13章:トランプと共和党に見る哀れな共依存~トランプは全米保守層一家のDV夫

     【民意をくまなく反映させる民主党・予備選の比例代表制度】


 2016年アメリカ大統領選挙予備選が、3月1日のスーパーチューズデイで序盤戦を終えた。大方の予想どおり、民主党ではヒラリーが、共和党ではトランプが躍進する結果となった。 どちらも11州のうち7州で勝利し、勝利ポイントである一般代議員数で見れば、ヒラリーがサンダースの397人に対し587人を、トランプがクルーズの205人に対し315人を獲得し(CNN調査)、予備選勝利に大きく前進した。


 民主党では、ヒラリーが優位に立ったのは間違いない。民主・予備選では、民意を大きく反映させるため、全米50州で死票の出ないが採られている。つまり、獲得票の割合に応じて、きっちりと代議員というポイントを割り振りするシステムになっている。例えば、ヒラリー対サンダースの票の割合が60%対40%の場合、代議員が10人いるとすれば、その割合どおり、ヒラリーが6人、サンダースが4人を取り、選挙ポイントとしてカウントされることになる。

 一方で、共和党ではその多くの予備選が勝者総取り方式であり、その元ではたとえ、51票対49票でも、1票多かった方が全ての代議員を取ることになる。10人いれば、勝者が10ポイントも得て、敗者がゼロという恐ろしい結果になる。(+_+)


 それに対し、民主党ではより民主的な比例代表制度の予備選なので大きな差がつきにくく、今後サンダースが逆転する可能性は低い。結局、今回のスーパーチューズデイで数多く得た南部票が決め手になって、このままヒラリーが最後まで逃げ切るということになるだろう。

 だが、民主党では誰が大統領候補になっても、民意を大きく裏切るような事にはならない。両候補共が勝った場合でも、民意を得た敗者の選挙戦での主張をちゃんと取り入れるからだ。ヒラリーが選ばれればサンダースの掲げた格差是正を中心的な公約に掲げるハズであり、サンダースが選ばれても ヒラリーの堅実な現実路線を受け継ぐハズである。つまり、どちらが勝っても民衆の勝利となる ウィンウィン状態とも言える。


       このように民主党の予備選では、比例代表制度によって

        細かい民意までくみとることができ、かつ勝者は、

      多くの民意を得た敗者の政策を自分の中に取り込もうとする。

         これこそが、民主国家の選挙の理想形といえる。



      【トランプ勝利が引き起こす、全米保守層の地盤沈下】


 前述したよう、共和党の予備選では多くの州で勝者総取り制選挙を採っている。一票でも取った方が勝者となり、その時点で敗者とその全支持者を切り捨てる。どんなに接戦でも、どんなに相手が数多くの票を取っていても関係ない。勝てば、すべて自分の思い通りに政策を進められるのだ。

 共和党候補の中でも、ドナルド・トランプは極めて独裁者タイプの男だ。そのため彼が予備選で勝利すると、共和党内、また支持層内でも大きな分裂が起こる可能性が高い。

 それは当然、11月の大統領選挙での共和党の惨敗をも意味する。  

 スーパーチューズデイの後日、政治学者、藤原帰一はTVの報道番組でこんなことを言っていた。

 『もし共和党がトランプ氏を大統領候補に指名すれば、共和党のオウンゴールになるでしょう。つまり、それは本選挙を前にした共和党の自滅的な行為なのです』



         【トランプは保守層一家のDV主人】


 2016年、スーパーチューズデイをへて、窮地に立った共和党は、非常に興味深くもある。そのピンチはリベラルな勢力による外圧がもたらしたものではなかった。

 実際、それは皮肉にも内側からのダメージによる内部崩壊だった。その壊れ方は、人の人生の破滅にも通じるものがある。


  トランプと共和党、またはトランプと全米の保守層は、心理学的に見れば

         それはにあると見れる。


 共依存とは、ひと言で言えば根本的な弱さから、2人の人物が互いに主体性を持てずに頼りあう関係性を意味する。主に、夫婦や親子の間で見られるものだ。そんな相互依存は何らかの夢想や病的な偏愛によって深まり、強固な小世界を築く。そして、その現実離れの進行が必然的に破滅につながる。また根本的な弱さは自暴自棄をも引き起こし、それは必然的に暴力性とそれを受け流す無感覚を伴う。そのため共依存関係は互いにダメージを与え合う関係とも言える。


