③ 根源的な過ちと普通のモラル (Januar→May 2016)
12章:SMAP存続に見る日本の病理~組織に握られた個の決定権、名もなきアイドルが見せた個の輝き
2016年は、年明け早々、芸能ニュースが連日世間をにぎわせている。
『ベッキーの不倫騒動』『DAIGOと北川景子の入籍』
極めつけは『SMAP解散疑惑騒動』だ。
この年始の1週間、そういったネタがワイドショーを大いに盛り上げた。だがSMAPに関しては過熱報道を超えて、社会問題と言えるほどの騒ぎになった。それを受け、昨夜SMAPは持ち番組に緊急生出演し、5人全員が謝罪をした。そうして明言は避けたがグループ存続の意思がある事を伝えた。
僕は解散について、ああ、そうなんだ程度のリアクションしかなく、このニュース自体には興味がなかった。だが、このSMAP存続には、日本社会の病理がさまざまな点で明白に反映されており、それについてまとめておきたくなった。
【マスコミの脅迫的お祭り報道と自然な民意のギャップ】
SMAP解散疑惑に関する連日の報道は過剰だった。TV、新聞、週刊誌。大手マスコミは一斉にこの話題を大々的に取り上げ、疑惑の段階にも関わらず国営放送たるNHKニュースでも報じられた。この事態に違和感を覚えた人は少なからずいるだろう。この報道体制には、まるで、日本人であれば皆、このニュースに関心を持つべきだという圧力さえ感じられた。
だが、僕のようにSMAP解散について
“ああ、そうなんだ”と受け流すだけの人は、決して少数派ではないハズだ。
“どんなに素晴らしいグループでも20年以上もやっていれば、いい加減、
別れたくもなるだろう。それはまったく自然な流れだ”。
本音を問われれば、解散についてそう受け止めた人の方が日本全体で見れば多数派であるに違いない。もしかすれば、SMAPファンの中でも、本音ではそういう人が多いのではないか。
だが、大手マスコミは結束したかのように解散疑惑の報道後、次に『SMAPよ、日本のために永遠に一緒にい続けてくれ』という熱いメッセージを送り始めた。多くの日本人がそれに躍らされ、そもそもSMAPに関心がなかった高齢者層までが解散しないでくれと声を上げ始めた。それは、SMAPが緊急生出演したTV番組の視聴率にも反映されている。関東では30%を超え、瞬間最高では40%に迫ったのだ。
だが、番組を見た人の中にSMAPのファン、またはその解散について本当に心配していた人はどれだけいただろう。例えば彼らの曲を3曲以上知り、そのサビも歌える人。それくらいの軽いファンでも、その膨大な視聴者のうち何パーセントいたのだろう。実際、その大半は大手マスコミが作り出した一大ブームに野次馬的に群がった人であったハズだ。最近の他の例で言えば、ラグビーの五郎丸ブームなどにもそれが言える。彼らのうち、2015年以前のラグビーW杯を見たことがある人は、一体何パーセントいるのだろう。
権力やマスコミによる情報に懐疑心を持ち
自分の頭で自由に正直に物事を考えること
そのメディアリテラシーは、根本的に民主主義社会の成熟に関わっている。
だが、このSMAP騒動が示すよう
日本では未だにマスコミの“祭り上げ世論”が横行している。
【一連の騒動から読み取れる、解散疑惑から美談転嫁の安っぽいドラマ】
少し深読みすれば、マスコミの過剰報道の背景にはSMAPの属するジャニーズ事務所のごう慢な思惑が見える。報道によると解散危機のキッカケは、所属タレントであるSMAPメンバーの意向をくまない事務所の社内人事にあった。事務所幹部の一員だったSMAPの育ての親である人物が解雇された事に対し、キムタク以外のメンバーの4人が憤り、他の事務所に移籍する意思を持つようになったというのが大体の解散危機の経緯だ。
ジャニーズとしてはキムタク以外の4人にも残っていて欲しい。
そこで大手マスコミに金をばらまいて大々的に報じさせ、
『解散反対』の世論を引き出した。そうなれば、解散派の4人は悪者になり
世間から多大なプレッシャーを浴びるようになる。そこで存続派のキムタクが大活躍。
彼の仲介で4人は事務所社長に謝罪、TVでもキムタクに促され頭を下げた。
結果、解散危機が逆にグループの絆をより深めさせる契機となった。あくまで推測だが、実際、そんな見え透いた安っぽいドラマが用意されていたとしてもおかしくはない。
それが真実であれば、ジャニーズ事務所はまるで商品のように4人のタレントを金で買い戻し、かつ事務所の威光を世に示せたことになる。あのSMAPでもジャニーズには勝てないんですよという事を大々的にアピールできたのだ。
