第7話  始まりの夜明け

「何か、聞こえる」

「どうしたの、爽弥」

「聞こえないか……。誰かの声が」

「声?」

高く聳える巨大な扉。

遠く、扉の向こう。歯車が織り成す塔の先から聞こえてくる。

誰の声か、何の声か。確かに聞こえてくるその声は、「歩を進めよ」と言っている。

「ほら、声がするだろ?」

「何言ってるの? 声なんて聞こえないけど……」

「おい、空門。ふざけたことを言っている場合じゃない。今は一刻を争うんだ」

巾兼が制止する。

「おい、空門!」

僕は知らぬ間に歩を進めていた。

向かう者を阻む、不死の鎧共が蠢く中へと。

「待って、爽弥!」

來禾は制止しようとするが、目の前に騎兵が立ちはだかる。

騎兵達は剣を來禾に突き立て、魔法を展開する。

「汝、柱ヲ壊ス者。来ル“ヒ”ハソノ瞳ニ見エテイルカ?」

「……どういう、意味?」



騎兵が蠢く魔方陣の中。

数多の騎兵は自分に気付いていないのか、それとも知らないふりをしているのか、此方に向かってくる気配は無い。

やがて、巨大な扉の前に辿り着く。

「これが」

扉を潜ると、目の前には天高く聳える歯車の巨塔。

周囲には何も無く、白い景色がただ広がる殺風景な場所。

その中をひたすら歩を進めていく。

「ここは…………」

塔の傍を横切ると、その先に一人の老人がいた。

長い白髪を生やした老人が椅子に座っている。

目の前まで近づくと、口を開いた。

「よく、ここまで来てくれた」

「あなたは?」

「私の名は、ウィリス・レクター。この歯車の巨塔の管理者だ」

「管理者?」

「よく来てくれた。君が現れるのを待ち望んでいたんだ」

「僕を?」

「そうだ、永く待ちわびていた。君には一つ、頼み事をしたくてね」

「頼み事?」


「なに、簡単な話だ」

ウィリスは巨塔を指差して言った。

「この塔を壊してはくれないか?」


「これを? この塔を!?」

何処までも天高く聳える巨塔、その頂点は余りにも高過ぎて見えない。

「そうだ」

「何を言っているんですか?」

「塔を壊してくれと頼んでいる」

「いや、そういうことじゃ……。出来るわけがない、こんな巨大な塔を壊すなんて」

「君には出来る筈だ」

ウィリスは微かに笑みを浮かべる。

「君は私の声を聴いて、この場所へ来たのだろう?」

あの呼び声は、このウィリスだったようだ。

「君には力がある。だから、私の声が聞こえたんだ」

ウィリスは椅子から立ち上がり、言った。

「さあ少年、始めようか」

ウィリスは自身の目の前に手を翳しつつ唱える。


『星屑の海に散りばめられた数多の輝きを紡ぎ、その形を示せ』


ウィリスがそう呟いた瞬間、目の前に視界を遮る竜巻が現れた。そう思ったのも束の間、瞬く間に竜巻は消え、そこには大きなハンマーが姿を現した。

柄の長さ、頭の幅は共に十メートルを優に越えている

支える物は何も無い。しかし、自らの重さに負けじと自立している。

「手に取るのだ、少年。時は短い」

「手に取れと言われても……」

こんな大きな物を持てるはずがない。この塔も、壊していい代物なのか。


「何を迷う、少年。掴み、振るい、砕け。安心しろ、壊れたのであればもう一度創り直せば良い」


――キィィィィィィ!!

歯車の巨塔は回転を速める。

「急げ、少年ッ!」

迷っている時間は無さそうだ。

目の前のハンマーを手にした時だった。

「か、軽い……」

見た目にしては異様な軽さ。

まるで、中身が空なのではないかと思うくらいに軽い。

僕はそれを握り、走り出す。





「リデファイス?」

「はい、明星リデファイス。この魔方陣の根幹を成す『意味』とでも言いましょうか」

「根幹、とは?」

「実は魔法陣には、処々の発動条件が付いているものが多数存在します。その条件には、時刻・場所・季節・星座の位置等々、様々です。今回、この魔方陣が従う条件は【よい】と【あけ】の『明星』。その間に於いてこの魔方陣は発動され収束する」

