オム乗せナポリタン

 授賞式の翌日から一週間の休暇を取っていた伸治は、大学時代の四年間を過ごした母校のある町を訪れていた。


 今年は伸治にとって、大学卒業後十周年にあたり、大学同窓会が主催する大規模なパーティが予定されている。元々出席するつもりはなかったのだが、どこからか伸治の受賞の話を聞きつけた主催者から直接伸治に連絡があり、ぜひにもと請われて参加することを決めたのだ。


 地方の中枢都市であり、観光地でもあるその町の中心駅は、レンガ敷きのレトロな造りが特徴的だ。特急電車からその駅に降り立った伸治には、その光景は懐かしくありながら、どこかよそよそしくも感じられた。


 同窓会は夜からで、その後は市内のビジネスホテルへ宿泊、明日の予定は特にない。そして――瑞希は確か、まだこの町に住んでいるはずだった。



 瑞希と別れた理由はなんだったろうか――確か、別れを切り出したのは伸治だったと思う。


 大学の年次が上がり、研究室に入ってやることが増えたり、学内の友人が増えたりといったことで、伸治の世界は瑞希のいないところまで広がってしまった。瑞希も高校を卒業し、東京の短大へと進学していた。


 しばらくはいわゆる遠距離恋愛を続けていたのだが、新しい刺激に夢中になっていた伸治と、新しい生活を送っていた瑞希とのすれ違いは日に日に増していくようだった。



 別れ話をしている自分達を瑞希は、いつものように宙空から俯瞰するかのような目で見ていたように思う。


 或いは、最初からその結果を知っていたのかもしれない。もちろん、だから仕方がないというわけでもない。


 だから今、このタイミングで瑞希に会いたいなどというのも、身勝手な感傷でしかないことは伸治にもわかりきっていた。



 それでも――伸治は瑞希に報告がしたかった。しなければいけない、と感じていた。瑞希があの日預言を告げた時に見ていたものがなんだったのか、知りたかった。そして――出来ることなら、次の預言を授けて欲しかった。



(必死だな)



 自嘲気味に伸治は思う。我ながらなんと身勝手で、矮小なことだろう。


 だが、伸治は自らの心にかかった靄を、振り払えないでいる。十三年間目指して来たところに到達し、標を失った自分に、一体なにが残っているのだろうか、という不安。


 それに――伸治は授賞式での山本との会話を思い出していた。その時感じた違和感。だがそれも、瑞希に会えば全て明らかになるはずだ。



 瑞希へ送ったメールには、今日になっても未だ返信はない。しかし、エラーが返ってきていないということは メールは届いているということだろう。メールアドレスは十三年前と同じものだ。全く同じアドレスを他人が使用しているとは考えにくい。



「……明日にするか」



 伸治は手に持っていた携帯をしまいながら呟いた。卒業十周年パーティは今夜だが、明日以降の予定は決めていない。とりあえず今は、夜までの時間を潰すことを考えよう。となれば――伸治の足は自然と、瑞希と出会ったあの洋食屋へと向かっていた。

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