第2話 謎、そして異変
「なあ、起きろよ。朝だぞ」
カーテンで遮られ弱くなった光が部屋の中をうっすらと明るくしている。
來禾は押し入れの中で眠ったままだ。
体を揺すっても起きる気配は無い。
時計を見ると、もう家を出なければならなかった。
「仕方ない」
爽弥は押し入れの戸を閉めた。
◇
「ハァ、ハァ、ハァ」
來禾は薄暗く、延々と長く続く廊下にいた。
━━なんで、走ってるんだろ?
來禾は足を止め、振り向いた。前も後ろも同じ景色が続く。
━━ここは、どこ?
すると、後方から声が聞こえる。
「いたぞ! あそこだ!」
振り返ると男数人が追いかけてきていた。手には銃を握っている。
來禾は理由も分からず走り出した。
━━え、どうして?
自分が何をしたのか分からない。
ただ、追いかけられるから逃げる。
そうやって、ひたすら走り続けた先にあったのは、立ちはだかる壁だった。
どこかに扉があるわけでもなく、スイッチがあるわけでもない。
後ろからは男たちが追いかけてくる。
そして、囲まれた。
「協力するか、死ぬか。どちらか好きな方を選べ」
男たちは銃を構える。
訳が分からない來禾は言った。
「何の話よ!」
「何の話ではないだろう。忘れたのか?お前は......」
「うわ!」
その瞬間、來禾は後ろに引っ張られ、飛び起きた。
◇
「夢、か・・・・・・」
來禾は押し入れから落ちていた。
部屋を見渡す。
机の上のデジタル時計は十二時三十分を表示している。
「もう、お昼か」
部屋の扉を開ける。
人がいる様な気配は無い。
押し入れを出て、窓へ向かう。
鍵を外すと、窓を開けて外へ出た。
ゆっくりと庭に降り立つと、家の敷地を歩きながら人差し指を一振り。
すると、開いている窓が独りでに閉まった。
◇
━━キーンコーンカーンコーン。
今日も一日が終わる。
普通に、いつも通り何事も無い平和な一日。早く家に帰って、ラノベ製作の続きをしようと思っていた時だった。
「爽弥ぁー、行くよー」
そう言って、綾音は僕の腕を引っ張った。どこへ行こうというのか。
僕が不思議そうな顔でいると、続けて綾音は言った。
「その顔は何。もしかして、何の事か知らないなんて言うんじゃないでしょうね?」
綾音の言う通り、何の事か覚えが無い。
「ごめん、何の事?」
作り笑いで聞いてみた。
「あっっっっっ、きれた! 忘れたの!? 鬼畜商店に寄るって言ったでしょ!」
「嘘だろ!?」
━━鬼畜商店。
谷戸市の隠れ七大名物の一つで、心霊スポットよりも怖いとされる商店。
店の見た目は至って普通であるが、一度そこの店主を怒らせると、その次には「地獄」が待っているという噂がある。
綾音はそんな恐怖スポットへ何をしに行こうというのか。
「言ったじゃない、『
「はこ、あめ?」
「何、匣飴を知らないの? あんなに美味しい匣飴を知らないなんて、人生損してる!」
あきれ口調で綾音は言う。そう言われても、知らないものは知らない。
「さあ、いくよ!」
僕は腕を引っ張られて渋々歩き出した。
何も言えずに歩き続けると、鬼畜商店の前まで来ていた。
綾音は、意気揚々と戸を開けて入っていく。
戸につけられた鈴が鳴る。
お客が来た合図のために付けられたものだろう。
店の中は薄暗く、コンクリートの床によって店全体がひんやりとしていた。
「朱姉! いるー?」
綾音が誰かを呼んでいる。朱姉とは一体誰なのか。
少しの間待っていると、奥から人が出てきた。
「はいはい」
呼ばれて気怠そうに出てきたのは、長い髪を後ろで一つに束ねた二十代後半の女性だった。
「ったく、昼寝してたのに。誰?」
眠たそうに半分だけ目を開いている。
「朱姉久しぶり~♪ 綾音だよ!」
半目のままジッと凝視する朱里。
全体を舐めるように見たあと、もう一度綾音の顔を見た。
「おー! 久しぶりじゃん、元気にしてたか!」
半目が全開になり、表情も変わった。
すると、こっちに目線を移してきた。
「んで、そっちの子は? もしかして、彼氏?」
笑いながら指を指す。綾音は顔を赤めて否定する。
「違うから! そんなんじゃないし!」
「えー、じゃー何?」