「それが分かったところでどうしろと?」

「この魔方陣の発動時刻は夕暮れ。『発動』ということは、その逆である『終止』も存在します。その終止時刻は明け方です。それまでに、爽弥をこちらに連れ戻さなければ、あの扉の向こうに閉じ込められます」

「時刻は?」

「分かりませんが、恐らく一時間も無いかと」

「残り1時間も無いだと!?」

「はい、猶予はありません。このまま続けても埒が明かないので、少しの間、巾兼さんは伏せていて下さい」

「何をするつもりだ!」

「一掃します」

來禾は何も無い空中に自信の身の丈程の杖を出現させた。

杖の頭を前方に向けて、詠唱を始める。

「西方のリメア、東方のミシア、南方のバリテン」

杖の先が強く輝き始める。

「穿つは名峰リディメニウスの角、照らすは深淵オルダビスの黒箱。焼き払え、煌騎セリエンの名の下に、我唱えんとす。『【聖砲】サンガレイ・リーズ』」

突如として杖から巨大な光線が放たれる。

光に当たった騎兵達は、炎に包まれ消えていった。

光線に直接当たらずとも、照らされた騎兵は炎に包まれていく。

光線が止むと、目の前に鎧達の姿は無かった。

「なんて力だ。一瞬にして騎兵達を……」


「今です、進みましょう」


「おい、まて。こいつはどうする」

巾兼が指差すのは、瀕死状態にあるゴーラスだ。

「このまま連れて行くのは危険だが、置いていくのも無理がある。C.D.Oの医療チームもこの状況ではここまで到達するのは無理だろう。私が残っても構わないが、為す術も無い」

「ガハッ」

「ゴーラスッ!」

「おい、動くな!」

「ゴホゴホッ! 置いていけ……」

「だけどッ!」

「いいから、こんな屍なんて、気にするな。足手纏いになるだけだ」

「できないよ!」

來禾は魔法陣を展開する。すると、



『んなこと言う奴は本当に死んでいればいい』



突如として何者かの声が聞こえる。

周囲を見渡すも、それらしい人影は無い。

「誰だ!」

巾兼は銃を構える。

しかし、次に聞こえる声はあらぬ方向から聞こえた。


「死にてぇのか?」


声がした方を振り返る。

白衣を身に纏った三十代程の男。ニヤリと笑みを浮かべている。

そして、ゴーラスを跨ぐようにして立ち、問いかけていた。

「お前、死にてぇのか?」

ゴーラスは返答しない。

「それとも、生きたいのか?」

ゴーラスはまたもや返答しない。

「分かった分かった。さぞ辛かろうに」

男は白衣から注射器を取り出し、針に付いたカバーを外した。


「さあ、逝ってこい。さよならの時間だ」


男はゴーラスの首めがけて注射器を刺した。

ゴーラスは注射器を刺されるが、声一つ出さない。

呆然と目の前の状況を見ていた來禾はふと我に返った。

「今、ゴーラスに何をッ!」

男は手を來禾の目の前に突き出す。

「黙って見てな、嬢ちゃん。見ての通り治療だ」

ゴーラスは力尽きたように倒れる。

「治療って、注射器1本で治るような怪我じゃない! ゴーラスに何をしたの!?」

「何って、んだ。心配は要らない、この後はコイツがどうするかを決める。コイツが生きたいと思うのなら、生き返る。きたいと思うのなら死ぬ。ただそれだけの事だ」

來禾は気が遠くなりそうだった。

「そんな…………」

そこに、巾兼が白衣の男に問う。

「お前、【注射器殺しのヤブ医者】玉置志岐たまきしきだな」

「ほう、まあ『ヤブ医者』ってのは間違いだがご名答だ。そういう姉ちゃんは何者なにもんだ?」

「公安局だ」

巾兼は襟に付いた金縁の黒いイチョウのバッジを見せる。

「チッ。公安か、しかも執行官とはな。やる事やったしずらかるかな。やんややんやとお祭り騒ぎだから、どんな怪我人がいるかと思えば、こんな馬鹿と局に当たっちまうとは……。今日は厄日か」

