第6話 封印解錠

「綾音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「死ね、大剣を携えた小娘よ」


綾音の首へ、「紅夜叉」が振り下ろされる。

その時だった。


――「ガキーン!」


鋭い金属音が響き渡る。

佐久間の握っていた「紅夜叉」は、その手を離れ宙を舞い、地面に突き刺さる。

佐久間の前には、別の刀が地面に突き刺さっていた。

「何奴!」

佐久間は、空に目をやる。

空には、箒に跨がった少女が一人。

ゆっくり降下し、佐久間の前に降り立った。


「初めまして、佐久間平蔵さん。私の名前は、青海來禾と言います」


「また小娘が増えよったな。貴様が何者かは知らんが、邪魔をするとはいい度胸だ。成敗してくれるッ!」

「あなたでは私に勝てない」

佐久間は右手を空に掲げ、叫ぶ。

神槌しんついィィィ!!!」

「メラ・ドラコラーレ!」

上空に巨大な木の丸太が現れ、屋上めがけて落ちてくる。

來禾もすかさず、巨大な丸太めがけて手をかざし呪文を唱えた。

次の瞬間、來禾の手から赤い光線が放たれる。

光線は一瞬にして丸太を貫き、燃やし、その全てを灰に変えた。

「貴様ッ!」

「ガンラリオ!」

「ゴハッ!!!」

続け様に、佐久間に攻撃を喰らわす來禾。

佐久間は吹き飛び、屋上端に設置してある転落防止用フェンスに直撃、フェンスを歪めた。

「何者なの、あいつ」

秋風紬は驚愕する。

「仕方ないっ!」

秋風紬は、アリアを囲んでいた黒装束を数体、來禾に向かわせる。

來禾は、すかさず黒装束めがけて魔法を発動した。

「『カリア・レイ』」

黒装束の周辺が明るくなったかと思うと、突然眩い光が黒装束の足元から炸裂する。

光に当たった黒装束は、粉々に砕け散った。

「なんで!?」

「あなたは魔法を根本から勉強するべき、『レシュピアス』」

來禾は秋風紬に魔法を発動する。

「わっ。わ、わああああああ!! 見えない、見えないぃ! 前がぁぁぁぁ!!」

秋風紬はふらふらと歩き、座り込んでしまった。

「來禾さん。あなた、一体」

「アリア、少し静かにして」

來禾の目は、いつもの優しい感じではなく何かを貫くかの如く鋭かった。

「クッ! この、佐久間平蔵に攻撃を当てるとは。小娘相手に油断していたようだ」

來禾が更に攻撃を加えようとした時、佐久間は不気味な笑みを浮かべる。

「何が可笑しい」

「時期に分かる」

突如として、周囲を異様な殺気が取り巻き、どこからかブザー音が鳴り始める。

「この反応は!」

アリアの携帯端末の画面に、危険を知らせる【CAUTION】の表示。

さらに、端末はアナウンスを始める。

「臨戦勧告、臨戦勧告! 周囲三キロ圏内にレベル4の物理歪曲フィジクスエラーを確認! 北東より接近中、直ちに戦闘準備に入ってください!」

「レベル4!? そんな化物クラス、実世界にいる筈が――――!」

アリアが驚愕していると、突然屋上が火の海と化した。

「な、なんですの!? ・・・まさか!」

『正体』が姿を現す。




「空門爽弥、青海來禾。貴様等の命を友諸共、灰塵に変えてやろう」




「炎人間!」

「あなた、遂に現れましたわね!」

更に、

「いるのは兄貴だけじゃねぇぞぅ」

「僕を忘れられては困るなあ」

二人現れ、学校で戦った時と同様の四人になった。




「やっぱり、あなただったのね。『ゴーラス』」

「やはり、お前か。ブルファ・リージュ」







「映像や写真では確信を持てなかったが、やはり間違いなさそうだ。マスターやボスが求めるのは理解できる」

「『四元の書』を持ち去ったのはゴーラス、あなたね?」

「……そう、四元の書は俺の手元だ。よく、俺だと分かったな」

