8章:日本の民主主義が叩き起こされた日、平和憲法を奪ったサギの手口~安倍・安保法成立
【安倍・自民の暴走政治で再び目覚めさせられた日本の民主主義】
15年9月19日未明、日本が自国自衛の目的以外でも、そして国外でも戦争する事を可能にする『安全保障関連法』が、参院本会議で成立した。
それによって長い間眠っていたヒーローがやっと目を覚ました。ヒーローの名はもちろん安倍晋三ではない(www。
その名は、民主主義、または恒久的な平和主義である。それが憲法9条を都合の良い解釈で覆そうとする安倍政権によって目覚めさせられたのだ。
この法案が審議された数週間の間、国会前では連日、大々的な反安保デモが行われていた。CNNに代表される世界のメディアも、法案成立に伴うデモの様子をヘッドラインで報じていた。海外メディアの最たる注目点は、強固な集団主義で知られる日本で、社会に混乱をもたらす反政府デモが起こったという事だった。つまり、世界でも最もおとなしい国の1つとされた日本で、大規模なデモが起こったというワケだ。しかもそれは市民と警察との間で衝突をともない、政治家でさえ参院本会議場で与党野党入り乱れてのケンカさわぎを起こした。外国から見れば、それはいわば、サクの中でおとなしくしていたヒツジたちが外に飛び出して急に暴れだしたような。そんな出来事だったろう。
しかし、今回の安保法で、日本の大規模デモが突然生じたワケではない。60年代の安保闘争に代表されるよう、日本人は権力にノーと言える民主的な民族だった。それが経済成長に伴ってもたらされた物質的な豊かさと、政策ではなく地縁や組織縁が選挙結果を左右する低レベルな政治文化の浸透などによって長い眠りにつく事になったのだ。
だが、民主主義という名のヒーローは長い眠りから覚め、復活する。その芽は11年の東北大震災後に出ていた。原発再稼動を掲げる自民党に対し反原発デモが起こり、SNSの普及も手伝って日本全国に急速に広がった。そうしてこれまでごく一部の人しか持ちえなかったデモの意識が一般市民の中に根づき、今や都市部のデモは週末イベントと言えるまでに発展した。それが今回の安保法の強行採決と成立によって一気に成長し、日本のデモは世界の民主主義国家に見る通常のレベルにまで格上げされたと言える。
この1週間の一連の騒動がもたらした最も重要な点とは
安保法成立で安倍政権が集団的自衛権を行使できるようになった事ではない。
それよりも、それに反する大規模デモによって日本が民主国家として
大きな成熟を遂げたという事、それこそが最たるポイントであるに違いない。
【国民投票抜きに、実質的に憲法を変えた自民のキタナイ手口】
憲法に反する政府法案がなぜ国会で通ったのか、日本は法治国家じゃなかったのか、政治家なら法律に反する事をしてもいいのだろうか。
安保法の成立によって、そんな疑問を持った人は少なくないだろう。だが、安倍政権は違法行為を合法にするギミック、ある裏技、ある汚い手を使ったのだ。
安倍首相も就任当初は正攻法の道に向かい、まず平和憲法たる9条を改正して、集団的自衛権を可能にする安保法案成立を目指していた。だが、改憲には国民投票が必要であり、賛成多数があまりに非現実的だという事に気づき、別の道に走った。
それは憲法9条を変えず、それを限定的な集団的自衛権の行使をふくむ内容のものであると解釈する事で安保法を合憲だと主張する道だった。
それは、9条も実は結構、縛りのユルイ平和憲法なんですよ
と捉える事と同じであり、要するにその解釈変更は恒久的な
平和憲法をねじまげる事、それへのブジョクだと言っても過言ではない。
政府はそのために、都合の良い人事異動を行った。憲法違反の法案成立を防ぐために政府内に設けられた内閣法制局、その長官を集団的自衛権に賛成する者に交代させた。そして、そのお仲間の長官のお墨付きの元、安倍政権はちゃくちゃくと安保法成立の道を歩めるようになった。
【分かりやすいストーリー】
そのインチキぶり分かりやすく例えてみよう。安倍晋三が銀座の宝石店に行き、店1番の品、超高級ダイヤに目を止めたとする。しかし、値段は恐ろしく高く、とても手が出せない。が、それでもアキラメがつなかい。
そこで安倍はインチキ宝石商を連れてその店に行き、強大な権力を行使して店主をクビにし、そのインチキ宝石商を新たな店主にする。