玉置がその場を去ろうとした時だった。

「待て玉置。少し頼み事をされないか?」

玉置は足を止める。

「局の奴に頼み事なんてされて、誰が『ハイ』って答えると思う?」

玉置は再び歩き出す。

「じゃあな姉ちゃん」

「……局の人間としてではなく、私一個人としてだ」

「一応、言っておくが俺は犯罪者だ。立場が局だろうと、個人だろうと、その手を借りればどうなるのか、姉ちゃんが一番知ってるんじゃぁないの?」

「……」

玉置はもう一度足を止める。

「分かったよ。なんだぁ、頼み事って」

「そいつを私達が戻るまで、見ててくれないか 」

「チッ、こいつのお守か」

玉置はゴーラスを見やる。

「ガキのお守は嫌いなんだ」

ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草に火を点けた。

「何してんだ。時間が迫ってんだろ、早く行け」


――ズズズ。ズズズズ。


地面に焼け付いた炭が動き始める。

「ありゃなんだ」

眉間にシワを寄せ、目を細める玉置。

「騎士達の再生が始まりました」

「状況はよく分からんが急げ、お前ら。無駄骨は折りたくねぇんだ」

「恩に着る」

「よろしくお願いします、玉置さん!」

來禾達は走り出した。

距離にして、500メートル。

先程の來禾の攻撃により、障害は無い。

ただ、不死の騎士達が目を覚まそうと蠢いている。

「青海來禾、瞬間移動的なのは使えないのか?」

「この魔法陣の中では、魔法の発動に必要な魔力が通常時以上にかかるみたいで、先程のサンガレイ・リーズ使用後の残留魔力では使用が厳しいです。使えないことも無いのですが、今はまだ……」

「なるほど、よく分からないが走るしかないのか」


――ズズズズズズズズ。


地面にあった炭は、集まり、部位を形成し、そして騎士かたちになろうとしていた。

「復活が早すぎないか!?」

「急ぎましょう!」

復活を遂げ、來禾達に気づいた騎士達は剣を空に突き立て向かってくる。

擦れ、地に打ち付ける金属音。

そこへ、

虚空虚穴ディメンジョン・ポケット分散ディスパーション!」

巾兼は能力を発動、騎士達の足下に小さな穴を出現させる。

騎士達は、穴に足を捕られて転ぶ者や膝を突く者がいた。

空かさず、巾兼は両手に持った拳銃で銃撃を叩き込む。

しかし、堅い鎧に弾かれ軽い金属音が響く。

銃撃をものともしない騎士達は、穴から抜け出すと再び此方へ向かってくる。

「時間稼ぎにもなりゃしないのか! それなら、次はこれを食らえ! 虚空虚穴ディメンジョン・ポケット!」

巾兼は穴から武器を取り出した。

見た目はライフル銃の様だが、パラボラアンテナが付いており、銃口は大きい。

「磁場誘導レーザー銃『MIR_G-1』。まだ試験機プロトタイプだが、試させてもらおうか」

巾兼がレーザー銃を起動させると、自動音声が流れ始める。

「使用者認証、巾兼由奈。確認。これより、機体を起動します。データローディング……、ローディング完了。システムセットアップ、C.D.O機体管理サーバーへアクセス……。アクセス完了、認証キー獲得、本体のロックを解除します」

何かが外れる音がした。


「機器の起動が正常に完了しました。これより、機体モードを保管ストレイジから迎撃インターセプションに変更します。現段階の制限最高出力は120%です。対象に向けて第1トリガーをロックした後、第2トリガーにて攻撃して下さい」


