。

ボルド『貴様ッッッ!なんて卑怯(ひきょう)なッ!』

ロータ『君には言われたくないな。神なら、潔く一対一で戦ってきなよ』

ボルド『だぁまれッッッ!これは人望の違いだッ!』

ロータ『人望ねぇ・・・・・・』

 とロータは答え、ボルドの攻撃を受けていた。


 ・・・・・・・・・・

クオン「行くぞッッッ!」

 そして、クオン達、十数名は森から出て、アポリス隊に向かって駆けて行った。

 クオンは次々と瞬間移動をして、先へ進み、真っ先に敵に

到達した。

 そして、わずか、数秒で敵の首が何個も飛んでいった。

 ラース兵がクオンの存在に気付く頃に、親衛隊のアグリオ達が突っ込んできた。


 ・・・・・・・・・・

アポリス「随分と騒がしいな・・・・・・」

ラゼル「伏兵ですね。まぁ、そちらの方へ兵を回せば問題ないでしょう。よろしいですか?」

アポリス「ああ」

 そして、ラゼルは指示を伝令員に送った。

 

 ・・・・・・・・・・

 ロータは一気にボルドから距離を取り、後退していった。

ボルド『キサマッ』

 そして、ボルドはロータを追いかけていった。

 すると、いつしか、ボルドは奥深くへと迷い込んでいた。

 いつのまにか、ボルドの親衛隊は置いてかれ、居なくなっていた。

しかも、ロータはバニッシュの魔法で姿を消していた。

 何処からともなく、銃弾がボルドを襲った。

ボルド『オオオオオオオオッッッ』

 とボルドは念話で叫び、あらぬ方向へ魔力を放っていった。


 ・・・・・・・・・・

クオン(ッ、敵が多すぎるッ。だけど、それでいい)

 それでもクオンは、ほぼ無傷で敵を倒していった。

 皇子とインペリアル・ガードの力は凄(すさ)まじく、早くも敵兵が

数十名、倒れていた。

 すると、戦車までがやって来た。

 クオンは戦車へと単身-向かって行った。

 そして、クオンの一撃で戦車は大破していった。

 その圧倒的な実力に、ラース兵は恐怖を抱(いだ)きつつあった。


 ・・・・・・・・・・

ラゼル(まずい・・・・・・・敵の伏兵・・・・・・並では無い。高位の

    能力者か・・・・・・)

 すると、伝令員が駆けて来た。

伝令員「申し上げますッ!敵にクオン皇子とおぼしき人物を

    確認しました」

ラゼル「なっなに?それは本当か?」

伝令員「ハッ。本人が-そう叫んでいます。さらに、外見的

    特徴も一致しており」

ラゼル「待てッ!という事は、今、兵力はクオン皇子付近に

    集中しているのか?」

伝令員「はい。兵士達は一刻も早く武功を立てようと躍起に

    なっております」

ラゼル「しまった・・・・・・という事は」

 すると、大きなドヨメキが上がった。

アポリス「本命が来たようだね」

 そして、森林パルチザン本隊がアポリス目がけて、迫っていたのであった。

 それをアポリスは冷たく見据(みす)えていた。


 ・・・・・・・・・・

イース『オオオオオオオオオッッッッッッ!』

 パルチザンのリーダー、イースは長剣で次々と敵兵を刻んでいった。

 一方、副長のヴイは二挺(にちょう)拳銃で次々と敵兵士の脳天に弾丸を

撃ち込んでいった。

 さらに、他のパルチザン・メンバーも-ここまで生き残って

いるだけはあり、猛然と敵に立ち向かっていった。

ヴイ『イースッ!俺達はいいからッ!あの敵の大将をッ!』

イース『ああッ!』

 そして、イースはアポリス目がけて、駆け進んで行った。

 イースは大きく跳躍し、アポリス目がけて、剣を振り下ろした。

 アポリスは避ける素振(そぶ)りも見せず、黒い結界で剣を防(ふせ)いだ。


 ・・・・・・・・・・

 ボルドは血まみれになっていた。ロータの策にはまり、

まんまと、敵陣深くに単身-突入したのであり、やられるのは

当然であった。

ボルド(馬鹿な・・・・・・。神である俺が、こんな所で、雑兵(ぞうひょう)共に

    やられる-というのか?)

離れた茂(しげ)みからは、銃弾が飛んできていた。

 しかし、ボルドには-その場所を特定する事が出来なかった。

 すると、茂みが次々と爆発していった。

ボルド(何だ?)

 すると、ラース兵が戦車に乗って来ていた。背後には装甲車

も来ていた。

兵士『ボルド准佐ッ!お怪我はッ!』

ボルド『問題ないわッ。いったん、退くぞッ。友軍と合流する』

兵士「ハッ」

 そして、ボルドは急ぎ、装甲車に乗り込んだ。

ボルド「しかし、よくぞ、来たな。お前達」

兵士「いえ。クラウニー上級大尉よりの命令でして」

ボルド「そうか・・・・・・。ふん。あいつも、たまには役立つでは

    ないか」

 と、ボルドは呟いた。

ボルド(しかし、これが実戦か・・・・・・。雑兵も集まれば、高位の能力者を脅かす。    分かっていたつもりだが、分かっていなかった。考えを改めねばな。      まぁ、この悪運の強さも神たる俺だからなのだがな。フッフッフ)

 とボルドは内心、怪しく笑っていた。

 

・・・・・・・・・・

アポリスの副官、ラゼルはアポリスから離れ、指揮を行っていた。

ラゼル(メチャクチャだ・・・・・・。だから、前線は嫌なのに)

 と思いつつ、ラゼルは横目でアポリスの戦いを追った。

 

アポリスは善戦しているようで、敵のヤクト人は勢いだけ

だった。

ラゼル(全く、あの人も、遊んでないで、本気を出せばいいのに。いや、待て。そうなると、私まで巻き込まれるかもしれないぞ。もう少し、離れておこう)

 そして、ラゼルは-さりげなく、アポリスから距離を取るのであった。


 ・・・・・・・・・・

 ロータの副長タランは傷が癒えてない中、死闘に身を投じていた。

タラン『ひるむなッ!ここを抜かれれば、終わりだぞッ!どうしたッ?皇子殿下も戦っておられるのだぞッ!』

 とのタランの叱咤(しった)激励(げきれい)にヤクト兵達は答え、必死に敵の猛攻

を抑えていった。

 すると、敵の高位能力者、数名がタランに迫った。

『レベル5ッ!』

 とのヤクト兵士の声が響いた。

 タランは必死に攻撃を防御するも、体がよろめいた。

 すると、巨大な斧が敵に迫った。

 そこにはロータの腹心の部下の一人、ミミーが居た。彼女は

全身を鍛え上げており、その巨体に巨大な斧を持ち、戦っていた。

ミミー『フンッ』

 風切り音と共に、敵兵が一人、鎧ごと砕けていった。

 さらに、タランは全身の魔力を絞り、敵能力者に巨大な魔弾を放った。敵能力者-二名は巨大な緑の光に飲み込まれ、爆散

していった。

タラン『はぁ、はぁ・・・・・・。助かりました』

ミミーは頷(うなず)くと、新たな敵を求め、駆けて行った。


 ・・・・・・・・・・

 森林パルチザンのリーダー、イースは焦っていた。

 イースの攻撃は全く、アポリスに通用していなかった。

 まるで、霞(かすみ)を斬るような手応えしか、感じ取れなかった。

イース(やべぇッ。こいつ、こいつ、何なんだ?どうすりゃ、

    いいッ。こんな敵、初めてだ・・・・・・)

 すると、アポリスの魔法ツイストが発動し、イースの右腕を

捕らえた。

 そして、イースの腕は剣ごと、ねじれていき、砕けそうになった。

 しかし、次の瞬間、空から大量の流星の如(ごと)き魔弾が降り注(そそ)いだ。その一本がアポリスに直撃した。

 それと共に、イースにかけられた魔法は解除された。

イース(な、何だ?)

アポリス『来ましたかッ、ついにッ!』

 とのアポリスの叫びと共に、太陽を背にしながら、人狼

ソルガルムが地に降り立った。その衝撃波でラース兵は吹き飛んで行った。

 そして、ソルガルムは大剣をアポリスに向かって振った。

 アポリスは黒い結界で防ごうとするも、間に合わず、剣撃で

吹き飛んでいった。

イース「き、効いてる・・・・・・」

 それを見て、さしものラース兵達も焦りを見せ、ソルガルム

に対し、襲いかかっていった。

イース「させるかッ!」

 そして、イースはソルガルムに向かおうとした兵士を斬っていった。

 いつの間にか、イースとソルガルムは互いに背を預けながら

戦っていた。

 そして、ラース兵達は二人に次々と斬られていった。

 すると、復活したアポリスが二人に黒い魔弾を放っていった。

 二人は器用に大量の魔弾を避けていった。

 その流れ弾に、あわれラース兵は巻き込まれ、吸い込まれていった。

 しかし、イースとソルガルムは-ひるむ事無く、アポリスに

立ち向かっていった。

アポリス『ハッハッハ、これは、これは何と言うことか。

     何という運命の巡り合わせか。前世、あれ程、憎み殺し合った二人が、そうとは知らずに協力し戦っている。何度見ても面白いモノですねッッッ』

 次の瞬間、アポリスの魔法で地面は割れ、ラース兵士達は

落ちていった。

ソルガルム『アポリスよ、お前は自軍の兵士を何とも思わぬのか?』

アポリス『フッ、彼等の魂は私がおいしく使わせてもらいますからね』

イース『てめぇッ。この悪魔がッッッ!』

アポリス『ハッ、貴方(あなた)には言われたくないッ』

 そして、アポリスは次々と黒いレーザーを放った。

 それをソルガルムは自らを盾にして、イースを守った。

イース『あ、ありがとう・・・・・・』

ソルガルム『いや。来るぞッ』

 そして、二人は地面が魔弾で爆(は)ぜていく中、アポリスの追撃をかわしていった。


 ・・・・・・・・・・

 イアンナの入り口を迂回(うかい)して、森からラース兵士は次々と

出てこようとした。

 しかし、白い仮面をかぶった男ロータが彼等を斬り刻んでいった。

ロータ『ラァァァァァァァッッッ』

 ロータは鬼神の如(ごと)き働きを見せた。

 しかし、その働きに反比例するかのように、残存魔力は少なくなっていた。

ヤクト兵『ロータ中尉、コンディション・イエロー。残り魔力に注意して下さい』

ロータ『分かってるッ!』

 しかし、ロータは、一気に森を駆け、敵を斬った。

ロータ(構(かま)わないッ!今だ、今が命を真に懸(か)ける時ッ!ここで

    退(ひ)けば、未来は無いッ!)

 そして、魔力を刃にため、一気に周囲を木々ごと切断した。


 ・・・・・・・・・・

 ラッパの音と共に、次々とラース軍の戦車が北部から迫っていた。

 必死に、ヤクト兵士は-なけなしのロケット・ランチャーなどで対処するも、敵の勢いは止まらなかった。

分隊長「クソッ、正面じゃ、装甲が厚すぎる。貸せッ」

 そして、分隊長はロケット・ランチャーを抱え、戦車の側面を狙える位置へと駆けて行った。

 辺りはヤクト兵の使った発煙筒で視界が不良だった。

 しかし、流れ弾に当たり、足を負傷してしまった。

 だが、彼は狙うに絶好の位置に到達していた。

分隊長「喰らえッッッ」

 そして、ロケット弾が上手く、敵戦車の側面に命中した。

 技術の低いラース軍の戦車は、それだけで爆発していった。

分隊長「ざまーみろッ・・・・・・」

 と爆煙の中、分隊長は呟いた。

 すると、彼の部下達が駆けて来た。

部下A「隊長ッ。今、手当てします」

部下B「やりましたね」

分隊長「それよりも、移動が先だ。他の戦車も破壊してやるッ」

 と分隊長は闘志を燃やしていた。

 すると、上空から音が聞こえた。

 それはヤクトの空軍だった。

 次々と、マルチ・ロール戦闘機による爆撃が始まった。

 しかし、今度はラース軍も高射陣地を用意しており、大量の

対空攻撃が行われた。

 そして、一機のヤクト戦闘機が被弾して落ちていった。

 さらに、ここに来て、ラース軍の戦闘機が数十機、飛んできた。

 ヤクトのパイロットは敵の機種を見て、驚愕(きょうがく)した。

 それは旧型にも程が有り、廃棄されるべき機体であった。

 しかし、それを撃ち落とすのには、それなりの苦労は必要だった。数の限られている対空ミサイルは、簡単には発射できなかった。

 そして、5対24の空中での空中-格闘戦が始まった。


 ・・・・・・・・・・

 次々とヤクト兵士達は敵の砲弾で吹き飛んで行った。

 もしくは銃撃で力尽きていった。

ドリス(駄目だッ、敵の勢いが激しすぎる・・・・・・)

 すると、ロータが血まみれで帰って来た。

ドリス「ロータ大尉ッ、無事ですか?」

ロータ「私はいい。それより、戦況は?」

ドリス「これ以上無く、悪いです。各、戦線が突破されかかっています」

アレン「そろそろ、撤退の準備をした方が良いかと」

ドリス「馬鹿なッ、まだ皇子殿下は戦っておられます!」

アレン「じゃあ、皇子と一緒に殉死(じゅんし)しろと言うのか、お前はッ」

ドリス「私達は、まだ戦えるッ!」

アレン「そんな事を言って」

ロータ「黙れッ!」

 とのロータの怒鳴り声に二人は押し黙った。

ロータ「はぁはぁ、今、今、取り乱してどうする?あと、三十分だ。三十分たったら、撤退を開始する・・・・・・」

ドリス「了解・・・・・・」

アレン「賢明な判断です」

ロータ「急ぎ、皇子殿下に伝えろ。引き際が来たと・・・・・・」

ドリス「・・・・・・了解」

 とドリスは悔しそうに答えた。

アレン「しかし、順番はどうします?一気に全ての部隊が退けば、敵は追撃してきます。ここは、いくつかの部隊を

    犠牲にする覚悟で、殿(しんがり)を任せては?」

ロータ「ああ。東側から順次(じゅんじ)-撤退させてくれ。ただし、第3

    分隊は他部隊の撤収が完了するまで、抗戦してもらう」

アレン「しかし、戦線が-こう拡大していると、もう一部隊、

    真剣に戦う振りをしてもらう必要があるのでは?」

ロータ「それは俺がやる。第13分隊を俺が率いて戦う」

アレン「無茶ですッ。あの部隊は損耗率が激しく」

ロータ「だからこそだッ。頼む、戦わせてくれ・・・・・・」

アレン「私は参謀です。素直に命じて下されば、従います」

ロータ「ありがとう、なら命じよう。後は任せた」

アレン「ええ。任せて下さい」

 そして、二人は敬礼を交(か)わした。


 ・・・・・・・・・・

 一方、アポリスは苦戦していた。

 ソルガルムとイースの連携は、初めてとは思えぬ程、完璧で

さらに、周囲のラース兵は巻き込まれるのを怖れて、遠くから

見守っている-ばかりだった。

ソルガルム『ルアァァァァァッ!』

 と叫び、ソルガルムは大剣を振り下ろした。

アポリス『ッ・・・・・・・』

 アポリスは辛(から)くもかわすも、背後にはイースが迫っていた。

 すると、イースの剣が輝きを見せた。

 次の瞬間、アポリスの右腕は切断されていた。

 さらに、追撃でソルガルムは大剣をアポリスの仮面に叩き付けた。

 アポリスは腕を失った状態で吹き飛ばされていった。

 そして、アポリスの仮面は砕けていった。

 中からは完全な虚無が出てきた。

イース『なっ、何だッ・・・・・・。人間かよ、こいつ』

アポリス『私は化け物とも呼べるでしょう。人の理を超越した

     者。私を傷つける事は、人間には出来はしない。

     この星は私を傷つけられない。だが、星の理(ことわり)を越えた存在は別です。フフッ、面白くなってきましたね』

アポリス『いいでしょう。見せましょうか?真の闇という物を』

 そして、アポリスの周囲に闇が渦巻きだした。

 それに呼応するかのように、空は暗雲が立ちこめだした。

 イースは-その威圧感に武者震(むしゃぶる)いをした。

『待ったーーーーーーッ!その勝負、待ったーーーーーーッ!』

 との公開念話がした。

 そこにはアポリスの副官、ラゼルが走ってきていた。

アポリス『ラゼル・・・・・・・何の用です?』

ラゼル『これ以上、戦う必要ありません。というか、そこの狼、

    貴方は剣を収(おさ)めねばなりませんよ』

イース『何言ってんだ、テメーッ!』

ラゼル『ま、まぁまぁ、そう怒鳴らずに。私達は人質を捕らえました。ほら』

 そう言って、ラゼルは一点を示した。

 そこにはラース兵士に連れられる子供達とリーラ達の姿があった。

リーラ「ごめんよ、ソルガルム・・・・・・」

 とリーラは悔しそうに呟いた。

 それを見て、ソルガルムは唸(うな)った。

イース「汚(きた)ねーぞッ、テメーッ!」

 とイースは叫んだ。

ラゼル「まっ、まぁまぁ。悪いようにはしませんよ。だから、

    大人しく投降して下さい。大丈夫です。貴方達の身柄は北部のボルド大隊に預けますから」

アポリス『ラゼル・・・・・・。それは-どういう意味かな?』

ラゼル「いっいえ、わざわざ大佐の手をわずらわせるまでも

    ないかと思いまして」

アポリス『そうだね・・・・・・。なら、ここで殺しておこう』

 すると、アポリスの手に強大な魔力が宿った。

イース「テメッ!」

アポリス『動けば、子供達を殺すッ!』

ソルガルム「クッ・・・・・・」

アポリス『その心の弱さもまた、貴方達の個性なのでしょうね』

 と言って、アポリスは笑った。

 そして、アポリスの両腕から、さらなる膨大な魔力が発生していった。

 その暗黒の球体は強大な波動を発しており、大気は鳴動していた。

 次の瞬間、球体に大量の剣が突き刺さった。

 そして、アポリスは自らの波動で吹き飛んで行った。

 ソルガルムはとっさに、イースをかばった。

 ソルガルムは波動に飲み込まれていった。

 一方、ラゼルは-結界を張るも、波動を間接的に受けてしまった。

 そんな混迷-極まる状況の中、クオンは子供達に向かって、

次々と瞬間移動していった。

ラース兵[う、わーーーーーッ]

 と剣を振るも、次の瞬間にはクオンに首を斬られていた。

 そして、クオンは子供達とリーラ達の周囲に結界を張り、

周囲の敵兵を攻撃していった。

イース「何だ?何が起きた?あれは、クオン・・・・・・」

ソルガルム「う・・・・・・」

 すると、ソルガルムの体は光と化して消えかかっていた。

イース「おいッ、どうしたんだよッ!消えちまうのかよッ。

    おいッ!」

ソルガルム「名前も知らないが、お前を守れて良かったと、

      心から思うぞ・・・・・・」

イース「あ・・・・・・」

 すると、ソルガルムの体は完全に光と化して、消滅していった。

イース「何で・・・・・・何でだよ・・・・・・。どうしてッ、あんなに

    強かったはずのアンタが・・・・・・。クソッ、知りもしないのに、何で?」

 とイースは呟いた。

 すると、敵一般兵が背後に迫っていた。

イース『チクショーーーーーッ!』

 と叫びながら、イースは敵を斬っていった。


 一方、ラゼルは意識を取り戻していた。

ラゼル「ゴホッ・・・・・・」

 ラゼルは大量の鮮血を吐いていた。

ラゼル(まぁ、これだけで済んだのなら、良しとしますか)

 とラゼルは内心、納得していた。

すると、ラゼルは異様なマナを察知した。

ラゼル「ゲッ・・・・・・」

 次の瞬間、黒い魔方陣が出現し、辺りは亜空間に閉じ込められた。

ラゼル「し、しまった・・・・・・」

 と言って、ラゼルは絶望した。


イース「何だ、これ・・・・・・」

 すると、ラース兵が一様に怯えだし、一目散に逃げ出した。

 しかし、見えない壁に阻まれ、外に出ることは出来なかった。

 すると、クオンが駆けて来た。

イース「クオンッ」

クオン「ごめん、あの時は-ああするしか無くて」

イース「いや、それより、これは・・・・・・」

クオン「分からない。敵の攻撃なのか?それにしては、敵の

一般兵の様子がおかしいけど・・・・・・」

 すると、ラゼルが両手を挙げて、駆けて来た。

イース「テメェッ!」

ラゼル「待てッ、待てって。お、お前達、とんでもない事を

    してくれたな。ああ、俺の人生も終わりだ・・・・・・」

イース「何、寝ぼけた事、言ってんだ」

クオン「どういう事です?」

ラゼル「ああ、皇子殿下、今の状況で頼れるのは貴方だけです」

イース「おい、テメェ、あんまし調子の良いこと言ってんじゃ

    ねぇぞ」

ラゼル「うるさい、このままじゃ全員、死ぬんだ。この亜空間

    から脱出できた者は一人も居ないんだよッ。あの人は

    敵を倒すためなら、味方を犠牲にする事なんかいとわない。それどころ     か、味方の魂を喰らう-良いチャンス

    に思ってるフシがあるくらいですよッ」

 と半泣きでラゼルは叫んだ。

すると、何かが這いずるような音がした。

 それと共に、巨大な何かが湧出した。

ラゼル「ヒィィイ」

 と、ラゼルは後ずさった。

 俯瞰(ふかん)して見たなら、いつの間にか、クオンやラゼル達は円柱のような物の上におり、黒い巨人が-その外から現れたのであった。

イース(や、やべぇ・・・・・・。これは、やべぇ。これだけは、

    やべぇ。こんな闇、見た事がねぇ・・・・・・。死ぬのか。

    俺はこんな所で・・・・・・)

 すると、クオンが魔力を限界まで高めた。

クオン『イースッ!戦おうッ!』

 との言葉に一瞬、イースは面食らったが、すぐにニヤリとした。

イース『ああ、やってやろう!』

ラゼル『お、お手伝いを・・・・・・』

イース『テメェッ』

 とイースはラゼルに剣を向けた。

クオン『イース、協力してもらおう』

 すると、黒い巨人からブレスが吐き出された。

 クオン達は何とか-かわすも、大勢のラース兵がブレスに吹き飛ばされ、落ちていった。

イース『チッ、好きにしなッ』

ラゼル『あ、ありがとうございます』

 そして、三人は黒い巨人に立ち向かっていった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、クオンの親衛隊達は面食らっていた。

