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鹿島は落ち着き払ってワインを飲んでいる。伸治は思考と格闘しながら、言葉を絞り出した。
「……つまり、ズレが大きくなって周囲の流れから離れてしまうと、本来行きつく先の未来とは別の未来へ到達してしまう……?」
「その表現は適切ではないな。個人の流れがそれぞれに異なる以上、ズレた先こそが『本来行きつく先』なのではないかね」
伸治の口の中はカラカラになっていた。
もし、鹿島の言うことが正しいのだとしたら、十三年かけて伸治が行きついた先の現在は、瑞希が最初から存在しなかった世界だということか。
そして瑞希は、伸治の行きつく先を、その時から「知っていた」――
伸治との話に満足した様子の鹿島は、グラスの中に残った酒を飲み干し、ちょっと失礼、と言ってスツールを立った。伸治は一人取り残され、そのまましばらく茫然と座っていた。頭の中で、渦を巻くような、なにかの音が響いていた。
確かに、伸治の時間の流れは周囲とズレて進んできたのかもしれない。
貪欲に知識を求め、成果を挙げようと躍起になって生きてきた。旧友と久しぶりに会った時、仕事や家庭に流されるばかりの受動的な暮らしの話に共感できず、溝を感じたこともある。
だが、自分の送って来たその年月自体には満足もしているし、実際に大きな結果を出すこともできた。しかし、その代償として過去から切り離されてしまったというのなら、あまりにも――
伸治は溜息をついた。本人も言っていた通り、鹿島の話は仮定に過ぎない。あるいは、伸治自身の記憶に問題がある可能性だって否定はできない。
伸治はその場から立ち上がった。頭を冷やしたかった。近くのテーブルにあったビールのグラスを取り上げ、会場を出てロビーへと向かった。
パーティが始まってからだいぶ時間が経っているためか、ロビーにも結構な人数の人がいた。
伸治は空いていたソファに座り、グラスのビールを一口飲んでからローテーブルの上に置いた。隣のソファでは、数人の男女が静かに話し込んでいる。きっと、学生時代から仲の良い友人同士のグループなのだろう。
――彼らもまた、過去からズレた結果の相手と話しているに過ぎないのかもしれない。
皮肉めいた考えが頭をよぎる。
懐かしい同窓会のパーティの場が、なにもかも、居心地が悪く感じられた。もう会場を出て、ホテルで休もうか――携帯電話を取り出し、時間を確認しようとする。画面を開くと、メールを受信したという表示が光っているのに気がついた。
「……瑞希……!」
伸治は息を飲んだ。届いたメールは、瑞希からの返信だった。
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