第二章 垣間見える真実の先端

第1話 帰国子女 アリア・バレット

「あははは! これ楽しい!」

「もっともっと!」

「ぬぐぐ、次こそ!」

 僕は、綾音、來禾、緋那とゲームセンターに来ていた。

 綾音の提案で来てみたが、気分転換ということらしい。

 來禾と緋那は今流行りのリズムゲーム、綾音はレーシングゲーム、僕はユーフォーキャッチャーをしていた。

 騒々しいコインの音や鳴り止まない電子音、その中に紛れて聞こえる笑い声や悔しそうな声。

 いつ来ても煩く感じる。

 しかし、今日はいつもと様子が違っていた。


「お、落ちた」


 僕は、ユーフォーキャッチャーをしていた。

 すると、景品が落ちると同時にどこからか視線を感じる。

 回りを見ると、あちらこちらから店員が自分を見ている。

 しかも、その目線は恐い。

「な、なんだよ・・・・・・」

 僕は怖くなって、その場を離れた。

 一通り、ユーフォーキャッチャーのエリアを一回りしてくると人だかりができている台があった。


「おいおい、まじ!?」

「あんなにいいなー」

「プロ、か?」


 何事かと思ったが、人混みから出てきた三人組がその理由の正体だった。


「いやー、ラッキー♪ まさか、百円で三個取れるとはね」

「どうだい? 僕の計算された方法は」

「奥が深そうだねー、ユーフォーキャッチャー」


 知っている――この三人組を僕は知っている。

 何故ならば、同じ高校の友達だからだ。

 ジッと見ていると目があってしまった。


「よう! 爽弥じゃん!」

「お、爽弥だ」

「爽弥だね」


 できれば会いたくなかった。

 別に会うのが嫌なわけじゃない、関わるのが面倒なのだ。

 左から、ガリ勉のような眼鏡に白衣を着た背の低い少年、学年でトップの成績を誇る春川光希はるかわこうき

 サッカー部所属、他の部から助っ人を頼まれるほどスポーツ万能な関上幸助せきがみこうすけ

 ゲームに関しては多くの知識を有し、数多くのゲームのトップランカーとして名を連ねる三木金涼太みきがねりょうた

 こんな高スペックの持ち主たちに交じっていると、これと言った特技の無い自分が場違いに感じる。


「お前らここで何してんの?」

「いやいや、何してんのって見れば分かるでしょ。ユーフォーキャッチャーだよ」

 ほらと言わんばかりに見せてくる景品の数々。

 これこそ、店員が目を光らせていた理由だと分かった。

「そろそろ出た方がいいぞ、ここ」

「なんで?」

 幸助はまだ分かっていないようだった。

「いや、その、な!(気づけ! 気づけよ!)」

 幸助達をやっとのことで入り口まで連れてきたときだった。

 ぞろぞろと入り込んでくる、黒い服を身に纏い、顔をマスクで隠した男たち。

 そう、強盗だった。


「おい! 大人しくしろ!」

「動けば命はねぇぞ!」


 向けられる幾つもの銃口が、ゲームセンター内に静寂を生んだ。

 しかし、近くには銀行があるはず。

 それなのに、ゲームセンターを襲った理由。

 それは、警備の問題だ。

 この時代、窓口に人がいる銀行は都市部では一つも無い。

 窓口はロボットに任せられ、人の手が必要な処理は銀行の奥で行われる。

 強盗が入ってきたとしても、銀行の迎撃システムが作動して、あっという間に取り押さえるであろう。

 それに比べれば、迎撃システムが無く、そこそこお金があるゲームセンターが標的になったのだ。