リグナ『おいっ、何が起きてる?』

 少し離れた所では、亜空間が出現していた。

アグリオ『クオンは-あの中で戦っているようですが・・・・・・』

ファス『それより、敵が急に、逃げ出したりしてるけど・・・・・・』

アグリオ『指揮系統が乱れたんでしょう・・・・・・。しかし、

     敵兵の練度に-そもそもの問題が』

リグナ『それより、どうすんだ?伝令によれば、撤退は後、

十分だぞッ』

アグリオ『ぎりぎりまで、待ちましょう』

ファス『それでも、クオンが出てこなかったら?』

アグリオ『・・・・・・待つまでです。私達、三人だけでも』

ファス『了解』

 とファスは嬉しそうに答えた。

 すると、パルチザンのメンバー、リオル達がやって来た。

リオル『どうなってますか?』

アグリオ『恐らく、あの亜空間の中に、敵の指揮官が居るんだと思われます。さらに、クオンも・・・・・・』

リグナ『だけど、撤退時間が迫ってるんだ。俺達、三人は最悪、残るけど』

リオル『なら、我等も-それに習うまでです』

 とリオルは微笑んだ。

ダコス「ほんと、君達は退屈させないねぇ・・・・・・」

 とダコスは苦笑した。

 リオルとダコスはクオン達の元教師であり、色々と手を焼いたものだった。

アグリオ『ですね。ともかく、身を潜めましょう』

 と言ってアグリオは隠匿(いんとく)魔法をかけた。


 ・・・・・・・・・・

 ラース兵達は初めこそ、アポリスから逃げ出していたものの、脱走とみなされ-味方の憲兵に撃たれそうになったりして、仕方なく、再び突撃していった。

 しかし、その時にはアグリオ達はバニッシュの魔法を使い、

茂(しげ)みに潜んでいた。


 一方、アポリス隊の前線本部では、指揮系統が混乱していた。

 そんな中、一人の青年が冷ややかに上級将校-達を見ていた。

青年「中佐ッ!私に出撃命令を」

 と青年は高らかに言った。

 すると、情報参謀のヨーズ少佐が答えた。

ヨーズ「まぁまぁ、そう言わずに。君に万一があると、色々と

    大変だからね」

 と青年の肩を軽く叩きながら言った。

青年「自分はエルダー・グール国家主席の孫である事を誇りに

   こそ思っていますが、ならばこそ勇敢でありたいと思っています」

ヨーズ「しかし・・・・・・」

 すると、中佐が口を開いた。

中佐「まぁいいじゃないか。戦況の打開に繋がるやもしれないしな。エトリオ大尉、隷下(れいか)の第二小隊でイアンナを攻めるといい」

エトリオ「了解しました」

 と言って、エルダー・グールの孫、エトリオは颯爽(さっそう)と身を

翻(ひるがえ)していった。

 それを見送り、ヨーズは口を開いた。

ヨーズ「本当に、よかったのですか?」

中佐「構(かま)いはしないさ。本人がそう言ってるんだから。それに

   私は-あの若造(わかぞう)が大(だい)の嫌いでね。正直、戦死しても構(かま)わないとさえ思うよ」

ヨーズ「はは・・・・・・。彼は-もてますからね・・・・・・」

 と、つい漏(も)らしてしまった。

中佐「・・・・・・どういう意味かね?」

ヨーズ「い、いえ。他意は有りません」

 と、ヨーズは敬礼しながら答えるのだった。


・・・・・・・・・・

 その頃、森林パルチザンの本隊は副隊長のヴイの指揮下で

戦っていた。ヴイは子供達とリーラ達を保護し、先に逃がしていた。

 そして、残ったヴイ達は林に身を隠しながら、戦いを行っていた。

 しかし、次々と敵の歩兵が林に侵入してきていた。

ヴイ(どうする?アグリオ達と合流するか?いや、駄目だ。

   彼等は身を潜めているようだ。となると、合流は邪魔に

   なるだけだ。それに予め、別々に逃走すると決めてあったのだから。だけど、イース、お前が居なきゃ・・・・・・)

 と、思いつつも、ヴイは必死に弾丸を本能的に放っていった。


 ・・・・・・・・・・

 亜空間の中では死闘が繰り広げられていた。

クオンは次々と瞬間移動を繰り返し、空中で黒い巨人に攻撃を繰り返していった。

 一方、イースは地面から湧く、人型の闇を次々と斬っていった。

イース『クソッ、キリが無いッ』

ラゼル『そりゃ、そうですよ。敵味方の魂を使ってるんですから』

イース『チクショウッ!』

 と言ってイースは、さらに斬っていくのだった。

『辛い・・・・・・辛い・・・・・・辛い・・・・・・殺してくれ・・・・・・』

 との声がイースには聞こえてきた。

イース(今、楽にしてやんよッ)

 と心の内で叫びながら、イースは闇を切り裂くのだった。


 クオンは焦っていた。

クオン(まずいこのままじゃ、魔力が尽きてしまう・・・・・・。

    でも、どうすれば・・・・・・)

 すると、その思考の-とらわれが一瞬の隙を生んだ。

 小さな球体がクオンの周りに集まり、そして、魔方陣が発動した。

クオン(ッ!)

 クオンはとっさに、魔方陣を王剣で切り裂くも、効果を受けてしまった。

 そして、力なく、なんとか地面に降り立った。

ラゼル『だ、大丈夫ですか?』

クオン『来るッ』

 すると、巨人からブレスが再び吐き出された。

ラゼルは-とっさに結界を張るも、結界には次々とヒビが入っていった。

 しかも、クオンは-よろめき倒れてしまった。

イース「クオンッ、クオンッッッ!」

 とのイースの叫び声がクオンの脳裏に響いた。

 そして、クオンの意識は闇に落ちていった。


 そこは暗闇の中だった。

 しかし、奥から強くも優しい光が差し込んできた。

 そして、一体の人狼ソルガルムが歩いてきた。

クオン「貴方は・・・・・・」

ソルガルム「クオン皇子・・・・・・。どうか、俺の力を使って欲しい。偉大なる皇子よ。どうか、俺と契約を・・・・・・」

 そして、ソルガルムは片膝をついた。

クオン「ああ・・・・・・共に戦おう」

 そう言って、クオンは微笑み、ソルガルムに手を差し伸べた。

 ソルガルムも微笑み、その手を取り返した。


 そして、光が起きた。

 閃光が闇を照らした。

 そこには巨大な狼が居た。その背にはクオンが乗り、さらに、

光の翼が生えていた。それは空(くう)狼(ろう)と言えただろう。

イース「あれは・・・・・・ソルガルム?ハハッ。何だよ、悲しんで

    損したじゃねぇか」

 とイースは苦笑しつつ、呟(つぶや)いた。

 一方、黒い巨人は怒ったかのように、咆哮(ほうこう)をあげた。

 そして、巨人は無数の魔弾を放ってきた。

 しかし、次の瞬間、ソルガルムの口からレーザーが放たれ、

魔弾はかき消えていった。

 それどころか、巨人も傷ついていた。

ラゼル『オオッ、やった、やったぞ!』

 と、ラゼルは叫んだ。

 すると、ラゼルの背後にアポリスの霊体が忍び寄った。

アポリス『ラゼル、ラゼルよ・・・・・・。その裏切りを今なら許そう。今ならば・・・・・・。その魔術で背後から、あの狼と皇子を攻撃せよ』

 とのアポリスの声にラゼルは震えた。

ラゼル(俺は・・・・・・俺は・・・・・・)

 次の瞬間、ラゼルの魔法が後方に炸裂した。

 そして、アポリスの影は消えていった。

アポリス『後悔しない事だ・・・・・・』

 との声を残し。


ラゼル「どちらにせよ、俺は裏切り者だ。なら、真の意味で

    許してくれそうな方を選ぶさ」

 と呟(つぶや)くのだった。


 一方、クオン達は次々と敵の波動を避けていった。

ソルガルム『皇子よッ。互いに残りの魔力は少ない。一気に

      決めることを提案するが』

クオン『ああ、それで行こうッ!』

 そして、クオンとソルガルムは一気に魔力を高めた。

 二人は流星の如(ごと)く、黒い巨人へと-ぶつかっていった。

 黒い巨人は結界を張っていたが、クオン達は-それを突き破っていった。

 そして、クオン達は巨人の腹部を貫いていった。

 その瞬間、クオンは時が凍るかに感じた。

 声が聞こえた。

『皇子様・・・・・・助けて・・・・・・』

 との声が。

 見れば、多くの魂が-そこにはあった。

 その魂は森の動植物だった。

 アポリスによって焼かれたイルナの山の生命達だった。

 彼等の魂はアポリスによって、捕らわれていたのだった。

『痛いよぅ、苦しいよぅ・・・・・・』

 との声がクオンには聞こえた。

ソルガルム『皇子・・・・・・。彼等の魂を・・・・・・。苦しみ悩む魂達に新たな契約を』

クオン『ああ・・・・・・』

そう言って、クオンは-かつての仲間、ソウルを思い出した。

クオン『奪わせて-もらうぞッ。その魂、魂達をッッッッ!』

 と、クオンは叫び、手を掲(かか)げた。

 すると、クオンの右手から四方、八方と全方位へと光が紡(つむ)がれていった。

 すると、アポリスの霊体が湧出した。

アポリス『馬鹿なッ、契約を変更など、出来るはずがッ!』

クオン『黙れッ!どんな理由があろうと、魂を捕らえていい

    道理など有りはしない。その契約は無効だ。さらに、彼等の魂は俺が-もらった。新たな契約が今、交わされる。文句があるのなら、俺を倒す事だッ!』

アポリス『何たる傲慢(ごうまん)ッ、皇子だからといって、何でも許されると思うなッ』

 と言うや、アポリスは肥大化し、クオンを襲おうとした。

 それに、周囲の動植物の霊は震(ふる)えた。

 それに対し、ソルガルムが魔力を放ち、立ち向かった。

ソルガルム『皇子よッ!今の内に、契約を完了させてくれッ!』

クオン『ああ』

 そして、クオンは目を瞑(つむ)った。

 魂達はクオンと繋がっていた。

クオン(俺は、お前達に何も強(し)いないよ。ただ、無事に、

    天国に行って欲しいだけなんだ。ただ、それだけなんだ。それが、俺の契約)

『うん・・・・・・』 

と、それに対し、魂達は全て同意した。

 今、契約は成った。

 まばゆい光が周囲に-あふれた。

アポリス『馬鹿なッ・・・・・・何だ、お前は何だ?人、神?いや、

     まさか、それを越える程の・・・・・・ッ』

 そして、アポリスの霊体は光により、吹き飛んで行った。


 クオンとソルガルムは黒い巨人の腹部を突き破っていた。

 すると、巨人は姿を変え、いや、単純に膨張(ぼうちょう)していった。

 いびつな肉(にく)塊(かい)と化した巨人は、瘴気(しょうき)をまき散らしながら、

強大な暗黒の波動を放ってきた。

 それを避けながら、ソルガルムは旋回(せんかい)した。

ソルガルム『皇子よッ、次で決めるぞッ!』

クオン『ああッ!』

 そう言って、クオンは大量のレプリカントの剣を召喚した。

 すると、異変が起きた。

 クオン達の後ろに、動植物の魂達が付いてきていた。

 鹿やクマや鳥やネズミやリスなどの種々の動物、さらに、

草木も嬉しそうにクオンの後ろに付いてきた。

さらに、それだけでなく、ラース兵、ヤクト兵、様々な人間や異形のモノの魂が、クオンに味方した。

 そこには彼我(ひが)の差は無かった。

 それを感じ、ラゼルは打ち震えた。

ラゼル(ああ、これだ。俺は-これを求めていたんだ。偉大なる  者、偉大なる     王・・・・・・。あまねく一切(いっさい)-万(ばん)霊(れい)を救わんが

    為(ため)に、降誕(こうたん)す。クオン、その名、原初のその名を持つ      者・・・・・・。俺が仕(つか)うべき方(かた)は-この人だったんだ。長かった。長    かった。だが、俺はついに見つけたぞッ。

    真法をッ。真理をッ。大魔導士が探してやまなかった

    その法をッ!)

 とラゼルは心の中で叫ぶのだった。

 一方、イースも瞳を開いたまま、涙をこぼしていた。

イース(クオン・・・・・・クオン、やっぱり、お前はスゲーよ。

    やっぱり、お前は違うよ。違うんだよ。人の上に立つべき存在。真に王なんだよ。俺なんかとは違うんだ。

    でも、それが嬉しいんだ。お前と同じ時を生きれる。

    それだけでも、とてつもなく嬉しいんだよ。さぁ、

    いけッ)

イース「いけッッッッーーーーーー!」

 とのイースの叫びと共に、クオンは肉塊に突っ込んでいった。

 そして、肉塊は流星の如きクオン達により、再び貫通した。

 その穴は一瞬で広がり、肉塊は弾け散っていった。

 それと共に、肉塊に捕らわれていた魂達が喜びの声と共に、

天へと向かって行った。

 光差す中、魂達は飛んでいくのだった。

『ありがとう・・・・・・』

 とのたくさんの声が、クオンの耳には確かに木霊(こだま)し-聞こえた。


 亜空間は砕け、そこから光があふれ、クオンとソルガルムと

イースが出てきた。

 彼等を祝福するかのように、雲の隙間から日輪(にちりん)が辺りを照らし出した。辺(あた)りは急に明るくなった。

 それは、奇跡のように人々には思えた。

 日が差しているのに、雨が降り出したのだった。

 その雨は未(いま)だ炎が消えぬイルナの山にも降り注いだ。

 優しい雨が、猛(たけ)る炎を鎮(しず)めていった。

 その雨は魂達の喜びの涙とも言えたかも-しれなかった。

 人々は-いつしか剣を振り上げるのを止め、空を見上げていた。

アグリオ「クオンッッッ!」

 と親衛隊のアグリオ達が駆けて来た。

クオン「お前等(まえら)ッ」

 クオンは微笑みを見せた。

 次の瞬間、クオンの腹部を魔弾が貫通した。

クオン「・・・・・・え・・・・・・?」

 そして、クオンが振り返ると、そこには-よろめくアポリスの

姿があった。

アポリス『ほんの、お返しですよ・・・・・・』

 その言葉を聞き終わるか否か、クオンは崩れ落ちた。

 パルチザンの悲痛の声があがった。

 術者を失い、ソルガルムの体は霞(かす)んでいった。

イース「アアアアアアアアッッッッッ!」

 そして、イースは駆け、アポリスに剣を振り下ろした。

 アポリスは抵抗する事-無く、斬られていった。

アポリス『呪いあれ・・・・・・。戦争は・・・・・・憎しみは、消えは

     しないのだ。絶望あれ・・・・・・』

 そして、アポリスの体は朽ち、闇と化して消えていった。

 それを見て、ラース兵達の目が怪しく赤く輝いた。

 ラース兵達は異様な叫び声をあげて、イース達に向かってきた。彼等の全身の筋肉は歪(いびつ)に盛り上がっていた。

イース『かかってきやがれッッッ!』

 いつしか、再び空は曇り、一気に激しい雨が戦場に降り出していた。


 ・・・・・・・・・・

女性兵『何ッ、こいつら?恐れが無いの?』

 ロータの古い部下の女、クーリアは南部より押し寄せる敵に対し、異様さを感じていた。

 同じく、ロータの部下の男、ルネも同じ感想を抱(いだ)いていた。

ルネ『クソッ、まだ、撤退は完了しないのか?まだ?』

クーリア『あと少しよ。だから、それまでは、弾丸を撃ち尽くす覚悟でッ!』

 そして、クーリアは物陰から身を出し、盾ごしに銃弾を撃ち出した。

 それにならい他のヤクト兵士達も残弾を気にせず、撃ちまくった。

 次の瞬間、クーリアの後頭部に血しぶきが舞った。

 目から後頭部にかけ弾丸が貫通していた。

ルネ「クーリア?おい・・・・・・。嘘だろ?おいッ、衛生兵ッッッ!」

 と叫ぶも、衛生兵は-すぐに首を振った。

ルネ「何なんだよッッッーーーーー!」

 と、叫び、ルネは銃を乱射していった。

 しかし、すぐに弾丸が尽き、ルネは大剣を掲(かか)げて、敵に向かうのだった。


 ・・・・・・・・・

伝令「申し上げますッ。敵の動きに変化が見られます」

ボルド「変化?」

伝令「ハッ、異様に反撃が激しくなり、さらに戦線が移動しつつある模様です」

ボルド「何ッ、まずいッ。敵は撤退を開始したッ。急ぎ、追撃を開始させろ!」

クラウ「ハッ」

ボルド「クッ、逃がすかッ、ロータめッ。いや、違う、あいつの事だ。最後まで残ろうとするはずだ。ッよし。

    ボルド・ホプキンス、出るぞッ」

 とボルドは叫んだ。


 ・・・・・・・・・・

 アグリオ達はクオンを連れ、逃げていた。

リグナ「クソッ。クオンッ。しっかりしろよ。絶対に、死なせ

    ねぇからなッ」

 とリグナはクオンを背負いながら言った。

ファス「敵が追いついてきてるッ!」

アグリオ「クッ。ファス、頼めますか?」

ファス「了解、適当に攪乱(かくらん)してくるよ。じゃあ、生きてたら」

 と言って、ファスは軽く手を振り、背を向け、敵に向かって駆けて行った。

 しばらくすると、銃声の音が後方から響くのをアグリオ達は

確かに聞いた。

 

 ・・・・・・・・・・

 エルダ-・グールの孫、エトリオは面食らっていた。

エトリオ(何だ?この俺の部隊以外の兵士達の変貌(へんぼう)ぶりは?

     噂(うわさ)は本当だったのか?アポリス大佐は部下の兵士達に奇妙な術をかけているとの・・・・・・。だとしても、

     好都合ッ。味方の動きが単調な分、俺が手柄をあげるチャンスだッ)

 すると、エトリオは森を抜けた。

エトリオ『行(ゆ)くぞッッッ!抜(ばっ)剣(けん)ッッッ!』

 そして、エトリオ率いる小隊は猛然(もうぜん)とロータの残存部隊に

襲いかかった。


 ・・・・・・・・・・

ボルド『ロータッッッ!見つけたぞッッッ』

 とボルドは叫び、ロータに襲いかかっていた。

 それに対し、ロータは無言で、ボルドに斬りかかった。

 その迫力は鬼気(きき)せまるモノがあった。

 しかし、ボルドはひるむ事なく、薄笑いを浮かべ、斬り合う

のだった。


 ・・・・・・・・・・

 雨脚は-さらに強まっていた。

 森林パルチザンは迷っていた。

ヴイ(しまった・・・・・・。こんな初歩的なミスをするなんて)

 敵兵の音が近づいてくるのが分かった。

ヴイ(子供達が居る分、こちらは不利にも程がある。どうすれば・・・・・・)

 すると、敵兵の絶叫が聞こえた、

ヴイ(な、何?)

 すると、血まみれのイースが現れた。

イース「やっと、見つけた・・・・・・」

ヴイ「イースッ、無事か?どうやって、ここを?」

イース「ここは俺の庭みたいな場所だ。フッ、迷ってんじゃ

    ねぇよ」

ヴイ「うるさい。今にも倒れそうな癖(くせ)に」

 とヴイは目をにじませながら答えた。

イース「行こう。案内するぜ」

 と言って、イースは先を行った。

 パルチザンと子供達とリーラ達は、その先導に従い、歩みを進めるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 グールの孫エトリオとその部隊は善戦していた。

エトリオ『死ねッッッ!』

 そして、ヤクト兵の分隊長の首を斬った。

エトリオ『投降しろッッッ!貴様等に勝ち目は万に一つもありはしないッ!』

 とエトリオはヤクト語(イデア語)で叫んだ。

 しかし、残ったヤクト兵は不屈の闘志でエトリオに挑んでいった。

エトリオ(花だッ、戦場に咲く、赤い花ッ。何と美しい血の花かッ!)

 とエトリオは感動にひたりつつ、剣を振るった。

 すると、視界の端にロータとボルドの戦いが映(うつ)った。

エトリオ(これは好都合だッッッッ!)

 そして、ロータの背後に向けて、気付かれぬよう、疾走していった。

 それをボルドは気づき、あえて利用しようと考えた。

 一方、疲れ切っていたロータは、それに気付けなかった。

カポ(えっ!)

 カポはヤクトの兵士で唯一、状況に気付いて居た。

 そして、何も考える事なく、身を滑り込ませた。

エトリオ「なっ」

 エトリオの刃はカポの胸に突き刺さっていた。

 これにはボルドも驚きを隠せなかった。

 次の瞬間、ボルドの腕がロータによって、断ち切られた。

ボルド『ッ』

 しかし、ボルドは-ひるむ事なく、ロータを蹴りつけた。

エトリオ『貴様ッッッ!』

 エトリオはカポの胸から刃を引き抜くと、ロータに向かって

剣を振るった。それをロータは刃で受け続けた。

ロータ(カポ?カポ?おい、なんで倒れてるんだ?何で?)

 ロータは頭の中がグルグルと回る想いだった。

 しかし、悲しいかな、彼の体は敵の攻撃に無条件で反応して

しまうのだった。

ロータ「オオオオオオオオッッッ!」

 ロータは肉声で叫び、猛攻をエトリオに仕掛けた。

エトリオ(ヒッ)

 エトリオは根源的な恐怖を覚えたが、必死にロータの攻撃を

受け流していった。


 カポの意識は闇に飲まれつつあった。


 幼い頃から体が小さかった。

 だから、学校でも-いじめられた。

 頑張って大きくなろうと、牛乳を飲んだり、いっぱい食べたりしたけど、横に大きくなるだけだった。

 両親は二人とも背が高かった。

 父親は-いつも『お前は、橋の下の子』と言っていた。

 本当は母親の浮気の子だった。

 強くなりたかった。

 だから、兵隊になりたかった。

 でも、兵隊になるには、背が-ある程度、高く無きゃいけなかった。

 それで門前払いされて、帰る所、あの人に出会ったんだ。

『背なんて、関係ないさ。能力者には特別枠があるから、かけあって、みようか』

 と言って、ロータという人は微笑んだ。

 その部隊は変な人ばかりだった。

 だから、外見にコンプレックスがあるオイラも素直に居心地が良かった。

 小さい頃、綺麗な綺麗な、お姉さんに言われた事がある。

『泣いてるの?』

『そう・・・・・・。辛いね。寂しいね。一人は辛いね・・・・・・。

 ごめんね・・・・・・』

 と、レベル7の紋章を付けた-その人は自分の事のように、

悲しんでくれた。

 でも、今なら言える。

 オイラは一人じゃないって。

 隊長と仲間達が居るから・・・・・・。

 ロータ隊長・・・・・・みんな・・・・・・。


 雨は容赦なく戦場に降り注いでいた。

 カポの血を、雨は無情にも洗い流していた。

 一方、ボルドとエトリオは二人がかりでロータに戦いを挑んでいたが、全く敵(かな)わなかった。

エトリオ(何だ?何だよ、コイツはッ。俺はレベル6だぞッ。

     ボルド准佐も同じレベル6ッ。なのに、どうして

     名前も知らないヤクト人、一人も倒せない?

