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「どんなことに使うんです?健康器具ではないですが、厳密な測定が出来るようなものでもないですよ」
「ふむ……少々専門的な話になってしまうが、大丈夫かな」
鹿島はそう前置きを入れたが、話したがっている様子なのは明らかだった。もしかしたら鹿島も、伸治と同様にこの場に居場所がなかったのかもしれない。
「ぜひ。お伺いしたいです」
「うむ……研究というのはなにしろ、被験者を探すのが中々大変でね。特に私の研究の場合は、いろいろと面倒なお願いをしなくてはならないわけだが」
鹿島が学生に講義をするかのようにゆっくりと説明するのを、伸治は黙って聞いていた。
「その点、あのなんとかバンドというのは、手軽さがよい。グループ毎に条件を揃え、体感時間のズレを比較するような場合に適しているな」
なるほど、と伸治は頷いた。愛想ではなく、素直に感心していた。鹿島はさらに続けた。
「または、この手軽さを活かして、一人の被験者に長期間つけてもらって記録を取る、ということも出来るな。緑と赤、それぞれのランプがついた回数と時間を記録し、時間のズレの累計を取ってその他の数値と比較をする。ふむ、これは面白いかもしれんな」
自分で説明をしながら一人で納得している。伸治はそれに対して何気なく質問を投げかけた。
「ズレがずっと積み重なっていくと、どうなるんです?」
鹿島は顔を上げ、伸治を見た。相変わらずのしかめっ面をゆがめ、にやっと笑ったようだ。
「いい質問だな」
鹿島は伸治に座るよう促し、自分が先に座った。伸治もその隣に座り、鹿島の講義を聞く態勢になる。
「そもそもなぜ、体感時間などというものがあるのか、という話になる。心臓の鼓動の早さであるとか、脳の錯覚であるとか、様々な説があるわけだが、私はこれについて研究を進めるうちに、ひとつの疑問を持った」
「どんな疑問ですか?」
「体感時間を相対的な時間の感覚だとするならば、絶対的な時間というものがあるはずだろう?しかし、絶対的な時間というものを、見たことのある者はいるのだろうか?」
伸治は数瞬考え込み、答えた。
「時計はクォーツで動いてますよね?原子時計ってのもあるし、自然現象として絶対時間のある証拠にはなりませんか?」
「あれにも結局誤差があるし、所詮人間の定めた基準に過ぎない。自然現象を応用している以上、どんなに正確だろうがなんだろうが、その物質にとっての相対時間に過ぎんだろう。そうではなくて、時間そのものだよ」
「そのもの、ですか……」
「例えば、一足す一なんていうものは、概念上にしか存在しないんじゃないかね?絶対的に誤差の無い、完全な『一』なんてものは、数学上の概念に過ぎないわけだからね。だとすれば、完全に誤差の無い、完全な『一秒』というのも、結局概念でしかないのだよ」
伸治は、鹿島の話を聞きながら、必死に頭を働かせていた。それが伸治にとって、とても重要な話だと思えたのだ。鹿島は続ける。
「だとすれば、時間とはなにか? 即ち、時間というものは、相対的な体感時間の集合体に過ぎない。一般相対性理論に依れば、物体の時間はその物体がどのような重力場でどのような運動をしてきたかに左右される」
鹿島はそこで、伸治の反応を確認するように一呼吸を置いた。
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