「お前らはここで静かにしてろ!」


 人質が集められたのは、ゲームセンター中央にあるインフォメーションカウンター。

 一人ひとり、縄で手を縛られる。

 すると、人質の中から一人の男が立ち上がった。


「君達、静かにするのはそっちだ」


 そう言って、襟首にあるバッチを見せる。

「てめぇ、公安局か!」

「既に連絡済みだ。大人しくしろ」

「大人しくだと!?」

 すると、強盗の男は手を上げ、勢いよく振り落とした。


「・・・・・・ガダン!」


 大きい音と共にゲーム筐体が真っ二つに割れた。

「こうなりたくなきゃ、黙ってろ!」

 ここで、理解不能な未知の恐怖に誰もが口をつぐむはずだった。


「あんたが黙りなさいよ」

「やっぱそういうのって、どの世界でも共通だよね」


 綾音と來禾が立ち上がったのだ。

 男は声を震わせて言う。

「おいお前ら、何してる。なめた真似するとどうなるか、見てたよなぁ!?」

 男は再び手を上げた。



「フリズン」



 しかし、來禾は瞬間移動テレポートによって男の目の前まで移動し、その手に触れていた。

 男は、その手を動かそうとしていたが來禾の魔法で動かせない。

「な、何がどうなっている!?」

「よしっ!」と心の中でガッツポーズを決めたときだった。


「黙れと言っただろ」


 綾音の額と來禾の後頭部に当てられたのは、銃だった。

「身動き一つするなよ? 動けば、その頭が吹き飛ぶ」

 帽子を深く被り、顔を隠した男が言う。

 形勢逆転——崖から突き落とされた様な感覚に陥る。

 どうしようもない、希望も絶たれた、考え付く思索は一つも無い。

 どうにかして、この状況を打破しなければならないが、自分にはどうすることも出来なかった。



 ――あの銃さえ無ければ!



 その瞬間、男が持っていた二丁の銃が忽然と消えた。

「何!?」

 すかさず、來禾はもう一人の男も動きを封じる。

 それを見ていた公安局の男は、ここぞと言わんばかりに叫んだ。

「今だ!」

 裏口から侵入していた特殊部隊が、雪崩れ込んでくる。

 瞬く間に強盗達は確保され、連行された。

 事情聴取などが終わり、帰ろうとしていた時だった。

 先程の現場で人質だった公安局員が近づいてくる。

「君達、ちょっといいかな?」

 まだ聞き足りないことがあったのだろうかと、足を止め、振り向く。

「なんですか?」

 局員は少し思い詰めたような顔をしつつも、「いや、すまない。何でもなかった、気にしないでくれ」と言って、現場へと戻っていった。

「なんだったんだ?」

「さぁ?」

「変だね」

「変なやつぅー!」

 爽弥達は、多少なり違和感は感じていた。

 声をかけたのにも関わらず、「用は無い」というのはおかしい。

 しかし、急にやって来た疲れから、深く考えることを止めて歩き出した。


       ◇


 今日から高校二年生。

 始業式が始まる前から、放課後のスケジュールの相談ばかりするクラスに先生がやって来る。

「お前ら、久しぶりだな! 二年四組の担任になった鹿馬しかばだ!」

 黒髪ロングヘアーにジャージという、「体育会系」という言葉をそのまま擬人化したような人だ。

 ギネスに登録された「世界一熱苦しい人」——名前は忘れたが、その人よりも熱苦しく感じるそのオーラに、クラスはやられた。


(なんなんだ、この先生は)

(部屋の温度上がったか?)

(あ、汗が...)


