第5話 見えざるイト(3)

「おい、婆さん」


 ――深夜の路上。


 昼間と人通りの多さは変わらずとも、歩く人の人柄が変わった霧紫のビル街に、その場に似つかわしくない杖を突いた老婆と見るからに悪そうなチンピラが数人。


「おい、婆さん。ここで何してんだ?」

「悪い事は言わねぇ。早くここから消えな」

 チンピラと言っても、幾分、気が利く様だ。

「帰るんなら、駅まで送ってくぞ」

 老婆は、その場に立ち尽くしたまま、動こうとも、何かを話す様子もない。

「婆さん!」

 チンピラの一人が老婆に触れようとした時だった。



「…………げ」



「今何つった、婆さん」

 口を開いた老婆は、続けて懐から何かを取り出した。

「な、何してんだ婆さん!」



「早くお逃げ! あたしゃ、お前らを殺しちまうよ!」



 老婆が手に持つのは、黒光りする刃渡り三十センチ程の包丁。

 老婆はその包丁を振り回し始める。

「危ねぇ!」

「に、逃げろ!」

 チンピラは散り散りに逃げるも、老婆は後を追い始める。

 老婆、いや人に有るまじき脚力で宙を飛び、その高さは少なくとも五メートル以上に達する。

「あの婆さん、化け物か!」

 地に足を着けた老婆は、更に地面を強く蹴り、地面擦れ擦れを滑空する。

 蹴られた地面は、人の仕業と思えない程、抉れていた。

 風を切る音がチンピラに迫る。

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

「来るな、来るんじゃねぇ!」



 次の瞬間、チンピラの首が地に落ちた。



 ◇



「ったくさ~、勘弁して欲しいよ」

「仕方ありませんわ。こういう職業柄、事あれば現場に赴きませんと」

 巾兼由奈とアリア・バレット。

 二人は爽弥と別れ、腹ごしらえしようと雫霜月で電車を降り、飲食店を探している時だった。

 巾兼由奈の携帯端末が、電話の着信を告げる。



「はい、もしもし」


 ――『お疲れさま、巾兼特級執行官。湯崎ゆざきだ』



 電話の相手は、巾兼由奈とアリアが所属する公安局執行機関のトップ、湯崎凉一ゆざきりょういち執行長官である。



「お疲れさまです。湯崎さん」


 ――『突然で申し訳ないんだが、君に関わってもらいたい案件が一つできた』


「私にですか?」


 ――『傍にはアリア・バレット執行官もいるのだろう?』


「い、いますが……。そういうことですか」


 ――『君達が適任だと思って声をかけたんだ。理解が早くて助かる。場所は、木橋きばしだ。詳細は端末に送っておこう』


「了解しました」



 電話はここで切れた。

「アリア……」

「言ってるそばからこれですわね」

「まあまあ。それじゃ、行こうか」

 来た道を戻る二人であった。



 ――現場。

「お疲れさま~」

「お疲れさまです。巾兼特級執行官、バレット執行官」

 二人は、警備の者にC.D.Oのバッジを見せ、規制線をくぐり現場へと向かう。

 遮蔽の為にかけられたブルーシートをくぐり目にするのは、いつも通りの息絶えた屍だった。

「ったくさ~。この街はホント多いね、チンピラ」

 ブルーシートに囲われ横たわるのは、刺青やピアスをしたチンピラ六名。

 その場には、異様な雰囲気と悪臭が漂う。

「ッ!」

 アリアは、口を押さえ目を背ける。

「あー、アリア。慣れなきゃ外にいてもいいぞ」

「い、いえ……。これも、師匠に近づく為の試練。逃げませんわ」

「そうか。無理はするなよ」

「わ、分かっていますわ」

 巾兼由奈とアリアの会話が終わるのを見計らったかの様にして、一人の男が近づいてくる。

「やあ、お疲れさまだね。巾兼さんとアリアちゃん」

「どうも、能天気の浦川さん」

 巾兼由奈は、嫌味っぽく言うも、浦川は微笑んで返す。

「能天気ってひどいな~」


 ――浦川浩輝うらかわひろき

 公安局警察機関の捜査官で、巾兼由奈の二年先輩にあたる。

 過去の事件で関わってから、よく飲みに行く仲である。


「それで、今回は?」

「それなんだけどね。これを見てほしい」

 そう言って、浦川が取り出したのはパソコンだった。

 画面を開くと、動画が表示される。

「監視カメラの映像?」

「そうなんだ」

 浦川がエンターキーを押すと、動画が再生された。


「な、何これ・・・」

「ね、ビックリした?」


 そこに映っていたのは、老婆が人と思えない動きをして、チンピラの首を狩る様子。

「分かってはいたけど、これは酷いわ」