 最たる具体例はDV夫と被害妻である。夫は妻に暴力をふるい肉体的にダメージを与える。一方で妻の方はそれに耐え忍んでいるだけに見えるが、より深く見れば、まさにその忍耐によって夫を堕落させている。つまり、忍耐は、アナタはそれでいいんですという暴力夫への承認となり、それによって夫の人間性を劣化させ、精神的にダメージを与えているのだ。そのように共依存とは、弱くて現実に向き合えない2人が偏愛や夢想の共有で小世界を築き、互いに傷つけあいながら果てしなく堕落してゆく関係性と言える。


 全米の保守層を1つの家とするなら、トランプは明らかにDV主人である。アメリカの保守層にとって、最も輝かしい一族とは歴代大統領を輩出したブッシュ家に違いなく、一方で共通のモラルは、カソリック教にある。だが、トランプはまさにその保守層一家の要人たちに、選挙キャンペーン中、公然と非難をしたのだ。ブッシュ前大統領にはイラク戦争の失敗で全米を破産に追い込んだと非難し、トランプを批判したカソリックの長、ローマ法王には、バチカンでテロが起こったら法王も自分に味方するだろうとからかった。


    それは、全米保守層一家にとって、行き過ぎた家庭内暴力に違いない。

しかしだ。保守層の多くはそれを甘受するに留まらず、彼を支持して投票さえしている。

   それは保守層と共和党が、今いかにアメリカで弱い立場に追い込まれている

  のかを示している。彼らはその弱さゆえ、自らに暴力をふるうトランプに逆らえず、

       かつその強者のイメージに依存しようとしているのだ。



      【共依存に果てにある破滅~大統領選での歴史的敗北】


 『アメリカをもう一度偉大な国にする』 トランプが多用するこのスローガンは、今、全米の多くの保守層を心酔させている。これもまた、共依存に見ると重なり、現実離れした小世界において一致団結を促す効果をもたらしている。


 一方で、トランプはいわばも行っている。彼は暴力をふるいながら、その一方で情愛も示している。共和党を激しく非難しながら、予備選が進むにつれ党受けする政策を数多く口にするようにもなった。強い候補者を立てられないため、共和党はそれがウソだと分かっていながらも信じるしかない。 

 そういったトランプの姿はまた、世のDV夫ともピッタリ重なる。

 DV主人の多くは妻に暴力を振るいながらも、夢や愛を語りもする。ギャンブルで一攫千金当てて生活を楽にさせてやるだとか、お前がいなけりゃ死ぬしかないだとか、そんな甘い言葉も口にする。一方で妻はその弱さから、それがウソだと分かっていても受け入れざるを得ない。夫婦はそんな甘い幻想の共有によって結びついている。


 そういった共依存の先には、必然的に破滅がある。このまま全米の保守層がトランプを支持し続ければ、どうなるかは今から目に見えている。不法移民とテロリストを国内から追い出し、中国や日本とビジネスしなければ、アメリカはもう一度偉大な国になる。保守層がこんな幻想を哀れな不動産王と共に持ち続ければ、現実離れは加速する。そして、そのギャップがいかに大きいかということは、11月のアメリカ大統領選挙本選での結果によってハッキリと示されることになるだろう。



   【トランプは、政治を破壊し続けた共和党が生み出したモンスターである】


 今、アメリカの上下両院は共に共和党が支配し、彼らが議会を握っている。一方で、ホワイトハウスを拠点とする中央政治はオバマ率いる民主党が仕切っている。そのため、現実的には民主・共和の2大政党制が依然、キープされていると言える。

 だが、それは表面的な見方に過ぎない。実質的には、

 上下両院での選挙結果とは単に国民による政治不信の反映であり、決して共和党人気がもたらした結果ではない。そして、その不信の源には、オバマと民主党政権の失態があるのではない。

 日本でもよく、オバマは期待はずれの大統領だったと聞かれるが、アメリカ政治の長期的な停滞は当然、彼の責任ではない。その最たる原因は、ずっと議会妨害を続けて政治を機能不全にした共和党自身にあるのだ。彼らは民主党がいかに歩み寄っても、まったく聞く耳も持たず、保守的な持論に執着するだけだった。


     この10年近く、共和党は議事妨害で民主党の政策案にストップを

   かけ続け、アメリカ政治をマヒさせてきた。そうして、国民の政治不信をあおり

        その絶望票を選挙で得る事で議会を支配してきた。

     そのやり口は、予備選でのトランプ候補の勝ち方とも一致する。

     トランプ支持者とは大半が、政治そのものに絶望した者たちだ。

      つまりトランプとは、オバマ政権下での8年に渡る共和党の

     自暴自棄戦略から必然的に生み出されたモンスターとも言える。


 