「何ですか、それ」

「まあ、見てなって」

巾兼は銃を騎士達に向ける。

トリガー部分には引き金が2つ、その一方を引いた瞬間だった。

騎士達は自らの重い身体をぶつけ合い始めた。

まるで、何かに吸い寄せられるかの様に。

「チャージ80%、放出出力圏内です。第2トリガーを引いて迎撃して下さい」

「さあ、食らえ!」

巾兼は2つ目の引き金を引いた。

銃口の直線上に集まった騎士達に向けて、光線が放たれる。

弾丸をものともしなかった騎士達を光線が貫く。

その瞬間、力を失ったように地面に崩れ落ちた。

「よっしゃ!」

「チャージを再開します」

「すごい……」

巨大な扉まで残り200m。

「巾兼さん、もうすぐです!」

「急げ!」





大きなハンマーを振り下ろす。

大きな金属音が木霊して、強い衝撃が全身を迸る。

「何をしている少年、この塔を壊すだけだぞ」

「思いっきり振ったんですけど……」

「力が籠っていないんじゃないのか?」

歯車の巨塔は回転を更に早める。

「急ぐのだ、少年!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

爽弥は力強く振り下ろす。

しかし、再び大きな金属音と身体全体を迸る衝撃。

歯車の巨塔には傷一つ付かない。

「まだか少年、時間が無い」

「ですけど……」

「その槌に力を籠めるのだ。考えろ、何故その様な巨大な槌を振るえる?」

「何故……? 軽いから?」

「なんだ、理解しているじゃないか」

「どういう、意味で?」

「急げ、時間が無い!」

巨大な歯車の塔を見つめる。

どうしたらいいのかは分からない。

ただ、無闇矢鱈に振るえば良いわけではなさそうだ。

「軽い。素材が鉄の様な物ではないのか、それとも中が空洞なのか……」

「少年。軽いのならば


「重く、する」


ふとした瞬間、目の前の世界は変化した。

変化した、と言うよりかは戻ってきたと言った方が正しいかもしれない。


――――四方八方を霧に包まれた世界。


前触れも無く、突然現れては意味も分からないままに消えていく世界。

今回も光る立方体の箱がある。

しかし、今回はいつもとは違った。


「やあ、初めまして。と、言うよりかは、何て言った方がいいのかな」


「誰……?」

目の前に立つ者は、自分と全く同じ姿をしていた。

「おかしいな、君は知っている筈だ。何を疑問に思う?」

「君は、僕なのか?」

「さあ、その箱を開けて見せてくれ」

目の前にいる彼は、こちらの質問に答えようとはしない。

「どうやって開けるんだ」

彼は笑みを浮かべてこちらを見る。

「君は知っている。その箱の開け方、その使も」

「使い方?」

今までは触れようとすれば、自分を元の世界に戻していた立方体の箱。

触れることが出来なかったその箱を開ける方法があると言う。

爽弥は触れようと手を伸ばす。

「あっ」

触れた瞬間、箱は逃げるように離れた。

「君はそれをどうしたいんだ。ただ、触れたい訳じゃないだろう? ほら、早く開けて見せてくれ」

箱は触れては離れてを繰り返し、一向に掴めない。

「なんでだ!?」

「『触れる』、『掴む』じゃない。そんな柔な考えじゃ、日が暮れる。だから、少し変えてこうするんだ」


―――—「手に入れる」。


その瞬間、箱は彼に向かっていく。

そして、掴んだ。

「もっと強く意識するんだ。君がどうしたいかを」

言いきった途端、世界が傾きだす。

天は左に、地は右へ。

左右が新たに天と奈落へと変貌する。

完全に傾き終えると、自分と奴は奈落に向かって落下を始める。

「うわ、ど、どうなってるんだ!?」

「さあ、そろそろ時間だ。奈落の底を見るといい」

そう言われて振り向くと、奈落の底には微かに光が見える。

「あの光に飲み込まれる前にあの箱を開けるんだ。君があの箱を開けられなければ、君は向こうの世界で死ぬだろう。死にたくなければ、あの箱を開けることだ」

奴はそう言い残して姿を消した。


―――—考える。


先程の奴の真似をしようとした。

「手に入れる、イメージ」

頭の中でイメージする。

しかし、箱は何事もないように上昇していく。