「お前ら! よろしくぅ!」

 黒板には、「鹿馬 根真樹」と書かれているが、苗字と名前の間がどういうわけか空き過ぎている。

「突然だが! 転校生が来てるぞ!」

 あまりにも突然の速報にクラスは沈黙した。

 そんな空気をものともせず鹿馬は続ける。

「さあ! 新しい仲間だ!」

 教室の扉を開けて入ってきたのは、金髪ロングヘアーの外人お嬢様だった。

「どうも初めまして。わたくし、アリア・バレットと申しますの」

 外見とは裏腹に、懇切丁寧で流暢な日本語を使うとは日本人も顔負けであった。


       ◇


 朝のホームルームが終わり、始業式が始まる。

 小、中、高と上がる度に抱く、「式は必要か否か」という疑問。

 毎度、別に必要無いだろうと考えつつも、いざ無くなれば違和感が生まれるという勝手な結論に至る。

 単に「面倒くさい」、それだけである。

 始業式は、聞く意味を感じない校長先生の長話ながばなしループで始まり、半強制的に歌わされる校歌で何事も無く幕を閉じた。


       ◇


「お前らー! 気を付けて帰れよぅ!」

「やっと終わった」

 長々と暑苦しく語られた鹿馬の教師論。

 熱意よりも熱気が伝わるサウナ演説も終わり、帰宅の準備をする。

 午前で終わるはずなのにも関わらず、時計が指しているのは十二時半。

 いつも通り授業を受けたような疲れを感じた。

「さ、帰るか」

 帰宅しようとバックを肩に掛けた時だった。

「おーい! そうやー!」

 ここ最近も聞いた声が僕を呼ぶ。

 声の方向を見ると、教室の入り口に幸助がいる。

 諦めじみた溜め息をしつつ入り口に向かう。

「何?」

「いや、何って。この前、『今日パープル・ミスト行く』って言ったじゃん」


 ――パープル・ミスト

 世界長者番付上位十位に入る『霧紫きりしの財閥』が作った、隣町の雨谷あまや市にある超大型のショッピングモール。

 ショッピングだけではなく、ゲームセンターや運動場などもあり、アミューズメントパークとしての一面もある。

 また、雨谷市のパープル・ミストの傍には、霧紫財閥の本社ビルとその研究所が建っている。


「あ、思い出した」

 あのゲーセン強盗の日の夜、幸助からSNSで、



「始業式の日にパープル・ミスト行こうぜー

















                  P.S. お前の彼女もつれてw」



 というメッセージが送られてきたのを忘れていた。

 特に用事もなかったので、オーケーの返事を返したものの間違いだった。

 その後に続けられた追伸を見ていなかった。

 メッセージの彼女とは、來禾のことである。

 どうやら幸助は、ゲーセン強盗の日の帰り道を見ていたらしいのだ。

「分かったよ。だけど、あいつらに話してないから来るか分かんないよ?」

「いいからいいから!」

 僕は渋々、家に電話をする。

 呼び出し音が五回ほど鳴ったときだった。

「はい、もしもし!」

「もしもし、ってその声は綾音だろ。なんでそこにいるんだよ」

 電話に出たのは綾音だった。

 電話の向こうからは來禾と緋那の声が聞こえる。

「え、なんでって、今日は午前授業だから」

「いや、なんで俺の家にいるのかってことだよ」

「パープル・ミスト行くんでしょ? 早く来なさいよ」

 はて、綾音や來禾にこの事を言っただろうか。

「なんでパープル・ミストに行くこと知ってんだ?」

「寝言。寝言で喋ってたのを緋那が聞いてて、それを來禾が嘘識別の魔法で見抜いたの」

「・・・・・・」

 呆然としてしまった。

 何も、寝言で予定を口走ってしまった情けなさにではない。

 魔法でなんでも可能にしてしまうその怖さにだ。

 改めて、魔法というものの怖さを思い知らされた瞬間だった。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。そういや綾音、パープル・ミストの場所分かるだろ? 直接来てくんない?」

「えええー、分かったよぅ。それじゃ、集合場所はパープル・ミストの連絡口に一時でいい?」

「了解、一時な」


       ◇


 ――午後一時。

 パープル・ミストと雨谷駅を繋ぐ連絡通路。

 その入り口に僕達はいた。

「まだかー? お前の彼女はー」

「そろそろ来てもいい頃なんだけどな、てか彼女じゃないし」

 すると、ホームアナウンスが流れる。


「まもなく四番線に、高速特急 なぎさ十三号 蒼海あおみ行きが十五両編成でまいります。危険ですので、黄色い線の内側でお待ちください。次は、横河上霜おうがかみしもに停まります。この電車は、全車指定席です。ご利用の際には乗車券の他、別途特急券をお買い求めください」