     どうしてッッッ)

 と、とまどいつつも剣を振るった。

ロータ『殺すッッッ!殺す、殺すッ、殺すッッッ!』

 とロータは叫んだ。

ボルド『オオオオオオオッッッ』

 ボルドは決死の覚悟で、ロータに突っ込んでいった。

 ロータはボルドの剣を弾き、その腹部へと刃を差し込んだ。

 しかし、ボルドの筋肉で、ロータの愛剣、神(かみ)宿(やど)る地の魔刃

は抜けなくなってしまった。

 ロータは魔刃を手放し、短刀でボルドの目をえぐった。

 だが、ボルドは魔力を全開にし、ロータは弾き飛ばした。

 ロータの意識は混迷していた。


『可哀想(かわいそう)に・・・・・・』

 との声がする。

『この年で両親を亡くしてしまうなんて。女神アトラも何と

 無慈悲な事か・・・・・・』

 との喪服(もふく)を着た人達の声がする。

 幼いロータは祖母の手をギュッとつかんだ。


 この世界は嫌いだ。

 嫌な事しか無い。

 いつだって、心は苦しくなる。

 この世界は狂ってる。

 でも、良い事もあった。

 この世界を好きになれそうだった。

 でも・・・・・・。


『残念ですが、コーヨさん。貴方(あなた)は決断をする必要があります。

 母体を選ぶか、子供を選ぶか・・・・・・』

 との医師の非情な声が頭に鳴り響く。

「妻を・・・・・・。妻の命を優先して下さい・・・・・・」

 とロータは断腸の想いで答えた。


 冷たく白くなった赤子の遺体を抱きかかえる妻の姿があった。

「ミラ・・・・・・離すんだ。もう、この子は生き返らないんだ。

 お別れしないと・・・・・・」

 とのロータの言葉に、周囲の看護師達は涙した。

 しかし、妻のミラは何も答えなかった。

「ミラッ」

 何度も呼びかけるもミラは反応せず、赤子に向かい-何かを

ブツブツと呟くだけだった。

「その子を離すんだッッッ」

 そして、ロータは無理に赤子をミラから引きはがした。

『いやッッッーーーーーー!』

 とのミラの絶叫が上がった。

 暴れるミラを看護師達は押さえつけた。

『ともかく、この子を処置室へ運んでよろしいでしょうか?』

 との医師の言葉に、ロータは、『はい・・・・・・』としか答えられなかった。


 死亡届を書き終わった医師はロータに尋ねた。

『ご遺体に会われますか?こういったケースの場合、そのまま

 火葬場へ送られることも多いのですが』

「会わせて下さい。ただ、妻には何も言わないで下さい」

『分かっています・・・・・・』

 処置室では、その子は-普通の赤子のように、産着と紙おむつが着(つ)けられていた。

 ロータは近づき、小さな赤子を優しく撫でた。

「頑張った・・・・・・。頑張ったね・・・・・・ごめんな、ごめんなッ」

 と泣き崩れながら、ロータは言うのだった。

 その言葉を聞き、医師は声を詰(つ)まらせながら、ソッと扉を

閉めて、退出した。


 火葬場には喪服(もふく)を着た人々が集(つど)っていた。

『義兄さん・・・・・・。何て言ったらいいか・・・・・・』

 とミラの妹は話しかけてきた。

「気にしないでくれ。私はもう大丈夫だから・・・・・・」

 とロータは弱々しく答えた。

『義兄さん・・・・・・。こんな時に-なんだけど、その・・・・・・姉さんの事・・・・・・』

「・・・・・・もう少し、様子を見よう。ミラも疲れてるんだ。時間が、もう少し時間がたてば、きっと元に戻ってくれるさ」


 精神病院ではミラが拘束されていた。

『ひどい自傷行為を行ったため、一時的に拘束させて頂(いただ)いています。しかし、一日の大半を正常で過ごしているため、一見、

 通常の者と変わらず見えます』

『ただ、行政の指導により、本人の意思に反した拘束を行う事は長期間は出来なくなっています。特に、普通に会話が出来る人の場合は。ですから、もし、これ以上の治療を望まれる

 のなら、どなたか親族の方(かた)が、彼女の成年-後見人となって、治療の継続の手続きをなさる必要があるでしょう』

「分かりました・・・・・・。すぐに、手続きをします」

 とロータは答えた。

『それと、やはり、コーヨさん。貴方は彼女に直接、会われない方が良いでしょう。彼女は未だに貴方を敵と認識しています。先日も貴方の写真を見せた所、その・・・・・・爪を立て、

 びりびりに破いていました・・・・・・』

「そうですか・・・・・・。それでも私は彼女の夫ですから」

 とロータは弱々しく微笑(ほほえ)んだ。


 人は死に、別れる。

 その先にあるのは、光か、虚無か・・・・・・。

 答えを知りたくて、宗教書、哲学書を読みあさった。

 でも、答えは出なくて、そうしている内に、新たな別れが

起きて。


 ロータは故郷の病院に駆け込んだ。

病院のベッドにはロータの祖母が衰弱(すいじゃく)しながら、寝ていた。

『もって、あと、数日でしょう。そもそも、ここまで保(も)ったのが奇跡です。ただ、覚悟はしておいて下さい』

 との医師の声が無情に響いた。

 医師の言葉はいつだって、無情だった。

 でも、だからこそ、信頼が出来るのだった。

 

 すると、祖母が目を開いた。

『ロータ?ロータかい?』

「おばあちゃん?」

『大きくなったね・・・・・・大きく。夢を見たよ。綺麗(きれい)な銀髪の

 女の人の夢を・・・・・・。あんたは-その人の下(もと)で働いてるんだよ。

 それは・・・・・・とても、とても喜ばしいことなんだよ。ロータ。

 ロータ・・・・・・苦労をかけたねぇ。でも、大丈夫。あんたは

 大丈夫だよ。あんたの未来は明るく輝いてるからね。

 おばあちゃんを信じて・・・・・・』

 そして、ロータの祖母は再び眠りについた。

 その日の深夜、祖母は安らかに、眠るように、旅だって行った。


 人は小さく弱く、たった一人や二人の死で、絶望し、苦悶(くもん)する。

 でも、戦争は起きている。世界の各地で起きている。

 疫病や災害だってそうだ。

 そのスケールが大きすぎて、忘れてしまいがちになる。

 でも、死者の魂は、ずっと、ずっと、苦しんでいるままじゃ

ないのか?

 救いが欲しい。救いが・・・・・・。


 すると、一人の銀髪の女性の姿が見えた。

 光の先に居る彼女は手を差し伸べた。

 その手をロータは、つかもうと手を伸ばした。


 

エトリオ『なんなんだッ!この化け物はッッッ!』

 エトリオは、残り魔力を気にせず、全力で戦っていた。

 エトリオの部下の兵士は周囲のヤクト兵を倒し終わり、

駆けつけて来た。

兵士『エトリオ大尉ッ、ここは我等に-お任せを!』

エトリオ『馬鹿ッ、止(や)めろッ』

兵士『え?』

 次の瞬間、ロータに近づいた兵士達は切断されていた。

エトリオ『ちくしょーーーーーーッッッ!』

 エトリオは距離を取ったまま、魔弾を放っていった。

エトリオ『距離を取れ。魔弾で攻撃しろッ!同士討ちを気にするなッ!こいつは、こいつはッ、レベル7級だッッ!』

 とエトリオは叫んだ。


 一方、ボルドは-その様子を呆然(ぼうぜん)と眺(なが)めていた。

ボルド(なんだ、これは?俺は何と戦っている?この感情は

    なんだ?俺は・・・・・・もしや、哀(あわ)れんでいるのか?

    あの-にっくきロータ・コーヨを)

 ボルドの腹部からは血が止まらず、あふれていた。

 ロータが大量の魔弾を次々と弾いている-のが見えた。

ボルド(勝てんな・・・・・・このままでは。あの若造(わかぞう)は戦闘の

    センスこそ-あるようだが、剣撃が軽い。指揮官とは、

    もっと重い、重責とも言える想いを剣に込め、戦う

    ものだ。だが、あの若造(わかぞう)にはそれが無い)

ボルド「・・・・・・命を捨てる覚悟が必要か」

 とボルドは呟(つぶや)いた。


エトリオ『武器だっ、武器を狙えッ。奴の使い慣れた武器は

     あの短刀が最後だッ!あれさえ壊せば、我等の

     勝ちだッ!』

 そして、エトリオ自身、近づいて来たロータに対し、振動の

波動を込めた剣で迎え撃った。

 しばらく、エトリオとロータは剣を打ち合っていたが、

とうとうロータの短刀は砕け散った。

 ロータはとっさに後方に跳んだ。

しかし、エトリオは瞬時に魔力をロータに放った。

 ロータは結界を張るも、それを砕かれ、吹き飛んで行った。

エトリオ(勝ったッ!)

 そして、エトリオは追撃していった。

 しかし、エトリオの感覚は何故かスロー・モーションのように遅くなった。

エトリオ(あれ?何でだ?目では見えてるのに、体が付いてかない・・・・・・)

 すると、ロータが吹き飛んで行った先に、カポの遺体があるのが見えた。

 ロータは着地するや、カポの剣を手に取った。

 それは-あまりに自然な動作だった。

エトリオ(しまった・・・・・・はまったのは俺の方だ・・・・・・。

     駄目だ、駄目だ、駄目だ。止まれないッッッ)

 エトリオは剣を振る腕を止められなかった。

 一方、ロータの剣は下段から振り上げられていった。

 次の瞬間、ボルドの体当たりがロータに炸裂(さくれつ)した。

 しかし、速度に全魔力を掛けたため、威力は少なかった。

 ロータは新たな敵に対し、焔(ほむら)纏(まと)いし剣を振った。

 それに対し、ボルドは腹部に刺さった神(かみ)宿(やど)る地の魔刃を引き抜き、それを受けた。

 しかし、代償として、ボルドの腹部からは大量の鮮血が-あふれていった。そして、何度か二人は剣を打ち合い、最大限の

魔力を込めた一撃をぶつけあった。

 次の瞬間、二人の魔力がぶつかり、共鳴していった。

 ロータの意識は白い光に包(つつ)まれていた。

 そこにはカポの霊が居た。

ロータ『カポ?』

カポ『ああ、よかった。ロータ隊長に、きちんと、お別れできるや』

ロータ『何言ってるんだ。カポ。戻ろう、みんなの所へ』

カポ『ロータ隊長。無理だよ。無理なんだよぅ・・・・・・』

 とカポは辛そうに言った。

 それに対し、ロータは顔を歪めた。

ロータ『・・・・・・。なら、せめて、奴等を皆殺しにッッッ!』

 ロータの中で怒りが満ちあふれた。

 すると、カポはロータに抱きついた。

カポ『ロータ隊長。もういいんだよ。もういいんだよ、隊長。

   あんな奴等にまどわされちゃ駄目だよ。隊長には使命が

   あるんだよ。生きなきゃいけないんだよ。こんな所で

   死んじゃ駄目なんだよ。だから、生きてよ。隊長』

ロータ『許せと言うのか?奴等をッ・・・・・・』

カポ『そうじゃないよ。でも、隊長には死んで欲しく無いんだよ。生きてよ、隊長。真っ先に逃げてよ、隊長』

ロータ『・・・・・・だが、だと、お前の遺体を・・・・・・』

カポ『必要無いよ。オイラの魂は隊長と共にあるから』

ロータ『せめて、識別票だけでも』

カポ『隊長。忘れないでくれたら、それだけで十分だから』

ロータ『忘れられるモノかッ』

カポ『ありがとう、ロータ隊長』

 そう言って、カポはロータから離れた。

カポ『オイラ、隊長達に会えて、幸せだったよ。みんなにも

   よろしく伝えといてよ』

ロータ『・・・・・・ッ、ああッ、ああッ。約束する。必ず伝える。

    必ずッ』

カポ『じゃあね、隊長。振り返らずに逃げてよ。大丈夫、

   剣が導いてくれるから』

 そして、カポの姿は消えていった。

ロータ『カポッッッ!』

『オイラ、生まれ変わったら、隊長の子供になりたいな・・・・・・』

 とのカポの声が光の中で、ロータには聞こえた。


 魔力の共鳴が解け、ロータとボルドは対峙(たいじ)していた。

 次の瞬間、ロータは一気に背を向け、駆け出して行った。

ボルド『な・・・・・・』 

 しかし、ボルドは追うだけの気力が無く、力なく両膝をついた。

 一方、エトリオは怒りに顔を歪ませ、ロータを追おうとした。

 そして、ロータに向けて駆け出した瞬間、ちょうど足下に

あったカポの遺体が爆発した。カポの残存思念によるモノだった。

 巨大な爆発にエトリオの体は飲み込まれていった。


 ロータは駆けた。ひたすらに森を駆けた。

 極力、戦闘を避け、後ろを振り返らずに、ひたすらに駆け続けた。

 しかし、とうとう力尽き、泥まみれの地面に倒れ込んだ。

 冷たい雨がロータの体温を無情に奪っていった。

すると、焔(ほむら)纏(まと)いし剣が青白く輝いた。

 その灯(あかり)はロータの周囲にしか見える事は無かった。

ロータ(温かい・・・・・・。ッ、動け、俺の体。いや、動かすんだ。

    操り人形のようにでもッ)

 そして、ロータは無理に立ち上がった。

 全身の筋肉と関節が悲鳴をあげたが、無視し、ロータは再び

歩き出した。


ロータ(何処(どこ)まで・・・・・・何処(どこ)まで、歩けばいいんだろう。

    こんな事をして本当に意味があるのか?パルチザンの

    アジトの方角も分からずに、歩き続けて・・・・・・。でも、

    でも、歩くほか無いじゃないかッ。歩き続けるほか)

 そして、ロータはさらに、歩み続けた。

 いつしか、ロータは四つん這(ば)いになり、這(は)うように進んでいた。

 ロータは幻想を見ていた。

 そこは温かい場所だった。

ロータ(ああ、いいなぁ、温かいなぁ。美しいなぁ)

 とロータは思った。

 すると、一人の異邦の女神がロータに告げた。

女神『楽になりなさいな。ロータ・コーヨ。この世界は素晴らしいでしょう?』

ロータ『・・・・・・。ええ、素晴らしいですね。でも、辛(つら)く、醜(みにく)い

    世界こそ、私には似合っているんです』

 すると、美しかった世界は、闇に包まれ、薄汚くなっていた。

 すると、呼び声がした。

『大尉ッ、ロータ大尉ッッッ』

 ロータは呼び声の方へと駆け出した。

女神『逃がすかッッッ!』

 そして、女神の体から大量の腕が生え、伸び、ロータに迫った。

 次の瞬間、炎が女神の腕を爆発させた。

カポ『ロータ隊長ッ!早くッ、今の内にッ!』

女神『人間ごときがッッッ!』

 女神の波動が、カポを襲った。

ロータ『カポッッッ』

カポ『いいからッ』

 すると、上空から黒い鎧に身をまとった銀髪の女性が降ってきた。

 そして、ヤクト刀で女神を両断した。


女神『アアアアアアアアッッッ、シャインッ、シャインッッッ、

   何処(どこ)まで私の邪魔をすればッッッ!』

 そして、幻想の世界は歪んでいった。

 世界は崩れ、ロータを飲み込もうとした。

 足場は割れ、ロータとカポを分けた。

ロータ『カポッッッ』

 ロータは地割れの向こうのカポへと手を伸ばした。

 しかし、カポは悲しげに首を横に振るだけだった。

 それを見て、ロータは唇(くちびる)を強く噛(か)み、背を向け-駆けて行った。

 一方、女神は体を肥大化させ、シャインに襲いかかっていた。

 しかし、シャインは華麗に攻撃を避け、一気に跳躍し、ロータのいる方の地面に降り立った。

 そして、ロータとは違う方に駆けて行った。

 ロータは世界の端(はし)に辿(たど)り着き、そのまま身を投じた。


 気付けばロータは目を覚ました。

 そこは兵士の背だった。後ろでは治癒術士がトリートの治癒魔法をかけていた。

ロータ「う・・・・・・」

 すると、ドリスが驚いた素振りを見せた。

ドリス「お気づきですかッ、コーヨ大尉ッ」

ロータ「ああ・・・・・・。降ろしてくれ」

ドリス「はい。おいッ」

 そして、兵士はロータを降ろした。

ロータ「・・・・・・水を・・・・・・」

ドリス「ですが、内蔵に負傷があった場合、問題が」

ロータ「・・・・・・そうだったな・・・・・・じゃあ、舐めるだけだ」

 すると、ロータの体は少し-ぐらついたように見えた。

ドリス「大尉?大丈夫ですか?」

ロータ「よく来てくれたな」

ドリス「索敵(さくてき)してましたら、青白い炎が見えまして」

ロータ「そうか・・・・・・。カポが助けてくれたんだな」

ドリス「カポ少尉ですか?」

ロータ「・・・・・・俺を守ってくれた・・・・・・」

ドリス「まさか、カポ少尉は・・・・・・」

ロータ「少し、疲れた・・・・・・。眠るよ・・・・・・」

 そして、ロータは力尽きた。

ドリス「・・・・・・大尉?大尉?嘘だろ?大尉ッッッ。衛生兵ッ」

 とドリスは叫んだ。


 こうして、イアンナでの壮絶な撤退戦は幕を閉じた。

 だが、戦いは未(いま)だ残されていた。

 レクト、そしてエデンでの戦いが-これより幕を開けるのだった。

 そして、その時こそ、運命は一つの大きな転換を遂(と)げるので

あった。


・・・・・・・・・・

 占領されたヤクトの首都エデンで、シャインは目を開いた。

シャイン「夢・・・・・・。何か、夢を見た気がするけど思い出せ

ない・・・・・・」

 そして、シャインは窓のカーテンを開け、月夜に見入った。

 さらに、窓を開けると、心地よい冷気がシャインを包んだ。

シャイン(この国は美しい・・・・・・。特に今日は空気が澄んでる。

     雨が瘴気(しょうき)を洗い流したからかな?)

シャイン(明後日には国連の査察団(ささつだん)がやって来る。何事も無ければ、いいけど・・・・・・。いえ、でも、恐らく何かが

     起きる。その予感がする。心臓が早鐘(はやがね)のように、

     打ち付けている。来る?来るの?その人が・・・・・・)

 とシャインは予感するのであった。


 ・・・・・・・・・・

 雨がイルナの山火事を鎮(しず)めていた。

 そして、いつの間にか、動物達が山に戻ってきていた。

 鳥たちは空を嬉しそうに回っていた。

 夜が明けると、新芽(しんめ)が生えてきており、山の再生を確信させるのであった。


 ・・・・・・・・・・

 パルチザンのアジトでは二人の負傷者が並べられていた。

 一人はクオン、もう一人はロータだった。

 二人を何人もの治癒術士と医師が診(み)ていた。

ロータ「情けない事に生き残ってしまいましたよ」

 とロータは呟(つぶや)いた。

クオン「生きていてくれて、よかったと思います。よかった。

    ロータ隊長」

 とクオンは微笑み、答えた。

 その姿にロータは一瞬、カポを見た気がした。

ロータ「私は・・・・・・私は・・・・・・」

 と、ロータは声を詰まらせながら、涙を拭(ぬぐ)った。

 すると、扉が開いた。

医師「こら、まだ検査中だぞッ」

リグナ「だってよぅ・・・・・・」

 と、クオンの親衛隊のリグナは反論しようとした。

クオン「俺は大丈夫ですから」

ロータ「私も同じく。大分、良くなりました」

医師「はぁ、分かりました。じゃあ、十分だけ、面会を許可します」

 との医師の言葉に、大勢の人が入ってきた。

医師「こらッ、こらッ。押さないでッ!」

 との医師の叫びが響いた。

『隊長、隊長ッ、大丈夫ですか?』

『クオン、お前、本当に、平気なのか?』

『皇子殿下ッ』

『大尉、よくぞ、ご無事で』

 などといった声が、部屋に響いた。

 それに対し、主役の二人は微笑むばかりだった。


 ・・・・・・・・・・

 それから、しばらくして首都のレジスタンスに連絡が入った。

伝令「クオン皇子殿下、負傷されるも、命に別状は無く、

   イアンナのヤクト兵士の大多数を保護された模様です」

 との伝令員の言葉に、レジスタンス達は沸(わ)き立った。

ヴィクター「皇子殿下の-ご容体は?」

伝令「上手く、傷が貫通していたため、信じられない程、早くに再生が叶ったそうです」

ヴィクター「しかし、共鳴結界塔の破壊作戦には、間に合わないか・・・・・・」

伝令「それが。皇子殿下は、本作戦への参加を、強く願われているようでして」

イズサ「それは、こちらとしても願っても無い事だけど、

    大丈夫かしら?」

ヴィクター「・・・・・・皇子殿下の-ご意志だ。我々が意見できる事

      でも無いだろう。ただし、任務遂行の主体は

      あくまで我等で行う。今度は我等が命を賭して、

      戦う番だ。いいなッ」

 とのヴィクターの声に、皆はさらに沸き立つのだった。


 ・・・・・・・・・・

 川の傍(そば)に、ロータと部下達は居た。

 ロータは石を積んでいた。

ロータ「一つ石を積み、二つ石を積み、三つ石を積み・・・・・・」

 と、ロータは簡単な墓を作っていた。

ロータ「カポ・・・・・・。クーリア、それに、みんな。よく戦ってくれたな。ろくな墓も建ててやれなくて、ごめんな。

    でも、いつか、いつか、この戦争に一段落が着いたら、

    必ず、立派な墓を建ててやるからな」

 とロータは死者達に告げた。

 それに対し、ロータの部下達は涙を拭(ぬぐ)わずには居られなかった。

 ふと、ロータは気配を感じた。

 顔を上げれば、対岸にはカポ達の魂が見えたような気がした。

 彼等は少し寂しげに微笑みながら、手を振って、去って行くのだった。

 ロータは-無意識の内に、最敬礼をしていた。

 それにならい、部下達も最敬礼をするのであった。


 ・・・・・・・・・・

 クオンとロータは別れを済ませる所だった。

ロータ「皇子殿下、お会いできて光栄でした。再びお会い出来る事を願っております」

クオン「ええ。俺も、そう切(せつ)に願っています。お互い、

生き残りましょう。必ず」

 そう言って、クオンは手を差し伸べた。

ロータ「はい・・・・・・。はい・・・・・・」

 ロータは感激の面持ちで、その手をうやうやしく握った。

 そして、両者は互いに手を離した。

ロータ「では、私達はレクトに参ります」

クオン「俺達はエデンへ・・・・・・」

 そして、互いに敬礼を交(かわ)し、背を向け、歩き出すのであった。

 それぞれの運命の地へと。


 ・・・・・・・・・・

 エルダー・グールの孫、エトリオは苦悶(くもん)に顔を歪(ゆが)ませていた。

医師「エトリオ様・・・・・・。どうか、麻酔(ますい)の使用を許可させて

下さい。どうか・・・・・・。痛みは必要以上に、体を消耗(しょうもう)させます。エトリオ様に万一の事が御座いましたら、エルダー・グール様に何と申し開きすればよいか。どうか、お願い致(いた)します」

エトリオ「駄目だッ!この痛みッ、これを俺は永遠に刻み続けようッッッ・・・・・・。     ハァ、ハァ・・・・・・。それが、

     部下への弔(とむら)いだ。俺はッ、俺はッ、弱いッ。弱いッ!