「こんな案件だから。また、宜しく頼むよ?」

「そっちこそ!」

 浦川と巾兼は、強く握手した。


 ◇


「爽弥ぁ~、爽弥ぁ~」

 遠くから声が聞こえる。



「爽弥、起きろ!」



 僕は、顔面にめり込む何かと、そこから迸る痛みで目を覚ました。

 体を起こすと、ベッド赤く染まっている。

 顔を右へ向けると、扉に隠れた緋那がニッコリ笑ってこちらを見ている。

「どうだった!?」


「鼻から血を流しての起床は初めてだッ!」


 ◇


 この後、來禾に魔法で治してもらった。

 流石は魔法、あっという間に血は止まり、痛みが消えた。

「あー、よかった。ありがとう來禾」

「いいよー」

 すると、一階から母さんの声が聞こえてくる。


「爽弥ぁ~! 早くしないと学校に遅れるわよ~!」


 時計を見ると、七時五十二分。

 家から駅までは二十分。

 乗る予定の列車は八時十七分に出る快速電車。

 それが朝のホームルームに間に合う最後の列車だ。

 つまり、家を出るまで残り五分。

「嘘だろ!」

 考えている暇など無かった。

 歯を磨き、顔を洗い、着替えを済ませてバックを肩にかける。

 扉を押し開けて外に出た。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃーい♪」

 腕時計を確認すると、現在八時調度。

 走れば幾分早く着くが、それが間に合うとも限らない。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 徐々に商店街のアーケードが見えてくる。


 ――この時点で、八時十二分。


「もう少し!」

 アーケード手前で大通りの信号が行くてを阻んだ。

「こんな時に!」

 通勤時間ということもあって車通りが多い。

 やっとのことで信号が青になる。


 ――現在、八時十四分。


 商店街を突っ切れば駅前広場。距離は約五百メートル。

「よし、間に合う!」

 行き交う人の間を縫うようにして駆け抜ける。

 商店街の中を走りきり、改札に飛び込んだ。ホームに着いたところで時間を見る。

「時間は!」


 ――現在、八時十六分。


 間に合った。

 ホームのベンチで列車を待つ。

「来ないな」

 八時十七分、列車が来ない。

 ふと、案内板を見たときだった。



 ――『八時十八分 各駅停車 霧紫』



 八時十七分の列車の表示が無かったのだ。


 ――運休? 遅れてる?

 いや、そんなニュースは聞いてない。

 何かあれば、案内放送があるはず。


 理由が見つからなかった。

 辺りを見回していると、時刻表が目に入る。

 そこに、一枚の張り紙があった。

「ん?」

 恐る恐る顔を近づけると驚くべき内容が書いてあった。


 ――『四月三十日 ダイヤ改正』


 今日は、四月三十日。

 本来、乗るはずだった列車は三分早い、八時十四分に発車していた。

「終わった……」

 遅刻する絶望に浸り、呆然と立ち尽くしてるときだった。


「あ、爽弥」


 声のする方を振り返ると、そこには綾音がいた。

「綾音?」

「なんで疑問形なのよ」

「いや、まだいたんだと思って。遅刻するぞ?」

「爽弥に言われたくないわ」

 どうやら綾音も、ダイヤ改正について忘れていたか、全く知らなかったようだった。


 ――八時十八分。


 目的の電車がやって来た。

「二番線ご注意下さい。二番線には各駅停車 霧紫行きがまいります。黄色い線の内側でお待ちください」


「「さ、死にに行こうか」」


 熱血鬼教師への特攻の決意と無事に生還するという希望を胸に、僕らは電車に乗った。


 ◇


 教室に着いた時には、すでに朝のホームルームが終わっていた。

 職員室へ戻ろうとしていた鹿馬を呼び止め、遅刻したことを報告する。

「お前ら……、今何時だと思ってる?」

「「すみませんでしたっ!」」

「まあ、いいよ。今それどころじゃないから」

 僅かに見せた怒りの顔は、何かに書き消された。

「先生、どうしたんだろ?」

 他のクラスのホームルームも終わったようで、生徒が教室から出てきた。

 それと一緒に先生もでてくるが、先生は皆、早足に歩いていく。

「なんか、変だな」

「確かに……」

 一時間目の予鈴が鳴り、席に着いたところで学級委員長が前に出て言った。


「今日、一時間目の授業は古文から自習に変わりました! 先生からプリントを預かってきているので、これをこの時間で終わらせてください。終わった人から静かに読書になります」