「え、いや、なんというか、あのー・・・・・・、ただ仲が良いだけ!」
朱里は腹を抱えて笑う。
「あははははは! あっそ! 私の名前は藍沢朱里、この鬼畜商店の店主だ。よろしく」
綾音は今にも沸騰しそうなほど、赤くなっている。
「それより匣飴! 匣飴ちょうだい!」
「分かった分かった、取ってくるから待ってな」
そう言って、店の奥へと戻っていった。
周りには、お菓子から文房具、古いものから最新のものまで様々な物がある。
しかし、『匣飴』は店の奥にあるようだ。
「ほい、匣飴」
そう言って綾音に手渡したのは、色鮮やかな一口サイズの四角い飴が入った袋。
「ほら、お前にも」
綾音と同じ袋を僕にもくれた。
匣飴について知らなかった僕は、朱里に聞いた。
「これ、何ですか?」
「は? なに、匣飴を知らないの? 残念な奴だね~。匣飴って言うのは、私が趣味で作ってる飴だから、店には置いてない。欲しいやつがいたらタダで渡してるけど。ま、欲しい奴なんてこいつくらいだけどな」
そう言って綾音を指差す。
「いいじゃん! 好きなんだもん!」
すると、店の戸が開いた。
「おばちゃん、アイス八つ!」
振り返ると、店の入り口に小学生の集団がいた。
何をしていたかは知らないが泥だらけだ。
「おい、お前ら......」
後ろから殺気だった声が聞こえる。
体を戻すと、そこには盤若の形相の朱里がいた。
どこから出したのかは分からないが、出刃包丁と『貴方への愛はここに...』と書かれた本を持っている。
「だぁぁぁれがババァだァァァ! 覚悟しなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひぃ!」
「やばい!」
小学生の集団は逃げていった。
しかし朱里は、持っている本を出刃包丁でたたきながら集団を追いかけ始める。
商店の中は爽弥と綾音の二人きりになり、閑散とした。
「店どうすんの?」
「朱姉がいない間は私達で店番」
そう言って、綾音は傍にあった椅子に座る。
「いつものこといつものこと。朱姉は馬鹿にされるとああやって追いかけ回すんだよ。そんで、捕まえたら店の無賃バイトをさせられる」
綾音は、まるで自分がそうだったかの様に話す。
「店の掃除や商品の陳列、朱姉のマッサージだったり様々...」
そこへ、朱里が戻ってきた。
「早いね、朱姉」
朱里は、どこか納得のいかない表情を浮かべている。
「そこの角を曲がったら、消えた」
「「へ?」」
目を点にする僕と綾音。
「消えたんだよ、ガキ共が」
朱里の話によれば、店を出てすぐの角を曲がった瞬間に小学生の声が聞こえなくなり、見に行くと、どこにも小学生はいなかった。しかし、周辺に隠れることができるような場所は一つもなかったという。
「ったくどこ行ったんだ、あのガキ共は」
「『消えた』ねぇー、どこかに抜け道があったとか?」
「そうとは思えないんだけどねー」
朱里は納得がいかないらしい。
もう一度探しに行くから店を閉めると言われ、僕たちも店を出た。
◇
駅前まで来ると、駅前広場に人だかりができている。
周囲には、救急車やパトカーが何台も停まっていた。
「え、何? 人身事故?」
綾音が真相を確かめるべく、人だかりに加わった。少しの間待っていると、綾音は顔を青くして戻ってきた。
「やっぱり事故?」
問いかけても反応がない。
「え、じゃあ何?」
「さっき、鬼畜商店に来た小学生達が・・・・・・」
そう言われて、人混みを掻き分けて見てみる。
すると、そこには先程の小学生達が血を流して倒れていた。
そこへ、一台の車が停車し、人が降りてきた。
目の前にいる警官と話しを始める。
「公安局だ。これより、この事件の管轄を公安局へ移管してもらう」
━━公安局
都市の安全防衛を主な任務とする組織。
City
Defence
Organization
日本語名称「都市防衛機構」。
その内部組織の一つで、都市内部の脅威から都市を防衛するのが公安局である。
その対となり、都市外部の脅威から都市を防衛する組織として「衛都機動」が存在する。
「了解しました」
そう言って、警官は速やかに退いていった。
それと同時に、多くの車両が広場へ入ってくる。