「最近、あなたの魔力波動を感じていたから。……『四元の書』を返して。そして、元の世界に帰って」

「帰れと言われて帰るわけがないだろう? 返しもしない。目的がある」

「目的?」



「この世界の再編成――【世界書換ワールド・リライト】」



「何の為に?」

「敵であるお前が知る必要は無い」

四人の中で一番ガタイの良い大男がゴーラスへ声をかける。

「兄貴、どうする?」

「どうするも何も、奴等は敵だ。俺らの今回の目的を忘れたか? 『邪魔者は始末する』、そうだろ?」

「やはり、兄貴に付いてきて正解だったな」

「さあ、始めようよ。僕はこの時を待ちわびていたんだから」

大男は、話を終えると來禾を向いて言った。

「よお嬢ちゃん。お前は今、ここで死ぬ」


大男は天高く腕を突き上げると、勢いよく地へと叩きつけた。

次の瞬間、鋭い閃光と共に耳を擘く轟音が響く。


「俺は『雷皇らいこう加賀剛毅かがごうき。光の速さで世界を切り裂く者だ」


加賀が空へ腕を伸ばすと、周囲に電気が走り始める。

「お前の相手は、俺だけで充分だァ! 『鬼雷きらい雷起砲らいきほうッ!!」


右の拳を突き出した瞬間、拳から電撃が飛ぶ。

「來禾!」


『アルリゲ・バズ』


來禾が唱えた呪文は、來禾の前に障壁を造りだし、見事に電撃を止めた。

「次はこっちの番だね。『リステ・ロザート』!」

「な、なんだ!? 草が!」

瞬く間に加賀の足に蔓が巻き付き動きを封じる。

しかし加賀は、少しばかり焦りを見せるも冷静さを取り戻す。

「ふん、こんなもの! 『呼雷こらい!』」

鋭い光がしたかと思うと、間髪を入れずに轟音が鳴り響き、電気が迸る。

加賀の足にまとわり付いていた蔓は焼け焦げてボロボロになっていた。

「こんなもの造作もない」

「だろうね」

「なんだ小娘。まるで、分かっていたかの様だな」

「ふふふ」

「何がおかしい?」

來禾は立て続けに魔法を発動する。

『バイルザー』

『エンディス』

『サリオンレダー』

『ヴェスピクス』

加賀の周囲に4つの魔方陣が浮かび上がる。

次第に輝きを増す魔方陣。

「おしまいにしよう? この

「なっ! だと貴様!」

天と地には光の円、地面からは高く突き上げる鉄格子、四方八方から鎖が延び、加賀に絡み付く。

「慣れないことして、疲れたでしょ?」

確かに、加賀は先程から呼吸が荒い。

肩を使って息をしている。

よほど、加賀の発動する能力が自身の身体に負担をかけていると見て分かる。

來禾は、唱えた。


「『クリアス・ティスティバーリオン』!!!」


突如として、加賀めがけて光円から光線が降り注ぐ。

鋭い光線は屋上の床を抉り、やがて、光線が降り止むと黒焦げの加賀が倒れていた。

「流石だ。実に素晴らしい強さだ」

ゴーラスは感嘆する。

來禾は、ゴーラスの言葉を気にする素振りも見せず、その隣の好青年に目をやった。

「ヒィッ!」

「さあ、次はあなたの番」

「ぼ、僕を見るなッ!」

好青年は、怖じ気づいたのか後退りをする。

「水嶋。逃げるなよ?」

ゴーラスの鋭い殺気が、水嶋を襲う。

水嶋は耐えられなくなり、座り込んでしまった。

「兄さん、勝てないよ! あんなバケモノとり合うなんて無茶だ!」

ゴーラスは、水嶋に近づきその首を掴む。

「もう一度、言ってみろ。この首を焼いてやる」

「……」

水嶋は、無言で頷く。

ゴーラスが離れると、静かに立ち上がり來禾を見た。

その瞳には、殺気ではなく恐怖が映っていた。

「そんなんじゃ勝てないよ?」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

水嶋は、腕を横に広げ手を開く。

そこへ、水が集まり始める。

徐々に水は塊となり、大きさを増していく。

