World Rewrite

chouniji16

第一章 霧が晴れる時

第1話 始まりの少女

「では、空門。ここを答えろ」

 ここは谷戸やと高校一年A組の教室。現在、数学の授業中である。担当教員は、谷戸高校の教員の中で最も怖いと言われる鬼柴おにしばだ。故に教室は、シャーペンがひたすらノートの上を走る音のみで、私語は一切無い。

「おい、空門。聞こえないのか?」

――「バンッ!」

 鬼柴は、教卓を出席簿で叩く。

「・・・」

 痺れを切らした鬼柴は、とうとう教壇を降りた。

 鬼柴は、大声で怒鳴る。

「お前!やる気がねぇんなら廊下に立ってろ!」

 僕は怒鳴り声に驚き、椅子ごと後ろへひっくり返った。

 自分が呼ばれていることに気づかなかったのだ。

 そして教室は、シャーペンが走る音さえも消え、静寂に包まれた。

「こんなことしている暇があるならば勉強しろ。再来年の大学受験、落ちたいのか?」

 そう言って、空門の机の上に置いてあった、文字がびっしり敷き詰められたノートを取り上げて行った。


 ――「キーンコーンカーンコーン」。


 授業終了のチャイムが鳴る。僕の隣に一人の少女が立ち、耳元で叫んだ。

「あんた!あれだけ教えてあげたのに、なんで気付かないのよ!」

 僕はあまりの大声に椅子から転げ落ちた。大声で叫んだのは、爽弥の隣の席に座る崎川綾音さきがわあやねである。

「な、なんだよ!」

「あれだけ『先生が呼んでる』って合図でつついたのに、なに知らないふりしてんのよ!」

 爽弥はキョトンとした。

「つついた......? そうなんだ、全く気付かなかった」

 綾音は呆れた顔で続ける。

「もう授業中に書かないで、いい!?」

「分かった。」

 爽弥は肩を落として席に着いた。

「何してんの?」

 綾音が再び声をかけた。どういうことだろうと僕は綾音に目をやる。

「次の授業、書道室よ?」

 よく見ると、脇に書道道具を抱えている。それを見た爽弥は慌てて自分のロッカーへ走っていく。扉を開けると、そこに書道道具は無い。

「忘れた......」

「はぁ? 何してんのよ、ったく」


――「キーンコーンカーンコーン」


「気を付けて帰ってくださいねー」

 なんとも、高校生の教員には向いていない柔らかく、気が抜けたような声。まるで、保育園や幼稚園の先生の様な優しい声を持つ爽弥の担任、山内瑞穂やまうちみずほ

 その声に、僕は呼ばれた。

「空門くん、このあと用事はありますか?」

「いえ、なにも」

「それなら、これから授業用具室に来てもらってもいいですか?」

「はい」

 理由は分かっている。数学の授業中のことだ。その事で僕に注意でもするのだろう。

 案の定、そうだった。

「空門くん、先生からのお願いです。授業中はしっかり授業を受けてください」


――『先生からのお願いです』。


 山内が真剣になっているときに使うフレーズだ。

「一年生二学期期末のテスト、前回よりも順位が二十位落ちているんですよ?このままでは、入学当初に決めた志望校に入れないんですよ?」

 山内は、涙目の顔を僕に近づける。僕は渋々、返事をした。

「分かりました。これからはしっかり授業を受けます」

 山内の顔が笑顔になる。

 話が終わり、山内からノートを返してもらった。別れ際に、「絶対ですよ!」と念を押されながら。

 僕は、誰もいない教室へ戻り、荷物を持って教室を出た。

 夕日のオレンジ色に染まるビル群の道を一人歩く。

 駅へ向かって歩いていた僕は、ある物を思い出し途中の路地に入った。

 さらに歩いていき、細い路地裏へ足を踏み入れる。目の前に迫る壁は鼻先十センチ程度。蟹歩きで進んでいくと、少し開けた場所に出た。

