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プレゼンテーションを終えた山本が、ステージの袖に戻ってくた。汗をたっぷりとかいていたが、それを拭おうともせず、興奮気味の表情でパイプ椅子に座る伸治に声をかける。
「いやいや、緊張するなさすがにこれは。赤ランプがつきっぱなしだわ」
自分の手首にした『ユアタイムバンド』を見せながら、山本は言った。伸治は生返事を返しながら、今しがた山本が降りてきたステージを眺めていた。
壇上では、司会者に呼び込まれて次の受賞者のプレゼンテーションが始まっている。山本は、伸治が受け取って隣のパイプ椅子に置いていた受賞記念の小さなトロフィーを手に取って、代わりに自分がその椅子に座った。そのまま手に持ったトロフィーを、傾けたり裏返したり、しみじみと眺める。
「まぁ、技術屋としては正直、賞なんてどうでもいいとは思ってたけど……でもこうして、苦労の成果が形になるとやっぱり、感慨深いな」
(形になると、か……)
伸治は心の中で呟いた。
今山本が手にしているトロフィーは、十三年前に瑞希が言った「曖昧ではないちゃんとした答え」だと、伸治には思われた。小さなトロフィーだが、その重みはそのまま、試行錯誤を繰り返してきた時間の重みだ。三年間、一〇九五日間という数字だけでは測れない、伸治たちにしかわからない重さだ。
個人の相対的な時間の流れ――「体感時間」を客観的な尺度で計測するという鹿島教授の研究は、実のところ、まだ未完成もいいところだった。
個人の相対的な時間の流れとは、平たく言えばつまり、「楽しいことをしていれば時間を早く感じ、退屈をしていれば長く感じる」という感覚のことだ。
これを定量化しようと試みているのが鹿島教授の研究だった。現時点では、定量化にまでは至らないものの、体感時間に「ズレが生じている」ことを観測できる、というところまで研究は到達していた。
伸治たちは、正確な計測に耐えない点を逆手に取り、これを一種のファッションガジェットとして商品化することを企画した。
ブレスレット状の『ユアタイムバンド』を身に付けた人物が、時間が経つのを早く感じていれば、ブレスに沿ってライトグリーンのLEDが時計回りに回転、反対に遅く感じていれば、赤のLEDが反時計回りに走る――それだけといえば、ただそれだけの商品だ。
ブレスのデザインは、緑のLEDが時計回りに動いた時に美しく見えるようにデザインされている。つまり、このブレスを身につけた人物が「ノッている」時に、その姿を演出することを目的としたデザインになっている。
「人生のグルーヴを身に纏う」というキャッチコピーをつけて売り出したこのアイテムは、市場に好意的に受け入れられた。
向上心が高く、珍しいもの、新しいものに目が無いオピニオンリーダー層が身につけ、雑誌やテレビ番組等のメディアにも取り上げられた。
インターネットコミュニティ上では、様々な場面にこれをつけて挑む、というレポートのコンテンツが盛り上がるといったこともあった。
就職面接やお見合いパーティにこれを身につけて挑み、それをレポートする、などという盛り上がり方は伸治も全く想定しておらず、そうした話題をネットで見つけては、山本たち開発スタッフとも大笑いしながら楽しんでいたものだった。
ともあれ、『ユアタイムバンド』は評価され、その成果によって伸治は今、このステージに到達し、この光景を目にしている。
十三年前に瑞季に語った、夕陽の美しさのように普遍的な「誰にとってもいいもの」を創りだすことが出来たかどうかはわからない。
だが、それでも伸治は、その人の心の状態を演出に変えるこの設計に可能性を感じていたし、何よりも、自分が提示した新しい可能性が、多くの人に受け入れられ、評価されたことに大きな満足を感じていた。だからこそ、この授賞式のステージの光景を、十三年前から知っているその光景だと確信できたのだ。
自分は、この場所に来ることが出来た。それは満足のいくことであり――そして不安でもあった。
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