「水枷ぇ!!」

二つの水の塊は合体し、來禾に向かって飛んでいく。

「ヴァルヴォ」

來禾が呪文を唱えた瞬間、水の塊はぶくぶくと音を立て、蒸発した。

「なっ……」

「あなたは戦闘向きじゃない。さようなら、二度と会わないことを願って、『テルメス』」

「うわあああああ・・・・・・」

水嶋は姿を消した。

「消えた・・・?」

「ブルファ・リージュ、実に惜しい存在だ。しかし、最後の質問だ。間違えるなよ?」

「質問に間違いも何も無い。あるのは答えだけ」

「フフ、そうだな。ならばこうしよう、『よく考えて答えることだ』と。さあ、気を取り直して質問だ。こちらに来る気はないか?」

「あるわけないでしょ? ふざけたことを言わないで」

「残念だ」

ゴーラスは、來禾の後ろへと視線を移す。

「佐久間!」

「ククク。先程は攻撃を喰らったが、次は私の番だ小娘ェ!」

振り返ると、佐久間と佐久間に捕らわれたアリアと綾音がいた。

アリアと綾音は、丸太に縛られ気を失っている。

「アリア、綾音! 『ギルリル!』」

金属製の大きな槍が佐久間を目掛けて飛んでいく。

しかし、

「なッ!」

佐久間の手前で見えない障壁に阻まれた。

「既に、佐久間の周囲には障壁を何重にも貼っている。そう破れることは無い」

「ゴーラス!」

「お前がしっかりと見ていればよかっただけの話だろう? 佐久間、後はよろしく頼むぞ」

「承知した」

ゴーラスは、屋上から姿を消した。

気付くと、秋風紬と三辻の姿も無かった。

「爽弥、ゴーラスを追って!」

「追うって‥‥‥」

「待て貴様ら! 妙な動きをすれば此奴等の首が飛ぶぞ?」

來禾は、佐久間へ掌を向ける。

「フレム!」

掌から火の玉が飛んでいくも、障壁に阻まれ大きく燃えて消えた。

「その様なもの、効くわけが無かろうて」

「フレム! アキル! サダム! ウィース!」

次々と攻撃を繰り出すが、全て障壁に阻まれる。

「見ているだけ、というのもつまらん。貴様らと戯れることにしよう」

佐久間は腰に掛けた二つの鞘それぞれから刀を抜く。

「二刀流は久しいな」

佐久間は鞘を掴み、腰を低くして構える。

「篤と味わえ。佐久間流『居合 抜刀龍尾』!」

振るわれた刀からは斬撃が二つ飛ぶ。

その斬撃は、僕と來禾の頭上を通り過ぎ後方に落ちた。

落ちた場所は、斬撃により抉れている。

「危なかった。まさか、斬撃が……」

「どこを狙ってるの?」

佐久間は不敵な笑みを浮かべる。

「安心しろ。次は当てる」

佐久間は再び居合の構えに入る。

「動くなよ? その首が綺麗に斬れんからな。もしも動けば、お前ではなく、此奴等の首が飛ぶかもしれんがな」

未だに気を失ったままの綾音とアリア、目を覚ます気配は無い。

何も出来ないでいる僕ら二人。

佐久間は再び、「居合」を放つため構えている。

「そうか、避ける気は無いか。居合……」

「おい、來禾……」

「……」

「『抜刀龍尾ッ!』」

二つの斬撃が來禾と僕めがけて飛んでくる。

一撃目は目の前に落ち土煙を上げた。

二撃目は、確かに來禾の首をめがけて飛んできていた。

來禾は避ける素振りを見せない。

「來禾ッ!」

僕の言葉が届いたのか、届かなかったのか、二撃目は後方に落ちて土煙がさらに舞った。

土煙の中で視界が悪い。

「來禾、聞こえるか來禾!」

しかし、その結果は直ぐに分かった。


――「ゴトッ」。


重たくズシリと何かが落ちる音。

咄嗟に最悪の事態が脳裏を過り、身の毛がよだつ。

「う、嘘だろ……。來禾? 來禾ぁ!?」

そこへ、土煙を払い除けて佐久間が目の前に現れた。

佐久間は刀身で地面を探っている。

そして、見つけたのであろう何かに刀身を刺し、ゆっくりと持ち上げた。

「やめろ!」