 そこは、ビルの壁に囲まれた薄暗い広場のような場所。照らす光は、額縁に切り取った様に、小さく狭い空から射し込むだけだ。

 奥には、小さな神社がある。僕は、神社へ向かった。

 実はここは、僕だけが知る秘密の場所。気分が落ち込んだときに訪れるパワースポットだった。

「着いた」

 財布から十円を二枚取りだし、賽銭箱へ投げ入れた。お金は音をたてて賽銭箱へ吸い込まれる。僕は手を叩き、目をつぶる。

「良いことがありますように……」

 そう言って目を開けると、目の前に一人の同い年くらいの少女が立っていた。

「うわぁ!」

「ふふふ、初めまして」

 少女は、僕を見て微笑む。

 僕は驚きのあまり、しりもちをつく。初めて会う少女に僕は戸惑った。

「だ、誰!?」

「私? 私の名前は青海來禾あおみらいか。初めてこの街に来たんだけど道に迷っちゃって......」

「青海、來禾?」

「そう、青海來禾。來禾でいいよ。出会ってすぐで悪いんだけど、近くにコンビニってあるの?あったら案内してほしいんだけど......」

「あ、あるけど・・・・・・」

「それじゃー、そこまで案内して♪」

 來禾は僕の手を取り、路地裏を出た。近くにあるコンビニは、駅の手前にあるルーソンだ。ルーソンの前に来ると二人は歩を止めた。

「ありがとう! 助かったよ!」

 そう言って、來禾はコンビニに入っていった。

 來禾が入っていくのを見送った後、僕は駅へと歩き始めた。現在六時前、駅に着くと帰宅途中の会社員が改札へ吸い込まれていく。

 僕は定期を改札機にかざして改札を抜けると、ホームには僕が乗る予定の電車が止まっていた。車内はすでに満席だったため、仕方なく向かいのドアにもたれ掛かるように立った。

 まもなくして、電車は少しずつ動きだし、谷戸駅のホームを後にした。

 電車に揺られながら僕は思った。


 ――先程出会った彼女、どこか懐かしい。


 しかし、僕は記憶に無い。

 どこかで似たような人を見て覚えていて、その人と勘違いしたんだろう。そう思った。そんな中、ふと過ったワンシーン。


 ――手を、繋いだ......?


 今気付けば、僕はコンビニまで來禾と手を繋いでいた。急な出来事だったため、僕は気付いていなかった。心の底から火照ってきた僕は、顔を下げた。

「まもなく守長かみなが~、守長に止まります。お降りの......」

 そうこう考えているうちに、降りる駅へ着いた。

――守長町。

 僕が住む町である。谷戸市と打って変わり、ビル等が建ち並ぶ都会感は一切無い。あるのは、昔ながらの商店が並ぶアーケード商店街。夕御飯時ということもあって、威勢のいい声が飛び交っている。

 いくら科学技術が進歩しようとも、金銭面に余裕の無い郊外の街は発展が遅れる。そのため、今でも懐かしい光景を目にすることができる。

 僕の家は、駅を出て商店街を突っ切った所の住宅街の中。歩いて二十分ほどだ。

 気付けば顔から赤みが引いており、家の前にいた。

「ただいまー」

 扉を開けて、家に入る。

「お帰りー!」

 キッチンから、ピンクのエプロンを着けた母さんが出てきた。

――空門茜あきかどあかね

 少々抜けている所もあるが、良き母だ。

 夕御飯の支度の最中だったのだろう、左手には大根、右手には包丁が握られている。

「母さん、それ危ないから」

 母さんはハッとして包丁を後ろへ隠した。

「あらごめんなさい」

 にこやかに答えた。

 僕は階段を上がり、自分の部屋へ向かう。

 扉を開けて入り、持っていた鞄を椅子の上に置いた。そして、ベッドの上に寝転がり目を瞑った。


       ◇


 ――ここはどこだ?

