第3話 失望なる希望

「この世界が君の住む世界じゃないってどう言うこと?」

 僕たちは、殺風景な丘の上から家に戻っていた。

 先程の來禾の言葉に、僕は期待に胸を膨らませる。


――この世界とは別に、ラノベのような世界が存在している。


 それは僕の秘かな夢であるからだ。

 希望的でありながらも、どこかに抱いていた根拠無き確信。

 それが今、目の前で形になろうとしていた。

「そのまま言葉通りだよ? ただ、なんで私がこの世界にいるのかは分からないけど」

 來禾は頭を抱える。その横に、匣飴を食べている緋那がちょこんと座っていた。

「お前は誰だ!」

 こちらに人差し指を向けて叫ぶ少女——緋那。

 しかし、その威勢の良さとは裏腹に少女は來禾の後ろに隠れている。

「誰だ、か」

 なんとも答えにくい質問だった。

 むしろ、こちらがしたい。

 僕はどこから説明すればよいか悩んだ。

 あれこれ考えている内に、來禾が話し出す。

「大家さん。この人は私の大家さんだよ。こっちの世界に来たときに助けてもらったの」

 大家さん――その答えは複雑な気持ちだった。

 居候の手助けはしているが、大家ではない。

 緋那はその答えに大きく頷き、納得しているようだった。

「そういうことか! 來禾が世話になったな!」

 なんて上から目線な言葉使いなんだろうと思いつつ、「どうも」とだけ返しといた。

「もう遅いし、寝ようか」

 來禾は眠たそうにしていた。

 その後ろの緋那は、既に眠ってしまっている。

「そうしようか」

 部屋の電気を消し、眠りについた。


 ◇


 ――翌日。

「よっしゃー! 終わったぁぁぁぁ!」

 僕は手を上げて喜んだ。

 そう、今日は高校一年生最後の日——終業式である。

 どれだけこの日を待ち望んでいたことか。

 心の中ではパレードが繰り広げられ、ファンファーレが鳴り響く。

「なに、うかれてんの?」

 人をバカにしたように声をかけるのは、綾音だ。

 心の中に暗雲が立ち込める。

「これから用事ってある? 無ければちょっと付き合って欲しいんだけど」

「え?」

「これから病院に行くの」

「病院?」

 親族の誰かが倒れたのだろうか。もしそうなら、なぜ自分を誘うのか。

 爽弥は、間違った妄想に入っていた。

「なに考えてんの?」

 綾音がそれを断ち切る。

「この前、駅前で大怪我した小学生がいたでしょ? その子達が入院している病院が分かったから、お見舞いに行くの。朱姉が追い回さなきゃ、あんなことにはならなかったはずだから。そのお詫びで」

 今までに類を見ない、ぶっきらぼうな割には優しい綾音が目の前にいた。

 その顔は、どこか不安に見えた。

 何かを思い詰め、今にもどこかへ走り出してしまいそうだった。

「いつまで頭の中でパレードやってんの! さあ、来るの!」

 返事をする前に、綾音に腕を引っ張られた。


 ◇


「着いた」

――霧紫きりしの大学付属総合病院。

 世界長者番付トップ10に入る大企業『霧紫財閥』が経営する都内最大の病院。ここにかかれば、治らない病は無いと言われるほどの医療技術を持つ。しかし、ネットでは、裏で密かに患者を使った人体実験が行われているという噂で有名な病院である。