「ククク。見よ、この滑稽な生首!」

持ち上げられた何か――それは、確かに來禾の頭部だった。

「嘘だろ、來禾……」

赤々と紅に染まる血が滴っている。

「何故、小娘は逃げなかったのか。疑問を抱く部分はあるが、まあこれで良しとしよう。次は、貴……」

その瞬間だった。

突然、佐久間の背後に何者かが現れた。

土煙の向こう、シルエットしか見えない。

「何奴ッ!」

佐久間は刀を思いっきり振った。

刀は土煙を斬り、斬れた土煙の間からはその先が垣間見える。

その先には、誰もいない。

「く、何物だ! 姿を現せ!」

誰の返事も無い。

土煙が徐々に晴れてくると、そこには佐久間と僕以外誰もいなかった。


そして、來禾の死体さえも……。


「何故だ、小娘の死体が無いだと!?」

忽然と姿を消した來禾の遺体。


――「コッチだ」


「何!? 今のは貴様の声か!?」

こちらに振り向き、刀を突き付ける。

余りの恐怖に、僕は首を振るのがやっとだった。

「此奴ではないとすると……、まさか小娘、生きている!? しかし先程……」

佐久間の見やる刀身に刺さっていた來禾の頭部は、刀身にも周囲にも無かった。

「あの小娘、まさか化物かッ!?」



――『こっちだ、籠鳥ろうちょう



佐久間が振り向いた目の前には、木製の杖の先を佐久間に突き立てた來禾がいた。

その目には、どこか別人を思わせる気迫が宿っている。


『じゃぁな、剣士』


次の瞬間、杖先から強力な光が放たれ、前方にある全てを跡形も無く消し飛ばした。

「ったく。障壁から出なければいいものを」

「來禾……?」

來禾はこちらに振り向く。

「來禾、なのか?」

「あぁ、そうだ。何か用か?」

明らかに違う雰囲気を纏う來禾。

いつもの明るく、優しい雰囲気がそこには無い。

「本当に、來禾なのか?」

「なんだァ? 正真正銘、青海來禾だ。何処かおかしいか?」

顔を近づけられ、顎をつままれ持ち上げられる。

すると、來禾は頭を抱え悶え始めた。

「ぐぅぅぅぅ! クソッ!!! ああああああああああ――――!!!!!」

「おい、來禾!」

來禾は叫び声をあげたかと思うと、力が抜けたかのように腕を下ろした。

「來禾? 大丈夫か、來禾!?」

「……う、うん? だ、大丈夫だよ。それより、急がないと」

「急ぐ?」

「そう。三辻達を追わないと!」

「そうだ!」

忘れていた。


「おい、空門ッ!」


幅兼由奈が到着した。

「巾兼さん!」

「どういう状況か聞きたいところだが、そんな時間は無い。今し方、この近辺でレベル3以上の物理歪曲フィジクスエラーを多数確認している。こんなの観測史上初めてだ。恐らく、原因は……」

そこへ、地響きと共に閃光が空を駆ける。

「な、なんだ!?」

閃光のした方向には巨大な魔法陣が空に浮かび上がっていた。

魔法陣を中心に空を覆うように暗雲が広がっていく。

晴れていた明るい空は、黒い雲によって塞がれた。

「あれは!」

「知ってるのか!」

「私も異世界向こうの図書館の資料でしか見たことが無いんだけど、恐らくあれは、『守護冥殺ガーナストリア』。守護、防御の目的で展開されている魔法陣を魔法陣」

「殺す?」

「とにかく話は後! 急ごう!」

「おう!」


「待て!」


巾兼由奈は静止する。

「青海來禾、『守護冥殺アレ』を知っているなら教えて欲しい事がある」

「教えて欲しい事?」

「こちらもこの緊急事態だ。公安局では人手が足りなく衛都機動も出動している始末、周辺住民の避難なども間に合っていない。守護冥殺の周囲への影響について、分かっていることで構わないから教えて欲しい。知識は有るに越したことは無いからな。万が一、回避できるリスクがあるなら知っておいた方が作戦を練りやすい」