     強くならねばならないッ!だからッ。頼む・・・・・・・」

医師「分かりました。それ程までの-お覚悟がおありでしたら。

   我等も全霊を懸け、オペにあたります」

 そして、医師はエトリオにタオルを噛(か)ませた。

医師「始めます」

 そして、メスがエトリオの体を割(さ)いていった。

 声ならぬ絶叫が、エトリオの口の隙間から漏(も)れ出るのだった。

エトリオ(ッッッ!ロータッ、ロータ・コーヨ。俺はお前を

     忘れはしないッ!だがッ、ッッッ、だがッ、俺は

     お前を憎みはしないッ!お前を尊敬しようッ!

     そして、必ず、必ず、お前を・・・・・・ッッッ、お前を

     越えてみせるッ!必ずッッッ!)

 と、涙をこぼしながら、エトリオは心の中で叫んだ。

「ギギギギギギッギッギッッッ!」

 との悲痛な声が手術室に満ちた。


 ・・・・・・・・・・

 アポリスの副官、ラゼルは森の中でボンヤリとしていた。

ラゼル(やれやれ・・・・・・。どさくさに-まぎれて逃げたのは

    いいが、これから-どうするべきか?やっぱ、何とか

    南部に逃げるべきか。亡命だな。うん・・・・・・)

 そして、ラゼルは南の方角へと向かおうとした。

 すると、声がした。

『いつまで、逃げ続けるの?ラゼル・カランツ』

 との少年の姿をした精霊の声が。

ラゼルは呆然(ぼうぜん)とした。

ラゼル(俺は・・・・・・俺は・・・・・・本当に良いのか?今まで、俺は

    何となく生きてきた。生きる意味を見いだせなかったが、とりたてて死ぬ理由も機会も無くて。でも、俺は

    俺は、ようやく、仕(つか)えるべき主君を得たんじゃないのか?俺は・・・・・・)

『王都エデンへと向かうんだ・・・・・・。怖ろしい災(わざわ)いが-彼の地

を襲(おそ)おうとしている。そして、それを止める鍵と君はなり得るんだよ・・・・・・。その時、君は-そこで、真に自らの運命(さだめ)を知る事となるだろう』

 そして、精霊の声は消えていった。

ラゼル「王都エデン・・・・・・。ハハッ。出来るわけないでしょう。

    そんな、虎の巣に入るような真似」

 と呟(つぶや)くも、ラゼルは立ち止まった。

 すると、ラゼルの脳裏に記憶が浮かんだ。


「姉さんッ、姉さんッ」

 と幼いラゼルは叫んだ。

 彼の姉はラース兵士に連れ去られて行った。

 しかし、幼いラゼルは追いすがるも、蹴飛ばされるだけで、

何も出来なかった。


『チクショウッ、あいつら、また一族の女を奪って行きやがった。あいつらは、ラース-ベルゼは、ウイルダの民を根絶やしにするつもりなんだッ』

 と大人達が言っているのが聞こえた。

 ラゼルの母は泣きじゃくるだけだった。


『泣いてるの?ラゼル?』

 と幼なじみの少女が尋ねた。

「泣いてない・・・・・・」

『嘘つき。ほんと、強がりなんだから』

 そう言って、少女はラゼルを抱きしめた。

『泣いて-いいんだよ。泣いて・・・・・・』

 との言葉にラゼルは泣きじゃくった。


 予感はしてたんだ。いつか、その日が来るんじゃ無いかって。


 幼なじみの少女は兵士達に連れ去られようとしていた。

「サリアッ、サリアッ。お前らッ」

 そして、ラゼルは兵士達に殴りかかった。

 ラース兵士達は怒りに顔を歪ませ、複数人でラゼルを殴った。

 ラゼルは成すすべもなく、殴られ続けた。

 気付けばサリアは居なくなっていた。


 それから俺は全てにおいて、無気力になった。

 愛する人、一人を守れない奴に何が出来る?


『ラゼルッ、ラゼルッ。どうしてだ。どうして、戦わない?

 お前程(ほど)の能力者がウイルダ解放戦線に加われば、どれ程に

 助かるかッ。お前もウイルダの民だろう?』

「戦ってどうする?余計(よけい)、社会統一軍を怒(いか)らせるだけだ」


『裏切り者ッ、裏切り者ッ』

「俺は悪くないッ。俺は・・・・・・悪くない・・・・・・」


(ああ・・・・・・今日も、核実験の波動が大気に放たれる。

 ラース-ベルゼの無慈悲な軍事実験がウイルダを蝕(むしば)んでいく。

 今日もウイルダに黒い灰の雨が降る。多くの者が放射線-障害で死んでいく。血が狂い、骨と関節が腐っていく中で。

でも、どうしろと言うんだ?

 誰にも止められない。誰にも。仕方ないじゃ無いか。

 どうする事が出来る?何が出来る。人は矮小(わいしょう)で、巨大な国家の前では、どうしようも無くて・・・・・・)


『神(ゼーア)よ・・・・・・神(ゼーア)よ・・・・・・』

 殉教者(じゅんきょうしゃ)-達が爆弾を抱え、社会統一党の幹部と散っていく。

 友人達も死んでいった。

 これがウイルダの為(ため)になるならば、と。


 遠くに小規模な煙と炎が見えた。標的以外のラースの一般人を爆弾で巻き込まないよう、威力が抑えられていたのだった。


『ラゼルよ・・・・・・。そなたには大いなる使命が約束されている。

 じゃが、今はそれでいい。今は・・・・・・。いずれ、その時が

 訪れる。その時、そなたは己(おの)が聖使命に、誰よりも強く-

 目覚める事になるじゃろう。その時を待つのじゃ・・・・・・。

 ただ、その時を・・・・・・』

 と族長は告げた。


 ラゼルは拳(こぶし)を強く握りしめて、涙をこらえていた。

ラゼル「その時は今だッ」

 そして、ラゼルは強い覚悟を決めた。

 それと共に、どこからともなく、梵鐘(ぼんしょう)の音が、祝福するかの

ように、鳴り響いた。

ラゼル「エデンへッ、エデンへ行こう。行ってやろうじゃないかッ!打算も何も無しだッ!いいじゃないかッ!今まで十分、上手く生きてきただろう?最後くらい馬鹿をやったって。行こう・・・・・・。行こう、エデンへ・・・・・・。

    それが姉さんとサリアと、そして、一族のみんなへの

    せめてもの罪滅ぼしに-なるのなら・・・・・・」

 そして、ラゼルは南に背を向け、北のエデンへと悠然(ゆうぜん)と歩いて行った。


 ・・・・・・・・・・

 ボルドは意識不明のまま、昏睡(こんすい)していた。

 ロータに受けた傷が原因で、ボルドの体からは血が失われていた。

 もちろん、輸血を施(ほどこ)されて居るも、ロータの愛剣、神宿る魔刃の効果により、傷が塞(ふさ)がらないのだった。

 

医師「現状では打つ手がありません。覚悟はしておいて下さい」

クラウ「はい・・・・・・」

 とボルドの副官のクラウは答えた。

クラウ(ボルド准佐・・・・・・。貴方の事は正直、あまり尊敬できませんし、もっと言えば、少し嫌いなくらいです。

    ですが、貴方はこんな所で死んではいけない人間だと

    思っております。准佐ッ、生きて下さい。神なんでしょう?)

 と心の中で呟くも、当然、返事などありはしなかった。


 ボルドの魂は、くすんだ青い空の下に居た。

 水平線が見える程の荒原の中、ボルドは灰色がかった世界を

見渡していた。

ボルド(ここは何処(どこ)だ?俺は・・・・・・どうしたんだ?)

 ボルドは歩き続けた。

 すると、大地に一本の剣が突き刺さっていた。

ボルド「あれは・・・・・・神宿る地の魔刃?」

 とボルドは呟(つぶや)いた。

 すると、剣から老人の声がした。

老人『ほう、そなたが新たな契約者か?』

ボルド「何の事だ?」

老人『その剣を抜け。さすれば、おぬしは新たな契約者と

   なるであろう』

ボルド「いや、意味が分からんのだが?」

老人『おぬしは今、現実の世界で死にかけておる。生き残り

   たくば、ワシを、神宿る地の魔刃を使いこなすのじゃ』

ボルド「・・・・・・分かったぞ」

 次の瞬間、ボルドは剣を思いっきり殴りつけた。

老人『なッ、何をするんじゃッ貴様ッ!痛いではないかッ』

ボルド「ええいッ、うるさい。貴様はロータ・コーヨの味方

    だろうが、信用できるかッ!」

 と言って、ボルドは剣を蹴りつけた。

老人『まッ、待て。話を、話を・・・・・・』

ボルド「荒ぶる神の俺が何故、貴様ごときの話を聞かねばならんッ!フンッ!」 

 そして、ボルドは何度も殴りつけていった。


 現実世界ではボルドがいきなり、目を覚まし、上半身を起こしていた。

クラウ「ボ、ボルド准佐ッ?」

医師「し、信じられんッ。剣の呪いを打ち破っている・・・・・・」

ボルド「フッ、神の俺に、不可能は無い」

 すると、ボルドは立ち上がり、机の上に置かれた魔刃を手にしようとした。

医師「ああっ、触れては駄目です。それは解析用に、置いてあるだけで」

 しかし、ボルドは医師の言葉を無視し、魔刃を手にした。

ボルド「フッ。よかろう。神宿る地の魔刃よ。神である、俺の下僕として使ってやろう。フッハッハッハッハッ」

 と、ボルドは高笑いをあげながら、神宿る地の魔刃を掲(かか)げたのであった。


 ・・・・・・・・・・

 激戦-終わったイアンナでは奇妙な屍(しかばね)が散乱していた。

中佐「何だ・・・・・・これは・・・・・・」

 そのラース兵の死体達は魔力を吸い尽くされていた。

ヨーズ「この魔力痕・・・・・・アポカリプス(アポリス)大佐の

モノですね」

中佐「ただちに、モース・アポカリプスを指名手配しろッ。

   周辺基地、並びに首都エデンの総司令部へと急ぎ、伝令を送れッ。レベル7が暴走化したぞッ」

ヨーズ「承知しました。ただ、暴走でよろしいのですか?単純 に裏切ったという可能性も」

中佐「馬鹿ッ、それだと、私達まで憲兵と特務公安の取り調べにあうぞ。あくまで、暴走だ。思想的な反乱では無く、

   暴走だ」

ヨーズ「承知しました」

 そして、ヨーズは敬礼をして、去って行った。

中佐(だから、嫌だったのだ。あのような素性の知れない男を

   軍に引き入れるなど・・・・・・。エルダー・グール様。

   どうか、ご無事で。奴は、もしかしたら、貴方様の魂を

   狙っているのやもしれません・・・・・・)


 ・・・・・・・・・・

 リベリス合衆国では、あるホームページが人気となっていた。

 その老人はテランス州に住んでおり、テランス親父と呼ばれていた。

 彼は親(しん)ヤクトであり、ラース-ベルゼの侵攻前から、ヤクトを

支持してきた。

 普段は陽気な彼だったが、今度ばかりは、沈鬱(ちんうつ)な表情で、

新たな動画サイトをUPしていた。

テランス『やぁ、みんな・・・・・・。あまりに、ショックな事が

続いて、食事も喉を通らないくらいだよ。大体だ。

     リベリス政府は何をしているんだ?軍事同盟とは、

     同盟国とは、何だったんだ?ルシウス大統領にも

     しっかりして欲しいモノだぜ』

テランス『今、ニュースでもヤクトの子供達のインタビューが

     大きな話題になってるよな。ひどい話だぜ。年甲斐(としがい)も無く、可哀想(かわいそう)で涙が出ちまったぜ。まぁ、この話題は十分によそで話されてるから、ここでは、あまり

     深く触れないでおくよ。さて・・・・・・』

テランス『・・・・・・俺はヤクトが好きだ。正直、余生をヤクトで

     過ごそうかと考える事も、たまに有る。ヤクトの

人達は礼儀正しく、知的だ。ラース-ベルゼのクズ

共とは大違いだ』

テランス『というか、正直、何が起きているのか、未だに分からない。これは現実なのか?悪い夢であって欲しいが、朝、目を覚ます度に、これは現実だと思い知らされるんだ』

テランス『今、何が起きてるのか、正確なところは俺にも分からない。ただ、噂(うわさ)では大量虐殺が行われているとか、

     毒ガスが使われようとしているとか、色々と言われている。国連の査察団も明日、入るらしいが、

     正直、あてになるのか?あのラース-ベルゼが素直に

     協力に応じるとは思えない。大体、今の国連は買収されて親ラース勢力にあふれてる。信用ならない。

     だからこそ、リベリス単独でも、軍事介入するべき

     なのに、お偉いさんはチキって、何もしようとしないんだぜ』

テランス『正直、無力な自分が辛い。これが災害なら義援金を

     送るなり、いや、俺自身がボランティアに行ったっていいくらいだ。だが、戦争じゃ俺は何の役にも

     たてない。能力者でもない六十の親父が戦場に行って何になる?』

テランス『ヤクトの臨時政府も動こうとしない。本当に、嫌に

     なるよ。お偉いさんの考えてる事が全く分からない。

     俺は声を大にして言いたい。無責任なのは分かる。

     だが、言わせてくれ。戦ってくれ!合衆国よ。俺達の正義は何処へ行っちまったんだ?今、戦わずして

     いつ戦うんだ?ラース-ベルゼが大国だからって、

     尻ごんでどうする?これじゃ、大国だったら、好き勝手にやって良いことになっちまう。力で世界を変えてしまっていいのか?世界が狂っちまう。なぁ、頼むよ。戦ってくれよ・・・・・・』

テランス『正直、今すぐ、ヤクトに乗り込んで、義勇軍に参加

     しようかとすら思ったりもするんだよ。もう少し

     待って、合衆国も国連も何もしなかったら、本当に

     そうするかもしれない。その時は、このホームページもしばらく、お休みになる。いや、恐らく、俺の

     ような老人は戻ってこれないだろう』

テランス『それでも、俺は行くぞ。そうだ。俺も戦うぞ。

     ・・・・・・何て言ったところで、結局は-ためらっちまうんだ。自分の臆病さが、つくづく嫌になるよ。ただ、

     そんな憂鬱(ゆううつ)な毎日だが、良いニュースもあるんだ。

     それがヤクトの皇子、クオン・ヤクト・アウルムだ。

     彼は今も必死に命を懸けて戦ってくれているようなんだ』

テランス『俺は戦えない。戦ってもロクに役に立たないだろう。

     だから、今は彼を応援しているんだ。クオン皇子、

     どうかヤクトを頼みます。どうか・・・・・・。俺達の

     大好きなヤクトを守って下さい・・・・・・。どうか。

     皇子とヤクトの人々に神の祝福があらん事を』

 そして、テランスは祈りを見せるのだった。


 動画の再生回数は跳ね上がっていた。

 ラース-ベルゼの工作員が動画の運営元に通報し、動画を削除

していくが、コピーの動画が次々と新しくUPされていった。

 そして、流れは誰にも止められなく-なっていった。


 ・・・・・・・・・・

リベリスの各地ではデモが起きていた。

 軍事侵攻を求めるデモが。

『ヤクトを見捨てるなッ』『ヤクトの子供達が可哀相だッ!』

『ラース-ベルゼを地図から消してやれッ』

『同盟国を守れッ』

『クオン皇子 一人に戦わせるなッ』

との叫びが木霊(こだま)した。


 その様子をニュースでルシウス大統領は眺めていた。

ルシウス「・・・・・・そろそろ頃合(ころあ)いかな」

 と無表情に呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ラース-ベルゼの科学者ドルンはレクトにて、性行為に励(はげ)んでいた。

 ドルンの性欲は凄まじく、かつ、異常であった。

ドルン「よーしッ、分速50往復、60往復、フオーーーー、

    80往復、100往復だッッッ!」

 と、あり得ない程のスピードで女性に対し、ピストン運動をしていった。

 普通の女性なら痛みで苦しむくらいの速さだが、ドルンの

愛人の性欲も貪欲で、多少は平気だった。

ドルン「よーしッ、中に出すぞッッッ」

 と言って、愛人の体をがっちりとホールドした。

愛人「待ってッ、今日は本当に駄目ッッッ!」

ドルン「うるさいッ、出すモノ出さないとッ、研究がッ、はかどらな・・・・・・オッオッオッオッオッ」

 と言って、大量の白濁液を中に出した。

 愛人は青ざめた顔をした。

 一人っ子政策のラース-ベルゼでは、子供は二人以上、作れなかった。

 しかし、愛人に孕(はら)ませれば、愛人一人につき、一人の子供を

ドルンは持てるのだった。

 ただし、この愛人には既(すで)に成人している子供がおり、これ以上は子供を産むことは出来ない。

 つまり、今回、孕(はら)んでしまえば、強制的に堕胎(だたい)する事となり、

医療費を含め、相当な負担となるのだった。

 しかし、ドルンは中だし-せずには居られなかったのだ。

 ちなみに、いくら性行為の同意があっても、中出しを拒否している女性に中出しすれば、それは犯罪であった。

 それだけで強要罪だし、もし、それで堕胎するハメとなったら、傷害罪にもなるだろう。

 しかし、ドルンは法律に無知な女性達のおかげで今のところ、

逮捕されずにすんでいた。

ドルン「よーし、合計・・・・・・5000往復と言ったところか。さて、

    第二ラウンドと行くかッ」

 そして、ドルンは再び、性行為を始めた。

 愛人は抗(あらが)う気力を無くし、されるがままに、なっていた。


 そして、第三ラウンドが終了し、夜も深くなっていた。

ドルン「おっと、もうこんな時間だ。呪いを行(おこな)わねばな」

 と頷(うなず)くのだった。


 ちなみにドルンは弱能力者であり、性行為の時、持続力が

増す程度の能力を得ていた。

また、彼の日課は呪いであり、息子達や愛人達や部下達にも、敵を呪うように支持していた。

 まぁ、敵と言っても、ヤクト兵士とかでは無く、単に、出世争いの敵であった。もしくは、むかつく奴を敵と見なして、

呪うのであった。

ドルン「勝たねばならんッ、勝たねばならんのだッ」

 何と戦っているかは知らないが、ともかく、彼等は戦ったり、

勝ったりするのが大好きだった。

 まぁ、呪われる方は災難である。

 ただし、人を呪わば穴3つ、という言葉の通り、呪いにも

代償はあった。

 まず、本人は地獄に墜ちるし、本人にとって大切な人も地獄に行く。それと、呪いの対象を合わせて、穴3つ-なのである。

 そして、ドルン自身は悪運が強いため、まだ死んでいなかったが、こういう代償は弱い所に発生するモノで、彼の息子夫婦

の一組はラース-ベルゼで起きた、竜巻で行方不明となっていた。

 ほかにも、息子が一人ずつ交通事故、航空事故にあい、さらに、一人が糖尿病で多臓器-不全で死んだため、残った息子は5人だった。

ちなみに、生き残っている者達の中では、呪いについて疑問を持っている者も多かったが、彼等の中で絶対的な権力を持っているドルンの前では素直に口に出すことが出来ていなかった。

 しかし、現実問題として、彼等はいくら呪おうと、幸せには

なれないのであった。

 何故なら、いくら敵を倒して、良いポストを得ても、結局、

代償分の不幸がやって来るからである。

 世の中、そんな都合の良い話は無いのだった。


 特にドルンはライバルに対して心臓が止まるように呪いを送り、それは半ば成功して、そのライバルは心臓病で倒れた。

 だが、その代償にドルンは高血圧・高血糖値となっており、彼自身の心臓も凄まじい負担を受けていた。

 さらに、呪いを掛ける人間はストレスを感じやすく、ドルンは常に胃痛がしており、胃薬を飲んでいたが、そもそも彼の体は胃だけでなく腎臓や肝臓も壊れており、さらに胃がんも生じていた。なので、それは単なる胃痛ではなく、より大きな病気の兆候とも言えた。

 もし、あと数年もすればドルンは様々な大病を発症し、多額の医療費が発生する事が予想された。

 さらに、ドルンは肥満体である事を気にしており、特注品の下剤を飲んでいたが、その副作用として、自らの力で排便する力が腸から失われつつあった。

 彼が服用している下剤は相当に効果が強かったが、それすらも段々と効かなくなってきており、もはや排便介護は目前であった。

 そうなれば、その他の体調不良も重なり、彼は介護生活を送る事になるだろう。そうすれば生き続ける限り続く、果てない介護費が生じるのである。

 結局、その金額は彼が呪ったりして儲(もう)けた額か、それ以上なのである。悪魔信仰者は得意の絶頂期に堕ちていく。得たモノ以上を失っていく。それが摂理だった。

 しかし、それを知らずに、無知なる悪魔信仰者は他者を呪い続ける。いや、生きている時に代償が来れば、まだ幸せである。

 それは懺悔(ざんげ)の機会でもあるのだから。

 真に怖ろしいのは、死後、無間なる地獄にて逃れられない罰を受ける悪魔信仰者であっただろう・・・・・・。

 

