第4話 見えざるイト(2)

 ――『死』。


 それは、誰も逃れることの出来ない生きる者の定め。

 どう足掻こうと辿り着く、命の終点に他ならない。

 何気ない今日もまた、一つの命が終焉を迎える。


 ◇


「おばあちゃんっ!」

 ここは、病室。

 まだ日が昇りきらない昼前のこと。

 1人の少女が、ベッドの上で安らかに眠る老人の手を握り、泣いている。

 その周りを、大勢の人が囲んでいた。

 涙ぐむ者やそれを慰める者、葬儀の手配だろうか部屋の隅で電話をする者。

 それを、少し離れたところから見ているのは医師と看護師である。

「お悔やみ申し上げます」

 医師と看護師はそう言い残し、病室を去っていった。

 それと同時に、他の者も病室を後にしていく。

「それじゃ、また後で」

「はい、ありがとうございました」

 病室に残るのは悲しみのみ。

 ただ、彼女の啜り泣きのみが部屋に響く。

「うぅ、おばあちゃん……」

瑞希みずき。そろそろ、行くわよ」

「もうちょっとだけ」

 瑞希は、今は亡き祖母と二人きりになる。

「う、うぅ」

 ベッドのシーツを握りしめ、顔を埋める。

 止めどない涙がシーツを濡らす。

「もっと、ずっと……」



「…………」



 この様子を、遠くから見つめる者が一人いた。

 送電線を吊るす鉄塔。

 その一番上から、双眼鏡を使って瑞希を見ている一人の少女。

 傍らには、黒装束を纏った者が数人。


「いい玩具おもちゃ、みーつけた♪」


 少女は、ゴスロリ風の格好に黒い日傘を差して不適に笑う。



 ◇



 僕は、窓から外を見つつ物思いに耽っていた。


 ――昨夜、黒装束が去った後のことだ。

「ピンポーン」

 インターホンが鳴る。

「爽弥~、出てちょうだい」

「はーい」

 こんな時間に誰が来るのだろうかと、疑問に首をかしげながら玄関に向かう。

 玄関に着くと、怪しげな影が二つ。

「どちら様ですか?」

「公安局です。少々、お伺いしたいことがありまして」

 僕は、扉を開けた。

「なんですか?」

「この辺りで、不審者が彷徨うろついていると近隣住民から情報が入ったんですけども、何か知りませんか?」

「さ、さぁ? 知らないですけど」

 先程の黒装束の一件についてだろう。

 この周辺には、公安局が僕を監視する為に取り付けられたカメラが幾つも付いている。どうこう思われるのも仕方がない。

「そうですか。何かあれば公安局まで連絡をお願いします」

「分かりました」

 公安局の男二人は、そう言って帰っていったのだった。


 ◇


「(まあ、いいか)」

 僕は、深く考えたところで、どうしようもないからと、考えることをやめた。

 そこへ、

「なぁ、死んだ人って生き返るとおもうか?」

「は?」

 唐突すぎて謎な質問。

 何を思って、何をきっかけにそんな質問をするのか。

 幸助は、頭もスポーツも優秀な文武両道を生きる優等生だ。しかし、ときどき訳の分からないことを言い出す。

 幸助は、こちらを凝視して答えを待っていたので、簡単に、普通に答えた。

「生き返るわけ無いだろ。ありえない」

「だよなー」

「何かあったのか?」

「なんだ、気になるのか?」

「そういうこと言われて、気にならない奴の方がいねぇよ」

「いやさ、今日のニュースでそんな特集をやっててさ」

「特集?」

「おう。なんでも、かの有名な霧紫大学附属病院の患者がな、死んで安置室に運ばれた次の日に、目を覚まして元の病室に戻ってたって話だ」

 なんて話だ。

 そんな話、朝から聞きたくない。


 ――死者が生き返る。

 そんな話は、オカルトではよくある話。実際のところは、医療機器の未発達が故の医師の誤診。心肺の仮死状態を「死亡」として判断していたのだろう。

 だが、この現代。しかも、あらゆる分野の最先端技術が集まる都市でそんなことがあるのだろうか。


「いいよ、そんな話」

「なんだ? 怖いのか?」

「は!? ちがうわ!」

「さぁ、みんな静かにー。ホームルーム始めんぞー」

 気づけばチャイムは鳴り終わっており、鹿馬が来ていた。

 幸助は慌てて席へと戻る。

「そんじゃ、出欠とりまーす」

 一人一人の名字を呼んでいく。

 そして、今日もまた「返事の無い者」の名を呼んだ。

「九条さーん。九条結さーん……。また今日も、休みか」

 九条結――。

 狼男と戦った日から一週間が経った。

 あの日以来、彼女は姿を見せていない。