「分かりました」





「さあ、準備は整った。来るべき時、今、迎えたり」

魔法陣は強く輝き始める。

そして、三辻は呪文を詠唱する。



『永遠の守護と永遠の時間ときの下、回る歯車は狂う事無く、行き交う流れは逆らう事無く、たがう事無く紡がれいく世界記憶アカシック・レコードに於いて、


汝、魔名【ウィリス・レクター】。

我、その鍵を有する者。


固く閉ざした門扉を、鍵者けんじゃへ開口せよ。

守護冥殺ガーナストリア



三辻が呪文の詠唱を終え、懐から本を取り出した。

その本は魔法陣と共鳴し、輝き出す。

また、魔法陣はそれに反応するかの様にさらに強く輝き出す。

やがて、魔法陣から光が降り始めた。

光が地に着くと、徐々に光は大きくなり線から束、束から柱へと変貌する。

やがて、光の中心に黒い線が走る。

黒い線は横に広がり、面と化した。

そこから浮かび上がる様にして、突如として現れたのは巨大な扉。

「ほう、これが第一鍵門フィルスト・ドーラか。封印解錠クロゼ・アンルーク

重そうな扉が少しずつ開いていく。

その奥から姿を現したのは、

「フハハハハハ! 見よ、この巨大な歯車をッ!!」

幾つもの、様々な大きさの歯車から構成された巨大な塔。

何の為の歯車かは分からないが、歯車はゆっくり、ゆったりと回転している。

三辻は歩を進め、塔の下まで近づくと、そこには手のひらサイズの歯車があった。


「さあ、時刻ときは始まり。その目に刻め、ブルファ・リージュッ!」


三辻は歯車を押し込む。

すると、歯車同士が噛み合ったのか、塔全体が凄まじい音を立て始め、歯車は速度を上げて回り始めた。

「何が起きているの!?」

三辻に連れてこられた秋風は、來禾によって視界が奪われたままである。

故に、周囲の状況が分からずにいた。

地面に座り込んだまま動けずにいる。

「三辻ッ! 三辻ッ! 今、どんな状況なのかを説明して!」

三辻は笑みを浮かべ、秋風に近づく。

そして、秋風の顎を上げて、今度は不気味な笑みを浮かべた。


「お前は用済みだ」


三辻が懐から取り出したのは、不思議な紋様が付いた短剣。

それを秋風の胸に突き刺した。

秋風は、呻き声を上げることなく地面に倒れ込む。

「おい、どういうことだ」

秋風紬こいつは、このには不要だ」

「不要、というのは?」

はいらない。ただ、それだけのこと」

三辻は、紋様の付いた短剣を懐に戻した。

「さあ、次の計画に移行する。撤収だ。この後は任せる」

「任せる?」

「時間を稼げば、時限式魔法陣も発動する。それまで、足止めをしてくれればいい」

「そんな事をせずとも、仕留めて見せます」

「生け捕りにしろ」

「御意」





「つ、着いた」

瞬間移動を使い、巨大な門の前まで移動した僕ら。

そこにいたのは、


「よう、随分と遅かったな」


炎人間――ゴーラスだった。

「さあ、此処がお前らの火葬場であり、墓場だ。遺言はあるか?」


「随分と言うようになったね、ゴーラス」


「ブルファ・リージュ、知ったような口を」

「こんな事をするために魔法使いになったんじゃないはず。目を覚まして、ゴーラス」

「うるさい。目を覚ますのはアンタだ! 全部、あの日から変わってしまったんだ……。何故、俺らの前から姿を消したんだ!」

「ゴーラス、何を言ってるの?」

「覚えていないのか!? の調査の時の話だ!」

「ごめんなさい、分からない……」

「分からない!? 忘れたって言うのか。そうだろうな 、そうだろうな……。俺はアンタに酷い事をしたからな」

ゴーラスは悲しげな表情を浮かべ、俯く。

「【ファイアー・ドレイク!】」

眩い光を放ち、炎を纏って巨大な火の竜が現れる。

「もういい。あの日に決心したんだ。もう、アンタの敵なんだって」

言い切ると同時に、ゴーラスは顔を上げる。

しかし、ゴーラスが顔を上げて見せたのは、先ほどの悲しげな表情と打って変わって、狂った様に浮かべた笑み。

「私とるというなら構わない。目覚めよ、【ゴレオン】」

地面のアスファルトが捲れ上がり、砕け、集まり、石で出来た巨人が現れた。

「その物質操作魔法は知っている。それなら!」

ゴーラスは地に両手を着けて叫んだ。