 目を開くと、そこは僕の部屋ではなかった。


 ――ここは、夢?

 しかし、夢にしては景色がはっきりとしている。


 薄暗く、濃い霧が立ち込める場所に僕は立っていた。

 僕は理由もなく歩き出す。しかし、いくら歩いても景色は変わらない。どこまでも続く濃霧の中、ふと立ち止まった。

 右を振り向くと、遠くに微かな光が見える。

 僕は不思議に思い、光を目指し再び歩き出した。数分歩くと、正体が見えた。

 それは、立方体の箱のようなもの。宙に浮き、ゆっくりと回転している。

「なんだ?」

 僕は箱に手を伸ばし、触れた。

 その瞬間、箱の蓋が開き、中から光が溢れ、周囲の霧を押し退けて世界を光で満たした。


       ◇


 僕はそこで目が覚めた。そこは、自分の部屋だった。

「夢・・・、か」

 確かに自分の部屋である。しかし、いつもと違うことが一つ。

「君って、確か......」

 部屋には、夕方の迷子の少女、青海來禾が椅子に座りニッコリと微笑んでいた。

「こんばんわ? それとも、おはよう?」

「なんで僕の部屋にいるんだ!」

「しー、静かに。こっそり部屋に忍び込んだからお母さん来ちゃう」

 すると、誰かが階段を上って来る。

「爽弥ぁー、どうしたのー?」

 母さんだ。今、この場を見られるのはまずい。

「ナンデモナイヨー、Gガデタダケダヨー」

「ヒェェェェ! G!? こっち来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 母さんは顔を青ざめ、階段を駆け降りていった。