 鹿馬も、九条結に関しては一言もクラスに伝えていない。

 事故、急病、それとも連絡が取れないのだろうか。



 ――お願い、助けて。



 あの言葉からして、九条結の身に何か起きたとしか考えられない。

 しかし、彼女に何が……。

「おーい、空門。空門!」

「ん? あ、はいっ!」

 僕は、呼ばれていたことに気づかなかった。

「『あ、はい』じゃねぇッ!」

 どこから持ってきたのか分からないが、僕の額にハニワがロケットの如く飛んできた。

「いってえええええええええ!」

「そりゃそうだ! 先生お手製の『デストロイハニワ君一号』だからなァ! 他の奴等も、授業に集中してなきゃコイツが飛んでくぞ!」

 そう言って鹿馬が握り締める右手には、ニヒル顔のハニワ君がいた。



 ◇



 ――放課後。

 僕は、九条結について何か知らないかを鹿馬に聞くため、職員室に来ていた。

 職員室は、無事に放課後を迎えた教師の雑談と翌日の準備で忙しそうにしている教師同士の会話などで騒がしかっ た。

「どうしたんだ?」

「単刀直入に聞きます。九条結さんに何かあったんですか?」

 質問を終えると鹿馬の顔からは、先程まであった明るさが無くなった。

「九条結、か……。実はな、私たちも連絡をしてるんだ。一向に繋がる気配はないけどな」

「家には行ったんですか?」

「ああ、行ったさ。ただ、そこは空き地だったよ。何十年も前からな」

「どういうことなんですか?」

「偽の住所だったんだよ。その理由は、私にもわからん。それが、今伝えられる私からの全てだ」

 何の根拠も無く、僕は鹿馬に尋ねていた。このような答えが返ってくることは、聞く前から分かっていたはずなのに。

 それでも、何も結果を得られなかったことに肩を落とす。

「そう、ですか……」

「どうしたんだ、急に。お前、そんなに九条結と仲良かったか?」

「いえ、そういうわけでは」

 僕は、これ以上探られることを避けるため、職員室を後にした。


 ◇


 学校からの帰り道。

 駅へ続く道を歩いていた。

 もう夕方だと言うのに、多くの人が行き交う新都市霧紫。

 その中に、紛れるようにして『彼女』は現れた。

 見たことのある後ろ姿に、つい叫んでしまう。

「九条ッ!」

 彼女は、進める歩を止めて一瞬振り向くも、身体を戻して今度は走り出した。

「待って!」

 人と人の間を縫うように彼女は走っていく。

 いくら走ろうと、僕は彼女についていくことしか出来なかった。

「(追いつけない!)」

 随分、走り続けていたためか、足が前に進まなくなる。

 すると、彼女はそばの角を右に曲がり姿を消した。

 やっとのことで曲がった角の先には、人一人いない、静かな路地が僕を待っていたのだった。

「見失った……」

 もう少しで追いつけた。

 自分の体力の無さを情けなく思う。もっと運動していればよかったと後悔に浸った。

 そこへ、聞きなれた声が僕の名を呼んだ。

「爽弥、そこに突っ立ってなにしてんの?」

 この声は、綾音だ。

「何って。今、この路地に九条結が入っていったんだ」

「やっぱり」

「やっぱりってなんだよ」

「私も追ってきたの」

 綾音の話によれば、僕と同じようにして九条結をつけていたらしい。

 しかし、九条結を見失ってしまった今はどうすることもできない。

 僕らは仕方がないので帰るために駅へ向かった。

 駅へ向かう途中の路地も見ては行ったものの、彼女はいない。

「どこにもいないな」

 そうする間に、僕らは駅前の広場にいた。

 その中央には、人だかりができていて何やら騒がしい。

「なんだ?」

 人混みを掻き分けて進んだ先には、男が二人。

 ボクシングでもするかの様な構えで向かい合っている。

「おい、なあ。ちょっと待てよ!」

「お前だって!」

 喧嘩だろうか。

 しかし、不思議と二人は目に涙を浮かべていた。

「うっ! ああああああああ!」

 一人が動き出す。

 拳を強く握りしめ、駆け出し、おもいっきり地面を踏みしめてもう一人の頬に一発いれた。

「がはっ!!!」

 殴られた男は血を流し、地面に倒れる。

「ごめんよ! 許してくれ!」

 殴った男は、もう一人の男に馬乗りになり、更に殴り始める。

「違うんだ! 違うんだ! 違うんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 一体、何が『違う』のだろうか。

