第3話 出逢い(2)
『ダンジョンへはこれから?』
『はい!・・でも』
それまで明るかったユナの表情が少し曇った。
『・・うん?』
数匹の鴉が弧を描き上空で不気味に哭いていた。
『なんて言ったらいいのか・・凄く嫌な感じがするんです。漠然としてるんですけど・・負のオーラ?みたいな・・』
『・・・・』
刹那は驚いた。自分が感じていた漠然とした不安をユナも感じていたことに。
その時だった。
中央広場に叫び声が響き渡る。
「大変だー!ドラゴンがっ!」
それは先程、凪とパーティーを組んで一緒に北の玄武洞ダンジョンへ向かった魔法使いの男だった。
その顔は恐怖でひきつり、装備していた黒装束はボロボロに焼かれ、杖は半ばで折れかかり、今にも倒れそうな勢いでダンジョンから中央広場へと走ってきた。
「Dランクのダンジョンに・・ドラゴンが!」
『どうして・・』
その姿を見つめながら刹那は呟く。
塔の前で遂に魔法使いは倒れこんでしまった。
刹那とユナは慌てて男の元へ駆け寄る。
今にも消え入りそうな、恐怖におののく震えた声で男は刹那の腕を掴み、嗚咽混じりにダンジョンで何が起きたのかを話し始めた。
「突然・・突然ドラゴンが襲ってきたんだ・・凪が必死に食い止めてくれてるけど俺達のパーティーは全滅寸前で、玄武洞ミッションに行った他の皆も応戦してるけど、・・全く歯が立たなくて・・」
自分が皆を置いて逃げ帰ったことの悔しさと、何よりもドラゴンに遭遇したという恐怖から、魔法使いの目から止めどなく涙が溢れていた。
話を聞いた刹那は愕然とした。本来、Dランクという低レベルダンジョンにはドラゴンは出現しないはずである。ドラゴンはA級ミッションの最深部に登場する超級レアモンスター。
限界付近までレベルを上げた者達でパーティーを組み、細部にまで作戦を立てて初めて挑めるモンスターだ。
それが最低ランクのダンジョンに現れることなど決してあってはならない現象なのだ。
『まさか・・俺が感じていた不安はこれだったのか?』
『刹那さん・・』
ユナは、祈るように手を胸の前で組み、今にも涙がこぼれ落ちそうな不安な表情で刹那を見つめる。
『でも、仮にパーティーが全滅したとしてもリザレクション・チャーチに強制送還されるはずじゃ・・』
広場の南側にある教会へ目を向け、そこからはまだ誰一人としてこの場へと戻ってきていないことに疑念を持った。
『そのルールも怪しいもんだな』
刹那とユナは不意に声がした方を振り向いた。
刹那とユナはその異様な容姿に驚く。
全身を漆黒の鎧に身を包み、二本の剣を背中にクロスで持つ暗黒騎士が刹那達の方へとゆっくりと歩いてきた。この暗黒騎士から只者ではないと思わせる不気味なオーラが放たれていることを刹那は感じた。
その姿に一瞬躊躇いながらも刹那は暗黒騎士に尋ねた。
『あ、あなたは・・?』
『ふっ・・』
鼻で笑ったのか、暗黒騎士は腕を組み言葉を続けた。
腕を組んだときの鎧のしなやかな動き、光さえも吸い込んでしまいそうな黒光りの鎧、〈・・見たことのない素材・・〉刹那の頭にそんなことが脳裏をかすめた。
『今は俺が誰かなんてことより、さっきの奴等を助けに行った方がいいんじゃないか?・・出るはずのないダンジョンに最強モンスターのドラゴン・・』
この世界で・・何かが起きてるのかもしれない・・
三人の頭に浮かぶ共通の思い。
頭部は全て漆黒の兜に覆われていて、その表情を窺い知ることは出来ないが、暗黒騎士の言葉には不思議な説得力があった。
『刹那さん、私もそう思います。やっぱり凄く嫌な予感がするんです。それを確かめるためにも、一刻も早くダンジョンに向かうべきじゃないでしょうか?』
ユナの顔からさっきまでの不安な表情は消えていた。
『そうだね。今は凪さん達を助けることを最優先に考えなきゃ』
「凪達を・・皆を助・・けて・・」
そう言うと魔法使いは気を失ってしまった。
傷付いた魔法使いを広場のベンチにゆっくりと寝かせた。
その姿を見つめながらユナは刹那に言った。
『刹那さん、私も一緒に行きます!』
ユナの声には拒絶を許さない有無を言わせぬ力強さがあった。
その瞳になんの迷いもない決意を感じた。
『ありがとう。お願いするよ』
ユナは刹那を見つめ頷く。
さらに、ベンチに横たわる魔法使いの胸にロッドをかざした。
〈ヒール〉
回復魔法の呪文を口にすると、ロッドは更に輝き、七色の光が傷付いた魔法使いを包み込む。
少しずつ光がおさまっていき、傷付いた体から傷が消えていった。
『ふっ・・』
またも暗黒騎士は鼻で笑った。
それは蔑みの嘲笑ではなく、この状況を楽しんでいるように思えた。
『俺も共に行かせてもらおう。嫌な予感を感じてたのはどうやら俺だけではないみたいだからな』
不気味なオーラを発し、見たことのない素材の鎧に身を包む謎の暗黒騎士。だが、今は少しでも強力な仲間が必要だと感じていた刹那は、暗黒騎士の言葉にゆっくりと頷いた。
三人は顔を見合せ、何かとてつもない事に巻き込まれたのではないかという思いを胸に、北側にある玄武洞ダンジョンへと急いだ。
この時はまだ、三人を含むこのV・W・Gの世界へログインした100人が、永遠とも思える負の螺旋、幾重にも仕掛けられた試練、終わりを知らないドラゴンとの戦いが待ち受けていることを知る由もなかった。
刹那達が中央広場で不気味な声を聞く1時間30分前である。
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