9章:劣勢ヒステリーに駆られたISとグローバル先進諸国~パリ同時多発テロ

     【ソフトターゲット・テロ~どんどん身に迫ってくるテロの形】 


 テロがまた一歩、身に迫る脅威となった。先進諸国の首都圏に住む者の多くは、このニュースに切実な危機感を抱いたのではないか。もちろん、そこには東京や大阪市民も含まれている。

 2015年秋、現地時間で11月13日の夜、パリで同時多発テロが起こった。現時点の情報では、犯行は国際テロ組織ISの3組に別れた7人のメンバー、市内約8ヶ所、約30分に渡る無差別銃撃により、パリ市民、129人が死亡、重軽傷者は352人。オランド大統領は国家非常事態宣言を出してパリ中に千人以上の兵士を投入し、フランス全土が一時、戦争状態に陥った。


        まさに、フランスの歴史に深く刻まれる惨劇となった。


 今回のISテロの最大の特徴は、という点だ。それによって特に先進諸国の首都圏の市民にとって、テロがより身近な脅威になった。ソフトターゲットとは、都市部において人が気軽に行けるような大勢が集う場所、つまりセキュリティがソフトな場所の事である。

 これまでの国際テロ現場の多くは、大使館や国会議事堂のような政府機関、または高級ホテルや高層ビルや空港などの贅沢な施設であり、一般市民には縁遠い場所だった。バスや電車が狙われる事もあったが、テロ戦争時代の昨今では、どの国も公共交通機関のセキュリティは厳格にするようになった。

 一方、今回のパリ同時テロの現場は、カフェ、レストラン、ライヴホール、サッカー競技場といった庶民の憩いの場所だった。当然、そこでは警備が緩くなる。ISはそこに目をつけたのだ。

 ソフトターゲット・テロは、数年前から行われてきた。2012年、インドのムンバイではパキスタンのテロ組織が街中の雑踏やホテルの中で銃を乱射した。今回のパリのテロの数ヶ月前、タイの首都、バンコクではウイグル族の一員と見られる者がリモート爆弾を街中で爆破させた。両事件ともに大勢の死傷者が出た。ソフトターゲット・テロという流れは今後も世界的に続く可能性がある。先進諸国がそろってテロの警戒レヴェルを上げ、主要な場所の警備がタイトになる中、それは必然的な流れとも言えるだろう。


        パリ同時テロを受け、先進諸国の首都圏に住む者は、

      テロの脅威をより身近な生活の中に感じるようになっただろう。

         ソフトターゲット・テロが頻繁に続くようになれば、

      東京も当然、その流れに組み込まれる。それが5年も続けば、

   ユニクロに入る時でさえ手荷物検査を受けるような、そんな事態になりかねない。



        【大都市パリが、テロを防げなかった理由は?】


 ISがパリを狙った理由は数多くある。数ヶ月前からフランス軍はアメリカが続けるシリアでのIS空爆作戦に参加した。また、2013年からフランスはアフリカのマリに侵攻するISと戦争を始めた。そして、フランス国内ではイスラム教や信者に対する差別的な政策、または雑誌社『シャルリーエブド』の風刺画に代表されるようなイスラムへの文化的弾圧を続けている。おそらく、ISが今、世界で最も憎んでいる国はフランスだろう。そして、ISの拠点、シリアに近いトルコでG20(世界主要国サミット)が行われる直前というタイミングも動機づけになっただろう。


 どうして、ここまで大規模なテロがパリという大都市で成功させられたのかという疑問も出てくる。特にパリでは今年1月、『シャルリーエブド』がテロ襲撃されて以来、ずっと最高レヴェルのテロ警戒体制を取っていた。だが、どう厳密にやってもソフトターゲット・テロまで取り締まるのは難しい。そこまで徹底管理するのであれば、どのバス停でも飲食店でもセキュリティが必要になるのだから。

 さらに、フランスはEU圏の中では最も人と物の交流が盛んな国の1つである。テロ警戒の中にあっても、自由主義の理想を掲げるフランスでは国境管理が比較的ゆるい。EUの国籍さえあれば、誰でもフランス国内に厳格な検査なしで入る事ができ、それに伴って武器の流入も容易になる。