「どうして!?」

振り向くと光は大きく輝きを増している。

落下速度も瞬く間に速まっていく。


―――—飛ぶ。


ふと、脳裏に過った【ロケット】のイメージ。

高出力・高火力で時速数百キロの早さで飛んでいく兵器。

それがイメージ。

次の瞬間、真横を『ロケット』が爆音を立てて飛んでいった。

「え、どういうこと!? もしかして、これ!?」

目を瞑り、再びイメージする。

ロケットの形・大きさ、背中に背負うイメージを。


―――—「ボシュウウウウウウウウ!」


瞼を開けると背中には『ジェットパック』があった。

身体を持ち上げ、箱へと向かっていく。

光は爽弥を追うように速度が早くなる。

「もう少しッ!」

あと数メートルというところまで近づいてきた。

その時だった。

「ボスッ、スッスッ、ススス。ボン!」

「嘘だろ!?」

ガス欠だった。

咄嗟に手を伸ばすものの、あと数センチ届かない。


「届けええええええ!」


すると、体全体が何かに持ち上げられる様な気がした。

「うわっ」

箱に手が届く。

次の瞬間、箱は光を放ちながら開いた。

「箱の中には……」

箱の中には何も入っていない。

「そんな!」

すると、どこからか声が聞こえる。


「おめでとう、と言いたいところだけど、その箱の中には何も入っていない。何故なら、箱の中にあったは既に君の中にあるからだ」


「僕の中に?」

「箱の中にあったのは君の『能力ちから』さ」

「僕の、能力……」

「さあ、戻ってあの時計塔を壊すんだ」





「やっと着いたが、どうする?」

「やれるだけ、やってみます」

來禾と巾兼由奈は巨大な扉の前に立っていた。

通ろうとしても、魔法でできた壁が立ち塞がっている為に進めないでいた。

そこへ、一人の男が現れる。

「そこまでだ」

「誰!」

後ろを振り向くと、黒のハットに黒のタキシードを着て、杖をついている男がいた。

「おいおいおい、忘れられちゃあ困るなぁ。この黒のシルクハットに、この金のバッジと言えば知っているはずだ」

男は襟元の輝くバッジを見せる。

バッジには『J』の文字。

「黒のシルクハット、金のバッジ…………。先程から私に悟られるかそうでないかの範囲で気配をちらつかせていたのはあなたでしたか。金術教会の創始者ジオティー・ハイル!」

「如何にも、私がジオティー・ハイル。『死術のジオティー』だ。覚えていてくれて光栄だよ、奈落の魔女」

巾兼は眉間にシワを寄せる。

「死術のジオティー?」

「はい、禁術を戦闘の一つとし、それの布教を行う集団『金術教会』の創始者で、呪術を使った戦闘を得意とします。奴の技に触れてはなりません」

「さあ、君の隣にいる女性への紹介も終わったことだ。そろそろ始めよう」

ジオティーは、杖を地面に強く突く。

すると、ジオティーの足元に魔法陣が現れる。

「スタンド」

ジオティーが唱えると、その周囲に御札の様なものが浮かび上がった。

「ドランク・ドラン・ドラガスタ」

さらに唱えると、魔法陣から地面を這う様に光が迸る。

「準備は出来た。私の魔法でこの辺り一帯は特殊なフィールドになった。規模は私を中心に1立方キロメートル、さらにその中には1立方メートルずつに区切られたエリアが存在し、その中の幾つかに呪術を仕込んだ。今回は特別に、触れれば直ぐにあの世に行ける代物ばかりだ」

「巾兼さん、周辺住人の避難は済んでるんですよね」

「そうだな。周辺5ブロック、距離にして2.5キロを封鎖してある。全員の避難が完了済みだ」

「分かりました、それならよかったです」

來禾は安心したように一呼吸し、唱える。

「従属する者、我が意に呼応し姿を現せ」


來禾の目の前に一際大きな魔法陣が浮かび上がり、電気を帯びたようにバチバチと音を立てる。


「出でよ、『マバタージ』」


「おいおい。君は今、と言ったかね?」

「はい、私は『邪神マバタージ』を呼びました」

「フフ。どちらが危険人物なのか分からなくなるな、奈落の魔女。悪魔召喚とは良い趣味をしているじゃないか。だが、奈落の魔女。魔法に精通していない此方の世界の人間が『悪魔』に触れるまたは視認するという事、それはどういう事になるのか、貴様が知らない筈は無い」