 敷地の入り口らしき門を抜けると大きな庭園が広がっていた。

「なんだここ、まるで豪邸の庭......」

「初めて来たけど、すごいね」

 病院と思えないほどの広大な敷地の中に、連なり聳え立つ、幾つものガラス張りの建物。

 何かしらのモニュメントを彷彿させる。

 自動ドアを通ると、エントランスが広がる。中は一般的な大学病院だ。

 綾音が小学生の病室を看護師に尋ねていると、どこかで見かけた小学生達が、横を通りすぎた。

「おーい、待てー!」

「おっせーぞ! 早く来いよ!」

「こっちこっち~!」

 その後ろからは、それはそうであろう看護師が数人で追いかけている。

「待ちなさい、あなたたち!」

「逃げるなー!」

 それに気づいた綾音も追いかけ始める。

「コラー! あんたたち待ちなさい!」

 「いやいや、追いかけるなよ」、そう心の中でツッコミを入れつつ後を追った。


 ◇


「で、お姉ちゃんたちは何の用なの?」

 病室はいたって普通だった。他と違う点を聞かれれば、少年達で部屋一つを貸切状態にしていることくらい。設備も充実していた。

「この前、朱姉が君達を追い回さなければこんなことにならなかったのにって謝りに来たの。怪我って大丈夫なの? さっき思いっきり走り回ってたけど・・・・・・」

「ありがと、お姉ちゃん! 怪我は大丈夫だよ! あと二日もすれば退院できるっ  て!」

 見た感じ、少年達は元気そうだった。

 しかし、何故あの日の事を話しても怖がらないのか。

 あれだけの大怪我を負えば、少なからず精神的負荷もあるであろう。

 その答えは、次の少年の言葉ではっきりした。

「高校生に殴られたくらいじゃ死なないよ!」


――高校生に、殴られた?


 そんなレベルの怪我ではなかったはずだ。

 少なくとも、大型トラックに轢かれた様な、それよりも無惨に。

 ましてや、生きているのが不思議なくらいに。

 綾音はそこに気づいていないようだった。

 ただ、元気そうでなによりと言うかのように、安心している表情だった。

 面会時間が終わりに近づく。

 少年達には、「また来る」と言って病室を後にした。

 エントランスまで戻り、そこから豪邸の庭の様な場所に出る。

 すると、前から黒いスーツを着た集団が歩いて来る。

 胸には「C.D.O」のバッチ。

「何か、あったのか?」

 集団は、エレベーターで上へと昇っていった。


 ◇


 綾音とは駅で別れ、家に帰った。

「ただいまー」

「あら、爽弥。帰ってたんじゃないの?」

「いや、今帰ってきたけど」

「あらそう、気のせいかしら。ま、いいわ。遅かったけどどこか行ってたの?」

 ここで、「病院に行ってた」と言えば、過保護な母は何と言うか、どう動くか分からない。

 僕は、適当に答えた。

「ゲーセン行ってた」

「あんまり遅くなったらダメよ~」

「はーい」

 僕は部屋に向かった。

 扉を開ければ、そこにはいつも通りの僕の部屋があるはずだった。しかし、

「なんだ、これ・・・・・・」

 物は散乱し、壁や床には紅いものと大きな引っ掻き傷の様なものががついていた。

挙げ句の果てには、窓の代わりに大きな穴が空いている。

この有り様を何かに例えるなら、まるで大型の獣が暴れ回った跡の様な......。

「そうだ、來禾は!?」

 押し入れを開ける。中には誰もいない。

 そう思ったが、奥ですすり泣きをしている緋那がいた。

「大丈夫か!」

「うっ、うぅぅぅ。うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

 泣いて抱きついてくる緋那。

 よっぽど怖かったらしい。

 僕は何があったのか聞いてみた。

「來禾、來禾がぁ!」

 緋那の話によれば、部屋に突然、男が現れた。

 次の瞬間、男は化け物に変化し部屋の中で暴れまわったという。

 その後、來禾は外に逃げて化け物はそれを追っていったという。

「どこに行ったかは分かるか?」

「山の方。だけど、そこで反応が無くなってる」

 緋那が指差す山とは、前にも行った丘の上だ。

「緋那はここで待ってろ」

「爽弥・・・・・・」

「行ってくる」

「緋那も行く! 緋那に掴まって!」

 緋那は腕を突きだす。

 触れた瞬間、目の前の景色は一変する。「瞬間移動テレボート」だった。

 明るかった自分の部屋から、殺風景な風吹く夜の丘の上に僕はいた。

 気づくと、目の前には來禾が倒れている。

「大丈夫か! 來禾!」

 來禾は反応しない。

 よく見ると、身体中に痣や傷がある。



「だから言ったんだ。ここじゃない方がいいと」



 声のする方を向くと、二人の男がこちらに向かってくる。

「ですがリーダー。ボスの指定場所ですので...」

「そんなことよりも安全性、確実性を優先すべきだ。うちのボスは何を考えてるんだか。こうなる事態を想定しない訳ないだろ、普通は」

 エリートサラリーマンの様な格好をした「リーダー」と呼ばれる眼鏡をかけた男と、体つきのいい筋肉が見える男。

 どちらも、明らかに敵の雰囲気を漂わせていた。

「お前ら、來禾に何をした!」

「何をしたかって? 見ての通り黙らせただけだよ」

「リーダー、どうしますか?」

「任せる」

「了解(ラジャー)」

 体つきのいい男は突然叫び始める。

 まるで、遠吠えのような叫びを。

「ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 すると、男は尻尾を生やし、頭には犬の耳のようなものが、さらには全身を毛に包まれ「狼男」へと姿を変えた。

「な、なんだ!?」

 まるで、夢でも見ているかの様だった。

「初めてか? 『狼男』を見るのは!」

 言葉を言い切ると同時に、男は目の前にいた。


――何が起きた?