「地に降り立ち、顕現せよ! 『炎神ウェルガ』!」

火の竜より遥かに大きい、炎の巨人が現れる。

「ゴーラス、どこでそんな力を。召喚魔法に降臨魔法・・・、同時併用なんてあなたじゃ無理な筈!」

炎神炎舞ウェルガ・ネチアァ!」

ゴーラスは更に魔法を唱える。

彼方此方から火柱が立ち、辺りは火の海と化した。

「なっ!?」

「見たか? これが俺の力だ」

「あなたにそんな力がある筈……」

「舐めるな、ブルブァッホガハッ、ガバッゲボ」

「……まさか!」

「流石、大魔法使い様は違うね。そう、お察しの通りだよ」

ゴーラスが懐から取り出したのは液体の入った小さな紫色の小瓶。

「【魔水デリトナ】。魔界にある"命塊めいかいの泉"から採取される『生命の水』を濃縮して出来た液体。一滴飲むだけで魔力を十倍以上に跳ね上げる代物だ」

「あなたも知ってる筈。それは劇薬で、代償が……!」

「勿論知っているとも。魔水は数多の魂が一滴に納められている。その数、一説には数億以上。接種すれば忽ち魂達が身体の中を蠢き、精神を喰われて魔物に堕ちるか、死ぬだろうな」

「それを知っていながら!?」


『それでも、俺らはやらなきゃならないんだ!』


ゴーラスは息切れを起こし、時には吐血をしている。

「終わらせよう。あなたを手に入れられれば全てが終わるんだ!」

ゴーラスは小瓶の蓋を開け、中の一滴を舌の上に垂らそうとする。


『ヴァルヴォ』


その一滴が下に触れる寸前、來禾の唱えた呪文によって魔水は蒸発した。

すると、蒸発した滴から解放された魂が悲痛の叫びと共に溢れ出てくる。

その叫び声は、重苦しくも切なく、悲しみに溢れていた。

「やめて! あなたがそこまでする理由が分からない!」



『何をもたついている』



突如として、声が聞こえ始める。

僕はこの声の正体を知っていた。

「黒いレインコートの男!」

レインコートの男はどこからか瞬間移動してきた。

ゴーラスの胸ぐらを掴み、引き上げる。

「お前の目の前にいるのは捕らえるべき敵。それ以外の何者でもない。さあ、やれ。貴様が手を下さねば、私がやろう」

ゴーラスは黙ったまま、ただ、震えていた。

「さあ、殺れ!」

ゴーラスは右手を広げ、來禾に向ける。

「バイス……」

しかし、途端に男の方に手を向け、叫んだ。

「レビュラッ!!」



「嘗めたことを」



何が起きたのか分からなかった。

ただ、気づいたにはゴーラスの右腕が無くなっていた。

「ゴーラスッ!」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

ゴーラスの腕からは、血が溢れる。

片方の手で押さえるも怪我の範囲が広すぎる。

「う、はぁ、いっ、あ、あああああああああああああ!」

レインコートの男はゴーラスを投げ捨て、此方に身体を向ける。

「久しいな、その顔は。まさか、本当に生きているとは」

「あなたは一体……」

「ブルファ・リージュ。この顔を、忘れたとは言わせないぞ」

レインコートの男は深々と被っていたフードを脱いだ。

「な! あなたは!」

來禾の顔付きが変わる。

「この世界で再び再会するとは」

「【最厄ウォスト循環メビューズ】。全てはあなたが元凶だったのね」

長身、白髪だが顔立ちは二十代くらい。

頬に何かの紋様が付いているが、その意味は分からない。

物静かに見つめる瞳は、まるで全てを見透かしている様な雰囲気が感じられる。

「私が元凶? 酷い言われようだ。私は下される指示に従っているまで」

「指示? 誰に?」

「なんだ、君なら分かると思ったんだが」

「教えなさい。であるあなたが従う相手、そしてその計画を!」

「君聞く必要が無いだろう?」

「必要が無い?」

「そう。何故なら、君はだ」

「私が、知ってる……?」



『計画を指揮する者、そしてこの計画の全容を』



「どういうこと? 私が知る筈は……」

「ならば聞こう」


――君は何故、この世界へ?

「私は……」


――君は何時、この世界へ?

「何時……?」


――君は、こちらに来る前に何をしていた?

「何を、していた……?」


――君は、君自信が「奈落の魔女」と呼ばれている由縁を知っているかい?