 パリという大都市でISが大規模テロを実行させられたのは、決してISの組織力や戦闘能力が高かったからではない。自由主義の元、フランスはテロ時代の今も、外国人の出入りに寛容な政策を取っていたのだ。だが、今回のパリ同時テロを受け、フランスはようやくEU諸国の人に対しても空港などで税関検査を実施するようになった。



          【追い詰められたISのヒステリー】


 パリ同時テロの背景には、確実にシリアにおけるIS軍の戦況悪化がある。米軍を始めとした有志連合は現在、トルコなどの周辺各国を味方につけて勢力を伸ばし、数日前にも協力するクルド人地上部隊によってシリア内のISの主要拠点、シンジャールを奪還。その後、ISで1番の有名人、広報担当だったジハーディ・ジョンを米軍の無人航空爆撃機(UCAV)が空爆によって殺害した。


           ISは今、まさに崩壊の過程にある。

      パリ同時多発テロは、追い詰められたISのヒステリーとも取れる。

     絶望や劣勢に陥った者の多くは、現実逃避の極端な行動に出るものだ。


 そもそもテロというもの自体がそうであり、心理学的には、劣等感に対する自己ギマン的かつ暴力的な解消とも言えるものだ。もちろん、そんなものは、ほんの一時だけ当人の自信回復を促すものに過ぎず、その絶望的な状況は何も変わる事はない。むしろ、テロのような暴力的な劣勢ヒステリーとはその崩壊過程を早めるものに過ぎないのだ。


     【発展途上地域で、先進諸国が強引な民主化を図ったツケ】


 そもそもISの種は、フランスやアメリカがまいた。2011年、フランスはリビアに軍事介入してカダフィ独裁政権を倒し、2003年、アメリカはイラク戦争でフセイン独裁政権を打倒した。おかげで、同地域、アフリカと中東のパワーバランスが乱れ、混沌となった中でISという過激な暴力組織が根を張り、勢力を拡大していった。

 今もカダフィやフセインが生きていれば、同地域の治安はほぼ確実に守られていた事だろう。

 だが、フランスもアメリカもその失敗にこりる事なく、現在はシリアの独裁者、アサドの打倒を目指している。もしそれが叶えば今後、中東地域はますます混乱する事だろう。ロシアはアサドを軍事的に支援しているが、それが最も有効な現実的解決策に違いない。リビアでもイラクでも独裁政権が倒れた後には、それよりも遥かに下劣な蛮族がアチコチから出てきてバトルロワイヤルを始めた。

 要するに。中東全般はまだ民主主義の段階にはなく、ごう慢な独裁者と強大な軍事力がその国の中心になくてはならないのである。

 そもそも、イスラム教自体が1つの神、1つの教義を掲げる絶対主義であり、それが独裁というイデオロギーのバックボーンになっている。もちろん、イスラム圏でも民主国家として成熟する可能性はあり、おそらく、イランは中東圏で最も早く政治を民政移管させられる国になるのではないか。


          【血まみれのグローバリゼーション】


 世界の先進諸国は、テロ組織を生み出す途上国に対し長期的な忍耐を持つ必要がある。戦争を仕掛けるのではなく、人道・文化支援を中心にして人々が精神的に成熟するのをじっくり待たねばならない。そういう忍耐を持たず、戦争という外圧で一気に民主主義を押し付けても、それが根づくことは決してない。

 なぜ、長年に渡って欧米諸国がそれを続けてきたのか。その愚行の根源にも資本主義がある。もう何世紀にも渡って特に米英仏が中東やアフリカに強く執着するのは、その安価な労働力や天然資源を欲しているからだ。彼らはそこで出来るだけ安全に、かつ有利なビジネスをしたい。そのためには、その国がどん欲な独裁政権の下で治安が悪化した場所では困る。そこで、米英仏はイスラム文化圏を軍事力で一気に民主化させようとする。

 アメリカがイラクやシリアに軍事介入するのもオイル系多国籍企業に要請された事であり、ロシアがアサド政権を軍事支援するのもシリアが中東におけるロシアのビジネス拠点であるからだ。