 頭の中で考えることができず、逃げる暇さえも無かった。

「危ない!」

 緋那は炎を放った。炎の風が狼男を襲うも、ひらりとかわして距離をとる。

「危ないね~。二人いるのを忘れてたよ」

 狼男は余裕の表情を見せる。

「爽弥、來禾を連れて逃げて!」

「緋那はどうするんだ!」

「いいから、早く!」

「誰一人逃がすものか!」

 狼男が動きだす。

 緋那は杖を出現させ、地面を突いた。

「如何なる冷酷、残虐、悪行をも全てを飲み込み、燃やせ。ブレイズ・トレランス!」

 狼男の周囲を炎が取り囲んだ瞬間、天高く突き上げる火柱となった。


「フフフ、いいねぇ~。こういうのを待ってたんだよ!」


 狼男は緋那の背後にいた。緋那を片手で鷲掴みにする。

「がはぁっ!」

「フハハハハハ! 不様だな! それでも『向こう』の住人かぁ?」

 嘲笑う狼男。

 それを見て、誰だって黙っていられないだろう。

 体は何も考えずに勝手に動き出し、狼男へと向かっていた。

 右手はしっかりと握りしめて。

 しかし、心の中には迷いが生じる。



――あんな化け物を相手にして勝てるのか?

 可能性は無いことは無いだろう。しかし、力の圧倒的な差を前に、それはゼロに等しい。


――なら、頭を使えば勝てるか?

 あの速さを前に、考える前に殺される。



 これ以上、考えている時間は無かった。

 しかし、考えることを止めた瞬間に芽生てきた「恐怖心」が、諦めに近い「願い」を生んだ。


――自分にも、あんな『力』があったら!