「……」


「まあ、これ以上は話しても無駄な様だ。見たところ君は記憶を喪失している。人為的にだ」

「分からない。あなたは何を言ってるの!?」

「思い出そうとしなくていい。ただ、君に二つだけ忠告をしておこう。一つ、これ以上の計画の妨害は死を意味する。場合によっては君のそばにいる彼も命を落とすだろう。二つ、君が記憶を取り戻した時、決断を迫られる事になる。その時の決断次第では、失うものは計り知れない、と」

「全てを知っているかの様な口を!」

「知っているさ、君の全てを。なぜなら、私は最厄の循環【ウォスト・メビューズ】。歴史が繰り返す『最大の災厄』を招く事が私の宿命。来る時を待ちわびているよ、奈落の魔女【ブルファ・リージュ】。それまで、お別れだ」

「待てッ! イリード・バイス!」

來禾の呪文はウォスト・メビューズに届かず、奴は姿を消した。


「カハッ! ゲホゲホ!」

「ゴーラスッ!」



來禾はゴーラスに駆け寄った。

「ゴーラス、大丈夫!?」

「くっ、離れろ。もう時期、アレが来る」

「アレ?」

「ウィリス・レクターの、魔法騎兵が!」

「魔法騎兵……。そんな物、私が、私が全てを壊してみせるから。まだ、死なないで!」

「來禾。魔法騎兵って、何なんだ?」

「恐らく、発動者以外の者が魔法に関与しようとした時に発動する罠の一つ」

「それって、やばいんじゃないか!?」

「『やばい』なんて言う、レベルじゃないぞ。ウィリス・レクターの、魔法騎兵は、魔法陣に、数多の細工が、施された、最高級召喚魔法。並大抵の魔法じゃ、歯が立たない」

「ゴーラス、それ以上は喋らないで」

「ぐっ!」

「ゴーラスッ!」

すると、金属が擦れ合う音と地面に足を付く音と共に、異様な雰囲気を纏った騎士の集団が扉の向こうから迫ってきていた。

「な、なんだ……?」

「来た」

「早く、逃げろ!」


「青海來禾!」


巾兼由奈が走ってくる。

「一体、何が起きている!」

「魔法による罠が発動しました。これから、この一帯は魔法陣の支配下になります」

「魔法陣の支配下?」

「はい。魔法陣は、バルティエ・サン・ディガートによって抉じ開けられたを守る為、周囲に魔法陣を拡大・展開し、その範囲内にいる者を全て、無差別に殺します。その為の軍勢が『ウィリス・レクターの魔法騎兵』。通常の攻撃では彼等は死にません」

「なんだって!?」

「死なない!? 対処法は無いのか!?」

「無いわけではありませんが……」

「無いわけではないが、どうした?」

「方法、ですが。魔法陣の中枢核を構成する『何か』を破壊する事」

「『何か』っていうのは何だ?」

「中枢核には大抵は魔法エネルギーを含有する造形物が使われます。ですが、時には魔法エネルギーとは異なる形の無いエネルギーの塊や感情、記憶等が使われる場合があり、物理的破壊を不可能としている中枢核が存在します。しかも、現にこの状況から、魔法騎兵に真正面から特攻を仕掛け、その先の中枢核に向かうなど死にに行く様なもの。奇跡的に辿り着いたとしても、破壊可能かは賭けになります」