 馬乗りの男は涙を流し、もう一人の男を殴り続ける。

 そこへ、

「おい、どけ! 何事だ、この騒ぎは!」

 人混みを掻き分けて現れたのは、公安局だった。

 公安局の男は、現場を見るなり携帯電話を取りだし、誰かと話している。

「そうだ。至急頼む」

 男が電話を終えると、数分もしないうちに、いくつかサイレンの音が聞こえ始める。

 公安局の男は、倒れている男の脈をはかり、生きていることを確かめていた。

「さあ、何を目的にこの男を必要以上に殴っていたのかは知らんが、傷害罪ではすまされんぞ」

「お、俺が。俺がやったんじゃない!」

「ぬかすな! この現場の状況を見て、何をもってお前の仕業ではないと言える!」

「違うんだ!!」

 そこへ、サイレンを鳴らして到着した救急車と公安局の輸送車。

「詳しい話は局で聞かせてもらう」

 公安局の男は、別の公安局の車へと向かいながら言った。

「その男を、霧紫第二支部へ移送しろ」

「俺じゃないんだ! 俺じゃない!! しんじてくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 僕らは、公安局の車を見送った後、電車に乗って帰った。


 ◇


 谷戸駅に着くと、陽は沈みきっていた。

 商店街は、早くもシャッターを閉めつつある。

「もう夜か」

 時計は7時を指そうとしている。

 僕と綾音は、街灯に照らされている住宅街の中を歩いていた。

 歩いているのは自分達だけで、車通りも少ない。

 もうすぐで、家に着くと言ったところだった。

 そばの電柱から男が一人現れて、目の前で不気味に立ち尽くし始める。

 頭を下げ、顔は下を向いている。腕は力が抜けているように揺らし、手は開いた状態だ。

「なに、この人」

「…………」

 住宅街の静けさが恐怖を煽りだす。

「ウゥ」

 身体が危険だと感じたときには、既に手遅れだった。

 両腕を振りかざし、唸り声を上げて、気が狂った様に襲いかかってきた。

「ウアアアアアアアア!!」

「逃げろ!」

 僕は綾音の手を引き、走り始める。

 十字路をいくつか越えた先で振り返る。

 しかし、追ってくる気配が無い。

「 追いかけて、こない?」

「なんでだ?」

 男は、力が抜けたように地面に俯せになっている。

 立とうにも力が入らないようだ。

 カクカクと腕や足を振るわせている。まるで生まれたての小鹿の様に。

「ウ、ウァ。ウアァ......」

「来ない、な」

 そして、唸り声すら聞こえなくなり、男は力尽きた。

 安心して身体の力を抜いた瞬間だった。

「ウォォォォォォォ!」

 真後ろから、別の男が襲いかかってくる。それを、僕と綾音は間一髪で避けた。

「ウォ、ウォォォォォォ!」

 男は、先程の男とは違い力尽きること無く襲ってくる。

「逃げるぞ!」

 綾音の手を引き、全速力で逃げる。

 男は、腕を前に伸ばして、まるでゾンビの様に走ってくる。

「ウォォォォォォォ!」

 まるで、ホラー映画の主人公にでもなったようだ――と、感想を述べている場合ではないが。

 すると、後ろからエンジン音が聞こえ始める。

「な、なんだ?」

 振り返ると、猛スピードで向かってくる大型トラックが一台。

「嘘でしょ!?」

「走れ!」

 ――ゴォォォォォ!

