TEL

和紀河

TEL

 心を濡らした雨は、止んだ。天(そら)に残されたのは、薄い雲のかけら一つと真っ青な蒼。

 憎らしいほどの碧落が視界を、脳裏を埋(うず)めてゆく。

 わたしはそっと本を閉じて、ちらっと横目で電話を見た。

-----こない。

 あなたからの電話、まだ、こない。

 約束の時間はとっくに過ぎているのに。

 なのに、なぜ?

 テーブルの上の白いコーヒーカップを手に取って、わたしはゆっくりとコーヒーをすすった。

 飲みかけのコーヒーは、もう、冷たくなっている。なんだか、悔しくなって、

「ばかやろぉー」

 ほお杖をついて、河豚みたいに頬を膨らませ、呟く。

 あなたに見せようと思った、仕立ててばかりの紺色の着物。袂を弄びながら、眉間に皺をよせていた。


 風は踊る。

 静かな光の午後。

 寂静を伝える木々の唄が、そっとわたしを慰める。

 再び、わたしは本を開いた。


 暫し、ときは流れて・・・。

 真っ白な蝶がわたしの手に舞い降りてきた。

 その時、不意に沈黙は突き破られた。

「きたっ!」

-----電話が鳴った、けたたましく。

 固かった顔が、一気に綻んだ。わたしは受話器を取りにゆこうと席を立ちかけた。が、ちょっと考えて、

「止めよう。」と、呟いた。

 鳴り響く電話の前をわたしは、つんとした態度で素通りした。

-----わたしは出てなんか、やらない、やるもんかっっ!!この私を待たせた罰だ。

『ごめん、ごめん、待った?仕事が忙しくてさ、つい・・・』

 いつもの決まり台詞もんく

 どうせ判ってるから。

 出てやらない。

 たまには心配させてやる!!


 わたしは背中で電話のベルを聞きながら、玄関の戸をくぐった。

 遠くから、公園ではしゃぐ子どもたちの声。

 午後の日差しは眩しかった。

 目を細めて淡い靄たつ、路を見つめる。

 真っ白な日傘を開いた。

 まだ、電話のベルは鳴り止まない。

 日傘を差して、ちょっとだけ、顧みて、

「知らないんだらっ」

 すぐに前を見つめ直す。そして、わたしは雨上がりの路を歩みだした-----。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TEL 和紀河 @akikawashinobu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