「私達は手が出せないのか……」

巾兼由奈は少しばかり考えた。

「青海來禾、魔法陣の範囲に限界は?」

「規模は不明ですが、恐らく3キロ程度が限界かと」

すると、巾兼由奈は携帯端末を手に取り、通信を始めた。


【CONNECT】


「もしもし、私だ。執行機関の巾兼由奈だ」

――「受信。こちら衛都機動作戦指令本部、受信者は深川。巾兼特級執行官、用件をどうぞ」

「宮本作戦指令長に繋げてくれ」

――「用件を受諾しました。転送します」


【Re:CONNECT】


――「宮本だ。何か分かったかね、巾兼君」

「全隊に告げて頂きたい」

――「どうした?」



巾兼由奈は、事の詳細を伝える。



『周辺住民の避難が済み次第、魔法陣を中心に半径5ブロックを完全封鎖。警戒Level7の隔離領域に指定して下さい』



――「……すまないが、君に衛都機動こちらの指揮権は無い。ある程度は考慮するが、最終決定は私だ」

「そんな事を言っている場合じゃない。今、この作戦の最前線にいるのは私です。現状をどうか、他の部隊に伝達をッ!」

――「拒否する」

「なッ! 何故ですか!?」

――「迎撃する。作戦を続行せよ、巾兼特級執行官」



【NO CONNECT】



「くそううううう、何故だ!!!」

「巾兼さん!」

巾兼由奈は、携帯端末を地面に叩き付けた。





「受信。こちら衛都機動作戦指令本部、受信者は深川。……ゆ、湯崎執行長官! 御用件をどうぞ。……はッ、直ちに!」

深川は、椅子を百八十度回転させ宮本の方を向く。

「宮本作戦指令長、執行機関の湯崎長官です」

「繋げろ」


【CONNECT】


――「久しぶりですね、宮本作戦指令長」

「湯崎執行長官殿、何かありましたかね?」

――「すみませんが、私も時間が無いもので。話は早く終わらせましょう」

「ご用件は?」



――『私の部下を粗末・無下に扱わないで頂きたい』



「と、言いますと」

――「先程の通信を傍受させて頂きました」

「それは、誉められた事ではないな。どうなるか分かっているのか?」

――「失礼を承知で申しております。ただ……」

「ただ?」

――「あなたが何時から、どの様にしてその席に座っているのか、聞かれたくなければ静かに此方の言う事を聞くことです」

「どういう意味だ?」

――「現状、レベル5のフィジクスエラーが確認されているのはご存知の筈。最前線に立つ私の部下が、それを踏まえて『撤退せよ』と、頼んできている」

「何が言いたい」

――「失礼、単刀直入に言うつもりだったんですが・・・。言ってしまいましょう。現在、都市防衛機構の最高指揮官である『最高管理責任者』。そして、その補佐官である『三大官』は異例のという状況。本来の戦闘・作戦指揮は衛都機動そちらが保持していますが、今回のコードネーム『エラーファイブ』の対応には、全機関総動員で対応しています。よって、指揮権は四大機関にもあり、判断・決定権は四大機関こちらにも、ということ」

「確かに、あなたの言っていることは正しい。しかしながら、だ。巾兼特級執行官は、あなたの補佐官――執行機関のナンバーツーではあるが指揮権は無い筈だ」



――『権限を巾兼特級執行官に代行させているとしたら?』



「何?」

――「実は現在、私も用事が立て込んでいて席を外しているのです。その為、巾兼由奈特級執行官には私の代行をさせています。事前に通達は出している筈。もしや、『知らなかった』とは、言いませんよね?」

「……すまない、私としたことが少々抜けていたようだ」

――「……そうですか、残念です。のですが」

「なんだと貴様」

――「四大機関各長官、衛都機動総統、三大官、最高管理責任者。私達は、ある一定の規定に則り、有事の際は権限代行者として、副官を選任する事が可能です。しかし、その通達は事が規定として定められている事は、衛都機動総統である貴方であれば重々承知の筈」

「……失礼した。私も現状、立て込んでおり頭が回っていなかった」

――「そうでしょう」

「馬鹿にしているのか?」

――「失礼。ただ、だろうと思いまして」

「ま、真似事だと!?」

――「言った筈です。『あなたは何時から、その席に座っているのか』、と」

「……」

――「答えろ、何者だ。宮本孝蔵は何処だ」

「私は答えんぞ」

――「そうか。やれ」

そこへ、全身黒い装束に身を包んだ黒子の様な者が二人。

「動くな、定責議会だ!」


「嘘だろ」

「何事だ?」

隊員達が騒ぎ始める。

その中の一人、作戦指令本部副長官の柳沢敦紀やなぎさわあつのりが前に出てくる。

「定責議会、どういう事だ? ここは重要区域、定責議会と言えども部外者の立入は禁止されている場所だ! 」

「公安に対する反旗を翻す者有り」

「我々、嫌疑者の連行命令を受けている」

「何を言っている。次に語る言葉次第では、お前らの身体に風穴を開けるぞ!」

柳沢は銃を向ける。

「やってみろ」

「貴様の首が無くなるだけだ」

定責議会の二人は、瞬時に宮本孝蔵の座る椅子まで移動した。

「衛都機動総統兼作戦指令本部長 宮本孝蔵みやもとこうぞう

「偽称及び公安毀損とそれに付随する謀略の嫌疑により」

「「これより懲罰裁量を行う」」

「同行願おう」

「拒否するならば、この場で公死刑を執行する」

定責議会の二人は、銃を宮本のこめかみに突き付ける。

宮本孝蔵――もとい、偽物は笑みを浮かべた。

定責議会君達は随分、手荒な真似をするようだ」




To be continue.

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