 母さんは大のゴキブリ嫌いである。


「ねぇ、いきなりなんだけどさ。泊めてくれない?」


「……エ?」

 暫しの静寂が部屋を包む。

「家に、泊める? 君を!?」

「ね? お願い!」

 來禾は手を合わせ頭を下ろす。

「で、でも……」

「お願いっ!」

 二回目の「お願い」には、一回目とは違う、彼女の真剣な意思を感じた。

「分かったよ。けど、理由を聞かせてほしい......」

「絶対、言わないとダメ?」

 來禾は悲しげな表情を浮かべる。

「できれば・・・」

「分かった」

 來禾は部屋の窓を開けた。

「え、何して」

「またね」

 來禾は窓から飛び降り、夜の住宅街の中に消えていった。



――翌日。

 いつも通りの朝を迎え、学校に登校した。山内が教室に入り、朝のホームルームが始まる。

「皆さん。突然ですが、転校生が来ます!」

 突然の知らせにざわつく教室。

「女子か? 女子か?」

「イケメンが来たらいいね!」

「どんな子かな?」

 クラスの期待が膨らむ中、山内はその転校生を呼んだ。

「どうぞ、入って!」

 教室の扉を開けて入ってきたのは、空の様に澄んだ瞳に、長いベージュ色の髪を下げた少女だった。

「初めまして、九条結くじょうゆいと言います。よろしくお願いします」

 彼女の口調は淡々としていて、どこか寂しい。声量も控えめで、教室の後ろに座る僕には、わずかに届いていた。

「それじゃあ、空門君の隣の席ね」

 そう言って、山内は僕の隣の席を指差す。

「はい」

 小さく返事をして歩き始め、通路を通る転校生。席に座る直前、微かに良い香りがした。それは、不思議な香りで何とも表現しにくい、それでもって心が安らぐ香り。

「では、朝のホームルームを始めます」


       ◇


「爽弥、見惚れてたでしょ?」

 朝のホームルームが終わり、綾音が話しかけてくる。

「見惚れてない」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「嘘だ」

「しつこいな~」

「いいんだよぅ~、嘘なんかつかなくてぇ~」

 絢音は、僕の頬に人差し指を押し付け、グリグリと回す。

「見惚れてない。ただ、いい香りがしたから……」

「へぇ~、香りが……。あんたって臭いフェチだったんだ」

「違うわ!」


 ――キーンコーンカーンコーン♪


 そうこう話しているうちに、一時間目の始業のチャイムが鳴る。

 ふと、隣の席を見た。転入生がいない。

 トイレに行ったきり、戻ってきてないのだろうか。すると、扉を開いて、先生が入ってきてしまった。

「授業を始める。欠席者はいるか」

 あいにく、学校一怖い鬼柴の数学だ。

「そこの席は誰だ」

 指を指すのは、転校生の席。

「おい、そこの席は......」

「結さんです!今日転校してきた、九条結さんです!」

 先生の言葉を遮って、綾音が言った。

「そうか、何か聞いてるか?」

「お腹が痛いから遅くなるかもしれないと言ってました!」

「そうか、分かった。では授業に入る。教科書107ページ……」

 僕は絢音をつついて、小声で話しかける。

「おい、転校生はホントにトイレなのか?」

「私が知るわけないでしょ! まだ話したことも無いのに!」

「どうすんだよ、トイレじゃなかったら!」

「どうもこうもないでしょ! その時はその時よ!」


 ――十分後。

 なかなか戻ってこない転校生。

「おい、崎川。トイレに行って九条の様子を見てこい」

「はい、わかりました」

 絢音は顔を強ばらせてトイレに向かった。

 大丈夫だろうかと思ったが、あいつのことだから心配はないだろう。


 ――それから、五分後。

「おい、ミイラ取りがミイラになったか?」

 次は綾音も戻ってこない。鬼柴は、クラスの女子を一人連れ、トイレに行った。

 数分後、鬼柴と女子が戻ってきた。鬼柴は顔を青ざめながら言った。

「授業を中断して、九条と崎川を探す」

 こうして、突如消えた二人の捜索が始まった。教室を出た僕は校舎の端から端まで探し歩いた。

 他にも体育館や武道館、音楽室......。どの教室にもいなかった。

 ほぼ全ての教室を見たところで、気付けば理科室の前にいた。

「まだ、見てなかったな」

 いつもであれば閉まっている扉の鍵。しかし、軽く横に力を入れるとすんなりと開いた。

 理科室の中は日中でも薄暗く、微かに薬品の匂いがする。ただ、水槽のモーター音が部屋の静けさを紛らわしていた。

 部屋中探したが、誰一人いない。

 理科室を出る前に、もう一度部屋を見た。すると、

「ん?」

 理科準備室の扉が少し開いている。

 気になったので、開いた扉の隙間から中を覗いてみた。そこから見えたのは、足だ。膝から下しか見えないが、二人いることは分かった。もしやと思い、中に入ってみると、転校生と綾音が倒れていた。

