病院を出ると、空はもう赤く染まっていた。


 郊外に建てられた病院の裏手には大きな川が流れ、川沿いの土手が長く伸びている。


 土手の上は広い道になっていた。伸治はふと、それが昔、瑞希と二人で歩いた道だということを思い出した。駅へ向かうには反対の方角だったが、伸治の足は誘われるようにそちらへと向かっていた。



 川沿いの道を歩きながら、伸治は考えていた。


 時の流れと、その行きつく先。あるいは、確かに人の時間はそれぞれに流れていくのかもしれない。流れの中で、身近な人同士の時間は接し合い、より大きな流れとなって下流へと向かう。


 社会の流れ、時代の流れ、世界の流れ。


 より大きな流れに人は常に巻き込まれ、その時間はいつか岸辺へと流れ着くのだろう。麻奈のいうように、大きな流れから逃れる術はないのかもしれない。



 伸治は川の方に目を向け、夕陽を眺めた。


 大きな夕陽が、山の向こうから水面に光の粒を落としている。ゆったりとした流れに、黄金色の光が踊っていた。


 川はその流れに映した夕陽の輝きを、水面に揺らめかせながら下流へと運ぶ。


 水面に立つ細かな波に、その輝きが細く別れてはまた繋がって大きくなり、岸辺から遠くなりまた近くなり。それぞれに踊り、また繋がってより大きな流れへ――



 伸治は振りかえった。



 穏やかな微笑みを浮かべた瑞希がいた。



 先ほどまで病室で寝ていた瑞希ではない。十三年前の、伸治がこの町で出会った、その時そのままの姿の瑞希だった。


「久しぶり」


 瑞希が言った。


 不思議と伸治は、十三年前の姿のままで現れた瑞希を、すんなりと受け入れていた。


 普通ならここにいるはずのない、元より存在するはずの無い、少女の姿。


 しかし、それはここ数日のうちに出会った誰よりも愛おしく、強い実感を伴っていた。


 瑞希の言葉に、うん、と伸治は答えたが、言葉にはなっていなかったかもしれない。



「元気そうだね」



 瑞希の静かな口調は昔のままだった。まるで、先週も会っていたかのような調子だ。


 伸治は頷いた。穏やかな気持ちだった。



「瑞希は?どうしてるの?」



 伸治が問いかける。どうしてるの、というのがどういう意味であるのか、自分でもわからない。



「私は相変わらずだよ」


 そう言って瑞希は、夕陽に照らされた川に目をやった。伸治もそちらを見た。


 風はなく、時の止まったような夕暮れのひと時に、川の流れる音だけが聞こえている。川の水面に光が踊る中を、木の葉が一枚、流れていくのが見えた。

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