第2話 やわらかな風〜初夏の頃〜

どこを見上げても高層ビルの群。

ここは、冷たいコンクリとガラスに囲まれ、人波溢れかえる都会。

日々生活していると、突然、息苦しくなる。

山や川など比較的自然のある場所へ行き、風を感じ、草木の声を聞いていたくなることがある。


僕は、森閑とした森の中を放浪し、木漏れ日の光の玉が集う場所を見つけ、立ち止まった。

静かに眼を閉じ、深く息を吸い込んで風を感じる────。

まだ薄ら寒くはあるが柔らかな風は僕の全身を包んでいった。

続いて、そっと耳を澄まし周囲の音を聞く。毛穴の一つ一つまでセンサーのように敏感になり、次第に森の空気と同一化していく。

自らを周囲の自然の中に溶け込ませてゆく心地よさ。なぜか幼い頃の甘酢い懐かしさが込み上げてきた。

目頭が熱くなり、胸に押し迫る感動という感情が僕を襲った。

風が、都会の風の中で荒れた自分の感情を優しく拭い包み込むように、吹き染め、安堵感のようなものを僕に与えてくれる。

更にそうした精神(こころ)の安定の中で、眼を開き、周囲の淡い翠に染まった風景を見つめる。

そして自分の感覚を野生化させて研ぎ澄ませることにより、鳥の声、草木のざわめき、動植物の息遣いなどを感じ取ってゆく・・・。

翠色に染まった清涼な風に運ばれた安らかな木々と苔生した土の匂い。

それには時折、たおやかな花の薫も運ばれてくる。

淡く輝く若葉は生気に満ち溢れ、何よりも暖かく、強く、初夏の活力を放っている。

そして自分たちにも惜しみ無く、その力を与えてくれる存在。


こうした動植物たちの生命の息遣いを感じ、そして自然との調和、融合しようとするとき、

まさに自然は人間にとって欠くことのできない存在であると僕は再度実感させられるのである。

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