      近代以降、世界中の戦争はグローバリゼーションの渦の中

        で起こり、世界の隅々にまで営利的な触手を伸ばす

        先進諸国のどん欲さこそが、常に世界のアチコチで

          血まみれの悲劇を生み出しているのだ。



     【アウン・サン・スーチーの忍耐こそ最たる民主化のポイント】


 パリ同時多発テロによって一気にかきけされたが、その数日前、素晴らしいニュースが世界中に流れた。ミャンマー総選挙でアウン・サン・スー・チー率いる野党NLDが圧勝し、ミャンマーは半世紀以上も続いた軍事独裁政権から民政移管する事になったのだ。欧米諸国の軍事的外圧も国内での軍事衝突もなく、ミャンマーは自発的に民主主義国家としてスタートを切ったのだ。もちろん、今後も軍閥との衝突はさけられないが、スー・チーの勝利は世界中の人々に大きな希望を与えるものとなった。


       この快挙はパリ同時テロと見事な対照を成している。

       ISとは、軍事的外圧から始まった米英仏による

        中東民主化の失敗が生み出したものである。

     一方、スー・チーの勝利は、国内での長期的な文化的成熟

       による民主化の成功が生み出したものである。


 最貧国ながらミャンマーでの識字率は極めて高く、過去にはそれが元で途上国認定されずに世界からの経済支援が滞る事さえあったと言う。ミャンマーの人たちは貧困の中にあっても、教育という文化の土台をちゃんと作っていたのだ。

 アウン・サン・スー・チーは89年から2010年まで軍閥から自宅軟禁や投獄を受けてきた。彼女の苦難はまさに想像を絶するものだ。その20年以上の歳月は、母国が自発的に民主化の道を取れるようになるまで、彼女がじっと待ち続けた期間とも言える。途上国が民主主義国家になるには、それくらいの忍耐が必要になる。

 一方で、アメリカやフランスは欲にかられ軍事力で一気に中東諸国を民主化させようとし続けてきた。その精神年齢の違いは、大人と子ども程の開きがある。



       【米仏・シリア空爆の残虐さを映すパリ同時多発テロ】


 ISはいずれ、軍事組織としての本体を失うだろう。だが当然、それで国際テロの時代が終わるワケではない。国際テロ組織はいずれ主戦場を中東地域から先進諸国の街中に移すだろう。欧米列強との戦争をあきらめ、全ての戦いをテロリズムに一本化してゆく事だろう。ISが消滅しても、そこから派生した無数のグループが世界中に散らばり、個々でテロを起こす可能性は大いにある。彼らが、今回のパリ同時テロのようにカフェやレストランなどのソフト・ターゲットを狙えば、どの国でもほとんど防ぎようがなくなる。

 ソフト・ターゲット・テロの根源には、極まった冷酷さがある。

 金曜日の夜、人々が楽しく食事をしているカフェテラスの前に車で乗りつけ、車内からマシンガンで無差別に銃撃してすぐに逃走する。パリでのこの事態は、を示しているのではないか。


 だが、このとてつもない残虐さにも相当の理由がある。アメリカはISを標的にしたシリアでの空爆をすでに。フランスもまたテロの翌日にさっそくラッカを空爆した。そこには当然、無数の誤爆も含まれており、それによって一体どれだけ多くの一般市民が殺された事だろう。


     ISのパリ同時テロは戦地での劣勢ヒステリーがもたらしたものだが

            米仏の中東空爆も同様のものだ。

     米仏は、欲に駆られて中東地域でグローバリゼーションを図った。

    そのために中東全体の民主化を進めたが、それは大失敗に終わり

      その代償として国内にまでISのテロを呼び込んでしまった。

    彼らは、その自らの過ちを隠すためにハデに空爆をしているとも言える。


 シリアのIS拠点を空爆してもフランス国内のテロが減るワケではない。その報復には何の意味も道義性もなく、ただの劣勢ヒステリーに過ぎない。パリ同時テロの被害者は5百人に上るが、シリアではその10倍、100倍の人間が全くニュースにも上がる事なく日々殺されているのだ。彼らにとっては米仏軍の空爆こそがテロ行為である。

 今回のパリ同時多発テロにおける血まみれの惨劇は、日本もふくむ先進諸国がフタをし続ける世界の闇の奥からマグマのように噴出したものである。この事件を通じ世界中の多くの人々がそういう事に気づけば、シリアやパリのテロ犠牲者の死も決してムダには終わらないハズである。<2015/11/17>■

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