「安心してください。そこはありますから」

「手懐け……?」


魔法陣から煙が立ち上り、その中に大きな影が見え始める。


「ウオオオオオオオオオオオ!!!」


魔法陣から手が伸び、足が伸び、そして顔が現れ、その全体が姿を見せる。

さらに魔法陣より立ち上る黒煙は空へと昇り、周辺一帯を暗くした。


「オ呼ビカ、あるじヨ」


黒い身体に紫色の気を纏う、來禾の倍の背丈はあるであろう魔物マバタージが現れた。

形容し難い姿に巾兼はただ息を飲む。

「この辺りの魔法を全て壊して」

「オ安イゴ用ダ、任セロ」

「そうはさせるか、スチーレイ・モルス!」

悪魔は口から黒い煙を吐き出す。

ジオティーが杖を地面に強く突くと、再び光が地面を迸る。

「無意味ダ」

悪魔は唸りを上げ、魔法陣を展開する。

「オオオオオオ!!」

すると、周囲に光が格子状に現れた次の瞬間、それらは途端に壊れた。

「スマナイ。コレダケハ壊セナイ」

そう言うと、悪魔は巨大な扉を見上げた。

「分かった、ありがとう」


「まさか、悪魔を使役しているとは」

ジオティーは驚愕する。


「今回ハ、コレダケカ?」

「そうしたら、あの人をお願いしようかな」

來禾はジオティーを指差す。

「任セロ」

「おいおいおい。悪魔だろうと、化物だろうと向かって来るがいい。跡形も無く消し炭にしてくれるッ!」

ジオティーは杖を地面に強く打ち付ける。

「リエレ!」

ジオティーの目の前に魔法陣が展開され、ジオティーがそれに手を翳すとそこから光が放たれる。

放たれた光はマバタージが纏う邪悪な障気によって打ち消されるも、ジオティーは光を放ち続ける。

「効カヌ」

ジオティーはそれに動じず、さらに詠唱を続ける。

「光原に咲く花リモネ、涌き出る泉セレン、実る果実アルリ。その全てを天聖リメニエに捧ぐ。闇に埋めくこの世界、その全てを照らしたまえ! 『リメニエ・ルージェ!!』」

突如として、ジオティーが放っていた光が大きく強く輝き出す。

そして、マバタージの障気を破り直撃した。

「ウオオオオオオオオオオオ!」

「おいおいおい、悪魔はそんなものか?」

すると、何かが外れる音がした。


「唸れ、マバタージ」


來禾の声と共に、マバタージの全身に紋様が浮かび上がる。

「ウオオオオオオオオオオオ!!!」

先程までとは違う気迫を纏ったマバタージ、エネルギーの咆哮を放つ。

次の瞬間、ジオティーの魔法陣が割れた。


「おい、まさか貴様!」

「そう。人が口にすれば力を得られると共に、命を失う魔境の液体―—―—魔水デリトナ。しかし、それは人間だからであって、その地に住まう悪魔ものには当てはまらない」

「どこで手に入れた!」

「それは教えられません」

ジオティーの形相が変わる。

「ならばお前を倒してでも手に入れるまでだ!」

攻撃を止めて、走り出すジオティー。

「サセナイ」

マバタージがそう言って天に向かって首を振り上げると、黒い竜巻がいくつも発生する。

「ふん、こんなもの」

ジオティーが左右に腕を広げた後、手を合わせた。その瞬間、竜巻の内側から光が放たれ竜巻を掻き消した。

距離を詰めるジオティー。

そこへ、マバタージの放つ無数の光線がジオティーを襲う。

ジオティーは防御系の魔法陣を展開、光線を後方へ反らしていく。

「おいおい、悪魔の攻撃はそんなものかァ!?」

「ウオオオオオオ!」

マバタージの体から徐々に紋様が消え始める。

「おいおい、早くも魔水デリトナの効果が切れてきたようだな」

マバタージは少し疲れている様に見える。

「おいおいおい、これはチャンスじゃないか!?」

ジオティーは杖を地面に強く突いた。

「ラーレ・メンティバーッ!」

マバタージの足下から無数の黒い棘が現れ、マバタージを襲う。

「ウオオオオオオオオオオオ!!!」

「おいおい、攻撃はまだこれからだぞ。モリス・ガルニア!」

次はマバタージの足下から蔓が生え始める。

徐々にマバタージの身体にまとわり付き、締め上げた。

更にそれは、紅の花を咲かす。

「ウガアアアアアアァァァァァ・・・」

マバタージにあった紋様が消えた。

とどめだ悪魔」