これは芸能界だけでなく、社会全体に影を落とすメッセージであるに違いない。SMAPほど華々しく大成した者たちでも、大組織の意向には逆らえない。これほど夢のない、暗く現実的な結末が他にあるだろうか。
【忠誠心が打ち負かした自由意志】
今回の騒ぎでは、メンバーの1人、キムタクこと木村拓哉の古臭さが際立った。彼だけは最初から事務所に残る意思を持っていたそうだが、そこからはリベラルの仮面をかぶった保守という彼の本性がすけて見える。
親や社長といった目上の人の言うことであれば、どんな事にも従うべきだ。そういう古臭い危険な忠誠心が、彼の存続の意志からは感じられる。解散反対の大々的な世論が巻き起こった時、彼が、それ見たことかと舞い上がった姿は容易に想像できる。
ゴーマンな大組織と、それに盲目的な忠誠を誓う仲間。
他の4人はそれに反旗を翻しながら世間からのプレッシャーを受け、結局また大きなものに巻かれてしまった。熱心なファンの中でもそう捉える人は少なからずいるハズである。
一時は解散に踏み切ろうとした4人、彼らは事務所や世間体のために、
ただいやいやSMAPの仕事を続けているのではないか。
今後、SMAPがある限り、
彼らはそんな世間の白い目とずっと戦い続けねばならないだろう。
【組織や世間が個人の決定権を握る異様さ】
解散危機から一転して存続の流れになったワケだが、その本質にはある恐ろしい病理がある。
それは個人の決定が、第一に周囲の動向によって左右されてしまったかもしれないという事だ。明言は避けながらSMAPは存続の意思を示した。それが解散反対世論のプレッシャーに負けた結果もたらされたものであれば、恐ろしいものになる。確かにSMAPは大人気アイドルグループであり、ファンの意向を充分に尊重せねばならない立場にある。だが、根本的な決定は第一に当人同士の意思によるものでなくてはならない。
SMAPは当然、5人の個によって成り立っている。
その個々の集まりの大切な決定に、事務所なりマスコミなり世論なりが
強く介入してゆくのは明らかな異常事態である。
いわば、個の人権が組織や集団にじゅうりんされているワケであり
それは根本的に民主主義社会に反している。
SMAP解散疑惑騒動の間、安倍総理を始めとした自民党幹部もまた、さまざまなコメントを発表した。大体が、国民的アイドルとして存続して欲しいというものだったが、これをキモイと感じた人は少なからずいるだろう。
それは根本的に、個人の決定について国が口をはさんでいるからである。
当人の政治家たちはポピュリズムに乗った人気取りの一環として何気にやった事なのだろう。だが、この何気ない発言は、そのまま自民党が国民の個を埋没させたがっている独裁政権である事を暗に示している。それは各種マスコミに対し、その独自性を押さえ込んで両論併記を強要し、報道の自由を抑圧する姿勢にも通じている。
【名もなきアイドルが示した個の輝き/超有名アイドルが示した個の埋没】
だが、まだ日本も捨てたものではない。2016年1月19日の朝日新聞朝刊では、SMAP存続報道の下に、それと完全な対照を成す、訴訟ニュースが掲載されていた。
大体の経緯はこうだ。ある元アイドルが所属事務所と“プライベートでの交際禁止”という契約を交わしながら、後にカレシを作って芸能界から引退した。それに対して東京都港区にあるそのマネジメント会社が、身勝手な行動で経済的損失を負ったとして、アイドルとカレシ2人を相手取って1千万円近くの損害賠償請求を起こしたのだ。
このニュースを一見すれば、先に交際禁止の契約を交わしていた以上、元アイドルに非があるように見える。だが、18日、東京地裁はマネジメント会社の請求を棄却した。つまり、ノーを突きつけ、アイドルの勝利を宣言したのだ。
「異性との交際は、人生を自分らしく豊かに生きる自己決定権そのものだ」
裁判所はそんな見解を示した。当然それは正しい。そもそも個人の私的な生き方について規制をかける芸能事務所の契約自体が間違っているのだ。
この地裁の判決は日本国憲法にも明文化された、何ものにも脅かされない個人の尊厳や自由、あるいは人権そのものを擁護する素晴らしい判断だった。
SMAPという国民的アイドルの面々が大組織の中でおぼれるなか、皮肉にも名もなき元アイドルが個の自由とその輝きを世に放った。
どうやら日本はまだ、民主主義国家としての最低の健全性は保っているようだ。<2016/1/19>■
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