          【トランプの正体は、単なるニヒリスト】


 独裁者、エンターテイナー、ペテン師。トランプにはさまざまな呼び名が与えられているが根本的に見ればその正体はニヒリストである。それは彼の支持者にも言える。


 フランスの思想家、エマニュエル・トッドは、テロリストについて死を信奉するニヒリストだと指摘する。一般的に彼らはイスラム教原理主義の狂信者だと見られているが、トッドは、その実体が宗教も自分も何もかも信じられなくなったために、暴力にとりつかれてしまった人たちだと見ている。トランプ旋風もまたそのニヒリズムを核にしている。

 ニヒリストは自ら強い自己イメージを捏造するか、または強い他者イメージと自らを同化させ、その幻想を守るために暴力と死に仕える。彼らのこころの本質には、がある。

 一般的にトランプ人気の元には政治不信があり、支持者は政治経験のないトランプに票を入れる事で、既存の政治家全員に敵意を向けている。

 だが、彼らにはより根本的な不信、つまり世界と自分自身への絶望があるのではないか。弱い立場に追い込まれた者が自暴自棄になり、自ら破滅に向かってゆく。それは先に書いた共依存関係の本質でもある。現在の全米のトランプ旋風には、そんな奥深い闇が感じられる。

          「政治家以外であれば誰だっていい」

        多くのトランプ支持者は、投票理由についてそう語る。

     だが、そんな投票は政治、または社会全体に対する暴力であり、

        その根本には誰よりも自らに向けた絶望がある。

     そして、そのニヒリズムは中東のジハーディストも共有するものだ。

    そのため現在のトランプは皮肉にも、彼が最も嫌うテロリストと同化し、

         さらにその同胞たちに支えられていると言える。



      【時代の分岐点となる、格差に対する2つの対照的な態度】


 引いて見れば、トランプ旋風とは窮地に追いやられた現在のアメリカ、または世界全体から必然的に生じたものだと捉えられる。金融資本主義の暴走によって、アメリカでも世界全体でも貧富の差は大きくなる一方だ。

 それに対し、一握りの富裕層はそれに配慮する所か、いっそうの節税対策に取り組んでいる。最近、世界中で大問題になった『パナマ文書』が、その醜態を暴き出した。

 トマ・ピケティが指摘するよう、富の再分配を促す世界共通の課税制度を世界全体で取り組まねば、格差は永遠に埋まらない所まで来ている。

 アメリカでは1%の富豪が確固とした地位を得た中、ミドルクラスが崩壊し、貧困層が膨れ上がっている。つまり今、アメリカは国自体が破産しかけているとも言える。

 今週号のニューズウィーク(16年3月1週目)の1記事によれば、現在アメリカの失業率は5%以下だが、それは自ら就労放棄した600万人にも上る成人非労働層をカウントしていない数字だという。そんな時代に現れたのが、ドナルド・トランプだった。 


 そんな中で、トランプは格差是正をも武器にしている。移民やテロリストを国外へ排斥しさえすれば、貧困層が激減するとバカげたことを訴えている。

 だが、そんなアメリカにも、まだ希望はある。

 それが、サンダース旋風だ。日本の報道ではトランプ旋風とよく同一視されているが、それは本質的に真逆のムーブメントだ。

 サンダースは格差是正を掲げ、現実的にそれに取り組もうとしている。そのために1%の富裕層を激しく糾弾しているのだ。サンダース支持者には、貧困に追いやられた者たちも数多くいるだろう。つまり、社会的弱者に支えられているという点では、トランプとサンダース、この両候補は一致する。だが、、両候補の支持層で大きく異なっているのだ。


        貧しいというだけで弱さを抱え込み、それを消すために

         強いヒーローに自らを重ね、熱狂的に支持をする。

            そういう人たちがトランプに投票する。

      一方で、貧しくともプライドを持ち、自分と世界の現実を直視して

        どうやれば全てが良くなるのかを考える者たちもいる。

            彼らがサンダースに投票するのだ。


 アドルフ・ヒトラーは第二次大戦末期、敗戦に追い込まれてピストル自殺する前に、秘書に向けて「私が死んでも、また100年後にファシズムが生まれる」と言ったそうだ。だが、それはバカげた、たわ言に過ぎない。

 今、アメリカを始めとした世界は、カジノ資本主義で富を得た1%の大富豪たちによって貧困に追いやられている。そこで自暴自棄になってすべてを壊そうとする人と、それでも自分を見失わず、この世界をより良くしようとする人とでは、どちらが多いのだろうか。

 それは、トランプが共和党候補として11月のアメリカ大統領選挙に臨んだ時、最も明白な形で表される事になるだろう。<2016/3/3>■

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