「お前、この後どうする?」



 トロフィーを伸治に返しながら、山本が声をかけてきた。



(そうだ、この後はどうするんだ?)



 どうやら瑞季の言った通りに、自分は自分の望みに対し、一定の答えを形として得ることができたようだ。この十三年間、瑞希の「予言」と、自分の見た光景への確信を持ち、それを目指してきたからこそだと思う。


 だが――その後は?


 今見ているこの光景が過ぎ去ったあとのことを、伸治は知らない。



 もちろん、『ユアタイムバンド』には改良の余地もあるし、これをきっかけに複数の企業から共同企画の話が来るなど、まだまだやることはたくさんある。だが、十三年前に見た光景は、今この瞬間の光景だったのだ。



 つまり――自分の人生は今、この瞬間がピークなのか?



 一定の成功を収めた人間が、その後不幸に見舞われたり、慢心したりした結果、その後の人生を下り坂の中で過ごす、というのは良くある話だ。


 瑞希が伸治に見せたあの光景には到達した。ということは、伸治のこの後の人生も、そのようになるのではないか――そんな漠然とした感覚は、受賞が決まって以来、不定形な靄として伸治の心に現れていた。


 山本の問いに曖昧な返事をしたまま、伸治は手に持ったままの携帯電話を開く。



「なんだ、女か?じゃあこの後の親睦会はパス?」



 先ほど山本の言った「この後」というのは、どうやらそのことだったらしい。伸治はその時、初めてそのことに気が付いた。



「……まあ、女といえば女だけど」



 伸治は苦笑して不安の靄を振り払った。今考えても仕方がないことだと、そう自分に言い聞かせ、顔を上げて山本に応じる。



「瑞希だよ、憶えてるだろ?ほら、大学の時の俺の彼女」


「お前の彼女なんていちいち憶えてないよ」



 ――違和感があった。



 憶えていない?瑞希のことを?



 伸治には一瞬、山本の言う意味がわからなかった。


 そもそも、今の会社に伸治を誘ったのは、大学の同期であり、昔から伸治をよく知る山本本人なのだ。


 当時の、山本を含む仲間内では、伸治が洋食屋で働く瑞希を誘い出した経緯は語り草だったし、特に山本はよく伸治の家にも来ていて、瑞希と面識もあるはずだ。



「瑞希だよ。知ってるよな?よくうちにも来てただろ」


「そうだっけ?結構昔のことだし、どうだったかな」



 尚も伸治は問い質そうとしたが、その時会場から聞こえてきた拍手が、式典が終わったことを告げた。

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