 やはり、何かあったとしか思えない状況。

 綾音を見ると、どうやら同じ考えらしい。

 しかし、自分達に何かができるわけでもないので、目の前のプリントをひたすら解いた。

 案外、難しくなく十数分で解けた。

「簡単だったな」

 時間ができたので、久しぶりに小説を書くことにした。

 書くと言っても、短編だ。

 頭に浮かんだ情景を言葉にし、形にする。

 時間、場所、人、空、構造物、形無き心の感情まで……。



 ――読んだ人が、主人公になれるような物語を描きたい。――



「こんなレベルの奴が言えることじゃないか・・・」

 十分程で書き上げた数ページの物語。

 他の誰にも見られることなく、そのページは閉じられた。


「何よそれ」


 隣から声がしたので視線を向けると、綾音が気持ち良さそうに昼寝をしていた。

 どうやら、寝言らしい。

 てっきり、今書いていた短編小説を読まれたのかと思った。

 その時、



「もう我慢できないっ!」



 クラスメイトの一人が立ち上がった。

「委員長。私、早退します!」

 大声で早退宣言をしたのは、柳瑞希やなぎみずきだ。

「何を言ってるの?」

 突然の事で委員長は目を丸くしている。

 瑞希は至って健康そうに見える。

 何故、早退を申し出たのかは分からない。

 彼女が早退する理由が明確ではない以上、委員長はオーケーと言わないだろう。

「何を理由に早退するのですか」

「…………」

 瑞希は暫しの間、委員長を見つめていたが、突然、一目散に走り出した。

「待ちなさい!」

 委員長も瑞希を追って走り出す。

「爽弥、行こう!」

 寝ていた綾音は目を覚ましていた。

「行こうたって、行ってどうすんだよ」

「何かおかしい。特に、瑞希ちゃんの様子が」

「様子?」

「いいから!」

 綾音に腕を引かれて教室を飛び出す。

 階段を駆け降りる音がしていたので、階段を降りていくと、途中、踊り場の窓から委員長と瑞希の姿が見えた。

「急がなきゃ!」

「おい、待てよ!」

 下駄箱まで来たときだった。

「お前達、何してる!」

 なんとも運悪く、事務の先生が見ていた。

「授業中だぞ! 教室に戻れ!」

「(こんな時に限って!)」

 この現状をどう乗り越えるか考えていた時だった。


「あら? 空門さん、まだ帰られてなかったんですの?」


 アリアが二階から降りてきていた。



 ――何故、アリアがここに?