 そして、ドルンは日課の呪いを終えて、気持ち悪い気分になっていた。

ドルン「クソッ、最近、体調が悪いッ。誰か俺を呪ってるな」

 と呟(つぶや)いた。しかし、単に呪いの反動を受けているだけでもあった。

ドルン「しかし、何故、俺がわざわざレクトまで来なければ

    ならんのだ。これも全て、環境省の役人のせいだ。

    クソッ、呪っちょやる」

 と言って、思い出したかのように、敵を呪った。


 ドルンは国立大学でドルン研なる派閥(はばつ)を作っていた。

 そこで、半導体や太陽電池などの大量の特許を取っていた。

 発明が苦手なラース人にしては珍しく研究成果をあげているので、彼は国に重宝されていた。

 ただし、あくまで大学の教授のため、本人の財産にはならなかった。

 そして、大学を不祥事(女性に暴行を加えた)で退職した後、

部下達を養うため、会社を作ったのだった。

 しかし、その会社も欠陥品(けっかんひん)で、ロクに物を販売していなかった。ただし、その会社は例外的に基本特許を持っていたため、投資家からすると、いい投資対象に見えたのだった。

 そして、色々な人から金を集めて、会社を作ったが、その金は従業員である部下達の給料に消えていったのである。

 ちなみに、その基本特許も、いい加減なモノで、液体の太陽電池というモノだった。正確にはジェル状の太陽電池である。

 つまり、形を自由に変えられるのである。

 しかし、太陽電池は元々、壊れやすく、それ故、中々、普及(ふきゅう)

しないのであり、ジェル状の太陽電池など、さらに壊れやすくなるため、使い物になるわけが無かった。

 つまり、投資家達はドルンに騙(だま)されたのである。

 とはいえ、騙すにせよ、きちんと会社経営している素振りを

見せる必要があった。

 その方法の一つは投資会社の一つと連携して、販売している風に装(よそお)うのであった。

 つまり、材料を購入して、それをお遊び程度に合成して、

それを材料費より少し高い値段で、その投資会社に売るのであった。

 投資会社にメリットが無いように見えるが、その投資会社の

狙いはドルン達の持つ基本特許であり、それを虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのだった。

 そして、もう一つの策こそが、環境省による補助金であった。

 ラース-ベルゼは石油や魔石の代替エネルギーを探っており、

多額の公的資金を様々な研究所にばらまいた。

 もちろん、こんな事をしても上手く行くはずがなく、国民の

血税が無駄に消えていくだけであった。

 特に自然エネルギー開発の《ダーク・サン計画》と《ライト・ムーン》計画は合わせて数千億レン以上の損失を生んでいた。

 基本的に発明とは一人の天才から生まれるモノであり、金を

かければ良いというモノでもないのだった。

 現に、ラース-ベルゼのつぎ込んだ何兆レンという金は全て

無駄になっていた。

 話を戻すと、ドルンは環境省を騙して、代替エネルギーを

開発しているフリをしてきたのだった。

 しかし、それもばれて、会社は一瞬で潰れ、路頭をさまよう

部下達を救う為(ため)に、今度は軍事研究に手を出したのであった。

 そこでドルンは謎な才能を発揮して、この年で出世していき、とうとうヤクトの前線、レクトにまで送られるように-なったのだった。

 ただし、そんな危険地帯での任務は本人にとっては苦痛でしかなかった。しかも、軍の命令で5人の子供達まで、連れて

こさせられていた。

 

 すると、警報音が響いた。

ドルン「何だ?」

 そして、もそもそとドルンは立ち上がった。


 ドルン達の居る施設は動物の殺処分を行う保健所であった。

 そこでは二酸化炭素ガスを用いて、増えすぎた犬や猫を殺すのであった。

 これは-ひとえに多くの飼い主がオス犬やオス猫を去勢(きょせい)させないからであった。

 去勢なんて可哀想、という意見もあるかも知れないが、実際の所、去勢する方が平均寿命は伸びるモノであった。

 しかし、なんとなくで飼う飼い主は、去勢はしないわ、すぐ

外に逃がして捨てるわで、その結果、不必要に動物が殺される事態を招(まね)いていたのであった。

 そして、この殺処分場で、炭酸ガスによって、犬猫では無く、人間の殺処分が行われていた。

対象はヤクトの捕まったレジスタンスであった。

 轟々(ごうごう)と唸(うな)る機械達の中で、人間が裸で檻(おり)に閉じ込められていた。

 そして、炭酸ガスが注入されて、ヤクトの人間が泡を吐きながら、苦しみ倒れていくのだった。

 この時代、安楽死の観点から、動物の殺処分には、麻酔ガスを使った後に-二酸化炭素ガスを使う方式を、取り入れていた。

しかし、ラース-ベルゼはヤクト人に対し、セボフルランなどの安楽死用の麻酔ガスを施(ほどこ)す事無く、炭酸ガスのみを送って殺害した。

 そのため、多くの者が長時間-苦しんだ末(すえ)に死んでいくのだった。


 この施設の管理者がドルンだったのだが、今、警報があちこちで鳴っていた。

ドルンは早歩きをしていた。

 すると、清掃係の愛くるしい女性が歩いていた。

ドルン「君、どうしたのかね?」

女性「え?分かりません。急に警報が鳴り出して」

ドルン「そうか・・・・・・君、名前は?」

女性「レナです。レナ・マヨールです」

ドルン「フム、いい名前じゃないか。その銀髪、ニュクス人か。おっと、いかん。急がねば。ではな」

レナ「はい・・・・・・」

ドルン「あっそうだ。仕事が終わったら、後で私の研究室に

来なさい。いいね」

レナ「はぁ・・・・・・?」

そして、ドルンは駆けて行った。

レナ(今の内に、捕まっているヤクトの人達を解放しないと)

 とレナは決意していた。


 レナ・マヨールはニュクス国-皇女セレネの侍女であったが、

戦乱に巻き込まれ、レクトに逃げていた。

 そこでヤクトのレジスタンスと出会い、協力者として活動するように-なったのであった。


レナ(こんな事、許されて-いいはずが無い。もうこれ以上、

   罪の無い人が死ぬのは嫌ッ)

 と心の中で叫んだ。

 そして、レナは記憶を一瞬、回想した。


 当時、レナは何とかレクトまで逃げていたが、そこで一人の

老婆と知り合った。

 老婆はレナを家に泊めてくれ、親切にしてくれた。

 もちろん、一刻も早く-その場を離れるべきであったが、当時は情報が混乱しており、さらに人々に油断もあり、避難が遅れていたのだった。

 そして、ラース軍が音をたてながら、やってきたのだった。

 彼等は無抵抗な人間もとりあえず殺していった。

 そんな中、レナと老婆は必死に逃げた。

 しかし、老婆は途中で、足が動かなくなった。

 そんな老婆をレナは必死に背負って、歩いて行った。

 しかし、レナの体力も、すぐに限界となった。

 レナは老婆を降ろして路地に座り込んだ。

老婆「レナちゃん。もういいから、私を置いて行きなさい」

レナ「ですがッ・・・・・・」

老婆「いいから・・・・・・ね・・・・・・」

 すると、老婆は指輪を取り、レナに渡そうとした。

老婆「これを・・・・・・。これを良ければ、孫のスヴェンという子

   に渡してちょうだい。私がかつて、夫からもらったモノ

   なの」

レナ「そんな。受け取れません。逃げましょう、一緒に」

老婆「お願い。レナちゃん。私のせいで貴方のような若い子が

   犠牲になるなんて、あっちゃいけないの、レナちゃん。

   レナちゃん、ニュクスの筆頭騎士のシャインさん-なら

   どうするかしら?きっと、情に流されないはずよ」

レナ「それは・・・・・・。でも、私は・・・・・・」

老婆「レナちゃん、お願い。私のせいで貴方が死んだら、

   それは私が貴方を殺した事になるわ。私を人殺しに

   しないで」

レナ「それは・・・・・・」

レナは迷ったが、老婆の言うとおりにした。

レナは老婆から指輪を受け取った。

レナ「スヴェンさんに渡せばいいんですよね・・・・・・」

老婆「ええ。頼むわね」

 と言って、老婆は寂しげに微笑(ほほえ)んだ。

レナ「結界を張っておきます。・・・・・・ごめんなさい」

 レナは結界を老婆に張り、背を向けた。

そして、レナは這(は)うように歩いて行くも、後方で銃声が

聞こえ、結界が砕ける音がして、涙した。

 それでもレナは歩き続けた。

 しかし、敵能力者がレナに迫っていた。

 レナは簡易な結界を張るも一瞬で破壊された。

 レナが死を覚悟した-その瞬間、敵能力者は吹き飛んで行った。

 そこには一人のヤクトの青年がいつの間にか居た。

青年「大丈夫か?」

レナ「はっはい。私は平気です。それより、おばあさんが逃げ遅れていて」

青年「・・・・・・分かった。案内してくれ」

 そして、レナは青年と共に、急ぎ老婆の元へ戻るのであった。

 しかし、そこにあったのは銃弾を受け、力尽きている老婆の

姿だった。

 それを見て、青年は悔しさに顔を歪(ゆが)めた。

青年「間に合わなかった・・・・・・。ばあちゃん・・・・・・」

 と青年は呟(つぶや)いた。

 すると、ラース兵が周囲を取り囲もうとしていた。

青年「貴様らッ、生きて帰れると思うなよッッッ」

 次の瞬間、青年から荒々しい魔力が吹き荒れた。


 レナは-その青年が老婆の孫である事を後に知る事となる。

 そして、その青年スヴェンはレジスタンスのレクト支部を任される事となり、そこにレナも所属を許されたのだった。

スヴェン「俺は・・・・・・守れなかった・・・・・・。レクトで、

ばあちゃんと一緒に住んでたら、こんな事に

ならなかったんだ・・・・・・」

レナ「自分を責めないで下さい。私こそ責められるべきです」

スヴェン「仕方ないさ。あの状況下では逃げるのが正しい」

レナ「だとしても、もっと、きちんと能力を訓練しておけば、おばあさんを助けられたかもしれません。自分の弱さが

   悔しいです」

スヴェン「それは俺も同じだ・・・・・・」

 そして、二人は沈黙した。

 先に口を開いたのはレナの方だった。

レナ「指輪・・・・・・。本当に私が持っていて-いいのでしょうか?」

スヴェン「ああ。今の俺には受け取る資格が無い。いつか、

     自分を許せるようになった時、言うから」

レナ「はい。その時、お返しします」

スヴェン「ああ・・・・・・」

そう言ってスヴェンは微笑んだ。その微笑みは何処(どこ)か、祖母の面影があったのだった。


 それからレナはニュクス人である事を利用し、清掃係として

殺(さつ)処分(しょぶん)-場に潜入したのであった。

 ただし、清掃といっても、普通のゴミを集めたり、居住区の

掃除をしたりしているだけで、殺処分の区域に立ち入ることは

なかった。

 その区域は厳重に管理され、部外者が容易に近づけないようになっていた。


 レナは回想を止め、施設を駆けていた。

 すると、同じくレジスタンスの潜入員のガイルがやって来た。

レナ「ガイルさん」

ガイル「レナさん」

レナ「何が起きてるんですか?」

ガイル「いえ、それが分からないんです。ただ、兵士の話を

    小耳にした所、相当の能力者が施設に入り込んだみたいなんです」

レナ「能力者?味方ですか?」

ガイル「それが全く、分からなくて。既(すで)に所長のトルク・

トンプソンが殺されたみたいです」

レナ「そんな・・・・・・」

ガイル「ただ、今なら、殺処分の区域に上手く侵入できるかも

    しれません。多くの兵士が隣の兵器関連の施設に向かってますから」

 とガイルは小声で言った。

レナ「行って見ましょう。私に考えがあります」

 そして、二人は殺処分の区域へと向かった。


 ・・・・・・・・・・

ラース兵A「おいッ、テハネス大尉は-いつ戻られるんだ?」

ラース兵B「分からん。例の人間狩りの時間だからな」

ラース兵C「ゾッとしないな・・・・・・。いくらレベル7とはいえ

      人間の肉が好物なんて」

ラース兵B「言うなよ。考えると気持ち悪くなる・・・・・・」

ラース兵A「あれで性格がまともならな。顔は良いのに」

ラース兵B「顔はな・・・・・・」

ラース兵C「いずれにせよ、下士官の俺等に出来る事は無いさ。

      俺達はただ、この門を死守するだけだ。大尉を

      呼び戻すにせよ、探知能力者を使えば一発だろ?

      結局は上層部しだいって事さ」

ラース兵A「だな・・・・・・」

 そして、ラース兵3名は外から、施設の様子を案じるの

だった。


 ・・・・・・・・・・

 ドルンの元に兵士が駆けて来た。

ドルン「何だ?今、忙(いそが)しいのだが」

 ドルンはパソコンのエロ画像を見ながら言った。

兵士「申し上げます。レナ・マヨールという女性が博士に面会を求めています。さらに、友人の女性?も一緒です」

ドルン「レナッ、レナ・マヨールだと。銀髪の綺麗な娘か?」

兵士「は、はい。一般的な趣味(しゅみ)趣向(しゅこう)からすれば、相当な美人

   ではないかと」

ドルン「よし、通せ」

兵士「わ、分かりました。所持品チェック等は?」

ドルン「必要無い。早く、早く通せ」

兵士「了解しました」

 そして、兵士は去って行った。

ドルン「フッフッフ。この歳(とし)で、モテ期が来てしまったか。

    しかも、友人を合わせると二人、という事はすなわち

    3Pではないか。盛り上がって来たぞッ」

 と、喜びの声をあげた。


 しかし、いざレナと友人が来ると、ドルンは怪訝(けげん)な顔をせずには居られなかった。

 レナの隣にはゴツイ女性?が居た。

 それはガイルの女装姿だった。

ガイル(何で俺がこんな・・・・・・。レナさんの頼みじゃなかったら絶対にしないぞ)

レナ「ドルン博士」

ドルン「あ、ああ。レナ君。思ったより早かったね・・・・・・。

    し、しかし、君の友人は一体・・・・・・・」

レナ「博士のファンなんです。連れてきては駄目だったでしょうか?」

 と、レナはシュンとして言った。

ドルン「い、いや。いや、そんな事は無い。しかし、少し、

    ゴツクないかね?」

レナ「そんな。博士は人を外見で判断なされるんですか?」

ドルン「い、いや。そ、そんな事は無い。決して、そのような

    事はないともさ。ただね・・・・・・」

 そして、ドルンは少し逡巡(しゅんじゅん)した。

ドルン(待てよ。ここで-あえて我慢して、3Pに持ってけば、

    レナ君の好感度は上がるんじゃないのか?クッ。

    何という事だ。ま、まぁ、ゴリラ女でも穴があれば

    問題ないだろう。よし、それで行こう。たまには

    獣と交(まじ)わるのも面白いやも-しれんしな)

 と心の中で結論を出した。

ドルン「いや大丈夫だ。ハッハッハッ、私のファンか。嬉しいなぁ。ハッハッハッ。名前は何と言うのかな?」

ガイル「・・・・・・ガ、ガイコですわ。博士。オッホッホ」

ドルン「・・・・・・そ、そうかね。ワッハッハ」

 と二人して冷めた笑いをしていた。

ドルン「ム・・・・・・ガ、ガイコ君。き、君は・・・・・・ヒゲが生えて

    いるじゃないか・・・・・・」

レナ「博士。ガイコは元々、毛深いタチでして、今日のために

   必死にヒゲを剃(そ)ってきたんです」

ドルン「な、なに?女性でもヒゲが生えるモノなのかね」

レナ「はい。みんな頑張って隠してるんです。元々、薄い人は

   大丈夫ですけど」

ドルン「フーム。女性にも色々あるんだなぁ」

レナ「はい」

ドルン「まぁいい。そこらへんも含(ふく)めて、是非(ぜひ)、深く分かり

    あおうじゃないか」

と言ってドルンはレナにすりよった。

 しかし、レナは一歩、下がって、それを避けた。

 さらに、ドルンは一歩レナに迫り、レナは今度は横に避けた。

ドルン「・・・・・・レナ君」

レナ「はい・・・・・・」

ドルン「君は何しに来たのかね?」

レナ「それは、先生と-お話をしに来ました」

ドルン「は、話?」

レナ「はい。先生が普段、どう過ごされてるのかと思いまして」

ドルン「ああ・・・・・・。毎日、大変だよ。炭酸ガスでヤクトの

    人間を殺していくんだ。正直、気の滅入(めい)る作業だよ。

    嫌なモノだね。人がピクピク痙攣(けいれん)して死んでいくのを

    見るのは。肉料理を食う気が失せるよ」

レナ「そ、それは大変ですね」

ドルン「そうだ。大変なんだ。だから、君の体で慰(なぐさ)めさせて・・・・・・」

 すると、扉が開き、男達が入って来た。

 彼等はドルンの息子達だった。

男A「父さん」

ドルン「何だ?今、いい所なのに」

男B「アポリス大佐が呼んでるんだ」

ドルン「アポリス大佐?意味が分からない。もっと、論理的な

    発言をしたまえ。あの方は今、イアンナに居るはず

    だろうが」

男A「で、でも。確かに、アポリス大佐だったんだ」

ドルン「うるさいッ。お前らは母親と近親してるから、頭が

    おかしくなってしまったんじゃないのか?」

男B「いや、俺は違うんだけど・・・・・・」

男A「・・・・・・と、ともかく、魔力探知機でも、アポリス大佐と

   同じ魔力反応が示されてるから本物だよ」

ドルン「何・・・・・・。私の発明が間違うわけがないな・・・・・・。

    よし、息子家族-達と愛人達と部下達を集めろ。歓迎(かんげい)しようではないか」

 とのドルンの言葉に息子達は頷(うなず)いた。

ドルン「レナ君、それにガイコ君。いつ帰って来られるか分からないから、もう帰りたまえ」

レナ「そんな。私、ここで待ちます」

ドルン「な、何?・・・・・・し、仕方ないなぁ。おい、兵士達、

    この二人をしっかりと守るのだぞ。警報も鳴っている

    しな。まぁ、誤作動のようだが」

兵士「了解しました」

 そして、ドルンと息子達は去って行った。


 ・・・・・・・・・・

 人食いの異名を持つテハネスは夜のレクトを疾走(しっそう)していた。

 彼女は人食いとは言っても、体の全てを喰うわけではなく、

耳や指を引きちぎって食べるのであった。

 そのため、レクトは夜になると誰も外に出ようとしなかった。

テハネス(フフッ。今夜は、いい月。お腹減ったなぁ・・・・・・)

 と思いつつ、フト止まるのだった。

テハネス(この建物・・・・・・。大きいわね。へぇ、よく分からないけど、入ってみよう)

 そして、テハネスは窓を破って建物に入っていった。

 そこは児童養護-施設だった。

 暗闇の中にオモチャと本が置かれていた。

テハネス(へぇ、子供かぁ。あんまし、子供の肉は好きじゃないんだよねぇ。まぁ、たまにはいいか。子羊の肉だと思えば)

 そして、テハネスはわくわくしながら、闇を進むのだった。


テハネス(ああ、ここだ。大勢の小さなオーラを感じる。

     フフッ。さて、今宵(こよい)もディナーを楽しみますか)

 そして、テハネスは扉に手を掛けた。

「子供達が寝ているの。そっとしといて下さらない?」

 との女性の声がテハネスの後ろから掛けられた。

 テハネスは一瞬、ギョッとして振り返った。

 そこには一人の-美しいも何処(どこ)か狂気をはらんだ女性が、立っていた。

テハネス「へぇ、私の後ろに立てるなんて。あなた、能力者?」

 しかし、女性は答えなかった。

テハネス「変だな?私、今、イデア語をしゃべってるよね?

     通じるはずなんだけどなぁ。まぁ、いいや。少し

     遊ぼっか」

 すると、テハネスは女性の後ろに一瞬で移動した。

 しかし、いつの間にか女性はテハネスに向き返っていた。

 何度か、それを繰り返すも女性の背後を取ることが、

テハネスには出来なかった。

テハネス「へぇ、反応できたんだ。やるじゃない。アハハ。

     よく見たら、中々、グラマラスな体つきしてるじゃない。私も結構、自信はあるんだけどなぁ。ねぇ、あなた、名前は?」

女性「ミラ・・・・・・。ミラ・コーヨ」

テハネス「へぇ、ミラか。かわいい名前ね。でも、コーヨ?

     はて?どこかで聞いたような。まっ、いっか。

     ねぇ、あなたの肉?おいしいかな?やわらかそう」

 そう言って、テハネスはミラに顔を近づけた。

 しかし、ミラは無言で瞬(まばた)き一つせず、テハネスを見つめていた。

テハネス「ねぇ、何か、言いなさいよ。言いなさいってばッ!」

 次の瞬間、テハネスは腹部に衝撃を受け、飛ばされた。

ミラ「静かにして下さる?子供達が起きてしまうわ」

 と血の付いた包丁、片手に告げた。

 そして、ミラは包丁に付いた血を妖艶(ようえん)に舐(な)め取った。

 それを見て、テハネスの怒りは頂点に達した。

テハネス『ハッ、アハハハハッ。ねぇ、おいしい?おいしい?

