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代わりに伸治は、麻奈に対し、無難な話題を投げかける。
「麻奈さんは、仕事は?」
「今はしてません。この歳で学生なんです」
「じゃあ、学校に入りなおしたの?」
「そうですね。地元の会社で事務の仕事してたんですけど、色々あって辞めちゃって。それで今、デザインの専門学校に通ってるんです。梅村さんの記事も、だから読んだんですよ」
そこまで話して、麻奈の顔から一瞬笑顔が消えた。すぐにまた笑ってみせたが、その笑顔は幾分寂しげだった。
「今、行ってないんですけどね。お姉ちゃんがこんなだから……昼間は私が面倒みたりしてるんです。うち、両親とも働いてるから、抜けられなくて」
「……」
伸治はなにも言えなかった。麻奈が伸治の話に喰いつく理由がよくわかったからだ。
地方に住む若者が、雑誌の記事に載った人物に興味を持ったり、羨んだりする心情は、伸治にも経験があった。
ましてや、長期に渡って入院している肉親がいる麻奈である。手足の自由を奪われたような、どうしようもない無力感。そこから這い上がろうと努力してみても、絡みつくしがらみにまた引き戻されるもどかしさ。かといって、誰を恨むわけにもいかない、やり場のない感情。
麻奈はひとり、その中でもがいているのだろう。伸治は心に浮かんだ感情を払うように、麻奈を励まそうとした。
「また行けばいいじゃない。まだ若いんだから、全然大丈夫だよ」
「そうですね。また行こうとは思ってます。でも……」
麻奈はまた、寂しげに笑いながら言葉を切った。数瞬、目を泳がせた後、再び口を開く。
「……会社辞めて学校行くって決めて、自分の人生を変えたつもりだったんです。新しいことを勉強して、新しい友人が出来て、確かに生活は変わったし、楽しくやってます……だけど、それだけ」
「それだけ?」
「それだけです。その後、有名な会社に入って大きな仕事ができるわけでもない。きっとまた、小さな会社で事務の仕事かなにかするんだと思います」
「……そんなことないよ。チャンスはきっとあると思う」
伸治の励ましに、麻奈は首を振った。
「ある程度のところに行こうと思ったら、最初からその流れに乗らないといけないんだなって、周りを見ててよくわかりました。そもそもチャンスが来る環境にいるかどうか、って大事です。ちょっとの未来は変えられても、大きな流れは自分では変えられないんだなぁ、って」
なにも言えずにいる伸治から、麻奈は目を外し、窓の外を見た。窓の外には、町を東西に分ける大きな川が流れている。
「梅村さんの話、私にとっては、川の向こう岸の話みたいです。だから面白いんですよね、きっと」
伸治は何も言わずに、缶コーヒーの残りを飲もうとした。缶はもう空になっていた。
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