「先生。彼は、少々熱があるようでして、今帰られるところだったんですの」

「そうだったのか。すまなかったな、帰ってゆっくり休むといい」

「ありがとうございます。失礼します(サンキュー、アリア!)」

 アリアが上手く誤魔化してくれたお蔭で、そう時間を取られることは無かった。


 ◇


「お祖母ちゃん、何処にいるの!」

「待ちなさい! 今は授業中よ! 校舎の外に出ていいと思ってるの!?」

「お祖母ちゃん、待ってて! 今行くから!」

「あなた! 待ちなさい!」

 委員長の声は、もはや瑞希の耳には届いていない。

 瑞希は右に行っては真っ直ぐ、左に行っては真っ直ぐを繰り返した。


 そして、一つの建物へと辿り着く。


「待ってて、お祖母ちゃん」

 瑞希は躊躇いも無く、建物の中へと姿を消した。

 やがて、委員長も辿り着く。

「こ、ここは……」


 ――旧鷲島病院。

 現在では、霧紫大学付属病院に患者を取られ、廃病院と化した元霧紫最大の病院である。

 ここのトップであった鷲島院長は、背負った借金の膨大さに滅入り、さらに家族離散に遭ったことで、院長室で首を吊って自殺したという。

 今でも、鷲島院長の霊が彷徨っているとされ、心霊スポットとして名高い場所だ。


「う、嘘でしょ。こんなところに入っていくなんて……」


「委員長!」

 やっとの事で追いついた。

 中々、走る機会が無いもので僕は息切れを起こしていた。

 それを横目に、綾音は生き生きとしている。

「委員長。瑞希はこの中に入っていったんだよね?」

「そうです。もしかして、崎川さん。あなた、この中に入っていくつもりですか!?」

「そうしないと、瑞希ちゃんが心配だし」

「ですが、もっと別な方法が……」

 綾音は、委員長の言葉を絶ち切るように言った。


「多分、別な方法探してたら、間に合わなくなる」


 いつもとは違う真剣な眼差しを僕は目にした。

 見据える先は、廃病院。

「ですが!」

 綾音は微笑み、委員長の口を押さえた。

「へへーん、大丈夫! 任せて!」

「大丈夫じゃないだろ! まずは公安局に連絡だ!」

「行くよ、爽弥」

 僕の声は届いていないのだろうか。

 綾音は、前へ前へと進んでいく。

「すみません、私はここに残って公安局に連絡します。と、建前はこうですが、やっぱり不気味です。あの廃病院に入りたくないんです」

 委員長は、肩と膝をを震わせて怯えていた。

「委員長、無理しないでください。大丈夫です。僕が瑞希を助け出しますから」

「……お願いします、爽弥さん!」

 委員長は、目に涙を浮かべていた。

 今にも足から崩れてしまいそうに身体全体で震えている。

「委員長。一つだけ、頼み事があります」

「な、なんですか?」


 ◇


「爽弥、遅いよ?」

「ごめん」

 建物内は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせている。

 あちらこちらに医療器具や機器類のコード、ガラスの破片などが散乱している。

 今にも、院長の幽霊が出てきそうだ。

 そんな綾音は、こっちの気も露知らず前へ前へと歩いていく。


「お祖母ちゃん、どこー!! どこにいるの!?」


 上階から響き渡る瑞希の声。

「爽弥!」

「おう!」

 近くの階段を駆け上がる。

「瑞希ちゃん! 何処にいるの!」

「何処だ!」

 五階まで上がったところに彼女はいた。

 ふらふらと彷徨う様にして何かを探している。

「大丈夫か、あいつ」

 綾音が、瑞希へと近づいていくと瑞希は走り出した。

「そこにいるのね、お祖母ちゃん! 待ってて、もうすぐだから!」

 廊下の端にある階段を躊躇無く駆け上がる。

 僕らもついていくが、途中で見失っていた。

「見失った?」

「そんな、私達は瑞希ちゃんをしっかり追っていたはずじゃ……」

『見失った』と言うよりは、『忽然と姿を消した』と言った方がいい。

 七階で行き止まりのこの階段。

 上がりきれば、左折しなければならないが、その廊下に誰もいなかった。

「近くの部屋に入ったのか?」

「にしても、静か過ぎない?」

 突然、訪れた静寂が嫌な不安感を抱かせる。

 一つ一つ部屋を見てまわるが、瑞希の姿は何処にもない。

 その時だった。

「ねぇ、向こうの棟に誰かいない?」

「そんなはずは……」

 綾音に言われて窓の向こうに目を向けると、それは間違いなく彼女、瑞希の姿だった。

「嘘だろ!?」

 この鷲島病院は、全部で四棟からなる建物で、それらを繋ぐ連絡通路は建物中央と両端にある。しかし、それは四棟あるうち三棟の話であって、今、瑞希がいるのは連絡通路が存在しない「隔離病棟」。