「大丈夫か!?」

 声をかけるが返事は無い。鬼柴へこのことを伝えようと動いたときだった。


 ――ガラッ。


 扉が開いた音がした。

「(誰だ?)」

 入ってきた人物は、スリッパのような音をたてて、少しずつこちらへ近づいてくる。そして、その音は準備室の扉の前で止まり。目の前に正体を現した。

「何してんだ? お前は」

 スリッパの音の正体は、理科担当教諭の二十里聡美(にじゅうりさとみ)だった。部屋中を見回した後、二十里の視線が僕の後ろへと向けられる。

「どうやって理科室に入ったのかは知らんが、その女子二人か? いなくなったっていうのは」

「はい、そうです」

「ったく。面倒事起こしやがって」

 二十里は仕方なさそうに転校生を抱えた。

「しゃーないか。空門、そっち連れてきて」

 転校生を抱えながら指を指すのは、綾音のことだった。

「僕がですか?」

「おまえ以外に誰がいんのさ」

 僕は綾音を抱えた。思ったよりも軽い、そう思ったら失礼になるが。

 僕は、理科室を後にしようと部屋を出るときだった。



「チッ……」



 気のせいか、舌打ちが聞こえた気がして振り返る。しかし、そこには誰もいない。

「おい、行くぞー」

 二十里に呼ばれ、僕は理科室を後にした。

 保健室に着くまでの間、耳元で聞こえる綾音の寝息。その音に、僕の心は鼓動を早くする。

「(早く保健室に!)」

 保健室に着き、ベッドに寝かせる。そこで、転校生と綾音は目を覚ました。

「大丈夫か? お前ら」

 二十里が声をかける。

「はい、大丈夫です。少し頭がボーッとするだけで」

 そう言って、綾音は頭を抑える。

「私も、大丈夫」

 転校生も気分は優れていなさそうだった。

「一体おまえらに何が起きたんだ? 覚えていることでいいから話してくんないか?」

 綾音は困ったような表情を浮かべている。転校生も同じだった。

「実は……、覚えてないんです」

「覚えてない? どういうことだ?」

 転校生は頷く。二十里は眉間にシワを寄せて、真剣な表情になった。

「 はい。トイレに入って、九条さんを見つけたのまでは覚えているんですが ……。そこから何が起きたのかがサッパリで」

「そうか。覚えていないなら仕方がない」

 話が終わると、鬼柴が保健室へ駆け込んで来た。息は荒く、全身で呼吸をしているようだった。

「大丈夫か! 九条と崎川!」

 二人の無事を確認したからか、側にあったイスに倒れるように座った。

 この後、二人は念のために病院へ。僕は、いつも通りに授業を受け、いつも通りに帰った。

 商店街を抜けて、住宅街に入る。すると、急に人の気配が無くなり静寂が押し寄せた。いつものことと思いながら、家までの道を歩く。しかし、どこか違った。

 どこからか感じる視線。振り向けどそこには誰もいない。三回目に振り向いた後、体を前に戻したときだった。

「初めまして」

 静寂の中に突如現れた声。あまりの驚きに、心臓が止まるかと思った。

 目の前に立つのは、黒いコートに黒のハットを被った男。身長は百八十メーターほど。顔はハットの影に隠れて見えない。

「君は、『青海來禾』という少女を知っているか?」

「青海、來禾ですか?」

「そうだ。知っているなら居場所を教えてほしい。一昨日からずっと帰らないんだ」

「すみません、今どこにいるかは僕にも分かりません。ただ、昨日の夜は僕の家に居ました」

 爽弥の言葉を聞いたハットの男は、影から微かに笑みを見せた。不気味で不適な、「思った通りだ」と言わんばかりの鋭い眼差しを、月の光と共に見せつつ。

「やはりここか。ならばお前を!」

 爽弥はその鋭さに、身動き一つとれずにいた。

 男が右腕を後ろに引くと、右手のひらに赤い光が現れる。

 少しずつ強さを増す光。

 男が腕を前に突き出すと同時に、その光は男の前方へと放たれた。

「……!」

 男が何かを叫ぶと共に、赤い光線は爽弥へと向かい、頬を掠め、後方で大きな爆音と共に土煙を上げた。

「ひ、ひぃぃいぃぃぃいぃ!」

 僕は余りの恐怖に尻餅をついた。男は、次の攻撃に備えて再び光を手に灯す。

「次は当てるぞ」

 男の手に灯る光は先程よりも強い。そして、その輝きと共に押し寄せるのは、今にも心を抉られてしまいそうなほど鋭い『威圧感』。