     私の血?ねぇ。お前の肉を喰らわせろッッッ!』 

 そして、異様な魔力が部屋を駆け巡った。

 しかし、ミラは関係無い風に、自分の寝室へと戻ろうとした。

テハネス『私をッ、無視するなッッッ』

 そして、襲いかかるテハネスをミラは殴りつけた。

 テハネスは壁を突き破り、外に吹き飛ばされた。

テハネス『ッ』

 そして、テハネスは軽く血を地面に吐き捨てた。

 すると、ミラが中から出てきた。

ミラ「壁・・・・・・直しておかないと・・・・・・。まだ、肌寒いから。

   子供達が風邪(かぜ)をひくといけないわ」

テハネス『・・・・・・殺すッ』

 そして、テハネスは怒りに燃えて、ミラに襲いかかった。


 ・・・・・・・・・・

 ガイルはパソコンの前に座っていた。

 そして、兵士達に気付かれぬよう、パソコンの中身を

半導体メモリに移し替えていた。

ガイル(画像がある・・・・・・。どうせ、エロ画像なんだろうけど、

    保存しておくか。チェックしてる暇(ひま)は無いし)

 そして、ガイルは-めぼしいデータを全てコピーしていった。

レナ「そうなんです。皇女殿下は少女漫画を好まれてるんです。

   かわいいですよね」

 などとレナは宮廷での事をラース兵に話して、気を引きつけていたのだった。

兵士「おいッ、お前ッ、何をしている」

 と兵士はようやくガイルのしている事に気がついた。

 次の瞬間、レナの放った魔法が兵士に上手く当たった。

 それを見て、なんと-もう一人の兵士は一気に逃げ出したのだった。

レナ「あ・・・・・・あれ?」

ガイル「自分の命が優先なんだろ?ともかく、急いで逃げよう。

    今回の作戦はここまでだ」

レナ「・・・・・・はい」

 そして、ガイルとレナは駆けて行った。


 ・・・・・・・・・・

 貴賓室(きひんしつ)ではドルン達がアポリスを歓待(かんたい)していた。

 すると、さらに強い警報が鳴った。

ドルン「こ、これは第一級警報?何で?」

 次の瞬間、辺(あた)りは亜空間に包まれた。

ドルン「え?」

アポリス『ドルン。そして、その血族(はらから)よ。代価を払う時が来たのだ』

 との声に、ドルン達は-うろたえた。

ドルン「待って下さい。何をおっしゃられているのか」

アポリス『私は・・・・・・・今、魔力を欲している。だから、この

     研究所の人間を次々と喰らっていった。闇に包んで』

ドルン「ま、待って下さい。つまり、裏切ったのですか?

    ラース-ベルゼを。祖国をッ」

アポリス『そうとも言える。だが、そもそも私に祖国など、

     ありはしない。今の私に必要なのはエネルギーだ。

     失われた魂の分のエネルギーを補充しなければ

     ならない。そのため、無差別に生きとし生けるモノ

の魔力を、道すがら奪ってきた』

アポリス『だが、それでは魂の源泉(げんせん)を奪う事に繋がらない。

     契約、契約が必要なのだ。ドルンよ・・・・・・』

ドルン「け、契約?」

アポリス『そうだ。お前は科学者だったな』

ドルン「は、はい」

アポリス『なら、遷移(せんい)現象を知っているな』

ドルン「え?物質がエネルギーを吸収したり、放出したりする

    事で、状態が跳び跳びに変化する事ですか」

アポリス『そうだ。そして、それは魂にも言える』

アポリス『人間界、天上界、畜生界、地獄界、様々な世界が

     あり、それぞれにエネルギーの準(じゅん)位(い)があるのだ。

     そして、人間界から地獄界へと魂が墜ちる時、

     その差分(さぶん)のエネルギーを放出する事となる。

     通常では、そのエネルギーは無に拡散する事と

     なるが、悪魔との契約者が墜ちる時、

そのエネルギーは悪魔のモノとなるのだ』

ドルン「え?ええ?よ、よく、分からないのですが」

アポリス『分かりやすく言えば、ドルンに、その血族(はらから)よ。

     お前達は、これから地獄に墜ちるのだ。そして、

その魂のエネルギーを私が得るために』

ドルン「そ、そんな。何で、私達がッ」

アポリス『契約が成(な)されている。お前達の魂は私のモノだ』

ドルン「け、契約?そんなモノ、いつのまに?」

アポリス『お前達は呪いを行使(こうし)していただろう。それは悪魔との契約を意味するのだ。その代償は払ってもらわねばならない』

息子A「ま、待って下さい。呪いって、そんなに悪い事なんですか?私達は父さんを誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)したりする悪人を、

    呪い殺そうとしているだけで。あと、父さんの出世に

    邪魔なクズな人間に天罰を与えようとしているだけで」

アポリス『ハッ、ハッハッハッハッハッ。これは、おかしい。

     何とおかしい事か。一介(いっかい)の、ロクに修行もなして

     いない人間ごときが、自分の力だけで術を行使しているとでも?悪人?天罰?そんなモノ関係ありは

     しない。貴様等は畏(おそ)れ多くも、人の身で闇の魔導の

     領域に足を踏み入れた。悪魔の力を利用した。

     その代価は払ってもらうぞ。契約者達よッッッ』

 そして、アポリスの体は亜空間の世界に匹敵する程に、巨大化した。

ドルン「ま、待って下さい。だとしても、私達は貴方とは契約をかわしてないッ」

 とドルンは震えながら言った。

アポリス『何を言っている。私こそが、貴様等の願い、呪いを叶え、対象を死に追いやったのだ。契約は成就(じょうじゅ)されたのだ』

 との言葉が空間中にあふれた。

アポリス『聞けッ、愚かな魂達よ。我が名は、メロア。

光神メロア。数多(あまた)の王と指導者に力を与えし者。

そう、かのエルダー・グールにも。

     我が受肉の糧(かて)となれ。

     矮小(わいしょう)なる人間達よ・・・・・・。

     黙示録の時だ。裁定を贈ろう』

 次の瞬間、亜空間は白い光、いや、白い闇に包まれた。

 そして、白い闇は、あたかも光のごとくに、ドルン達を貫いていった。

 それと共に、彼等の魂は地獄へと墜ち、アポリスの糧(かて)となるのだった。

 悪魔達の喜びの絶叫が響いた。

 見えない何かが、踊り回っていた。

息子「嫌だぁッッッ!」

 と叫び、子供や嫁を置いて、走り出すも、すぐに白い闇に

捕まり、地獄に墜ちていった。

 アポリスの笑い声が空間全体に響いた。

 子供達は泣き出していた。

 ただし、子供達は呪いに-ほとんど関わっていないので、

契約の対象外であった。

 そして、母親も闇に喰われ、子供達だけが残った。

 すると、人型をしたアポリスが子供達の前に現れた。

アポリス『さぁ、おいで。お母さんと-お父さんの所へ、

送ってあげよう。さぁ、念じてごらん。大丈夫、

     怖くなんかないよ。何も怖くない。一瞬で、終わるからね。さぁ・・・・・・』

 しかし、子供達は首を横に振った。

アポリス『仕方ない・・・・・・。なら、お前達、喰っていいぞ』

 とのアポリスの声に、悪魔達が現れだした。

悪魔A『子供、子供の魂だ・・・・・・・』

悪魔B『感謝します。アポリス様・・・・・・』

 そして、悪魔達は子供達に近づいていった。

すると、地面が盛り上がった。

 そして、中からドルンが現れた。

アポリス『ほう・・・・・・・地獄から舞い戻るとは。流石(さすが)に、魂の格が違うようだ。拍手を贈れ』

 との声に、悪魔達は甲高(かんだか)い笑い声と共に、拍手を打ち鳴らした。

ドルン「孫達は・・・・・・お願いです。孫達だけは。許して下さい。

    まだ、こんなに子供なんですッ!私はクズでしたが、

    孫達はいい子なんですッ!」

 すると、ドルンの足下から白い闇が巻き付き、ドルンを地獄へと引きずっていこうとした。

アポリス『では、こうしよう。ドルンよ。この子供達を私に

     捧げろ。そうすれば、君の魂は悪魔として転生させ

     よう。どうかね?悪く無いと思うが。さぁ、早く

     選択する事だ。君にとって、この選択は悪く無い

     はずだ。子供達が死んで君が生き残るか、子供達

     と一緒に地獄に墜ちるか。どうせ、この子供達は

     死ぬんだ。論理的に考えたまえよ。さぁ』

ドルン「ううッ、ううッ」

 ドルンは涙しながら、思考した。

ドルン「お願いです。私の命を捧げますから、孫達を許して

    下さい」

アポリス『駄目だ。それは許されない。何故なら、呪いの対価

とは、お前の魂以外にも-最も大切な者達を捧げる事だからだ。この場合、孫の魂とは最もその条件にあっている。しかし、今回に限り-わずかな恩情として、お前に生き残るチャンスをやろうと言う事だ。

さぁ、選択したまえ。

     論理的に。論理的に、論理的に』

 と、アポリスは告げた。

ドルンの体は半ばまで、地中に埋もれていた。

ドルン「・・・・・・アポリス。お前に、子供が、孫が居た事が

    あるか?」

悪魔C「貴様・・・・・・アポリス様に、何と言う口を」

 しかし、アポリスがそれを制した。

アポリス『いや、残念ながら、無い。出来損(できそこ)ないなら、あるが』

ドルン「死ねッ、この悪魔ッ。よくも息子達-夫婦を、妻達を、

部下達を殺してくれたなッ」

 そして、ドルンの体で魔力が暴走していった。

ドルン「逃げるんだ。いいね・・・・・・」

 とドルンは孫達に優しく語りかけた。

孫達「おじいちゃん・・・・・・」

 次の瞬間、悪魔達に向かって、ドルンの命と引き換えの魔力が放たれた。

 消えゆく意識の中でドルンは、とっさに思うのだった。

ドルン(み仏よ・・・・・・。今までの私の所業をお許し下さい。

そして、どうか、どうか・・・・・・孫達をお救い

下さい。私の命はどうなっても-いいですから)

 そんなドルンに対し、御手が差し伸べられた。

 そして、ドルンの意識は途切れた。


 亜空間では真如(しんにょ)の光が白い闇を切り裂いていった。

 悪魔達は悲痛な声をあげていた。

アポリス『ハッハッハッ。何と言う事かッ、ミロク、ミロクッ、

     貴様かッ。ハハッ。ずるい、ずるいなッ。魂を奪うことも無く、何の代償も払う事無く、これ程の力を、

     行使する事が出来るとはッ!

     ミロク菩薩(ぼさつ)よッッッ!

いやッ、ミロク如来(にょらい)よッッッ!』

 そして、アポリスの体は光に吹き飛ばされていった。


 亜空間は破れ、子供達は部屋に戻った。

孫達「おじいちゃん・・・・・・」

 と泣きべそをかいていた。

 すると、部屋の隅(すみ)に、白い闇が現れた。

 それは歪んだアポリスの姿だった。

孫達「逃げろッ」

 そして、孫達は駆け出すのだった。

 その後(あと)を肥大化した白い闇と化したアポリスがズルズルと

這(は)いながら追うのだった。

 

 ・・・・・・・・・・

 ミラは血まみれで、包丁を持ちながら、荒い息を吐いていた。

テハネス『ハハッ、さっきのはマグレだったみたいね。

     ねぇ、何か言いなさいよ。ねぇ』 

 しかし、ミラは妖艶な笑みを見せるだけで無言だった。

テハネス『何か、言いなさいよッ!』

ミラ『お母さんと、もっと、遊びましょうね・・・・・・』

 とのミラの言葉に、テハネスは狂気を感じた。

テハネス『気持ち悪いんだよッッッ!』

 そして、テハネスは最大級の魔力を放った。


 ・・・・・・・・・・

 研究所は大騒ぎとなっていた。

 白い何かが、突如、現れ、次々と人間と建物を飲み込んで

いくのだった。

レナ「ガイルさん。何が起きてるんですか?」

ガイル「わ、分かりません。でも、かなり、まずい事が起きているような・・・・・・」

 すると、子供達が駆けて来た。

 彼等はドルンの孫達だった。

子供達「助けてッッッ」

レナ「ど、どうしたの?」

子供A「白い変なの、が追ってくるんだ。おじいちゃんや、

お母さんが、食べられちゃったんだッ」

 と子供達は半狂乱になりながら、泣き叫んでいた。

レナ「白い変なの?」

ガイル「レ、レナさんッ、あ、あれ、あれッ」

 とガイルは廊下(ろうか)の奥を指差し言った。

レナ「え?」

 そこには白い何かが這(は)ってきていた。

ガイル「に、逃げましょう」

レナ「は、はいッ。みんな、付いてきて」

 そして、レナは廊下に壁となる結界を張り、逃げ出した。

 しかし、弱能力者であるレナの結界は、すぐに破られ、

白い闇はレナ達を追うのだった。


 ・・・・・・・・・・

テハネス(しぶといッ、この女、もう残り魔力は少ないでしょうに・・・・・・。チィッ、仕方ない。確実にトドメを

     刺すかッ)

 そして、テハネスは空間操作-能力を発動し、亜空間を形成した。

テハネス『私は、ずっと、ずっと、嫌だった事があるの。それはツヴァイごときが魔弾使いを称(しょう)されて居る事。

     本当の魔弾手とは、こういうモノなのにッ』

 次の瞬間、大量の魔弾が空間を乱れ散っていった。

 それをミラは器用に避けていった。

ミラ『綺麗(きれい)・・・・・・。花火みたい』

 と、ミラは-うっとりとした表情を見せながら、呟(つぶや)いた。

 それに対して、テハネスは魔方陣を紡(つむ)ぐと、次の瞬間、

魔弾の立体交差が出現し、クルクルとメリーゴーランドの

ように回転していった。

 それに対し、ミラも回転に応じて、移動していった。

ミラ『アハハハハッッッ!

クルクル、クルクル、と、右へ左へ 、空回(からまわ)り』

とミラは高笑いしながら、唄(うた)うように告げた。

さらに、テハネスの放ったレーザーがミラを襲い、次なる

魔弾群(ぐん)が、とうとう-ミラに直撃した。

 亜空間の内部にて、大きな爆発が次々と巻き起こった。

 煙が晴れると、ミラは、かろうじて立っている状態だった。

テハネス『終わりね・・・・・・』

 そして、テハネスは右手をミラに向けた。

 それに対し、血まみれのミラは狂ったようにニヤリと笑った。

 うつむくミラの雰囲気が変化した事にテハネスは気付いた。

テハネス(何?悪寒(おかん)が・・・・・・)

 すると、ミラは俯(うつむ)きながら、言葉を紡(つむ)いだ。

ミラ『赤い月・・・・・・白い闇・・・・・・此方(こなた)、彼方(かなた)・・・・・・。本当は

   辛い・・・・・・。辛い・・・・・・辛い・・・・・・。生きとし生ける-

   その者達を愛そう・・・・・・・。愛そう・・・・・・。愛そう』

 と、ミラは口ずさむように、告げるのだった。

テハネス『お前は誰だ・・・・・・?』

 とテハネスは恐る恐るミラに尋(たず)ねた。

 すると、ミラは俯(うつむ)いたままに、わずかに顔を上げた。

 テハネスはミラの背後に異様な霊気を感じた。

 そこには見えない女神が存在していた。

ミラ『そなた・・・・・・そなた・・・・・・人の子よ。愛(いと)しき我が子よ。

   星・・・・・・。忘(わす)るなかれ・・・・・・。忘るなかれ。全てが反転

   する時、そなた等(ら)は杭(くい)として、我が内なる情動(じょうどう)を抑える

   聖職(せいしょく)を果たすのだ・・・・・・』

 とのミラの言葉はテハネスの脳裏に直接、響いた。

テハネス(ッ、何て強力な念話・・・・・・。まずい、憑依(ひょうい)系-能力者

     だったかッ。いや、違う・・・・・・)

テハネス『神(かみ)憑(つ)き・・・・・・』

 とテハネスは言葉にした。

 それに対し、ミラは口が裂けそうな程の無言の笑みを見せた。

テハネス(神憑き-だろうと何だろうと、勝つ自信はあるけど、

     神の力を暴走されて自爆されたら、こっちの命も

     危ない。ツヴァイみたいな目は、ごめんよ。

仕方ない。ここらが潮時(しおどき)ね・・・・・・)

 そして、テハネスは指を鳴らすと、亜空間は消えていった。

 元の空間に戻った二人は対峙(たいじ)していた。

 テハネスは一刻も早く、立ち去りたかったが、今、背を向けるわけには-いかなかった。

 すると、サイレンの音が研究所の方から、強く響いた。

テハネス『研究所・・・・・・。貴方(あなた)の相手は出来なくなったわ』

 すると、ミラの雰囲気が元に戻った。

ミラ『・・・・・・ええ。また、遊びましょうね』

 と、ミラは血まみれで微笑みながら、答えた。

テハネス『誰が・・・・・・・』

 そして、テハネスは一瞬で立ち去っていった。

 それをしばらく、ミラは見つめていた。

 すると、研究所から爆発が起き、火の手が上がった。

ミラ「あらあら・・・・・・。ラース-ベルゼの人も大変ね・・・・・・」

 そう言って、ミラは壁に空いた穴から、子供達の元へ、戻って行った。


 ・・・・・・・・・・

 レナとガイルと子供達は中庭のような場所に出ていた。

 あたりでは怒号が響き、銃の乱射音が耳についた。

レナ「ど、どうすれば・・・・・・」

ガイル「レ、レナさんッ。まずいですよッ。囲まれてます」

レナ「え?ああ・・・・・・。闇・・・・・・闇が私達を包囲している」

 と、レナは呟(つぶや)いた。

 上空から見れば、レナ達は完全に白い闇の包囲網の中に

あった。ただし、その包囲網は広く、レナ達に行動の余地は

残されていた。

ガイル「ど、どうにか建物の上へ・・・・・・」

レナ「待って・・・・・・あれ・・・・・・」

 そう言って、レナは時計台を見つめた。

 その上には兵士達が必死に昇っていた。

 そして、全員が上がりきれずに、落ちていくのだった。

レナ「・・・・・・ああッ。捕らわれたレジスタンスの人達は?」

ガイル「む、無理ですよ、この状況下では。私達の方が死に

そうなくらいです。ともかく、あのジャングル・ジムに上りましょう」

 と、飾りのジャングル・ジムの方を示しながら言った。

レナ「・・・・・・・はい。みんな、行くわよ」

子供達「はい・・・・・・」

 そして、レナ達はジャングル・ジムへと上っていった。


 ・・・・・・・・・・

 逮捕されていたレジスタンス達はまだ服を着たまま、全員、ガス室に閉じ込められていた。

兵士「いいかッ。騒ぎが収まるまで、貴様等は-ここで待機して

   いるのだぞッ」

 と、外から叫んだ。

 それに対し、レジスタンス達は首をかしげた。

男A「なぁ、俺達って、どうなるんだ?」

男B「さぁなぁ。『騒ぎ』とやらが終われば、殺されるんじゃないのか?」

男A「やってられないなぁ。ていうか、ここで既(すで)に、同胞が

   殺されてるのか?」

男C「かもな・・・・・・」

 そして、男達は黙祷(もくとう)を捧げた。

 すると、ガス室の外が騒がしくなって来た。

男A「何だ?」

 見れば、白い何かが、外の扉から侵入しているようだった。

 ラース兵や研究者は必死に対処してるも、すぐに白い闇に、飲み込まれていった。

 それをレジスタンス達はガラス越(ご)しに、ポカンと眺(なが)めていたのだった。

男A「なぁ・・・・・・何が起きてるんだ?」

男B「向こうが自滅したんじゃないのか?」

男C「だとしたら、ここがガス室で逆に助かったな」

 そして、男達は頷(うなず)いた。

 すると、ガラスの外で、機械が軽く爆発した。

男A「おいッ、ヒビとか入ってないよな?」

男C「あっ、ああ。大丈夫みたいだ」

男B「いや・・・・・・やばいかもしれない。見ろ」

 そう言って、男Bはダクトを示した。

 ダクトには亀裂が入り、そこから白い闇が入って来るようだった。

男A「なぁ・・・・・・あんまり考えたくないんだが・・・・・・、あれって、ひょっとして、この中に通じてるのか?」

男B「恐らくな・・・・・・」

男C「おいッ、やばいじゃないか!今、俺達は抑制石を首に

   付けられて、能力が使えないんだぞッ!」

男A「い、祈るしかないのか?」

 すると、男Aが吹っ飛ばされた。

男A「痛い・・・・・・」

 そこには-女性と見まごうばかりの中性的な男?が居た。

男?「何やってるの!諦めてるんじゃないわよ!」

 と、そのオネエが言うのだった。

男A「ク、クレイの兄貴・・・・・・」

 すると、クレイは再び、男Aを蹴り飛ばした。

クレイ「兄貴と呼ぶなって言ってるでしょ?」

 と、冷たく告げた。

男A「は、はい。姉御(あねご)ッ」

 と、男Aは訂正した。

クレイ「よし。あんた達、服を脱(ぬ)ぎなさい」

男A「ええッ。姉御、俺、そっちの趣味ないんですけど」

クレイ「馬鹿ッ、服を通気口の中に詰めろって事よ!」

 それを聞いて、男Aはホッとした。

男B「ですが、姉御、通気口は結構、高い位置にあるんですが」

クレイ「肩車でも何でもしなさいッ。早く」

男達「へ、へい」

 そして、男達は肩車をして、何とか、通気口へと手を伸ばした。それから、フタを外して、服を詰め込んでいくのだった。

男A「ラース-ベルゼの管理が適当で助かったぜ」

男B「よし、閉めるぞ」

 そして、フタを再び閉めるのだった。

男C「あッ」

 すると、男Cは安堵(あんど)で、足を滑(すべ)らした。

男達「アアアアアッ」

 そして、半裸の男達が崩れ落ちるのだった。

クレイ「何やってるのよ・・・・・・」

 と、呆(あき)れたように呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

兵士「炎だッ、この白いの-には炎が効くぞッ」

 と言って、燃えた木材を兵士は白い闇に向けた。

 すると、闇は一瞬、ひるんで兵士から遠ざかった。

 それを見て、他の兵士や研究者は次々と、炎を焚(た)き出した。

ガイル「な・・・・・・何やってんだ・・・・・・。あいつら」

 とジャングル・ジムの上で、ガイルは呟(つぶや)いた。

 その下は完全に白い闇に覆われており、絶対絶命であった。

一方、見れば-あちこちで火事が起き、兵士達は炎に包まれていった。

時計台からも炎があがっていた。

 そこからは次々と兵士達が炎から逃れるために、破れかぶれで身を投げていった。

レナ「ひどい・・・・・・」

 すると、ヘリの音が上空から聞こえた。

 生き残っている兵士達は、ヘリに向かって、懸命(けんめい)に手を振った。

 しかし、次の瞬間、白い闇は-いきなり上空に伸びて、ヘリを

掴(つか)み-引きずり込んだ。

ガイル「え?あんな動きも出来るのか?あれだったら、俺達も

    一瞬で引きずり下ろせるのに」

 と、ガイルは呟(つぶや)いた。

レナ「もしかしたら、自動制御系の術式なのかもしれません」

ガイル「と言いますと?」

レナ「あまりにも、術式が巨大な場合、術者の制御が困難と

   なりますから、プログラムを組んで、自動に動くように

   するんです。そうしないと、魔導制御が-おろそかになって-しまいますから。恐らく、飛んでいるモノに対し、

   自動的に攻撃する仕組みなのでは-ないでしょうか?」

ガイル「なるほど。っていうか、これも術式だったんですね」

レナ「たぶん・・・・・・」

 すると、子供達が騒(さわ)ぎ出した。

子供A「だんだん、上にあがって来てる。何とか-してよッ」

ガイル「何とかって・・・・・・」

子供B「何だよッ、使えないなッ」

ガイル「なんだとッ、このガキッ!」

レナ「や、やめて下さい。こんな時に、ケンカは。それより

   私が何とか-してみます」

ガイル「ど、どうやって?」

 答える代わりに、レナは詠唱を行(おこな)った。

 すると、ジャングル・ジムを上ろうとしている白い闇が

昇(のぼ)れなくなった。

ガイル「何の魔法ですか?」

レナ「・・・・・・ツルツルの魔法です。物をツルツルさせる魔法

   です。私達が居る所より下に、かけときました」

ガイル「なるほど、助かりました・・・・・・。しかし、そんな魔法

    あったんですね」

レナ「うう・・・・・・。魔法を習っている時に、間違って使った際(さい)  に出来たんです」

ガイル「ええッ?レナさんが作ったんですか?」

レナ「はい・・・・・・」

 とレナは恥ずかしそうに答えた。


 ・・・・・・・・・・

 天井の通気口の部分からは、白い闇がポタポタと-たれ始めていた。

男A「姉御ッ、ど、どうすればッ」

クレイ「ええい。ツバでも、かけときなさい」

男A「ええッ?」

 ともかく、男達は少し離れた位置から、ツバを白い闇に向かって吐いていった。

男B「おいッ、こっちに飛ばすなッ」

男C「す、すまん・・・・・・」

 しかし、当然、何の効果も無かった。

男A「あ、姉御。これって何の意味が・・・・・・」

クレイ「・・・・・・知らないわよッ、そんなのッ」

 と逆ギレする始末だった。

クレイ「でも・・・・・・白くてドロドロって・・・・・・エロい-わね」

男A「こんな時に何言ってるんすかッ!」

 と叫ぶのだった。


 ・・・・・・・・・・

 人食いのレベル7、テハネスは-異様な光景を建物の上から

眺(なが)めていた。


テハネス(これは・・・・・・まずいわね。でも、まぁ、やるだけ

     やるしか無いわね)