そして、そのインチキは店1番の超高級ダイヤに対し3級品だと評価して値段を大幅に下げる。その結果、めでたく安倍晋三は安値でそのダイヤを手に入れる事ができた。だが、当然それは正真正銘、本物の超高級品であり、彼は強引な手腕で、ほとんど強盗と同じようにそのダイヤを手に入れたのである。
つまり、この例の宝石店は日本国憲法、店1番のダイヤは憲法9条であり、インチキ宝石商は安倍政権に任命された内閣法制局の新長官である。
安倍の元で憲法9条は自衛以外、国外でも戦争ができる事を許す、安っぽい平和憲法に格下げされた。それによって安倍晋三は日本国憲法の中で最も光り輝く9条というダイヤを、国民との対話という労力を伴わず、いともかんたんに手中に収められたのだ。
なぜ、こんなバカなことが許されるのだろうか。今後、内閣法制局という重要なポストは現政権が絶対に手を出せない聖域にするよう、法整備が必要とされる。
でなければ、今回のように1内閣が70年も続く日本国憲法の根幹を、わずか数年でカンタンにひっくり返せる事が可能になるのだ。
【選挙で勝てば、国民の代表者として何をやってもいいという独裁思考】
安保法成立の過程で、安倍首相はこの違憲法案を合憲に変える政治的なギミックを見せた。だが、それよりもヒドいのは当然、国民に対するごう慢な態度である。
安保法への反対が60%を占める世論調査に対し、安倍は国民の理解を得られてない事を認めた上で、「国民から選ばれた議員が議論を重ねて作り上げた法案だ」と反論した。
だが、それは代議制民主主義の正論を借りただけのカラッポな弁解に過ぎない。
当然、政治家が国民を代表する立場になるためには選挙で勝つだけでは全然足りない。その上で、国会で充分に議論を重ね、さらにその結論を世の中に問う必要がある。
選挙で勝ちさえすれば、独断で国を動かせるという安倍の態度は、20世紀の世界の独裁者像とも重なる。意見が割れればそく選挙というケンカ民主主義者として知られた大阪市長、橋下徹もまた、安倍とほぼ同類だった。
彼らは民主主義国家においては、多数決よりも合意形成の方が遥かに大切だという当たり前の事を理解していない。
【百害あって1利なしの日米安保条約】
また、この安倍首相の強気発言には、過去、国民の反対を押し切って成立した日米安保条約が、結果的に成功したじゃないかという思い込みもあるだろう。時の政権を率いた首相が自身の父であった事から、安倍には父と同じ、あるいは父を超える政治的なレガシーを作りたいというただのジコマン的な願望もあるのではないか。
だが、日米安保条約は歴史的に見ても大きく誤った政策だった事は間違いない。確かに、当時の米ソ冷戦構造の国際状況では、アメリカと軍事的な同盟関係を深める事は、戦争抑止力となり、日本の安全保障に貢献するものだった。だが、それは日本にとって利点以上の多くの弊害を与えるものとなった。
日米安保によって、日本は未だに国際的な自立を果たし切れていない。それは司法的な位置づけにも表れている。
多くの人はご存じないだろうが、
何と未だに日米安保条約は、日本国憲法よりも上位にある。
つまり、日本は自国の判断よりも、アメリカの意向を重視するよう
法律でも義務づけられているのだ。何という情けなさだろうか。
日米安保により、アメリカの防衛協力また核の傘へのお礼意識から、あらゆる外交政策がアメリカを利するものばかりとなった。それによって未だに、沖縄では米軍基地移設問題で大いに揺れている。最近ではTPP交渉をアメリカに押し付けられたことで、将来国内の農産業が大ダメージを受け、日本は食料自給という点でも自立できなくなる可能性が出てきた。
今や米ソ冷戦構造も崩れ、世界は少数強国支配から多極化に動き、多くの国々が自立自存を目指している。安保法の成立でアメリカとの同盟関係をより強固にした日本は、そんな世界の流れから完全に遅れてゆくばかりだ。
1960年に起こった日米安保への反対デモは決して当時の日本国民の感情的なムーブメントではなく、歴史的に見てもその行いは正当化されるものだった。今、安保法を通じ、安倍首相はまさに彼の父と同じ、政治家のごう慢による愚行を犯したと言える。
【最たる悪は、自民党の顔なき平均的議員/アーレントの凡庸の悪魔】
安保法の最たる問題点は、そのアイマイさにある。アイマイゆえに、日本の軍事行動に歯止めが利かなくなる恐れがある。そして忘れてはならないのが、『特定秘密保護法案』である。これが安保法とくっつけばトンでもない事態になる。この法案を使えば、安倍政権は国民や国会に黙りとおしたままでも、自衛隊を世界中のどこへでも好きなだけ送り込む事ができるのだ。このようにアイマイな安保法は、数多くの危険を伴っている。