 ――高速特急。

 霧紫と蒼海を繋ぐ蒼霧そうむ線の中で、最も速い列車種別である。

 しかし、谷戸駅からここに来るには各駅停車か快速だけ。

 途中駅での乗り換えは無い。

 無論、その列車に綾音達が乗っているなんてことは、無い筈だった。


「着いたー!」


 扉が開き目の前にいたのは、いるはずの無い綾音達だった。

「ん?」

 見当がつかなかった。

 電話は確かに自分の家にして、そこに綾音達はいるはずだった。

 間違いはない。

 なのに、守長駅に止まるはずのない特急に、なぜ乗っている。

 綾音達は、階段を下りこちらのホームへやってきた。

「驚いた? まさか、特急に乗ってるなんて思ってなかったでしょ?」

 ニヤリと笑みを浮かべている綾音が声をかけてきた。

 綾音はそのまま話を続ける。

「実はねぇ、魔法で瞬間移動したの! 視界内であれば大丈夫って言うからやってもらったけど、ほんと便利ね!」

 綾音は、「私も使えるようになりたいなぁ」と溜め息を漏らしつつ、來禾達と連絡口改札を通って中へと入っていった。

「まさか、飛び乗るとは」

 予想もしなかった答えに、驚きを隠せずにいる自分。

 幸助から発せられた言葉に、次は焦りが出始める。

「『魔法』ってなんだ? どういうことだ? もしかして・・・・・・」

「いやいやいやいや! な、なんでもないから! 早く行こうぜ!」

 身振り手振りで思考の邪魔をする。

 幸助達の背中を押して連絡口を通って中へと入った。


 ◇


 連絡通路を抜けて広がるのは、どこまでも続き、建ち並ぶ『建物』の数々。

 それらは、至る所に不規則に建ち、その間に道を造り出している。

 また、建ち並ぶ建物はどれも西洋風だが、異国どころか別世界の景色を織り成す。

 一言にまとめると、どこかの小説のファンタジー世界だ。

「初めて来たけど、別世界だな」

「まるで一つの町みたい」

 天井を見上げると、そこには空が広がる。

「ここって、建物の中じゃなかったっけ?」

「すごいな。ショッピングモールなんていうレベルじゃないぞ」

 僕達はあまりの驚きに、ただ見ているだけだった。

 しばらく歩いていると幸助が言い出した。


「今日の目的を忘れてた」


「「「「「「「あっ。」」」」」」」


 その場にいた誰もが忘れていた、と言うよりも知らされていなかった今日の目的。

「今日、ここに来た目的ってなに?」

 幸助は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりの顔でこちらを見る。

「今日の目的? 特に無いよ? 強いて言うなら、『来たこと無いから遊びに来た』ってくらい」

「はぁ? なによそれ。無計画もいいところよ。せっかく来たんだから、私は來禾達と服でも見てくる」

 そう言って、綾音は來禾と緋那を連れてどこかへ行ってしまった。

「どうすんだよ、この状況」

「あああ、俺の嫁があああ」

 お前の嫁ではないだろう。

 そう、ツッコミを心の中でいれた。

「ん?」

 すると、どこからか感じる異様な視線。

 しかし、それはすぐに消えた。

「気のせい、か」


 ◇


「ったく、なんなの? いつも通りの無計画じゃん」

「まあまあ、そう言わずに。いろいろ見ようよ」

「そうだね」

 綾音、來禾、緋那の女子三人組。

 どこに行こうかと、辺りを見回している時だった。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~」


 人が行き交う音と店から流れる音が混ざり、雑音と化した音の中にハッキリと響く空腹音。

「一体誰が」、そう思いながら音のした方向を見る。

「おなか空いたあああああああああ!」

 施設中に轟く喚き声。

 聞く人の全てが悶絶するその声の主は、緋那だった。

「分かった! 分かったから静かにして!」

 耳を塞いでも貫いてくる鋭い声。

 綾音はただ声をかけるしかなかった。

 それに対して來禾は、耳を塞がず、緋那に近づいていった。

 緋那の目の前まで来ると、腕を大きく広げニヤリと笑った。