 迫り来るトラックは、スピードを緩めること無く向かってくる。

 運転席には誰もおらず、自動運転オートドライブモードになっているようだった。

「どこか、逃げられそうな場所は......」

 すると、百メートル程先に見えた細い路地の入り口。

「あそこに逃げよう!」

 死に物狂いで路地に逃げ込む。

 トラックは、僕らが路地に入ると同時に目の前を通り過ぎていった。

 戻ってくる気配は無く、そのまま進んでいく。

 トラックの行く先には川がある。

 余程の事でない限りは、死傷者が出ることは無いだろう。

 また、静けさを取り戻した住宅街。

 再び、ゾンビの様な人々が襲ってくるのではないかと恐怖心が脈を打つ。

 その矢先だ、

「ウォォォォ」

 唸り声が聞こえだす。しかも、その数は一つや二つではない。

 あちらこちらから聞こえる唸り声は、徐々に数を増していく。

 その時だった。



「爽弥・・・、逃げてぇ」



「え?」

 気付いたときには、遅かった。

 腹にめり込んだ拳が、確かな痛みを僕に与える。

 為す術無く倒れる僕は、目を疑った。

「綾音……」

「ごめん! ごめんなさい! ただ、身体が勝手に!」

 そう言いつつ、僕の上に馬乗りになる。

 この光景は、霧紫駅の前で見た

「ダメ! 爽弥、身体が!」

「くそっ!」

 殴りかかろうとする綾音の腕を必死に抑えるものの、力が尋常ではないくらい強い。

「抑えんの、無理ぃ!」

「ちょっと、頑張ってよ!」

 僕の身体から力が抜ける。

 途端に、綾音の拳は僕の顔へと振り落とされる


 ――はずだった。


「待った待った」

 拳を掌で受け止める「パシッ」という音と共に目の前に現れたのは、公安局の巾兼由奈と、

「あなた、そこ代わりなさい」

 威圧する目が人を殺しかねない、殺気を放つアリア・バレットだった。

「由奈さん!」

「いやー、よかったよかった。何してたの、夫婦喧嘩?」

「「ち、違います!!」」

「わあ、仲いいね。まあ、仲いいところ悪いんだけど眠ってね」

 僕と綾音を小馬鹿にして巾兼由奈は笑い、綾音の腹部へ一発入れる。

「由奈さん!?」

「仕方ないだろ? こうしないと殴られるんだから」

 巾兼由奈は、そういいつつアリアを見る。

 アリア・バレットはというと、先程よりも凄まじい殺気を放っている。


「師匠。申し訳ありませんが、殺してもよろしくて?」


「うん、オッケー♪」


 ――嘘だろ。


 疑いの目をアリアに向けるも、その眼差しは確かだった。


「アンタッチャブル……」

「やめろ!」


「フォルテ・リクルシオ《強反発》!」


 次の瞬間、見えない『何か』が僕の横を通り過ぎた。

「ズドン!」という大きな音と共に、土煙が上がる。



「・・・バレちゃった♪」



 徐々に晴れていく土煙。

「あれは!」

 その中から現れたのは、黒装束を盾にしたゴスロリ衣装の少女だった。

「やっと見つけましたわ。秋風紬あきかぜつむぎ

「よく分かったね」

「狂いは無いようですわね、これ」

 そう言って、アリアは目尻に人差し指を当てる。

「あなたが何をしたかは知らないけど、今ここで、殺す」

「かかってきなさい! これでも執行官の端くれ、あなたを拘束します!」

 秋風紬は笑みを浮かべ、手を大きく広げる。

 その途端に、秋風紬の前には十人ほどの人が集まる。


