病院のラウンジで缶のコーヒーを買い、テーブルと共に置かれた硬い椅子に座ると伸治は、思わず大きく息を吐き出した。


 先ほど病室で会った瑞希と、十三年前の記憶の中の瑞希とを、比べるように思い出す。パーティ会場で会った笹本も、山本も、同様に思い出してみる。


 当たり前のことだが、伸治自らの十三年間の裏には、彼らの十三年間もまた存在しているのだ。


 他人からはポイントでしか認識できない、その十三年間の重み。伸治はそのことに、初めて意識が向いた自分に気が付いていた。鹿島の言うように、その十三年間の間に、それぞれの時間がズレていった結果、二度と再び交わることがないのだとしたら、あまりにも切ない話だとも思う。



 麻奈が、ペットボトルの紅茶を買って伸治のテーブルにやってきた。椅子を引いて伸治の正面に座る。



「梅村さん、お姉ちゃんの恋人だったんですか?」



 ペットボトルの蓋を開けながら訊く麻奈に、伸治は曖昧に頷いた。今病室で眠っている瑞希の恋人だったかどうかは、自信が無い。



「すごいなぁ、お姉ちゃん。有名人の彼氏がいたなんて知らなかった」


「有名人?」


「日本プロダクトデザイン大賞。雑誌のインタビュー記事読んだんですけど、さっき梅村さんがその人だって気が付きました」



 伸治は苦笑した。


 別に瑞希と付き合っていた頃に有名だったわけではない。だが麻奈にとっては、雑誌に載っている人が目の前にいて、それが姉の昔の恋人らしいということが重要なのだろう。



「お姉ちゃんとはどこで知り合ったんですか?」


「うん……」


 伸治は少し迷った。


 伸治の事実はもしかしたら、麻奈にとっての事実と異なっているかもしれないからだ。伸治は言葉を選びながら言った。



「この町の大学に通ってる時にね。瑞希がバイトしてたところで知りあって。二年くらい一緒にいたかな」


「ってことは国立大学なんだ!凄いんですね。やっぱり違うなあ」



 やたらと感激する麻奈の前で、伸治は少々居心地が悪い思いだった。


 麻奈はその後も伸治に、瑞希のことや大学を出てからの進路のことなどを色々と尋ねた。伸治は戸惑いつつもそれに答える。



「……新卒で入った会社を辞めて、その後いくつかの会社に勤めた後、大学の時の仲間と、会社を作ったんだ。とにかく、昔の上司たちを見返してやろうって思ってたね」


「そうなんだ。順調にいってたわけじゃないんですね」


「そうだね……まあでも、やりたいようにはやってたかもしれない」


「それ、一番大事ですね」



 伸治の経歴を語る上では、瑞希の予言した例の「光景」が大きな要素を占めてくるのだが、伸治はそこを省いて話した。


 表面だけをなぞって話しても、それなりに面白い話にはなったようだ。麻奈は興味深い様子で、伸治の話に相槌を打っていたが、不意に目を落し、呟くように言った。



「いいなあ、頭のいい人は」



 伸治はその言い方が気にかかったが、それを口にはしなかった。

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