ジオティーは杖を空に掲げ、懐から一冊の本を取り出した。

「魔法教典【バイレンス・オリガータ】、第三章第七節・・・」

ジオティーの持つ本は輝き出し、独りでにページを捲り始める。

やがて、ページ捲りが止まると同時に重くのし掛かり始めた空気。

それと共に、ジオティーは唱えた。

「ひれ伏せ、『ペン・マルギヌム!』」

次の瞬間、マバタージは何かに押し潰されたかの様に地面に突っ伏した。

「ウ、ガァァ……」

「流石、マスターから戴いた魔法教典だ。悪魔はそこで寝ていろ!」

ジオティーはマバタージから來禾に視線を移す。

「次はお前がこうなる番だ、奈落の魔女ッ!」


「躍起になりすぎだね」


「なんだと?」

「あなたにはもう一つ、魔法教典を見せてあげる。それと、使い方も」


―――— 魔法教典【オルメガ】。


「【オルメガ】だと!? おいおいおい、あれは『禁術教典』だ。大魔法図書館で厳重保管されている筈の代物を何故持っている!」

「分からない、手元にあったから」

「おい、戯言を抜かすな。それがどんな代物か知っているのかッ!!」

「知ってる。だからこそ今、使う。禁術を使うあなたこそ、ご存じですよね?」

「馬鹿な。並みの魔法教授でも手を焼く『逆解』は・・・」

逆解リ・コードは、三日で終わりました」

「――――!!!」

ジオティーは驚愕する。

「馬鹿な、数年かかる『逆解』をどうやってッ!」


――――逆解リ・コード

それは、魔法教典における『解読』を意味する。

魔法教典は本来、誰もが簡単に使えるように使用法について記した辞典のようなもの。しかし、使用に何らかの危険性リスクが伴う場合は安易に使うことが出来ない様に、作者や他の者によって暗号コード化されている魔法教典が存在する。

來禾の使用する魔法教典【オルメガ】も、危険性があると判断された『禁術教典』にあたる為、魔法界における立法機関『理の杖』によって暗号化されている。



「お話しも終わりにしましょう」

來禾は懐から一冊の本を取り出す。

「魔法教典【オルメガ】。第一章第一節……」

魔法教典は独りでにページを捲り始める。

やがて、ページ捲りが終ると來禾は唱えた。

「や、やめろ……」


――――「アメルム」。


「ぐっ!」

地面から黒い帯が現れ、ジオティーの足に絡みつく。

「な、なんだこれは!」

來禾はそれを確認すると、さらに詠唱を行う。

「魔法教典【オルメガ】。第一章第二節……」


――――「アシナシ」。


來禾の持つ本から黒い怪しげな煙が立つ。

ある程度の大きさに膨れると、ジオティーに向かって勢いよく飛んでいく。

黒い雲が過ぎ去るとジオティーは叫んだ。

「み、見えない。視界を奪ったのか!」

さらに詠唱を続ける來禾。

「魔法教典【オルメガ】。第一章第三節、けい第五節・・・」


――――「モルフィン」。


「な、何も聞こえないッ! 聞こえないぞ! 貴様、私に何をした!」

來禾は更に唱える。


――――「バーディス」。


ジオティーは力尽きたように手や頭が垂れた。


――――「ラージュ・メラー」。


ジオティーの後方、地面から黒い板が現れる。

それから黒い帯が無数に現れジオティーを更に縛り上げた。


「魔法教典【オルメガ】。第一章最終節・・・。」

來禾の持つ本は輝きを更に増していく。

すると、空中に巨大な黒い槍が現れた。


「愚者に永遠の無像の闇を――――『ワルガーナル・ゴルベナリア』」


槍はジオティーに向かって落下を始めた。






爽弥は目を覚ました。

「もう一度だ!」

大きな槌を振り上げ、巨大な歯車の塔へ向かう。

イメージする。本来の見た目に見合った重量を。



そして、振り下ろす――――。



「やった、のか」

爽弥は見上げた。

高く聳える巨塔から落ちてくる無数の歯車。

すると、ある声が耳に入ってきた。

「よくやった、少年」

ウィリスの声だった。

「私が思った通りの逸材だった。そんな君に一つ、これから言う事を外にいるに伝えてみると良い。私が呼んだ理由が少し分かるだろう。『千年時計が間もなく終わりを迎える。私達は間違いを起こした』と」