 拳が狼男に当たる。

 狼男はニヤリと笑い、此方へ鋭い視線を向ける。

「なんだ? このへなちょこなパンチは。てめぇの拳はスポンジででき・・・・・・、グハァッ!」

 狼男は血を吐き出し、地面に膝をつけ緋那を離す。

「緋那、大丈夫か!」

「ありがどぅー!」

 緋那は今にも泣き出しそうに、涙を溜めている。

「おい、お前ぇ。何をした!」

 そこへ、眼鏡をかけた男が来る。

「おい、ボスがお呼びだ。戻るぞ」

「チッ...! 覚えていろ!」

 男達はいなくなった。

 自分にも、何が起きたのか分からなかった。

 ただ、拳を狼男の腹にぶつけた。

 「ぶつけた」というよりも、「触れた」に近かった。

 それなのにも関わらず、狼男は血を吐き、膝をつけた。

 自分が一体何をしたというのか。

「そう、や?」

 來禾は目を覚まし、身体を起こす。

「來禾、大丈夫!?」

「來禾ぁぁぁぁ!」

 緋那が來禾に飛びつき、來禾はのけ反るように倒れた。

「だ、だいしょうぶ...」

 來禾は苦笑いで答えた。それを見て安心したのか、僕は眠るように倒れた。


 ◇


「またか」

 僕はまた、霧の立ち込める世界にいた。

 いつものように歩いていく。

 しかし、あの立方体の箱には辿り着かない。

「どこまで行けば...」

「待って」

 後ろから声が聞こえた。

 振り向くと、転校生の九条結が立っていた。

「なぜ、あなたがここにいるの? ここは、世界と世界の狭間に存在する名も無き場 所。あなたが来れるような場所ではないはず」

「それが分からないんだ。気付いたらここにいる。それで、いつも光輝く箱に手を 触れては、夢から覚めるんだ」

「ここは夢ではないわ。現実に実在する。但し、普通の人間は足を踏み入れることはできないの。だけど、あなたは現にここにいる」

「普通の人間には? どういうこと?」

「深くは言えない。ただ言えるのは、あなたが『呼ばれた』ということ」

「呼ばれた? 君に?」

「私じゃない。別の誰かに」

 結は、ポケットから何かを取り出す。

 よく見ると、それは鍵だった。

 アンティークの様に装飾してある。

 ただ、普通と違ったのは、鍵穴に刺す部分であろう場所がグニャリと曲がり、絶対に使えない形をしていたことである。

「それは、鍵?」

「あなたが前に忘れていった物。何の鍵かは分からない。あなたなら知っていると思って......」

 僕は身に覚えが無かった。

 そんな鍵、持っていたことも触れたことも無い。

 彼女はこちらに来てその鍵を手渡した瞬間、僕の耳元で囁いた。



「お願い、助けて...」



 そのまま、結は霧の中に走り去っていった。

 とたんに強い風が吹き、霧を巻き上げていく。

 すると、あの立方体の光輝く箱が現れた。

「見つけた」

 近づいて、箱に手を触れる。

 途端に、世界は光に包まれた。


 ◇


「やっと起きた!」

 目の前には、緋那と來禾と...。


「これは何?」

「爽弥ぁ~。けっこうモテるのね~♪」


 招かれざる二人、綾音と母の茜。

 この後、母はなんとか追い払ったが、綾音はそう上手くいかなかった。

「説明しなさい...。これは、何!」

 綾音は指を來禾達に差して僕に問う。

「『これ』って...」

「あはは...」

「『これ』じゃない! 緋那だ!」

 僕は、この状況をどう説明しようかと思いながら話す。

「居候。家出してきて寝るところが無いって言うから泊めてる」

「・・・・・・バカ言わないで! なんなら、あたしも泊まる!」

「はっ!?」

 目が点になる。

「 いや、ちょっと待て! お前には帰る家があるだろう!」

「私は家出じゃない・・・・・・。爽弥、あなたを監視する為に泊まるの!」

 もう、何を言っているのかさっぱりだった。

 もうどうにでもなれと思い、話を流していた。すると、

「いいわよー」

 母の声。

「お母さんの許可も貰ったし、荷物とってくる!」

 そう言って、綾音は颯爽と部屋を出ていった。

 僕は、あまりの絶望に膝を地に付けうなだれた。

「どうする、自分」

「まあ、そこまで考え過ぎなくてもいいんじゃない?」

「どうして?」

「まあ、そこはね」

 言葉を濁し、曖昧にして、來禾は微笑んだ。

 どう言うことだろうかとイマイチ分からなかった。

「はい! 戻ってきましたー!」

 声高らかに、扉を叩き押して綾音が入ってくる。

「綾音うるさい。もっと静かに入ってくんない?」

「いいじゃん泊まるんだもの」

「いやいや、『いいじゃん』じゃないから。意味分かんないから。てか泊めるとは言ってないから」

「「「えええええーーーーー」」」

 この場にいる全員(僕以外)が、「あり得ない」と言わんばかりのブーイング。

 ここに、僕の主権は無かった。

「分かったよ...」

「「「イェーイ!」」」

 部屋の中に、歓喜の声が響いた。


 ◇


「ボス、何故あの場所を指定されたのですか? もっと安全性、確実性を求めるべきです」

 あのエリートサラリーマンの様な格好の男が、背を向け画面を見つめる男に言う。

「ならば、その安全性を求めるが故に危険性リスクを予め知ることは、いけないことか?」

 エリートサラリーマンの様な男は黙りこむ。しかし、重たそうに口を開いた。

「いえ。そのようなお考えでありましたのなら、申し分ありません。失礼いたしました。ただ、不用意に危険性リスクに近づくのは避けたいと...」

「大丈夫だ。なるべく避けるようにはしよう。ところでだ」

 ボスと呼ばれる男は画面を指差す。そこには、爽弥の姿が映っていた。

「この少年、矢幅やはばはどう思う?」

 エリートサラリーマンの様な男——矢幅は、画面に視線を移す。

「この少年、私どもの障壁になりかねません。先程の阪部さかべとの一戦で、獣人化した阪部が膝をつきました。何の能力者ホルダーかは不明のまま、現在調査中です」

「そうか・・・・・・。まだ、この事は誰にも言うな、他の奴がどう手を出すか分からん」

「分かりました。ただ、あちら側も感づいてるようです」

「厄介な事になる前に、手を打たねばな」


 ◇


 「おい、フィジクスエラーの検知場所ポイントはどこだ?」

「エリアD-α-3です」

「レベルは?」

「レベル1~3です」

「複数体、か?」

「いえ、単体同士による戦闘だと...」

 ここは、東京の地下。

 壁に並ぶ多くの画面が映すのは、谷戸市を含めた東京のあらゆる場所の地図。

 一ヵ所だけ、赤い点が点滅している。

 そこは、爽弥たちが狼男と戦闘した丘の上だ。

衛都機動えいときどうは?」

「出動済みです」

「直ちに『対象』を見つけ出せ!」




To be continue.

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