 この短時間で、どうやって移動したのかは分からないが、迷っている暇は無い。

「爽弥!」

「行こう!」

 急いで一階へと戻り、隔離病棟へと向かう。

 入り口まで来ると、赤いペンキで書かれた立札に、南京錠と鎖で堅く閉じられた扉が待っていた。



 ――怨霊、悪霊ニ憑カレタクナケレバ、コノ先、入ルベカラズ。――



「どうすんだよ」

「見てよ、これ」

 よく見ると、南京錠は既に破壊された後だった。

 所々、鎖は断ち切れており、その役目を果たしていなかった。

「まるで、呼ばれてるような気がしてならないんだが」

「行くわよ」

「……おう」

 階段を上がり、先程、瑞希がいた部屋へ来ると、瑞希の姿は無かった。

「だよな」


 ――「ブーブーブー」


 携帯のバイブが鳴り、確認するとメールが一通届いていた。

 それを開いて読んでいると、廊下を反響し聴こえてくる声があった。


「お祖母ちゃん!」


 何処にいるのかは分からない。ただ、その声を追うしか方法が無かった。

 階段まで来ると、瑞希が上の階にいることが分かった。

 最上階まで来たときだった。突然、風が吹き始める。

「屋内で、風?」

 風が流れる方向を見ると、屋上へ上がる階段があった。

 自殺防止の為か、鉄格子で堅く閉じられていたのにも関わらず、何かで突き破った跡がある。

「この、先なのか?」

「行こう」

「ちょっと待て、綾音」

 僕は、綾音の腕を持ち、綾音を制止した。

「何よ」

「おかしいと思わないか?」

「どこが?」

「瑞希の様子や行動。瑞希を追ってきた過程。何かに操られているのは分かるが、どうして始めからここに連れてこなかったんだ?」

「知らないわよ、そんな事。早く行かないと瑞希が!」

「公安局を待て!!」

「そんなのを待ってたら間に合わない!」



『何が、だ?』



「何が間に合わないんだ?」

「こんな時に何を言ってるの? 瑞希の命に決まってるでしょ!?」

「何故?」

「何故!? 何かに操られているかもしれないのよ?」

 僕は、少し笑った。そして、綾音から距離を取る。

「操られているからといって、命が狙われるとは限らない。大抵、誰かを操り誘き出すってのは、物語だと……」

「馬鹿を言わないで! 今は小説の話をしている場合じゃないのよ!」

「じゃあ、一つ聞かせてくれ」




『お前、【綾音】じゃないな?』




 言い合いの最中、突如生まれた静寂。

「……な、何を言うの?」

「今まで、俺がお前を呼んだ時、いつも返答が無かった。それは、無理に答えて『ボロが出るのを防ぐ為』じゃないのか?」

「私が偽者だって言うの!?」

「ああ、そうだ」

 僕は、即答した。

 そして、ポケットから携帯電話を取り出す。

「これを見ろ。崎川綾音は今、学校にいる」

 僕の携帯には、綾音の寝顔が写っていた。

 受信時間は、僕が学校を出てから十分程経っている。

「これは、ここに入る前に、委員長からアリアに頼んで僕に綾音の写真を送ってもらったんだ。さっき制止した時に、振り払ってまで屋上に向かっていれば、もう少し疑っていられたんだけどな」