 ――しかし、その人々はどこかおかしい。


 必ず、どこか怪我を負っているのだ。

 一人は頭部から血を流し、また一人は脚を引きずっている。挙げ句の果てには、片腕が無い、また皮膚が裂けて骨が見えている人までいる。

「秋風紬。この方々は?」

「そんな事、聞いてる場合?」

 秋風紬は、腕を前に翳す。それを合図に人々はアリアに襲いかかってくる。


 ――その頃、爽弥達は。


「由奈さん、これからどこへ?」

 僕と綾音、そして巾兼由奈の三人はアリアから遠ざかるようにして歩いていた。

 綾音は、僕を襲うことはなくなったが、眠っている。その為、僕は綾音をおぶっていた。

「ちょっと探し物」

「探し物?」

 しばらく歩いていると、上空からバチバチと火花の飛ぶ音が聞こえる。

「なんだ?」

 見上げると、送電線の辺りから紫色の放電が見える。時には、送電線が激しく揺れた。

「あそこだ」

 何が「あそこ」なのだろうか。

 暫く見てると、見てた中で一番強く光る。その瞬間、アリアと秋風紬がいる方向から爆発音が聞こえた。

「こういうこと」

「あの光っているのが元凶ってことですか?」

「そ、あれが全て。今から終わらすから離れてて」

「分かりました」

 僕は、綾音を抱えて巾兼由奈から離れる。


虚空造穴ディメンジョン・ポケット


 巾兼由奈は、自分の横に穴を作り出す。

 そこへ腕を突っ込むと、出てきたのはライフル銃。

 ただ、通常の人が持つよりかなり大型に見える。


 ――「ピピ。起動を確認しました。使用者の認証を始めます」


 銃から聞こえる音声。


 ――「ピピ。静脈、眼球認証クリア。巾兼由奈 特級執行官を確認しました。これより、対フィジクス・エラー用殲滅シークエンスを開始します」


「なんだ?」


 ――「対象を捕捉しロックオンの後、銃を固定して下さい」


 巾兼由奈は、銃を小刻みに動かす。

 位置が定まったのか、銃の両脇についた脚を下ろす。


 ――「対象の捕捉、足場の固定が完了しました。対象ステータス分析中……」


 ほんの数秒だった。


 ――「分析完了。対象のフィジクス・エラーはレベルスリー。捕縛対象です。トリガーを引いて対象を拘束して下さい」


「さあ、お前で試させてもらおう」


 巾兼由奈が引き金を引いた瞬間、銃口から迸る雷撃。空へと衝き抜けるそれは、確かに、見えない『元凶』を貫いた。

 送電線に雷撃が触れた為に、過剰な電流が流れブレーカーが遮断したのだろう周囲の住宅から明かりが消える。

『元凶』のいた付近には、まだ紫色の放電が起きていた。しかしそれは、先程よりも強い。



「何者だ。姿を隠した私に攻撃を当てるなど、同業者か?」



 徐々に、姿を現す『元凶』。その姿は、予想を遥かに

 見た目は一般人。服装も自分等と変わりなく、違和感と呼べるのは送電線の上にいるということだけ。

『元凶』は、視線を遠くからこちらへと移す。

 こちらが分かったのか、送電線から脚を外し、ゆっくりと降りてきた。

 地に足を着け、巾兼由奈へ問う。

「貴様か。私に攻撃を当てたのは」

「あんた何者?」

「こちらが質問しているんだがな。私は、術師の三辻だ」

「術師?」

「なんだ、『術師』も知らないとは。こちらの世界の人間には呆れるな。そんな知識さえ持たないとは。先程の攻撃から腕の立つ術師と見たが、どうやら私の勘違いだったようだ」