 次の瞬間、 広げた腕を前にもってきて一拍手。

「パァーーーン!」

 その拍手は、何気ない普通の拍手でありながら、騒音を一気に掻き消し、まるで時が止まったかの様に空間に静寂を与えた。

 來禾は緋那に手を差し出す。

「さ、お昼食べに行こ」

「うん」

 立ち止まっていた人々は、何事もなかったかの様に歩き出す。

 綾音、來禾、緋那の三人も歩き出し、フードコートへと向かった。


 ◇


「で、どうすんの?」

 綾音達と別れ、目的も無い男子四人は途方に暮れる。

「まあ、見るのないしゲーセンかなー?」

「そうなると、僕はその観察だね」

「太鼓やろうかな」

 爽弥は知っていた。

 この三人とゲームセンターに行けば、どうなるのかを、その結果を。

 この前と同様に、ゲーセン泣かせになるだろう。

 そう考えた爽弥は、関わらないように一人で店内を見て回ることにした。


 ◇


 異様な雰囲気を漂わせる店内。

 しかし、そこを歩く、いたって普通の一般人により、それはさらに濃くなる。

 始めはどこを見ようかと立ち止まり、辺りを見渡す。

 目に入るものはどれも服屋ばかり。

 外観はどれも西洋風、その中に極稀に表れる景観ぶち壊しの現代風デザインの店は、逆に邪魔に思えてくる。

 どこかに休憩する場所はないだろうかと歩いていると、狭い路地の奥に隠れるようにして、いい雰囲気を漂わせる喫茶店を見つけた。



『喫茶店 ムーン』



「カラァン」

 モダンな扉を開けると乾いた鈴の音が鳴る。

「ようこそ、『喫茶店ムーン』へ」

 どうやら、ここの店主のようだ。

 肩程まである白髪を真ん中分けしている。

 年齢は六十代ほどだろうか。

 店内は薄暗く、席はカウンターとボックス席が幾つかあり、全体はこぢんまりとしている。

 カウンターには誰も座っておらず、ボックスに何人か座っているようだが、曇りガラスにより顔は見えない。

 僕は、コーラを注文してボックス席に座った。


「それで、あの計画は今どうなっている」


 隣の席から聞こえてくる小声。

 どこかの会社の話だろうか。

「この前の件により、システム構築は完了したものの依然として計画は進んでおりません」

「そうか。ということは、『素材』さえ揃えば計画は本格的な次の段階へ移行するということだ」

「そうなります。向こうも焦っているようで、早急の対応を求めております」

「くそっ。勝手だな向こうも」

「今後は、いかがなされますか?」

「上からの現状の変更が望めない限り、引き続き『アレ』を狙う」

「了解しました」


 どうやら話は終わったようだ。

 それにしても、相当焦っているのかパソコンであろうキーボードを打つ音が、会話の始めから鳴り止まない。

「カタカタカタカタカタカタカタ」

 五月蝿く感じながらもコーラを飲みつつ携帯端末をいじっていた。


 ――それから十分ほどが経過した。


 店主は何かを探して、店の奥へと入っていく。

 この間に、店に出入りした者は誰一人いない。

 気付くと、ひたすら打たれていたキーボードも、やがて遅くなり遂には鳴り止んだ。

 突如、再び現れた静寂。

 騒々しい世界の中で生きている自分にとって、こんなにも静寂が心地よいものだとは想像しえなかっただろう。

 ただ、これが嵐の前の静けさでなければ。


「カチッ」


 まるで、この静寂に終止符を打たんと言わんばかりに乾いたクリック音が静寂を裂いた。

「リリリリリリリリリリィィィィ!!!」

 その直後、偶然か必然か、火災ベルが鳴り出す。

 続いて聞こえるのは、火災時の自動アナウンスだ。


「先程、東棟1階にて火災が発生しました。これより、店内の消防設備を稼働します。店内にいるお客様は、係員の指示に従って避難してください」


「東棟ってここじゃん!」

 避難をしようと喫茶店の扉を開けたときだった。

「ゴォォォォォォ!」

 目の前に広がるのは、唸りをあげて燃え盛る炎。

 向こうの通路を、多くの客が走って逃げていくのが見える。

「これじゃ、逃げれない!」