 そこへ、ある二人が現れた。


「爽弥さん、ご名答ですわ」

「うわぁ、私がいる」

 アリアと綾音本人だ。


「チィッ。多少は頭が回るみたいね。もう少しだったけど、まあいいや!」


 偽物の綾音は、階段を駆け上がり屋上へと向かった。

「僕達も行こう!」

「うん!」

「はい!」


 ◇


「待っていたよ」


 屋上へ出ると、そこには三辻と秋風紬。

 そして、十字架に磔にされた瑞希と老婆がいた。

 老婆は、瑞希の祖母だろう。

「お祖母ちゃん! お祖母ちゃん!」

 瑞希は祖母へ声をかけるも、返事が無く、四肢と頭は力尽きた様に垂れ下がっている。


「お前。瑞希のお祖母ちゃんに何をした」


 綾音が怒っている。

「聞いてどうする?」

「いいから答えろ!!!」

「何をしたか……。 フフフ、紬の遊び道具にさせてもらったよ。最後は、この娘や君達を誘き出す道具としてもね」

 すると、アリアが前に出る。

「なんて卑劣な……。許しませんわ! あなた達を」


「お前を、殺す!」


 アリアの前に出て綾音は叫んだ。

 そして、三辻に向かって走り出す。

「落ち着け、綾音!」

 激昂する綾音。

 名前を呼んでも、耳には届いていない。

 僕が綾音を制止する為に走り出そうと足を上げる時だった。

 体が何かに引っ張られた。

 引っ張られたと言うより、足に何かが張り付いていて持ち上がらない。

 足元を見ると、魔法陣があった。

「これは!?」


「それは、お前を貼り付けにする魔法陣だ」


 魔法陣は、三辻によって展開されたものだった。

「空門爽弥。お前は、黙って其処で見ていろ」

「くそっ!」

 いくら足を上げようとしても、足が魔法陣から離れない。

「綾音をッ……!」

 綾音の方を見ると、綾音の右手が眩く光り始める。

「な、なんだ?」

 徐々に輝きを増す右手。すると、綾音は三辻に向かって走り出す。

「おりゃあああああああああ!!!!」

「待て、綾音!」

 次の瞬間、輝きは爆発的に大きくなり、綾音の右手には綾音の身長と同じくらいの大きな『剣』が握られていた。

 綾音が剣を三辻に振り下ろそうとした時だった。



「そう焦るでないぞ。直ぐに、貴様の息の根を止めてやろう」



 三辻と綾音の間に、袴姿の人間が立ちはだかり、綾音の剣撃を同じ剣撃で止める。

「この佐久間平蔵が、直々に貴様の相手をしてやる!」

「あなたは! この前、学校にいた侍男!」

 アリアが男に気付く。

 佐久間もアリアに気付き、アリアを見て嗤う。

「ハハハ! あの時の小娘ではないか! あの時は命拾いをしたようだが、今日が貴様の命日なり!」

「あなたを牢屋にぶちこんで差し上げますわ!」

 アリアが佐久間に攻撃しようとした時だった。

 アリアの目の前に黒い槍が突き出された。

「ねぇねぇ、あなたの相手はこの秋風紬だよ?」

 槍が突き出てきた方向に目をやると、黒装束がいた。

 その向こうには、秋風紬は笑みを浮かべて立っている。

「そう簡単には、行かせてくれなさそうですわね」

 アリアは侍男を見てふと思った。


 ――侍男がいる。しかし、学校で見たときは仲間がいた筈。今のところ、仲間の姿は見えない。なら何故、今は単独なのか。他の者は、一体何処に。


「ねぇねぇ、どこ見てるの?」

 秋風紬に目線を戻した瞬間、目の前には黒装束が至近距離で立っていた。

 黒装束は、槍を刺さんと構えている。

「死んじゃえ!」

「――――!!」

 頬から数センチ離れたところを風を切る音と共に、槍が通り過ぎる。

接触拒否アンタッチャブル!!」

 アリアは、間髪入れずに黒装束に反撃する。

 鈍い音がしたかと思うと、黒装束は遠くに吹き飛んだ。

「あなた方は一体!」

「そんな事、聞いてる場合?」




「殺戮の妖刀――名刀『紅夜叉あかやしゃ』。目を付けた獲物は必ず仕留めるこいつの刀身は、幾多の戦いで塗られた生き血を吸って変色し、紅に染まる。次は、貴様が染める番だ」

「ウゥゥゥ。ウアアアアアアア!」

 佐久間と綾音はお互いに斬りかかる。

「成っておらぬぞッ!」

 佐久間は、後ろに下がり綾音と距離を置く。

 そして、刀を鞘に仕舞い直立する。

「刀というのは、好き勝手に無造作に振るものではないぞ、小娘ぇぇぇ!!!」

「ウアアアアアアア!!」

 綾音は、佐久間に向かって走り始める。

 佐久間は、姿勢を低くして刀に手をやる。


「佐久間流 『居合』 紅葉狩りィ!」


 綾音は真正面から大剣を振る。

 すると、金属同士がぶつかり合う甲高い音を響かせ、火花が散った。

「ウゥゥ」

「貴様、やりおる。我輩の十八番を止めるとは」

 佐久間は、笑みを浮かべる。

「だが、を止めたところで図に乗るな小娘」

 次の瞬間、綾音の頬が一センチほど切れて血が滴った。

 まるで、何かで斬られた様に。

 そして腕、太もも、脇腹と至る所が次々と切れて出血する。

 数を増していく傷。

「ウ、ウゥゥ……」

 遂に綾音は、気を失い倒れた。

「綾音!」

「綾音さん!」

「もう倒れたか。これでは、魔術を使うまでもないわ」

 佐久間は、剣を高く振り上げる。

 それを見たアリアは、綾音を助けようとするも黒装束に囲まれる。

「――――!」

「行かせないよ?」

 紬はニヤリと笑みを浮かべる。

「綾音! 目を覚ませ綾音ぇぇぇぇぇ!!!」

 僕の声が気絶した綾音の耳に届かないことは分かっている。

 それでも――。

「綾音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!!!」

 佐久間は、綾音の髪を鷲掴みにして持ち上げ、言った。






「死ね、大剣を携えた小娘よ」







 To be continue.

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