―――—『千年時計』。


「君たちが住むこの日本に、あと6基の『千年時計』が存在する。それらを全て壊して欲しい。期日は2年、それまでに破壊できなければ世界は滅亡の一途を辿る」

「世界が滅亡!?」

「私達、過去の人間が犯した過ちだ。本来ならば自分達で事を収束するべきだと甚だ承知している。しかし、頼めるのは今を生きる君達しかいないんだ」

歯車の巨塔は更に大きく崩れ始める。

ウィリスは表情を変えた。

「どうやら、時間のようだ。君達のような、希望を託せる人を見つけられて良かった。去らばだ、少年。君達の未来に希望と栄光を照らす、守護神ミリエストの加護を」

ウィリスはそう言って、右手を上げる。

その途端、景色が遠ざかり始めた。

いや、遠ざかると言うより、自分が退いていると言った方が正しい。

歩いているわけではない。

宙に浮いたように、空中を滑るようにして遠ざかっている。

景色が遠くなると同時に、僕は意識を失った。



「おい、小僧」

「小僧じゃない、ゴーラスだ」

巨大な扉を見る玉置はゴーラスに声をかける。

「小僧は小僧だろ。まあ、てめぇが何だろうと関係ない。答えろ。今、この世界で何が起きてる」

「それを知ってどうする」

「お前は異界人、俺達の世界で暴れる理由はなんだ? お前らの世界では、人家ひとんち荒らしても文句言われねぇのか」

「…………」

ゴーラスは起き上がり、歩き始める。

「喋りたくなきゃ喋らなくていい。ただ、次に会う時、お互いに命のやり取りをするようなら……」

玉置は後ろを向くと、そこには誰もいなかった。

「次は無ぇぞ、小僧」

玉置は前に顔を戻し、巨大な扉を見やる。

「さ、帰るか」

空は朝焼けに染まり始めていた。



「は!」

気付けば僕は家にいた。

たった一日、正確には十数時間しか空いていない筈なのに、何処か長い時間をかけて戻ってきた時の懐かしさを感じる。

それだけ、今日が忙しかったんだろう。

窓の方を見ると、カーテンの隙間から日が差し込んでいる。

「朝か……」

僕は、それ以上に考える事を止め、眠りに就いた。





「お疲れさまだったね、巾兼君」

「何か良いことでもありましたか?」

「どうしてかな?」

「私を役職名ではなく、づけで呼ぶのは大体そういう時なので」

「そうかな?」

「それで、話とは?」



「宮本孝蔵は偽物で、自ら舌を切って死んだ」



「死んだ?」

「そう。懲罰裁量の時だ。此方から、『自信が何者なのか』、『目的は何か』を尋ねたところ、奴は既に死んでいたんだ。苦しむ素振りを一切見せず、表情をシワ一本も変えずに……。何時、どのように死んだのかは検死を行っている最中だ」

「偽物だとしたら、本物の宮本孝蔵は......」

「分からない。現在、調査中だ」

湯川は資料を手に取り話を続ける。

「これを見て欲しい」

1枚の写真を巾兼に渡す。

「偽物の首筋にあったものだ」

「これは。マーク、ですか?」

「今のところ、それが何なのかは分かっていない。調査を進めているものの、データが無い。可能性としては、犯罪グループに於ける仲間の印や人身売買で付けられた烙印等々……。しかし、どれも憶測の域を出ない」

巾兼は凝視する。

真円の中に細かな文字が円を描くように並べられている。

その文字はどこの言語で書かれているのかは分からず、読むことは出来ない。

そして、その中央には目玉の様な模様が描かれている。

「何か分かりそうか?」

「いえ。ただ、青海來禾なら何か分かるかと」

「なるほど。ならば、この件の調査を君に頼もう。それともう一つ頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」

「ある場所の調査だ」

「ある場所?」

「それは、旧霧紫工業地帯――――通称:アウターサイドで起きているポルターガイスト現象についてだ」



To be continue.

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