 そして、テハネスは大量の魔弾を白い闇に向かって放って

いくのだった。

 すると、白い闇は一気にテハネスに反応してきた。

 テハネスは次々と跳躍(ちょうやく)して、闇の追撃をかわしていった。

テハネス「ハハッ!」

 と嬉しそうに叫びながら、テハネスは建物の上を駆けて行くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 レナ達はジャングル・ジムの上で困り果てていた。

レナ「朝日が差し込めば、少しは闇も弱るんでしょうけど」

ガイル「もう、朝になってもいい時間なのにッ」

レナ「暗雲が立ちこめているんです。光を遮(さえぎ)ってる・・・・・・」

 すると、遠くに船が白い闇の上を浮かんで居た。

 船はレナ達の方へとやって来ていた。

ガイル「な・・・・・・公園とかの遊具の船ですよね?あれ?」

レナ「みたいですね・・・・・・」

 すると、船の上に一人の男が居るのが分かった。

ガイル「ああッ」

 とガイルは突然、叫んだ。

 すると、男も顔をこわばらせた。

男「お前達ッ。生きていたのかッ。侵入者めッ」

レナ「えっと・・・・・・あッ、あの時、博士の部屋から逃げていった人ですね」

男「うるさいッ、戦略的-撤退だ」

ガイル「嘘つけ・・・・・・」

男「何だとッ。クソッ、殺してやるッ!」

 そう言って、男は船の上から銃を構えた。

 すると、子供達が怯(おび)えた風(ふう)に悲鳴を上げた。

男「・・・・・・待て。何だ?その子供達は」

レナ「ドルン博士のお孫さんで、ご両親を白い闇に飲まれてしまった子達です」

男「・・・・・・どうして、置いて逃げない?子供なんて足手まとい

  だろう?」

レナ「そんな事、出来るわけないじゃないですか・・・・・・。私は

   ・・・・・・私は確かに人を見捨てた事があります。でもッ、

   本当は誰も見捨てたくないんですッ」

 とレナは叫んだ。

男「それが・・・・・・敵の子供でもか?」

レナ「はい・・・・・・子供に罪は無いですから」

男「・・・・・・もういい。事態が事態だ。今は何もする気になれん」

 そう言って、男は銃を下げた。

レナ「ありがとうございます。よければ、こっちに移りませんか?その船、すごく揺れてますし」

ガイル「ええ?」

レナ「大丈夫ですから」

男「・・・・・・必要ない・・・・・・」

 すると、何かヒビが入る音がした。

男「ん?」

 すると、船底に亀裂(きれつ)が入り、下から闇が浸透(しんとう)してきた。

男「ああッ・・・・・・」

レナ「早く、こちらへ」

男「だ、だが・・・・・・」

ガイル「ええいッ。死にたいのか?」

 そう言って、ガイルは手を差し伸べた。

男「・・・・・・すまん」

 そう素(そ)っ気(け)なく言って、男はガイルの手を掴(つか)んだ。

 そして、男は一気にジャングル・ジムの上に昇(のぼ)った。

 それと共に、船の一部が白い闇に落ち、次の瞬間、白い闇は

水柱の如(ごと)くに-船を飲み込み、一気に戻っていった。

子供達「キャーーーーッ!」

と、子供達は悲鳴をあげた。

 男やガイルやレナも冷や汗をかいていた。

ガイル「か・・・・・・・間一髪(かんいっぱつ)だったな・・・・・・」

男「ああ・・・・・・」

 男は体を震わせながら答えるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 白い闇は渦巻き、テハネスを襲っていた。

 それをテハネスは召喚した両刀で切断していった。

 さらに、次々とレーザーを放ち、魔弾を放っていった。

 周囲は、その魔力の輝きで、多彩な色で照らされていた。

テハネス「ハッ!」

 そして、巨大な魔弾の爆発が白い闇を滅ぼしていった。

テハネス「どんなもんよ」

 と、テハネスは誇らしげに呟(つぶや)くのだった。

 すると、闇の一部が人型と化した。

 それはアポリスだった。

アポリス『テハネス・・・・・・私は-じきに去る。今、君と不必要に

     戦うつもりは無い」

テハネス『これは、これは。アポリス大佐ッ、へぇ、貴方が

     裏切るのですか。ハハッ、これはいい。私、前から

     貴方と殺し合いたかったんですよッ』

 そう言って、テハネスは魔力を高めた。

アポリス『ほう・・・・・・畏(おそ)れを抱(だ)かないか・・・・・・』

 と、アポリスは暗い殺気を振りまきながら呟(つぶや)いた。

テハネス『残念ですがね、私、ついさっき、貴方より-ずっと

     怖(おそ)ろしい奴と会ってきたんですよ。だから、私を

     脅しても無駄ですよ」

アポリス『ほう・・・・・・それは興味深(ぶか)い』

テハネス『ハハッ。これから死ぬ奴が・・・・・・興味を抱かなくて

     いいですからッ』

 と叫び、大量の魔弾をテハネスは放っていった。


 ・・・・・・・・・・・

 ガス室の中は白い闇が徐々(じょじょ)に集まり出していた。

男A「姉御(あねご)ッ、どうすればッ!俺、死にたくないですッ!」

 と男Aは半泣きで叫んだ。

クレイ「うるさいッ、私だって、憧れのレオ・レグルス様を生(なま)で一目(ひとめ)見るまでは死ねないのよッ」

 と、叫び返した。

男C「あああ、来ないでくれッ」

 と言って、ズボンで白い闇を押し返していた。

クレイ(でも、本当にマズイわね。何か出口は・・・・・・。ああ、

    ポムちゃん。ママも、そっちに行く事になりそうよ)

 と、クレイは、かつて亡くなった愛犬の事を思った。

 すると、犬の鳴き声が聞こえた気がした。

クレイ「今の鳴き声ッ、ポムちゃん?」

 そして、振り返ると、茶色い影が床に消えていった。

クレイ「ポムちゃんッ」

 と言って、クレイは床を這(は)いずった。

男A「姉御ッ、しっかりして下さいッ」

クレイ「うるさいわねッ、今、ポムちゃんが確かに・・・・・・」

 すると、クレイは何か違和感に気付いた。

クレイ(嘘・・・・・・これって)

 そして、クレイは床のタイルを剥(は)がした。

男B「ちょッ。何ですか、それ?」

クレイ「分からないわよッ」

男C「待って下さい。これ、排水溝(はいすいこう)じゃないですか?」

 タイルの下には巨大な排水溝があった。

 それは殺処分の際に出る糞尿(ふんにょう)を洗い流す際(さい)の設備だった。

 ラース-ベルゼの兵士は、処刑の際に人が逃げ出せないように、

タイルで偽装(ぎそう)していたのだった。

男A「これって、下に行けるんじゃ」

クレイ「よし、開けなさいッ、急いでッ」

男達「了解ッ」

 そして、男達は必死に排水溝のフタを取った。

男A「姉御ッ、これ、これッ、いけますよ、これッ」

男B「信じられない・・・・・・」

男C「早く中に入りましょう」

クレイ「ええ。ただ、白いの-が追って来れないように、服を

上に敷(し)くわ。残りの服を全て脱ぎなさい」

男達「了解」

 そして、男達とクレイは全裸になった。

クレイ「あんた達は先に行きなさい」

男達「了解」

 そして、男達は先に排水溝の中へと入っていった。

 クレイは、排水溝のフタとタイルの間に上手く服を挟(はさ)んで、そして、中に入り込(こ)むと同時に、フタをした。

 クレイは男達の上に落っこちてきた。

男A「いてッ」

クレイ「さぁ、行くわよッ」

男達「了解」

 そして、4人は下水を進んで行くのだった。

クレイ(ポムちゃん。ありがとうね・・・・・・助けてくれたのよね)

 と、クレイは思い、一瞬、振り返った。

 すると、犬や猫達の霊体が目に映った。

 彼等は殺処分された犬猫の魂だった。

 その先頭にポムが立って、尻尾(しっぽ)を振っていた。

 ポムは殺処分されたわけでは無いが、彼等のリーダーになっていたのだった。その後ろではポムの父と兄達が見守っていた。

 ポムの父と兄たちは、ここで殺処分されたのだった。

ポム『ママ。あんがと。早く、行って・・・・・・』

 とのポムの言葉が、確かに聞こえた。

 すると、いつしか-ポム達の姿は消えていた。

クレイ(ポムちゃん。愛してるわよッ)

そして、クレイは涙を拭(ぬぐ)いながら、頷(うなず)き、前を進むのだった。


 ・・・・・・・・・・

 テハネスは狂気の笑みを浮かべながら、アポリスに接近し、

ゼロ距離で最大級の魔弾を放っていった。

 そして、アポリスの体は爆発していった。

テハネス「ッッッッッ!」

 爆発した際のアポリスの波動により、テハネスの腕は深く

傷ついていた。

テハネス「チッ、逃げられたか・・・・・・」

 と、傷ついた手をかばいながら、テハネスは呟(つぶや)いた。

 次の瞬間、周囲を-膨張(ぼうちょう)した白い闇が一気に、包んでいった。

 あまりの事にテハネスの対処しようがなく、闇に飲まれていった。


 ・・・・・・・・・・

 白い闇は突如(とつじょ)として、暴走し出した。

レナ達がいる区域でも、次々と水柱のごとくに闇は噴き出していった。

レナ「結界を張ります」

 そして、レナは下側に結界を張った。

 しかし、次の瞬間、闇は結界を突き破り、レナ達を飲み込(こ)んでいった。


 ・・・・・・・・・・

 下水の後ろから急に、白い闇が噴き出してきて、クレイ達の

体は闇に飲まれていった。

 クレイの意識は深い白に包まれていた。


 それは子犬の視点だった。

 子犬は父親と兄達と公園で暮らしていた。

 冬の寒さは厳しく、辛かったが、子犬の一家は何とか生きていた。

 しかし、保健所の職員が彼等を捕まえに来たのだった。

 それは子犬の兄が人を噛(か)んでしまったからだった。

 子犬の父と兄達は捕まったが、子犬だけは父や兄達に-かばわれて、逃げる事が出来た。

 しかし、逃げ延びる事が出来たモノの、子犬には生きるスベが無かった。

 そして、空腹と寒さで身を震わせながら、子犬は電柱の下に

力(ちから)無(な)く座り込んだ。

 そして、降りしきる雪の中、子犬は意識が薄れていくのを

感じた。

 その時、傘(かさ)を持った人が子犬を優しく抱(だ)きかかえたのだった。

 子犬は、その人と一緒に暮らすようになった。

 その人の名前はクレイと言った。

 クレイは男だったが女のようにも見えた。

 子犬は、いつしかクレイを母のように慕(した)っていた。

クレイ「あんただけよ・・・・・・。私の事、変に思わないで居て

    くれるのは」

 そう言って、クレイは子犬を撫でたモノだった。


しかし、時が過ぎ、子犬は成長し、歳をとり、年老いて

いた。

クレイ「ポムッ、ポムッ、いやよ、私を置いていかないでッ。

    私を一人にしないでッ」

 とクレイは衰弱(すいじゃく)するポムに向かって泣き叫んだ。

 だが、祈り虚(むな)しく、ポムは降りしきる雪の日に、クレイの旨に抱かれて、天に召(め)されていったのだった。


 クレイ達の意識は白い闇で消えそうになった。

 しかし、ポムの霊体がクレイ達の周囲を結界で優しく包(つつ)んだ。

アポリス『下等な動物霊ごときがッ、邪魔をするなッ』 

 とアポリスの分身は言い、闇の波動を放ってきた。

 そして、結界はヒビ割れて-いくのだった。

ポム「ガウッ」

 と吠えるも、結界は砕けていくのだった。

 そして、闇がポムを襲おうとした。

ポム「キャンッ」

クレイ「ポムッ!」

 クレイは意識を取り戻し、ポムをかばって、闇を受けた。

 そして、クレイとポムは波動を受け続けた。

ポム『クゥゥン・・・・・・』

クレイ(誰か・・・・・・誰か・・・・・・誰でもいいッ、助けてッ!)

 とクレイは叫んだ。


 ・・・・・・・・・・

 レナの意識は狂気の中にあった。

 様々な悲鳴が木霊(こだま)していた。

 そして、声が聞こえた。


『レムッ、レムッ、どうして?どうしてなの?貴方(あなた)を信じていたのにッ、どうしてッ』

 と、やせこけた女性がレナに向かって叫んだ。

『姫様・・・・・・私、私は・・・・・・』

 レナは、かつての主人の目を直視できなかった。


 戦場ではレナの息子と、姫の息子の率いる軍が殺し合っていた。

『ああ・・・・・・私のせいだ・・・・・・。私の・・・・・・。どうすれば?

 光神メロアよ。お助け下さい』

 すると、場面が切り替わった。

『そうやって、神や超越的な存在にすがって、自分で何とか

 しようとしないなんて・・・・・・最悪よ』

 と女皇帝は告げた。


 年老いたレナは-とぼとぼと歩いていた。

『偉大なる教えがあるらしい。ミロクという方(かた)の説かれた教えだそうだ』

 と人々が語り合っているのが聞こえた。

『善(よ)い哉(かな)。善男子、善女人よ。人には5つの感覚がある。聴覚、

 視覚、触覚、臭覚、味覚の五(ご)識(しき)が。そして、この五識を束(たば)ねる意識、それこそが、第六識なのだ』

『悪魔は五識へ巧(たく)みに働きかけ、人の第六識を悪に向かわそうとする。かつて、私が成道(じょうどう)をなそうとした時、三人の魔女が私を-たぶらかそうと-したように』

 と、ミロクは語った。

『しかし、それらは美しき器(うつわ)に盛られた毒なのだ。いかに、

 美しく見え、かぐわしい香りがし、甘くまろやかな味わいがしようとも、それは毒なのだ。まどわされては-ならない』

 と言って、ミロクは言葉を区切(くぎ)った。

『真に恐(おそ)るべき邪教とは光を模(も)すモノだ。天使や神のフリをする事で、善良な人々をまどわしていくのだ。しかし、その

実態は歪(いびつ)であり、汚れきっている』

『彼等は欲にまみれ、悪口(あっく)をなし、人を呪い、地位・名誉に

固執し、政治に介入しようとする。

 五戒に反した行いを正当化しようとする。

 人を殺そうとし、人のモノを盗もうとし、平気で嘘を付き、

 不義(ふぎ)密通(みっつう)を行い、酒や薬に溺(おぼ)れる。

 しかし、どれほど理屈をこねようとも、彼等の行いは許されるモノではない』

 と、ミロクは言い切った。

『しかし、彼等は何故、墜(お)ちるのか。墜ちてしまうのか。その

 答えに、意識がある。第六識が、人の思念とも言うべきモノ

 である事は述べたが、そのさらに深い意識に第七識、第八識

 がある』

『第七識とは我欲(がよく)の識(しき)であり、悪魔は-ここに働きかけてくる。この第七識をマナ識と言う。そして、第八識こそが、

 人の心を善に向かわせる働きを持つ識(しき)なのだ。この第八識を

 アラヤ識と呼ぶ』

『だが、識にはさらなる奥があり、それこそ第九識なのだ。

 これこそ、人の心の根源とも言うべき場であり、善なる心の

 中心なのだ。これを仏性と言っても差(さ)し支(つか)えないだろう。

 そして、この第九識をアンマラ識と呼ぶのだ』

 さらに、ミロクは続けた。

『私達の意識は独立しているわけではない。第七識では、他の

 意識が介入しうる。故に、個我の識(しき)でありながら、集団の識(しき)

 でもあるという矛盾をはらんだ識(しき)でもあるのだ』

『また、第八識では、過去無量の記憶が保管されており、

 前世の記憶、先祖の記憶などが入り交(ま)じっている。

 さらに、第九識とは、すなわち仏性であり、ここに彼我(ひが)の

 区別は無い』

 そこまで言い、ミロクは意味ありげに沈黙した。

『悪魔は第七識をまどわし、神は第八識に作用し、如来(にょらい)は

 第九識を導く。こうしてみると、第七識こそ諸悪の根源

 に聞こえるだろう。それは間違いでは無い。

我(が)を捨て、全てを受け入れ感謝していった時、常楽我常への道が開かれ るだろう。故に、第七識をいかに越えていくか、というのが修行の要点にもなり得る』

『しかし、人は・・・・・・人である限り、第七識を捨てきる事は

 出来ない。全てを捨てきるのは理想である。だが、それは

 容易(ようい)ではない。

 ならば、残ってしまった個我は、どうすべきか?

 そこに、人の法がある。

 それこそが人に残された、いや、人にしか成(な)せない領域で

 あり、永遠の課題なのだ』

『その領域では涅槃(ねはん)の教えに一見(いっけん)-反した行いが正しい事もある。

 誰かを守るために、人を殺(あや)めねばならない事もあるだろう。

 それは、あまりに深い悲しみと痛みに包まれた領域だ。

 だが、その道をあえて、進むモノも居るのだ。

 その者は闇に見える事もあるだろう。

 しかし、それは闇では無い。白き闇が光に見えるように、

 闇に見える-その者は黒き光なのだ。

 黒き光を纏(まと)いし-その者は・・・・・・その者の名は・・・・・・』


 そして、レナの魂は涙した。

レナ『・・・・・・シャイン・・・・・・シルヴィス・シャイン。

   それが現世での-あの人の名・・・・・・』

 次の瞬間、光がレナを包(つつ)んだ。


『呼んでいる・・・・・・誰かが私を呼んでいる・・・・・・』

 眠りについているシャインの意識は、暗闇の中にあった。

 すると、シャインの元に犬と猫達が駆け寄ってきた。

シャイン『私に行(ゆ)けと言うの?』

 とのシャインの言葉に、犬と猫達は頷(うなず)いた。

 そして、シャインと犬、猫達は暗闇を駆けて行った。

 すると、前方に扉が見えた。

 シャインは迷わず、その扉の奥へと飛び込んだ。


 レナは白い闇の中で意識を取り戻していた。

レナ(苦しいッ、苦しいッ・・・・・・やだ、やだッ、死にたくない

   よぅ、スヴェンッ)

 とレナは涙混じりに想った。

 次の瞬間、上空に扉が開いた。

 そして、そこから一人の女性と犬、猫達が降ってきた。

 さらに、女性の体から黒い光のオーラが放たれていった。

 それを受け、白い闇は絶叫をあげて、消滅していった。

 その黒い光はレナにも降り注いだ。

レナ『温かい・・・・・・。これが黒い光・・・・・・』

 とレナは涙しながら言った。

 見れば、ガイル達も意識を取り戻していた。

ガイル『あれッ、俺は・・・・・・』

一方、子供達は事情が分からず、キョトンとしていた。

 すると、犬達が吠(ほ)えた。

シャイン『こっちねッ』

 そして、シャインは犬達に導かれ、一瞬で駆けて行った。

レナ『行ってしまった・・・・・・。まるで、黒い閃光のよう・・・・・・』

 と、レナは涙を拭(ぬぐ)いながら言うのであった。


 シャインは次々と白い闇を切り裂きながら、先を進んだ。

 そして、アポリスの本体を視認した。

 アポリスは嬉しそうに、白い闇の波動を放ってきた。

 シャインは黒い刀を召喚し、それを防(ふせ)いだ。

 さらに、シャインはアポリスに迫り、刀を振り下ろした。

アポリス『ハハッ、相変(あいか)わらずの-うっとうしさですね』

 とアポリスは結界の盾で防(ふせ)ぎながら言った。

シャイン『私は-お前を知らない』

 と、シャインは冷たく言い放った。

アポリス『なら、思い出させてあげましょうか?』

 次の瞬間、アポリスの周囲を白い闇が蠢(うごめ)き、鎧と剣と盾を

形成した。

 しかし、その隙にシャインはアポリスの背後に移動しており、

刀を横に薙(な)ぐのだった。

 アポリスの白い盾とシャインの黒い刀がぶつかりあい、歪(ゆが)んだ共鳴音が木霊(こだま)していった。

 一方、アポリスは剣でシャインを突こうとした。

 シャインは-それを体をひねる事で華麗にかわし、すれ違い

ざまにアポリスの左(ひだり)腹部を裂(さ)いた。

 アポリスの腹部からは白い闇が流出していった。

 それを受け、激昂(げっこう)したアポリスはシャインに魔弾で猛攻(もうこう)を

仕掛(しか)けた。

 しかし、シャインは高速で移動しながら、アポリスの魔弾を避けていった。

 アポリスもシャインを追い、魔力を全開にし-高速で移動していくのだった。

 それは-あたかも白き炎が黒き流星を追うようだった。

 その様子をクレイは子犬の姿のポムを抱きかかえながら、

眺(なが)めるのだった。

クレイ(ああ・・・・・・私は知ってる。彼女を知ってる。遠い昔

    から。そうだ、あの人は、あの方(かた)は・・・・・・黒の女皇帝

    にして、解放者。冠(かんむり)なき王・・・・・・。異形なるモノも

    異質なるモノも、全てを受け入れてくた、王の中の王。

    しかし、あの方は闇に決して容赦(ようしゃ)しなかった。どれ程(ほど)、

    傷つき、痛み、誹謗(ひぼう)され-呪われようとも。シャイン、

    シルヴィス・シャイン。それが、現世での名。

    あの方は帰って来た。帰って来られたんだ、この星に。

    この世界に・・・・・・)

 と、クレイは涙しながら、思うのだった。

 シャインの力は凄(すさ)まじく、亜空間は黒い光に埋め尽くされつつあった。

 すると、アポリスが立ち止まった。

アポリス『シャインよ・・・・・・。シルヴィス・シャインよ。お互いに、ここまでにしておくのはどうか?お前も私も

     あまり、霊体を消費しない方が良いのでは無いか?

