孤独なる時間

 ホテルの別棟に設けられたパーティ会場は、わざとらしいカーテンやシャンデリアといった内装が設えられた、昔ながらの広い宴会場だった。このホテル自体、歴史のある建物なのだという。


 権威的だな、と伸治は感じる。


 会場の中では、大きな丸テーブルに銀色の皿が並べられてオードブルが盛りつけられ、紙皿を持った参加者が会場内を行き来していた。


 狙った演出ではないだろうが、会場の権威的な感じに対するその安っぽさの対比が、却って学生時代を懐かしむようでもあった。


 卒業十周年の記念ということで大々的に開かれたパーティではあるのだが、全学部を合わせての同期入学者合計千人に対して、今日この会場に集まっている人数はあまりにも少ない。せいぜい、全体の一割強といった程度か。


 男の参加者のほとんどはスーツを着ているが、中にはカジュアルなジャケットやジーンズにシャツという姿の者もいる。女性の方は、ドレスが大半で、スーツ姿が少数派だ。



 伸治はビールのグラスを片手に、古い友人たちに話を聞いて回った。


 とはいえ、仲のいい友人がそれほど多くきているわけでもなかった。そして、わかってはいたことだが、瑞希の手掛かりは得られなかった。


 そもそも、瑞希を知っている人間自体があまり来ていないのだ。当時交友のあった相手に、自分の当時の恋人を憶えているか、と尋ねてみても、返ってくる答えは皆、山本と同じだった。


 友人たちは皆、それよりも伸治自身の話を聞きたがった。腕につけている『ユアタイムバンド』について、伸治は何度も説明をする羽目になった。



「あ、ほら、今赤いのLEDが回ってるでしょう」


「本当だ。ええっと、これは……」


「今、退屈してるってこと?」



 教養科目の授業で一緒だった他学部の友人が、伸治の手首を覗きこむ。


 その横にいるピンク色のドレスを着た女性は、確か同じ学部だったはずだ。その周りにも、知らない顔が何人か話に耳を傾けていた。伸治は苦笑いで答える。



「楽しいか退屈かを測っているわけではないんだ。飽くまでも、その瞬間に、その人の主観的な時間が周囲より早いか遅いか、ということで」



 この辺りの微妙な内容は、メディアでの取材でも説明に苦労したところだった。



「……まあ、何度も同じ説明をしてるんだから、多少退屈はしてるかもね」



伸治の言葉に旧友たちは笑う。実際のところは、退屈していたというよりも、瑞希のことが気にかかってそれどころではなかったのだが。



「でも、この前、ネットのニュースで読んだのは、その人にとって『新鮮な経験』をしている時は、主観的な時間の流れが遅くなるって話だったぞ。その辺はどうなんだ?」



 その隣の男が言った。伸治の知らない男だ。



「色んな説があって、実は良く分かっていない、ってのが正直なところなんだけど……」



 伸治の歯切れは良くない。専門的な話は山本に任せたいところだ。



「退屈してる時のように注意が散漫になったり、新鮮な体験をしてる時に脳が多くの情報を処理していたりという時には赤がつくことが多い。スポーツをしていたり、リラックスして何かを楽しんでいたりする時には緑がつきやすいらしい。この前授賞式でスピーチした時なんかは、赤がつきっぱなしだったよ」


「頭を使ってない時の方がいい、ってこと?」


「それも一概には言えない。時間の流れが早いからいい、遅いから悪い、というような単純な話でもないんだ。とりあえず、物事に集中している時はグリーンがつきやすいみたいだね」



 それから、話題はありきたりな近況報告や世間話へと移っていった。こんなところもメディアの取材みたいだ。

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