 今までに感じたことの無い「死」への恐怖が爽弥を取り巻いた。

「うご、けないぃ!」

 爽弥は恐怖で力が入らなかった。光はさらに輝きを増す。

「死ね」

 男は右腕を突き出し、光を放った。目の前が徐々に光で満たされていく。爽弥は目をつむり、 死を覚悟した。その瞬間......。


 ――「……!」


 誰かの大きな声と共に爆音が轟く。巻き上げられた土煙が視界をゼロ距離にした。

 徐々に晴れていく土煙の中に、見慣れないが見覚えのある影が一つ、僕の目の前に立っていた。


「大丈夫?」


 それは、青海來禾だった。



 ◇



 今、目の前で何が起きたのか、なぜ自分は無事なのか、なぜ彼女が目の前にいるのか...。幾つかの疑問が頭の中を駆け巡る。

 彼女は、両腕を前に突き出して何かを止めるかの様に立っていた。

「やはり来たな、青海來禾」

 男は不適な笑みを浮かべ言う。來禾は真剣な表情になった。

「なぜ、まだ私を狙うの!?」

「計画は進行中だ」

「嘘だ! あの時、全て壊したはずじゃ!」

 來禾の言葉に男は笑った。

「フハハハハ! 何も『ゲート』はあれ一つではない。設計図もある。壊れたら作り直せばいいだけのことだ。君がいくら壊そうが、計画の遅延はあっても中止になることは無い!」

「そんな……」

 來禾は歯を食いしばる。

「本当だったら、君じゃなくてもいいんだけどね。上が『君をコアにしたい』とうるさくてね」

 男は仕方なさそうなポーズをする。來禾は拳を強く握りしめ、震わせていた。

「そこの少年」

 急に男に声をかけられた。恐る恐る返事をする。

「はいぃっ!」

「これ以上、この少女に関わると命は無いぞ。覚えておけ」

 男はそう言い残し、夜の闇に消えていった。

 遠くでサイレンの音が鳴る。たぶん、ここに来るのだろう。面倒事になる前に、家に帰ることにした。



 ◇



 騒動が終わり、來禾と二人で家に戻った。來禾は、部屋に入ってから長く俯いたままである。声をかけようにも、先程の話の内容がさっぱりなので話のかけようも無い。

 どうしようかと悩んでいたときだった。

「ごめん!」

 突然、大きな声で謝られた。

「本当にごめん、危ない事に巻き込んじゃって。けど、もう大丈夫だから。私、行くね」

 そして、前回この家から出ていくのと同じように、窓から出て行こうとした時だった。

「待って!」

 この時、僕は何を思ったのか分からない。ただ、彼女を放ってはおけなかった。いや、放っておいてはいけない様な気がした。

「理由や事情は知らない。だけど、君を泊めるよ。僕の方こそ、昨日はごめん」

 その言葉を聞いた來禾は、嬉しそうに笑った。

「ありがとう!」

 そこへ、予期せぬ人が来た。

「爽弥ぁー、爽弥ぁー? お友達が来てるのー?」

 爽弥と來禾は顔を見合わせた。

「ヤバイ! 隠れろ!」

「どこに隠れんのよ!」

「あー、もう……、ここに隠れて!」

「え、ちょっ。まt......」

 僕は、來禾を押し入れに押し込んだ。

 もう一度、母さんが声をかける。

「爽弥ぁー? 出てきなさーい」

「何でもないよ! Gが出ただけだから!」

 やはり、それを聞いた母さんは階段を駆け下りていった。

「無理無理無理無理ぃ! 来ないでぇぇぇぇぇ!」

 母さんがいなくなったことを確認して、押し入れを開けた。

 すると、そこには疲れて眠ってしまった來禾がいた。



 ◇



 ここは、真夜中の谷戸高校の理科室。ただでさえ不気味な器具が並ぶ理科室の闇の中に、一人の影が静かに立っていた。その影は、誰かと通信を始める。

「こちら、二十里。報告だ」

「こちら、CDO公安局諜報機関外部部門情報収集課です。スタンバイ完了、始めてください」


「谷戸高校にて、レベル1のフィジクスエラーを検知した」


「……報告を確認しました。直ちにデータベースへアップロードします。尚、詳細に関する記述はThirtyAI《サーティエーアイ》ネットワーク上で規則事項を厳守の上、行ってください」

 通信が切れる。二十里は、空に浮かぶ月を眺めた。

「始まったか」




 To be continue.

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