安保法案の強行採決において、最も恐るべき事は、実は安倍政権の暴走振りではなかった。安倍首相を始めとした政府幹部は長年に渡る安保推進の原動力であり、どれほど国民から反対されてもブレない事は最初から予想できた事だ。
最も恐るべき事は、自民党の中枢には属さない、その他大勢の自民党議員にあったハズである。党の周縁に属する彼らは、党の方針から離れて臨機応変に態度を変更しやすい存在であり、かつそうすべき立場にある。そうでなければ政党は中枢から末端の議員まで完全に同じ存在となり、それはそのまま独裁体制を引き起こす。
自民党の平凡な議員たちは、党幹部よりも遥かに国民に近い立場にある。だが、彼らはあの国会を取り巻く10万人以上のデモを見ても、まったく態度を変えなかった。
哲学者、ハンナ・アーレントは、第二次大戦後のナチス裁判について、“凡庸の悪魔”こそが最たる問題点だったと指摘した。つまり、ヒトラーという独裁者よりも、その命令につき従っただけのナチス党の党員、またはドイツ国民のあまりの平凡さ、その中にこそ真の悪があるのだと見抜いた。
アーレントは悪とは深いものではなく、浅はかなものなだけに感染力が高く
何百万人もの人がナチス政権に踊らされる事になったとも捉えた。
誰でも少しでも考えれば、ナチスの行いが悪行だった事は理解できたハズである。
だからこそ、それを怠った主体性の恐るべき欠如、
その浅はかな凡庸さにこそ悪の根源がある。アーレントはそのように考えた。
安保法案成立においても、それは妥当する。自民党のその他大勢、平均的な議員たちは、まさに凡庸の悪魔にとりつかれて主体性を失い、党幹部の意向どおり賛成票を投じた。そうして彼らは法案の多数決における単なる数合わせという存在に成り下がった。
【同日に重なった、安保法成立と日本ラグビーの大勝利】
安保法が成立した9月19日未明、その翌日にまた別の日本のニュースが世界中を騒がせた。
ラグビー日本代表チームが、ワールドカップで優勝候補の南アフリカチームを倒したのだ。BBCでもCNNでも通常のニュース番組のヘッドラインでそれを報じていた。僕はラグビーには詳しくないが、どうやら世界のラグビーの歴史における最大級のアップセット(番狂わせ)の1つなのだと言う。おそらく、それはサッカーで言えば、ワールドカップで日本がドイツやブラジルを倒したようなものなのだろう。
そして、それはワールドカップ開催地の現地時間で9月19日、つまり皮肉にも日本での安保法の成立と同日の出来事だった。
安保法成立の悪夢と、ラグビー日本代表の奇跡。この2つには、時間的なシンクロ以外にも共通点がある。まずスクラムとタックルである。ご存知の方も多いだろうが、安保法を採決する参院本会議場で、与党と野党の議員たちがまさにラグビー選手なみのスクラムとタックルを見せたのだ。もちろん、彼らが手にしようとしたのはラグビーボールではなく、ペラペラの法案関連書類なのだが。
そしてワールドカップの開催国はイギリスであった。それは、日本の近代政治がお手本とした国であり、日本は政治の土台としてイギリスの議会制民主主義を採用し、今に至っている。また、対戦国、南アフリカはかつてアパルトヘイトと呼ばれた人種隔離政策を取った事で有名な国であり、ネルソン・マンデラの革命が起こるまで、長期間、独裁政権に支配されていた。
独裁と化した安部政権により安保法案が成立した日と同日、
日本の議会制民主主義の発祥の地、イギリスで
ラグビー日本代表チームは、かつての独裁国家を打ち負かした。
この偶然は、非常に象徴的な力を持ちうる。また、日本チームにはチーム・キャプテンを始め、数多くの外国出身選手、あるいは在日外国人がふくまれており、彼らの活躍なくして勝利はありえなかった。それは今後、急速に多様化してゆく日本全体の縮図でもあるだろう。人種の混合には様々な問題点もあるが、多様化は文化をより成熟させ、何よりも人の個性を育てる。そして、それが民主主義をより成長させる土壌となるのだ。
15年9月19日、日本が自衛の目的以外でも、そして国外でも戦争する事を可能にする『安全保障関連法』が、参院本会議で成立した。だが、それは決して長続きはしない。同日、ラグビー日本代表チームが世界中を驚かせた奇跡的な逆転劇が、それを物語っている。<2015/9/22>■
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