側面には「C.D.O」の表記。
「これより、多数の車両が広場内に入ってきます! これ以上はこの場所に留まらないようにお願いします!」
その一声で、野次馬はすぐにいなくなった。
その後、CDOの車両が続々と広場に入り、現場を囲うようにして停まった。
「見えないな」
「大丈夫かな、あの小学生」
僕達は、広場を後にしようとしたときだった。
ビルとビルとの隙間に入っていく一人の不審な少女。
それは、紛れもなく九条結だった。
「なぜ、ビルの隙間に?」
谷戸駅で綾音と別れ、家に帰る。
家に着くと、まだ誰も帰っていなかった。
部屋に入ると押し入れの戸が開いている。
「あれ?」
來禾が部屋にいない。
━━その時はまだ、どこかに出かけているだけだと思っていた・・・・・・。
◇
「おーい!來禾!」
もうすぐ日付が変わる。
來禾はまだ帰ってこない。
家の周辺を探してみるも見つからない。
「どこに行ったんだ?」
公園にも、コンビニにもいない。
思い当たる場所を全て探し、最後に守長町全体を見渡すことのできる丘の上まで来た。
「ここまで来たところで見つかるはずは・・・・・・」
すると、坂を登りきったところで一人の人影を見つけた。
その影までの距離は遠く、誰かは分からない。
たった一人、こんな暗い丘の上で何をしているのか。
恐る恐る近づいてみると、それは來禾だった。
「やっと見つけたよ」
声をかけるも反応がない。
もう一度声をかけてみる。
「來禾ぁー・・・・・・」
「ここは、どこ?」
反応が帰ってくるも、どういうことだろうか。
「ここは、私の住んでる街じゃない。爽弥、ここはどこ?」
悲しそうに、焦ったように振り返る來禾。
「どういうこと?」
來禾の言っていることが分からないながらも、渋々質問に答える。
「
「守長町!? そんな町、聞いたこと無い!」
來禾は驚きながら守長の街を見下ろす。
なぜ、ここまで驚くのか。
「今はいつ!?」
「いつって日付? 時間?」
「どっちも!」
「えーっと、西暦2067年三月二十二日火曜日、午前零時二十分三十秒」
「どういうこと・・・」
一体、何がどういうことなのか。
「バルティアは!? テリトルは!? 世界最大国家のヴォルグランティスはどうなったの!?」
「・・・・・・は?」
全くと言っていい程、訳が分からない。
━━ばるてぃあ?
━━てりとる?
━━世界最大国家?
何かの単語のようだが、どれもこれも聞いたことが無い。
世界最大国家だという国(?)の名も知らない。
━━彼女、青海來禾は一体何者なんだ?
そう思った矢先、空気が一瞬にして重く凍りついた。
「まだ、一緒にいたか」
「お前は!」
振り向くと、そこに立っていたのは、あの日と同じ格好の黒いハットに黒いコートを着た男だった。
「死にたくなければ彼女に近づくなと言ったはずだ」
來禾は身構え言う。
「あなたは一体何者なの!」
「その質問に答える必要はない」
言い終わると同時に、男はあの時と同様に赤い光を放った。
それを防ごうと來禾は僕の目の前に立ち、叫ぶ。
「シガート!」
しかし、何も起こらない。
「な、なんで!?」
迫り来る光に、僕は咄嗟に彼女を押し退けた。
「ウッ!」
光は僕の肩を貫いた。
今までに感じたことの無い全身を迸る激痛に、僕は意識を失った。
「お前えええええ!!」
「来るなら来い。捻り潰してくれる」
◇
「ここは・・・・・・」
以前にも見た、霧の立ち込める世界。
夢でありながらも、とても鮮明に目に見える不思議な世界。
今回もまた、立方体の箱があるのだろうか。
一人で霧の中を歩いていた。
すると、向こうに見えるのは周囲より微かに強く光る場所。
「また、あの光だ」
近づいてみる。
やはり、そこにあったのは立方体の光輝く箱だった。
ただ、それだけが存在したのならば、何も疑問に思うことはなかった。
「どうして、あなたがここに?」
目の前から聞こえた誰かの声。
ふと、顔を上げてみると、そこにいたのは転校生の九条結だった。
「君は・・・・・」
「あなたは、ここにいるべき人じゃない」
転校生は、そう言って立方体の箱に触れた。