 その時だった。



「爽弥、大丈夫!?」



 突然現れたのは、來禾だった。

 話によると、透視を使って居場所を見つけたらしい。

「避難しよう、爽弥!」

 他の人も一緒にと思ったが、振り向いた店内には、

「誰も、いない・・・・・・」

「早く行こ!」

 手を引かれた瞬間、景色は変わった。

 後ろには、燃えるアミューズメントパーク「パープル・ミスト」。

 目の前には、泣いて助けを乞う女性がいた。


「雄太を! 雄太を助けてください! どうか雄太を!」


 どうやら子供が一人取り残されているようだった。

「來禾、どうにかなんない?」

「ごめん、こればかりは。どこにいるか分からず、透視で分かったとしても瞬間移動で移動できる場所か分からない。ましてや、下手に魔法で物をどかせば、別の物がその子に当たってしまうかもしれない」

 魔法でも無理——その言葉は、無責任に聞こえた。

 なんでもできる、それこそが「魔法」だと思っていた。

 しかしそれは、魔法が使えない人間が夢見る単なる幻想にしか過ぎなかったのだ。

 女性はひたすら助けを願い、望んだ。

 一度は誰もが視線を向けようが、差し伸べる手は一つもない。

 そこへ、一人の少女が手を差し出した。



「泣くのはお止めになって」



 そこにいたのは、転校生のアリア・バレットだった。

「今から私が助けに行きますから、泣くのは止めてくださいな」

 女性は泣くのを止める。

 女性に声をかけ終えると、アリア・バレットはこちらへ向かってきて來禾の前で立ち止まる。

「あなた、能力者ホルダーでしょ? 私も同じ、アリア・バレットと申しますの。以後お見知り置きを。会って間も無く悪いんですけど、『透視』で雄太君を探していただけるかしら?」


「う、うん・・・・・・」


 突然の言葉に戸惑いながらも、透視を始める來禾。

 この広大な施設のどこにいるのか分からず、特徴も不明、生きているかさえどうかという状況で、彼女はこの後どうしようというのだろうか。

「見つけたけど、二人いる!」

「二人だって!?」

 どうやら、他にも逃げ遅れた人がいたらしい。

 しかし、アリア・バレットは関係無いと言わんばかりに來禾に問う。

「その場所は?」

「一人は距離861m、方向は右斜め32.3°、もう一人は距離1272m、方向は左斜め14.0°」

 流石は魔法。

 そこまで正確に分かるものなのかと感心する。

 しかし、先程の魔法でできないことを含めて、どこまでが魔法の許容範囲なのかと疑問が残った。

「正確な情報提供に感謝しますわ。けど、もう一つだけお願いを聞いていただけます?」

「な、なんですか?」

「その場所へ、私を連れて瞬間移動してくださる?」

「無理! 無理無理! いくら場所が分かったからって、そこが安全とは限らないし!」

「見くびらないでくださいな。私も、考え無しに火の海に突っ込んでいくつもりはありませんの。 ほら早く、雄太君が死んでしまう前に!」

「は、はいっ!」

 來禾とアリア・バレットは、姿を消した。



 ◇



 來禾は、瞬間移動する際に、怖さのあまりに目を閉じていた。

 自分は無事に生きていられるかも分からない「命賭け」の瞬間移動。

 もし、死ぬような時は、炎に焼かれて死ぬのだろうかと考えるだけでゾッとする。

「何してるんですの? 早く瞼を開けなさい、何も見えなくては歩けませんわよ?」

 彼女、アリア・バレットの声に誘われるように來禾は瞼を開けた。

 ここは、パープル・ミストの東棟。

 しかし、その面影はもう無い。

 燃え盛る看板や建物、炎の道と化した通路。

 一部には焼けた柱が突き刺さり、見るも無惨に建物を壊していた。

 その中に、人が生きる隙間は微塵も見つけられなかった。

「本当に、こんなところで生きてるの・・・・・・」

「あなたがそう言ったんですのよ、そんな弱音を吐かないでくださいます? もう一度、透視で正確な位置を」

「はい」

 來禾は、透視している最中に思う。


 ――私、生きてるの? この炎の海のど真ん中で?