     お前には使命があるのだろう?それを果たす前に、

     私と消耗戦を繰り広げてどうする?さぁ、帰るが

     いい。かつての女皇帝よ。己(おの)が夢の世界へと』

 とのアポリスの言葉にシャインはフッと笑った。

シャイン『私は悪魔には容赦(ようしゃ)しないタチなの。そして、悪魔を

     殺すコツは・・・・・・殺せる時に殺しておく事よ。奴等は放っておけば、繁殖するからね。害虫のように』

アポリス『害虫・・・・・・ッ、私はッ、神だッ、邪神であり、光神

     でありッ、それを愚かな人間ごときがッ』

 と叫び、アポリスは巨大化した。

 シャインは無言で魔力を刀に込(こ)めた。

 一方、アポリスは巨大な魔弾を作り上げようとしていた。

 しかし、シャインはアポリスの方を見もしないで、刀に

ひたすらに力を注いだ。

 その黒い刀は次第(しだい)に、鈴のような音を発し始めていた。

 その音の間隔は段々(だんだん)と早まっていき、世界は鳴動(めいどう)を始めていた。

 それを見て、アポリスは耐えられなくなったように、魔弾を

放った。

 次の瞬間、世界は切断された。そして、

 魔弾と巨大なアポリスの体ごと、一振(ひとふ)りで亜空間は両断されていた。

 悪魔達の悲鳴が響く中、アポリスの巨大な霊体は崩れていった。

 すると、犬や猫達がシャインに向かって頭を下げた。

シャイン「気にしないで。じゃあね」

そして、シャインの姿は消えていった。

 あたりには光が満ちて、クレイの意識も物理世界へと戻ろうとしていた。

 すると、子犬のポムの父と兄達がクレイの元にやって来た。

 そして、彼等はクレイに対し、頭を下げた。

ポム『ばいばい・・・・・・クレイ・ママ、大好き』

 クレイは返事をしようとしたが、その暇(ひま)も無く、意識は光に

包まれていった。


 ・・・・・・・・・・

 辺りには、いつの間にか朝日が差し込んでいた。

 全ては夢だったかのように、白い闇の姿は無かった。

 朝の冷気が包(つつ)む中、人々は目を覚ましていた。

レナ「・・・・・・私・・・・・・生きてる?」

ガイル「ハッ。あれ?何か、夢を見ていたような?あれ?

    白いのは?」

 すると、ラース兵士の男が頭をジャングル・ジムに打ち付けて目を覚ました。

男「・・・・・・いてて・・・・・・。俺は・・・・・・生きているのか?」

 男は陽を仰(あお)いで言った。

 一方、子供達はジャングル・ジムの上で、器用にスヤスヤと眠っていた。

ガイル「のんきなモンだぜ」

 と、ガイルは呟いた。

レナ「みんな、起きて」

 すると、子供達は目を覚ました。

 すると、一人の少年がバランスを崩して、落ちそうになった。

少年「わぁぁぁぁッ」

レナ「大変」

 次の瞬間、レナは結界を張って、少年を受け止めた。

ガイル「ふぅ。無事そうだな」

 そう言って、ガイルは少年を抱き起こした。

 そんな-やり取りを男は黙って見ていた。

男「お前達、これからどうするつもりだ?」

 と、男は言った。

レナ「あっ、ガイルさん、早く逃げないと」

ガイル「え?ああ、そうでした」

男「お前ら・・・・・・」

レナ「兵士さん、見逃してくれませんか?」

男「出来ると思うのか?」

ガイル「じゃあ、やんのか?」

男「はぁ・・・・・・早く行け。子供達は俺が預(あず)かるから。今回だけだ、見(み)逃(の  が)すのは。子供の前で『殺(ころ)し』は、したくない」

レナ「あ、ありがとうございます。ほら、ガイルさんも-お礼を」

ガイル「あ、ありがとう・・・・・・」

 と、ガイルも-ぎこちなく頭を下げた。

男「よせ・・・・・・。俺は-お前達を許してない。トタケ、俺の

  同僚も間接的に-お前達のせいで死んでるだろうからな」

レナ「あ・・・・・・。ごめんなさい」

 レナは自分が気絶させた兵士の事を思いだしていた。

ガイル「す、すまん・・・・・・」

男「だぁぁッ、謝るなッ。これは戦争だ。仕方ないだろ。

  覚悟はしてたさ。虐殺に荷担(かたん)した段階で。ラース-ベルゼも終わりだ。  これから、もっと多くの数え切れない程の同志が死んでいくだろう。

  だが・・・・・・それでも、戦うしかないんだ。もう一度、言う。次会った時は容赦  (ようしゃ)しない」

 と、男は告げた。

レナ「はい・・・・・・。行きましょう、ガイルさん」

ガイル「は、はい」

 そして、ガイルとレナはジャングル・ジムを降りた。

 すると、子供達の一人が話しかけてきた。

少女「お姉ちゃん達・・・・・・行っちゃうの?」

レナ「うん。ごめんね。お姉ちゃん達、もう行かなきゃいけないの。でも、そこの兵隊さん-が後の面倒を見てくれる

から。ちゃんと、言う事、聞くのよ」

 とのレナの言葉に子供達は頷(うなず)いた。

少女「じゃあね・・・・・・お姉ちゃん達」

少年「じゃあな、お姉ちゃん、それに、女装(じょそう)のオッサン」

ガイル「お、俺は好きで-この格好してるワケじゃ・・・・・・。

    そ、それにオッサンでも無くて・・・・・・」

レナ「じゃあね、みんな。縁(えん)があったら、また会いましょうね」

ガイル「じゃあな」

 と二人は別れの言葉を言った。

そして、レナは手を軽く振った。

 それに対し、子供達も手を振り返した。

そして、レナとガイルは、走って行こうとした。

男「待てッ」

 と叫んだ。

レナ「な、何か?」

男「俺のッ、俺の名は、ノイス・ハレイン。それが俺の名だ。

  ・・・・・・それだけだ。お前達の名は言わなくていい」

 と、ノイスは告げた。

レナ「ノイスさん。では」

 そう言って、レナは手を振り、去って行った。

 ガイルは頭を軽く下げて、レナを追った。

ノイス「やれやれ・・・・・・俺も甘くなったモンだな・・・・・・。

    よし、ガキ共。まずは、ここを降りるぞ。落ちない

    ように気をつけろ」

子供達「はーい」

 そして、ノイスと子供達はジャングル・ジムを降りていった。

 すると、兵士達が駆けて来た。

兵士「おーい、無事か?って、ノイス?お前、生きてたのか?」

 と、兵士は驚いた顔で言った。

ノイス「ハハッ・・・・・・。それは、こっちの台詞(せりふ)だッ。トタケッ。

    お前、生きてたのか?」

 と、同僚に言うのだった。

トタケ「ああ。何とかな。気付いたら、誰も居なくて、しかも、

    変な白いのが押し寄せてきて、それから屋上に行って、

    貯水槽(ちょすいそう)の中に入ってたんだ」

ノイス「はは。だから、びしょ濡(ぬ)れ-なのか」

トタケ「ああ。中でチビッちまったから、あの建物では水は

    飲まない方がいいぜ」

ノイス「ぜってー飲まない」

 そして、トタケとノイスは笑い合った。

トタケ「ところで、その子供達は?」

ノイス「親を白いのに-やられたんだと」

トタケ「・・・・・・そうか。大勢(おおぜい)、死んだみたいだな」

ノイス「ああ・・・・・・。トタケ、俺は謝(あやま)んなきゃいけない事が

    ある」

トタケ「何だ?」

ノイス「侵入者がお前を襲った時、俺は真っ先に逃げ出した。

    恐らく戦えば勝てただろうが、自分の命を優先して

    逃げちまったんだ」

トタケ「気にすんな。俺が-お前でも多分、そうしてる」

 そう言って、トタケはノイスの肩を叩いた。

ノイス「ありがとう・・・・・・」

トタケ「だから、気にすんなって。さて、これから忙(いそが)しくなるぞ。正直、まだ何が起きたか実感が湧(わ)かないけどな」

ノイス「ああ。でも、俺達は生きている」

トタケ「ああ、そうだな」

 そんな二人を朝日は優しく照らすのだった。


 ・・・・・・・・・・

 マンホールの蓋(ふた)が微妙に揺れた。そして、蓋(ふた)は動き、下水道の中から、クレイと三人の男達が全裸で出てきた。

男A「ううッ、さむッ」

男B「それが・・・・・・ッ、生きてるって事さッ」

男C「震えながら言っても、ださいんだけど・・・・・・」

クレイ「無駄(むだ)口(ぐち)たたいてないで、逃げるわよ。殺された同胞の

    分まで私達は生きなきゃいけないんですから」

 とのクレイの言葉に三人は頷(うなず)いた。

クレイ(ポムちゃん、ママは生きるからね。何が何でも

    ポムちゃんが助けてくれた-この命を大切にして

    生きるからね。愛してるわよ、ポムちゃん)

 とクレイは心の中で呟(つぶや)いた。

 その時、何処からか、子犬の鳴き声が聞こえた気がした。

 そして、クレイ達は全裸のまま、廃棄された市街地を走って行った。

すると、前方を駆けて行く二人の姿が見えた。

クレイ「あら?あれって」

男A「レナさんだっ。おおおおおいッ、レナさーーーーーんッ」

 と男Aは叫んだ。

男B「急に元気になったな」

 すると、レナは振り返るも、男達の姿を見て、顔を赤くして

背を向けた。

男C「やっちまったな・・・・・・」

 と男Cは全裸で言った。

男A「違うんですぅ、レナさん。俺達は服が無くて。決して、

   公然(こうぜん)わいせつ-を行(おこな)おうとしたわけでは」

 と、股間(こかん)を手で隠しながら、言った。

レナ「わ、分かってます。皆さん、ご無事で何よりです」

 とレナは目を逸(そ)らしながら答えた。

クレイ「というより、ガイル・・・・・・貴方、ずいぶん-かわいい

    格好してるわね」

 と、クレイは女装しているガイルに対し言った。

ガイル「うっ、これは潜入のために仕方なくて・・・・・・」

クレイ「あらあら、遠慮しなくていいのよ。そっちの道に目覚(めざ)めちゃったんでしょ?白状しちゃいなさいな」

ガイル「だから、違(ちが)くて・・・・・・」

 と、ガイルは涙目で答えた。

男B「ともかく、先を急ぎましょう。敵もいずれ、こちらに

   向かうでしょうし」

 そして、一同はレジスタンスの隠れ家へと向かうのだった。


 ・・・・・・・・・・

 人食いの能力者テハネスは屋根の上で目を覚ました。

テハネス「・・・・・・生きてるのね・・・・・・」

 と、テハネスは何処(どこ)か冷(さ)めた風(ふう)に、呟(つぶや)いた。

そして、テハネスは傷ついた腕を布で縛り、アクビをした。

 すると、眼下(がんか)ではレナ達が駆けていた。

テハネス「あれって・・・・・・レジスタンス?まぁいいや。今日は

     もう疲れたし・・・・・・。いい-お昼寝-日和(びより)だしね。

     ふぁーーーーー」

 と言って、再びアクビをして、冷たい屋根の上に寝転んだ。

テハネス「生きてるって幸せ」

 と、テハネスは目を瞑(つぶ)りながら呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

アポリス『やれやれ・・・・・・』

 と、アポリスは路地裏で呟(つぶや)いた。

アポリス(シャインの出現は予定外だったが、まぁ、最低限の

     魔力は確保た。エルダー・グール。そろそろ、契約の代価をいただく事としよう)

 と、アポリスは心の中で思うのだった。

アポリス(イアンナの戦いで、もはやラース-ベルゼは終わりと

     確信したが、ただ、彼等を裏切るタイミングは少し早かったかもしれないな。まぁ、なりゆき上、仕方が無かったわけだが。あの場では魔力の補給も必要であったし)

アポリス(そして、エルダー・グールの居る首都エデンへと

     向かい、その途中に位置する-このレクトへと立ち寄り、契約者の一人のドルンに会うところまでは上手くいってたわけだが、やはり、シャインの出現が全てを狂わせてしまった)

 と、アポリスは振り返った。

アポリス『まぁ、それでも、首都エデンを飲み込むくらいの

     マナは得る事が出来たわけだし、よしとするか』

 と言って、アポリスは姿を消していった。


 ・・・・・・・・・・

 レジスタンスの人員は児童養護-施設に踏み込んでいた。

 そこから-高い魔力反応が発されていたからであり、様子見

の意味もあった。

男D「・・・・・・戦闘は外で起きたようだな」

男E「しかし、相当の魔力のぶつかり合いだぞ。一体、誰と

   誰が」

男D「こっちだ。微(かす)かに魔力反応がある・・・・・・」

 そして、男達は部屋をそっと開けた。

 そこは寝室だった。

 子供達と一人の女性が、そこには居た。

男D「えッ?」

 男達は絶句した。

 眠る子供達の頭を優しく撫(な)でる-その女性は、血まみれだった。

ミラ「しー。子供達が起きてしまうわ」

 と、ミラは微笑み、血の付いた指を自らの口に当てた。

 それを見て、男達は-しばらく恐怖で動くことが出来なかった。


 ・・・・・・・・・・

シャイン「ん・・・・・・」

 と、シャインは呟(つぶや)き、目を覚ました。

シャイン「・・・・・・何か夢をまた見た気がするけど、思い出せないわね。ふぁあ、まぁ、いいか。歯、みがきましょ」

 そして、シャインは起き上がり、支度(したく)に取りかかるのだった。

 すると、起床ラッパの音が鳴った。

 外では兵士達が急ぎ、点呼の整列のために、駆けていた。

 それをシャインは眺(なが)めていた。

シャイン「楽なモノね・・・・・・。起床の点呼(てんこ)が無いなんて。

     でも、今の私は分隊長というより、囚人(しゅうじん)ね。

     一日中、何もやる事が無い。まぁ、本を読めるだけ

     ましかしら」

 と、呟(つぶや)いた。

 すると、しばらくして、ノックの音がした。

女兵士「タニア伍長(ごちょう)、参りました」

シャイン「どうぞ」

その言葉を受け、若い女兵士タニアが入って来た。

タニア「シャイン大尉。よろしければ、お食事をお持ちします」

シャイン「ええ。そうして-ちょうだい。私は食堂に行く権利が

     無いんですから」

タニア「大尉・・・・・・みんな、大尉を尊敬しております。私も

です。そんな、寂しい-お顔をなさらないで下さいッ」

シャイン「ええ。ありがとう、タニア伍長。いつも、私によく

     してくれて」

タニア「いっ、いえ。光栄です・・・・・・」

シャイン「一緒に食べましょう」

タニア「は、はい」

 と、タニアは微笑(ほほえ)み-答えた。

シャイン(今日、国連の調査団が来る。これは私に一体、何を

     もたらすか・・・・・・。ただ、今は待つしか無いか)

 と、シャインは心の内で呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

その南方系の女性トレキアは夢を見ていた。

 それは故郷の夢だった。

 南リベリスに位置する故郷での紛争の夢。

 両親が死んだ。兄妹が死んだ。

 友達も、先生も、みんな死んだ。

 外の人々は紛争の原因を宗教、人種、利権、資源、大国、

などが複雑に絡(から)み合った結果と言いたがる。

 しかし、本当は単純なのだ。

 宗教と人種の対立が重なってしまった結果なのだった。

 違う宗教で-かつ、違う人種。こうなったら、戦いは止められない。

 結局、それに乗じて、大国や武器商人達はやって来るだけなのだ。

 根本的な対立さえ止まってしまえば、紛争など起きないのだ。

 しかし、一度、戦いが始まると、戦いは止まらない。

 それは復讐の連鎖では無い。

 恐怖の連鎖だった。

 つまり、敵を殺さねば、自分がいつか敵に殺されるかもしれないという恐怖、それが人々を虐殺に荷担(かたん)させる。

 そして、そんな非人道的な行いをさせるため、少年兵が使われる。少年兵は従順(じゅうじゅん)だから。

 しかし、戦争が終わってしまえば、少年兵-達は居場所を失う。

 彼等(かれら)は故郷に戻ろうとも、周りの人間から怖れられ、受け入れられずに生きる事となる。しかも、生活の知恵が何も無い。

 だから、少年兵達は再び戦場に身を投じるか、非合法組織に

加入するかのどちらかを選ぶモノだった。

 13歳の時の記憶が蘇(よみがえ)る。

 レイプしてこようとする十四、五歳ほどの少年兵。

 いや、本当は、彼は求愛して、抱きしめようとしてだけだったのかもしれない。

 でも、少年兵が怖くて、突き飛ばした。

 そして、とっさに彼の銃を奪い取った。

 ふと、気付くと、彼は両手を挙(あ)げて、降参していた。

 私は選択を突きつけられた。

 このまま彼を許すか、殺すか。

 彼は私の家族や友人を殺したかも知れない。

 でも、彼は私に比較的、優しくしようとしていた。

 頭がガンガンと鳴る中、近づこうとした彼を-私は銃で撃った。

 だって、仕方ない。仕方ないじゃない。

 このまま彼を許して、銃を置けば、彼は銃を奪い返して、

私を撃ったかも知れない。

 私は死にたくなかった。

 怖かった。

 だから、殺した。

 みんな、そうなんだ。

 誰だって、虐殺は嫌だ。

 でも、怖いから殺すしかないんだ。

 誰か・・・・・・誰か・・・・・・守って欲しい。

 怖くないように。

 そうすれば、私達は戦わなくてすむから・・・・・・。

 人種や宗教の差別無く、利権目当(めあ)て-でも無く、守って欲しい。

 でも、そんな国も組織も無くて・・・・・・。

 だから、私は国連の職員になる事にした。

 紛争を少しでも減らすために。

 でも、国連という組織もまた、大国の利害に大きく左右されてしまうのだ。


 そして、トレキアは目を覚ました。

 そこは飛行機の中だった。

 周囲には国連の職員達が座っていた。

職員「トレキア、起きたの?そろそろ、ヤクトのサイシャ空港に着くわよ」

トレキア「ええ・・・・・・」

職員「トレキア?泣いてるの?」

トレキア「え?私・・・・・・」

 トレキアは窓ガラスに微妙に映る自分の姿を見て、涙を拭(ぬぐ)った。外は急に曇(くも)りだしており、薄暗かった。

トレキア「・・・・・・少し、思い出しちゃっただけよ」

職員「そう・・・・・・」

 と職員は心配そうに言った。彼女はトレキアの過去を知っており、トレキアの良き理解者だった。

『彼が来る・・・・・・彼等(かれら)は来る。我等(われら)の地に平穏をもたらすために。かつて、女皇帝の名の下(もと)に、騎士達が人々を解放して

 いったように・・・・・・』

 との老人の声がトレキアには聞こえた。

トレキア「今のは・・・・・・」

職員「どうしたの?」

トレキア「ううん、何でも無い」

 と、トレキアは答えた。

トレキア(何かが始まろうとしている。運命が動き出そうとしているの?このヤクトで私は-それを見届ける必要が

     あるのかもしれない。それが私の使命なのかも-しれない)

 と、トレキアは妙な予感を胸に抱いた。

 すると、機内にアナウンスが響いた。

『皆様、間(ま)もなく、当機は着陸体勢に入ります。いま一度、

シート・ベルトをお確かめ下さい』

 それを聞き、トレキアを含め、人々はシート・ベルトを確認した。

 そして、航空機は管制塔の指示どおりに下降して行くのだった。


 後(のち)に、ロータ・コーヨはシャインの指示の下(もと)、南リベリスの

紛争地域に部下達と共に潜入する事となる。

 わずか、数百名の彼等(かれら)は、大規模な紛争に介入(かいにゅう)していく。

 そして、人々はロータを偉人として記憶し、少年兵-達は彼を父と呼び慕(した)い、銃を捨てる事となるのだった。

 ロータはかつての少年兵-達に銃では無く、ペンを与えた。

 だが、狂戦士なる彼は、戦場の狂気に一度-身を委ねた者が、

元の生活に戻れぬ事も良く知っていた。


 何より少年兵-達は元(もと)であったとしても、周囲の人々に恐れられ、居場所を失っていた。

 故に、故郷にも帰れぬ彼らを現地に設立した工科学校に入学させ、成人した際に正規の軍隊に入るか否かを選択させた。

 


 ロータ、ロータ・コーヨ、彼はトレキアの故郷・南リベリスの救世主として深く記憶される事になる。

 その傍(かたわ)らのマニマニは、傷ついた少年兵-達の心を癒やした。

 傷ついた南リベリスの人々の心を和(なご)ませた。

 ロータとマニマニの名を南リベリスは決して忘れる事は無かった。


 しかし、それは少なからず先の事である。

 それはクオンからソウルへと物語が移る時に、語られる事と

なるであろう。


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アーカーシャ・ミソロジー5 キール・アーカーシャ @keel-a

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