「何が目的だ」

「貴様が知る必要はない」

 巾兼由奈が何か言おうとした瞬間、再びアリアのいる方向から爆発音がする。

「そろそろ頃合いだ。次、会う時には無傷では済まさんぞ」

「おい待て!」

 三辻が地面に手を翳した瞬間、地面に白い光で魔方陣が浮かび上がる。次の瞬間、三辻は姿を消した。

「逃がしたか……」


 ――その頃、アリアは。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ」

「もう、終わりですか?」

 アリアは、秋風紬に対して苦戦を強いられていた。

 攻撃をしてくるのは、意識の無い一般人。また、盾になるのも意識の無い一般人。

 無理に攻撃をすれば、罪の無い一般人を傷付けることになる。隙を見て攻撃を繰り出すも、あと少しのところで黒装束が邪魔をするのだった。


「さあ、フィナーレにしましょ♪」


 秋風紬が手を前に出すと、黒装束が横一列に並びだす。

「なにするつもり?」

 黒装束は、槍を空へと突き立てる。次の瞬間、先端を地面へと振り下ろした。

 槍が刺さる地面からは、紫色の光が吹き出る。


『この地に眠りし悪魔よ。目を覚まし、あのを死へと誘いたまえ!』



「悪魔!?」

 次の瞬間、その『悪魔』はけたたましい声、爆発音と共に、目の前に表れた。


「ギィァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァァァァ!!!」


 紫色の煙が悪魔の周りを包む。徐々に晴れていく煙から、悪魔は正体を現した。


「さあ、恐れるがいいわ! これが悪魔よ!」




「……ミュ♪」




「「ミュ?」」

 秋風紬の左横に、どっしり、ずっしりとした高さ二メートルほどありそうなピンク色の『鏡餅』が鎮座する。

「ミュ♪」

「なによ、コイツは!」

「あなたが呼び出した悪魔でしょう? とんだ拍子抜けですわね」

「ミュ、ミュ、ミュ♪」

 餅の様な悪魔(?)は、秋風紬に体を擦り付ける。

「や、やめ! やめて!」

 そこへ、爽弥達の方から瞬間移動をしてきた三辻がやって来る。

「何している、紬」

「いや、あの。悪魔を召喚しようとしたら、こんなのが......」

「ミュ♪」

「……。情報収集は終わった。戻るぞ」

「分かりました」

 秋風紬は、アリアを見て指を差す。


「次、会う時には殺す」


 それに応える様にして、アリアもまた秋風紬を指差す。


「次、会う時には捕まえる」


 三辻が地面に手を翳した瞬間、地面に白い光で魔方陣が浮かび上がる。三辻達が瞬間移動をしようとした時だった。

「ミュ♪」

 悪魔は秋風紬の袖を掴み、

「嘘d・・・」

 三辻達と共に姿を消した。

 三辻達がいなくなり、アリアだけが残される。

「消えてしまいましたわ」

 そこへ、爽弥達が戻って来た。

「無事か、アリア!」

「爽弥様!」

 どうやら無事のようだ。

「よかった。こっちから凄い爆発音が聞こえてたから」

「ご心配おかけしましたわ。見ての通り、アリア・バレットは無傷ですの」

 アリアは、巾兼由奈に問う。

「それで、師匠の方はどうでしたか?」

「上々! 敵の情報とアレの試験もできたし」

「アレを使ったんですの!?」

「使ったよ♪」

 アレとは一体。先程のライフル銃の事だろうか。


「アレって何ですか?」


 目を覚ました綾音が眠気眼をこすりつつ、巾兼由奈に問う。

「そっかー、綾音ちゃんは寝てたからね~。それじゃ、説明しよう!」

 そう言うと、巾兼由奈は再び穴を作り出し、先程のライフル銃を取り出した。

「アレっていうのは、コイツのこと。名前は『FAR-01EM』。技術開発研究所が開発した対能力者用のライフル銃で、さっきみたいな姿の見えない奴でさえも捉えて撃ち抜く凄いやつなんだ」

「流石は、公安局」

「ただ、まだ試験段階だから私しか持ってないんだけどね」

 公安局の科学技術は、十年、二十年先を行くと聞くが、ここまでとは思わなかった。

 公安局の技術開発を一手に担う『技術開発研究所』。そこが開発・発明する技術は、今では一般家庭に普及している物もあるほどだ。

 場合によっては、アメリカ航空宇宙局さえも注目するほどの技術能力を持つ。

「さ、帰ろうか。報告書も出さないとだし」

「私も疲れましたわ」

「僕らも帰ろうか」

「そうだね」

 僕と綾音は家へ、巾兼由奈とアリアは駅へと向かった。


 ◇


「師匠」

「どした?」

 巾兼由奈とアリアは、駅にて霧紫へ帰るための電車を待っていた。

「先程の二人についてですが、目的・意図が全くと言っていいほど不明瞭でした」

「そだね」

「『例の集団』と考えますか?」

「いやー、どうだろうね。新たな勢力と考えることもできる」

「なぜ?」

「自分は『術師』だと言う男が、『こちらの世界の人間には呆れるな』そう言ったんだ」

「つまり、あの男と少女は異界人だと?」

「そう。空門爽弥の家にも異界人がいる以上、他の異界人もこちらに渡界していると考えても間違いはないだろうね。『例の組織』は、異能力を持つ『こちら側』の人間の集まり。利害一致しない限り、くっつくことは無いと思うよ。場合によっては、特殊能力を持つ者同士での抗争に発展しうる。これ以上の詳しい話は、また後でね」

「失礼しました、師匠。公の場で仕事の話を口にし過ぎました」

「分かれば良し。さ、行くよ」

 遠くに明かりが見えたと同時に、ホームにアナウンスが流れる。

「二番線ご注意下さい。まもなく、二番線には快速 霧紫行きが十両編成でまいります。黄色い線の内側でお待ち下さい。次は、南光平なみつだいらに止まります」

 巾兼由奈は背伸びをする。

「うーん! 今日は徹夜だな~」

「私もお手伝いしますので、師匠」

「よろしく頼むよ~?」

「はい!」

「それじゃ、その前に腹ごしらえだな! 雫霜月しずくしもつきにいいお店を知ってるから、そこにしよう!」




 To be continue.

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