 そう、足元を見た瞬間だった。

 足元に見えたのは、焼けて黒ずんだ床だった。

 しかし、その一部はまだ熱く赤々と光を放つ。

 その上に自分は立っている、それでも感じない「熱」。

 あまりの熱さに感覚が狂ったのかと、無傷の生還を諦めたその時だった。

「ガラガラ、ガッシャン! ガダン、ガダガダ!」

 目の前にいた超人、アリア・バレット。

 彼女は素手で、燃える物に片っ端から触れては持ち上げ、その下を確認する。

 まるで、熱さも重さも感じていないかのように。

「素手で触ったら火傷するよ!」

 そんなレベルの話では済まされない。

「透視はまだですの? 分かっていますの、ご心配なさらずに続けてくださいな。まあ、『触れば』それは火傷しますわ。しかし、『ふ・れ・れ・ば』の話ですけど」

 全く意味の分からない返答に為す質問も無く、來禾は透視に集中した。

「見つけた! あなたの真後ろの柱の下!」

「感謝しますの!」

 アリア・バレットは、強く手を柱にぶつける。

 その直後、柱は紙の如く吹き飛び、燃え盛る炎の中へと消えていった。

 そして、そこに現れたのは一人の子供。

「う、うぅ」

「あなた、もう一人の方の救助に向かうから瞬間移動をお願いしますわ」

「は、はい!」



 ◇



「お母さぁぁぁぁぁん!」

「雄太ぁ!」

 施設内に取り残された二人は無事に救助に成功し、施設の火災も東棟一棟に収まり、全ては終わった。

 雄太君の母親が來禾にお礼を言いに来た。

「ありがとうございました! おかげで雄太に、こうして無事に会うことができました!」

 來禾は戸惑いつつも、返事をする。

「い、いえいえ、そんな。彼女がいなかったら私は・・・・・・」

 話をしながらアリア・バレットを探すも、この場には既に姿が無かった。

「あ、あれ?」

「もういない?」

「いつの間に・・・」


 ◇


「(ハァ、ハァ、ハァ。き、緊張しましたわぁ!)」

 パープル・ミスト敷地内のとある茂み。

 そこに、アリア・バレットは身を潜めていた。

「(わ、私にしては上出来ですわ! こ、これであの人も少しは気づいてくださるかしら!)」

 頭の中に広がるのは、爽弥(?)らしき美少年のスマイル。

 そんなお花ときめく妄想世界に、現実世界から割って入る邪魔物が現れた。


「君、ここで何してるの? もう閉店時間なんだけと」


 そこへ現れた邪魔者――それは警備員だった。

「へ?」

「いや、『へ?』じゃなくて、へ・い・て・ん!」

 腕時計、携帯端末、そして空に昇る月。

 それら全てが、今が夜であることを告げていた。

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! す、すみませんでしたわぁぁぁぁぁ!」



 ◇



 ここは、とある研究所の一室。

 白衣を着た男二人が話をしている。

「おい、瀬津せづ。今日の最終点検の成果はどうだった?」

「申し分御座いません。全て良好、次の作戦に向けて微調整を行っております」

「それは良かった。ならば一つ、確認と調整を兼ねた小休憩サブミッションをしておこう。成功しようが失敗しようが構わない。しかし、成功すれば今後の計画を楽に進められるだろう」

 すると、男二人の前に四人の男が現れた。

 その中の一人が前に出てくる。

「次のテストは何だ。焼くのか、壊すのか、殺すのか?」

「そう焦るな。《計画》始動前のお遊びだ。結果は望まん」

「嘗めるな、ミスはしない」

「ほう、期待できそうだな。ならば」



『空門爽弥の抹殺と、青海來禾の奪取を命ずる。青海來禾は生きたまま捕らえろ』




 To be continue.

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