─4─

 炎の城を離れ、北西アストリアの首都グレゴリアへと降り立ち。わたしはその街並みを、やはり名残惜しく想い見つめ回していた。

 そして、近くに居た道具屋のボルテさんに気がつき、軽く吐息をついて近づいてゆく。


「や、やぁ! アリスちゃん、明日はいよいよワールドリセットだね!!」

「……えぇ。ボルテさんには、本当にお世話になりました。

意味で……!」


 わたしは苦笑いながらそう言い、最後には半眼な眼差しで、そう繋げてやった。

 だってさ、裸を覗き見してきたの、ついこの前のことだからね!


 だけど、もしかすると本当に今日でお別れかも知れないので、挨拶だけはちゃんとして、次へいきたいと思った。なので、軽く笑顔を浮かべ口を開く。


「またいつか……どこかでお会い出来たら、その時にはまたよろしくお願いします」

「ん、ぅん……またと言わず、出来たら今からがいいんだけど……」


「え? 何をですか??」

「胸、ちょっと触らせて貰えると、かなり嬉しいんだけど?」


「は?! あはは! ですからそれは、遠慮しときます」

「ちょっと見せて貰えるだけでも、嬉しいんだけど!」


「それも遠慮しておきます!!」


 ……そんな訳で、わたしはそんなボルテさんに対し、呆れ顔を見せ、苦笑いながら手を振りふり問答無用で別れ。次に、武器屋のライアスさんの元へと向かい店内へと入った。


「ライアスさぁ~ん、居ますかぁ? アリスで~す」

「お! アリスちゃん、いらっしゃい!! 

今日は、もうこのまま来ないのかと諦めていたところだったよ……」

「あはは! そんな筈はないです。ライアスさんには、本当にお世話になったんですから!」


「……そっか、そう言って貰えると本当に嬉しいよ」

「……」


 ライアスさんはどこか寂しげに、でも優しげにそう言ってくれた。

 わたしはそれだけに、何だかとても悲しくなり俯く……。


「アリスちゃん? どうかしたの??」

「あ、いえ……それよりも本当にすみませんでした。お借りしていたパランティアの指輪を勝手に使ってしまって……もう、どうお詫びすれば良いのか…」


「いやいや。だからそれは、もう気にしなくていいからさ。私だって、ついこの前、アリスちゃんに悪いことしてしまった訳だし」

「……」

 

 ライアスさんは、小部屋近くの壁を軽く指差しながら苦笑いそう言った。

 わたしはその時のことをまた思い出し、頬が真っ赤に染まる。


「でも……あの時は結局、見えてなかったんでしょう? だったら、もう良いです。いっそ、全部忘れて下さい! 何だか思い出す度に恥ずかしくなるので……」

「いや、あの見事なまでの〔脚線美〕。一生、忘れないよ……」

「──は?」


 脚線美!?


「あの時はそれを見て、『これは、やはりいけない』と思ったんだが。それでもボルテのヤツが覗き見ようとするので、それを阻止しようとしている内に、アリスちゃんに見つかっちゃって、色々と誤解を受けてしまったが……」


「いや、あの、待って下さい!! その、もう一度いいですか?」

「へ?」


「ですからその、『脚線美』ってどういうことなんですか??」

「……あ!!」


 ライアスさんの顔色が、途端に青ざめる。

 流石にそれを見て、鈍いわたしも気づいた。


「………見たんですね? 実は、見えていたんでしょ??」

「いや! 見えてなかったよ!!」


「……でも本当は、見たんでしょ?」

「……いや? どうだっかなぁ~っ……?」


「見たんですね? 絶対、見たよね!!」

「あ、いや! だからほら、ほんのちょっと?」


「──!!」


 や、やっぱり見られていたの?! 何だかちょっとショックかも…………はぁ~。

 わたしは、そこで元気なく肩をカクリと落とす。


「……もう、いいです。明日には、ワールドリセットされますから。この事はわたしも忘れますので、ライアスさんも見たこと全て、完全に忘れてしまってください。それでもう一生、お別れです」

「あ、あの…アリスちゃん?」


「では、さようなら! ライアスさん……本当にありがとうございました!!」


 わたしは自分でもよく分からなかったけど、段々ムカムカと腹が立ってきて不愉快になり、半眼のまま頭を下げお礼をして、そのままお店を出ようとする。

 が、その時にライアスさんがわたしの手を急に掴み、止めてきた。


「──アリスちゃん、待って! 次のワールドリセットで、どこの勢力を選んだの? 良かったら……そのぅ~っ…」

「……」


 わたしは敢えてライアスさんの顔は見ようとはせず、そっぽを向いたまま、こうイジワルに答えた。


「……そんなの、ライアスさんには関係のないことだと思いますが?」

「あるさ! 私としては、次のワールドでもアリスちゃんと一緒したいと思って……!!」


「え?」

 わたしは瞬間、頬が真っ赤に染まる。

 だけど直ぐに、そう言ってくれたライアスさんを厳しい表情でゆるりと見上げ、口を開いた。


「それで…………わたしの裸をまた、見たいからですか? それとも、わたしが着た装備品の楽しみたいからですか?? 

だって、わたしの身体だけが目的なんでしょう? “わたし自身”なんて、どうでもいいんですよね?

別にいいですよ、それならそれでも……何なら今直ぐにでも、お見せしましょうか? どうせこんなの、ただのアバターなんだから別に構いませんよ!」

「あ、いや……そんなつもりでは……!?」


 ライアスさんはかなり慌て動揺し、困り顔を浮かべている。


 わたしはそんなライアスさんを同じように困り顔に見つめ直し、半眼に見つめ、軽くため息をつき口を開く。


「冗談です……そんなの本気にしないで下さい…」

「じょ、冗談?! そ、それは良かった……」

 ライアスさんは、ホッとした表情を見せている。


 だけどわたしは、そこで元気なく俯き、口を開き小声で言った。

「では、ライアスさん……次のワールドでも、運良くご一緒出来るといいですね? それではいつかまた、さようなら……」

「あ、アリスちゃん!!」


 再びそれで店内から出て行こうとするわたしを、ライアスさんは後ろから手を掴み振り向かせ、いきなり抱き寄せて来る?!


「アリスちゃんと居たこの数週間、本当に楽しかったよ……! 

アリスちゃんがいつも見せてくれる無邪気で何気ない笑顔が、私は凄く大好きだった。

ただ一緒に居てくれるだけで、本当に幸せを感じていたんだ!」

「──!!」


「ワールドが変わったとしても、いつまでもそのままのアリスちゃんで居てくれると嬉しい……無邪気で優しいアリスちゃんのままでね?

もうこれで、二度と会うことは本当に無いのかもしれないが、それでも……私の中のアリスちゃんは……そのぅ~っ…」

「……」


 ライアスさんは、最後辺り恥ずかしげにしていた。


 わたしはその様子を見て、今度は何だか次第に嬉しくなり、そこでようやく涙目ながらも自然と明るい笑顔が浮かんで来る。


 それから再び、ライアスさんの首筋に近づき、その耳元で頬を赤らめたまま、一言だけ「南西シャインティア……」と、そっと囁き言い離れた。


「あの、これ……絶対に、他の誰にも言わないでくださいね? どうかお願いします」

「あ……あぁ、ハハ! 分かったよ、アリスちゃん!! 絶対に言わない!」


「お願いします! では、また『次のワールドで!!』」

「ああ! 次のワールドで!!」

 

 わたしは、ライアスさんに元気一杯な満面の笑顔で手を振りながら、ログアウトした。

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