前回と同様、箱からは光が溢れ、周囲を満たした。
◇
誰かが叫んでいる。
しかし、遠過ぎて何と言っているのか分からない。
少しずつ近づいてくるその声は、徐々に聞こえ始める。
「ゃ! ぅゃ!」
もう少し、もう少しで聞き取れる。
「爽弥!」
自分の名を呼ぶ声に、目を覚ます。
僕は空を向いて倒れていた。
目の前に、涙を浮かべたボロボロになった來禾がいる。
「爽弥、大丈夫!?」
「僕は大丈夫。來禾こそ」
体を起こそうとしたときだった。
「まだ動かないで!」
來禾は、僕の右肩に手を翳している。
その手からは淡くて弱くも、暖かい光が放たれていた。
「今、治してるから」
「治してる?」
その光の先には、血を流す肩があった。
目に写った瞬間に感じる激痛が意識を揺らす。
しかし、それはすぐに弱くなった。
肩に空いた大きな風穴は、 怪我をしていたのが嘘であったかの様に瞬く間に消えた。
「君は一体、何者?」
「私? 私は・・・・・・」
來禾は、少しためらいつつも話し出した。
「私は、魔法が使えるの」
魔法が使える。
そう言われたところで、何と答えたらいいか分からなかった。
「そして、もう一つ。私はこの世界の人間じゃないのかもしれない」
ただでさえ、「魔法使い」だということに思考回路はフル稼働であるのに、追い討ちに「この世界の人間じゃない」と言われれば脳はフリーズしてしまう。
ただし、それが常人の思考ならばの話だ。
「本物の、魔法使い!」
僕は目を見張った。
目の前に本物の魔法使い、いや魔法少女がいると。
ラノベやアニメでしか見ることができない、スーパーレアキャラクター。
その一人が目の前にいる。
だが一つ、おかしな事がある。
━━私は、この世界の人間じゃないかもしれない。
この世界の人間じゃないとは、どういうことか。
その質問を來禾にしようとした時、この世界を異質な空気が包んだ。
「何、この感じ」
來禾は身構える。
何かが迫ってくるかの様に。
空を見上げた來禾に続き、僕も空を見上げた。
すると、空には黒く禍々しい「穴」があった。
「あれは一体!?」
「分からない。けど、何かくる!」
「穴」の中で何かが煌めいた瞬間、鋭い光を放ちながらそれは目の前に堕ちた。
「やっと、見つけた」
「お前は!」
來禾は身構える。
突如として目の前に現れたのは、背丈が小学生ほどの少女だった。
しかし、味方とは言い難い雰囲気を漂わせている。
「あいつらの言う通りだった。あれの先にお前がいると」
少女が指す「あれ」とは、空に浮かぶ黒い穴のことだ。
「さあここでくたばれ! 青海來禾!」
少女は目の前に手を突き出すと、何もないところから杖が現れた。
その杖を地面に突き、呪文らしきものを唱えた。
「紅き煌めきに全てを葬れ! ルーフス・フレア!」
その瞬間、來禾を囲むように地面に魔方陣が浮かび上がり、
一瞬にして來禾は赤い焔に包まれた。
「さあ、燃え尽きろ!」
しかし、來禾の声が聞こえる
「まだまだ!」
來禾は既に少女の背後へ。
來禾は少女に手を当てて叫ぶ。
「ヴェンタス・ラブントラーニ!」
來禾の手から放たれた風によって、少女は思いっきり吹き飛び、顔面から地面に叩きつけられる。
「いっっっっったぁぁぁぁぁい!」
少女は体を起こすと、大声で泣き始めた。
そこへ、來禾が戻ってくる。
「この子は誰? 知ってるみたいだけど」
「え、緋那のこと? 緋那なら・・・・・・」
「弟子、かな」
「ライバルだっ!」
二人の声が被る。
どうやら、お互いの認識は違う様だ。
「緋那、どうやってこっちに来たの?」
「どうやってって。お前のことを探してたら、変な奴らに連れ去られて『このゲートを通ればお前の探しているやつに会えるぞ』って言われて、あれと同じやつ通ったらお前がいた。けど、向こう側はもっと小さかったぞ?」
空の『穴』を指差す。
それを聞いた來禾は、何かに納得したように空を見上げる。
「これで一つ謎が解けた。ここは、『私の住む世界』じゃない」
To be continue.
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