「……それでは、改めて弊社の『ユアタイムバンド』について、技術主任からご紹介をさせていただきます」



 拍手に送られて演台を離れると、入れ違いに山本がステージに上がってくる。


 この三年間を共に乗り切った相棒に「しくじるなよ」と目で合図を送る。山本はいつものように、眉間にしわを寄せて笑う独特の顔をしながら、演台へと向かって行った。


 伸治が袖へと下がると、同時に会場の照明が落ち、スクリーンにパワーポイントの映像が映し出される。



 ひと仕事を終えた安堵と共に、伸治はステージ袖に用意されていたパイプ椅子に腰かけた。


 何気なく携帯電話を取り出して時間をみる。随分長く話したような気がしていたが、実際には二分程度しか経っていなかったようだ。そのまま視線を少しずらし、手首につけた『ユアタイムバンド』を見るとやはり、円周に沿って赤いLEDが反時計回りに走っていた。


 ステージでは、山本のプレゼンテーションが始まっている。



「本製品の出発点は、筑摩大学の物理学教授、鹿島康三先生の研究からでした。つまり、人の行動に依存する相対的な時間の流れを客観的に計測する、というものです。これは昨今の量子力学研究を応用することで可能になったもので、現時点では絶対的な時空の座標を決定するまでには至っていませんが……」



 技術畑の山本は、自身がプレゼンに立つことを最後まで渋っていたが、練習の甲斐もあって中々スムーズにいっているようだ。元々、話が下手なわけではないのだから、心配はいらないだろう。


 伸治は手に持ったままの携帯電話で、メールの受信履歴を開いた。新着メールはない。送信履歴を確認する。




 宛先: 瑞希

 件名: 久しぶり

 本文:

  元気してる?

  今の会社で手掛けた仕事が、プロダクトデザイン大賞ってのを受賞したよ。

  君が予言したの、憶えてる?




 昨夜送ったメールは、エラーになることもなく、確かに届いているようだった。


「十三年も経つのになぁ」


 独りつぶやき、目を上げて袖口越しにステージの光景を眺めた。そう、それは十三年前から知っている、その光景だった。

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