② アスリートの勝利と政治家の横暴 (July→December 2015)

7章:なでしこ、予想を覆す快進撃と、決勝での4つの敗因~15年女子W杯決勝・対アメリカ

      【ワールドカップ・2大会連続ファイナリストの偉業!】


 2015年、カナダで行われた女子ワールドカップで、“なでしこ”女子日本代表チームは、準優勝を果たした。決勝戦ではアメリカ相手に痛烈な完敗を喫したが、それで、なでしこのそれまでの大健闘が消えてなくなるワケではない。今大会の決勝進出により2大会続けてワールドカップのファイナリストになった事は、本当に素晴らしい。それは、日本のスポーツ史に残る偉業であり、今後の世代にとっては巨大な壁になるだろう。


 11年の前回同様、今大会も、なでしこは優勝候補にあがるチームではなかった。世界の目で見れば、ドイツが圧倒的な優勝候補であり、その対抗としてアメリカとフランスが上げられていた。

 一方で日本は世界ランク4位ながら、それら以外の有力候補の中でも目立つ存在ではなかった。日本が決勝に残ると予想した海外のジャーナリストは、ほとんど居なかったハズだ。日本の佐々木監督自身も大会前には、厳しい結果になる事を覚悟したコメントを残していた。日本のサッカーファンの多くも、今回のなでしこはベスト8で及第点、準決勝進出で100点満点という見方をしていたのではないか。だが、フタを開けてみれば、アメリカと共に、決勝進出チーム、ファイナリストになったのだった。

 確かに、上記の最強3カ国とファイナルまで当たらないドロー、組み合わせの運にも恵まれた。だが、日本が準決勝で破ったイングランドは3位決定戦で、優勝の最有力候補だったドイツを倒しており、日本が決して楽な勝ち上がりではなかった事を示してくれた。



          【誰も予想しなかった快進撃の要因】


 なでしこ大躍進のポイントは、まず“変化”である。世界各国からパスサッカーを研究された日本は近年、国際舞台でライバル国に敗れ続けていた。そこでW杯前にロングフィードの攻撃戦術を取り入れ、縦に長いパスを出して決定機を作り出す練習を続けてきた。それがワールドカップという最大の舞台でみごとに花開き、が今大会の決勝行きの戦略的な原動力となった。

 結束力が強まった事も大きい。W杯初戦でMF安藤が負傷離脱した事により、ただでさえ絆の強いなでしこが更に1つになった。1ヵ月後、退院した彼女をバンクーバーでの決勝戦に招待するという事がチームの強力なモチベーションとなり、実際なでしこはそれを実現できた。まさにケガの功名である。決勝前にアメリカの主将、ワンバックも会見で「日本はとても、とても組織だったチームで油断は出来ない」と語ったよう、チーム全員が何よりもチームの勝利を優先した献身的な態度を共有していた。



   【開始早々の連続失点、サイアクの事態を想定していなかった甘さ】


 しかし、なでしこは決勝戦でアメリカに完敗した。それも惨敗に近い痛ましい敗戦、はやい話、コテンパンにやられてしまったのだ。 

 第一の根本的な敗因は、慢心である。日本チームに慢心はなかったのか。超攻撃的スタイルのアメリカが相手となると、試合開始直後から猛攻が来るのが予想され、当然、日本はそれを充分に警戒していたハズだ。


       だが、

       つまり開始10分以内に失点するという事、もっと言えば

      連続失点する事を果たして充分に覚悟できていたのだろうか。

      それはサッカーというスポーツにおける“サイアクの事態”だが

    アメリカのような最強の敵相手にはゲーム・プランにふくめねばならない。


 サッカーに限らず、日本人は大事においてもワーストケース・シナリオを無視してプランを立てる悪い習性がある。決勝戦を前に、なでしこメンバーとスタッフ全員がサイアクの事態を想定し、その意識を充分に共有していたとは思えない。なぜなら、決勝戦、開始5分で2失点した後、日本チームは大いに動揺してしまったからだ。

 前回大会ではアメリカを破っている、猛攻を受けても前回のように何とかしのげるだろう。そういう慢心があったからこそ、早々の失点に取り乱してしまったのではないか。

 決勝戦の前日、佐々木監督は「隠すものは何もない」と練習の全てをマスコミに公開し、キャプテン宮間は会見で「負けるイメージがない」と豪語した。

 日本チームは、メンタル面で試合の入り方から間違っていたのではないのだろうか。



       【メンタル崩れが引き起こした致命的な2失点】


 第二の敗因は、メンタルの弱さにある。慢心が崩れた時、人は動揺し焦り始め、メンタルが崩れる。アメリカの猛攻で決壊した日本DF陣はまさにそれを体現していた。実際、アメリカの1、2点目は確かな実力で取られた必然的な失点だったが、続く3失点はいずれも日本のミスが引き起こしたものだった。


 3点目はDFの岩清水がペナルティエリア内でクリアミスしたハイボールを一発ボレーで決められた。まもなく失った4点目は、GK海堀がゴールエリアを越えて前に出すぎていた事によって決まったセンターサークルからの超ロングシュートだった。早々に2点を失った事で、岩清水にはもう1点もやれないという思い、海堀には早く点を取らねばという思いがあったハズだ。

 もし、メンバー全員が、早々に失点するというサイアクの事態を覚悟していれば、アメリカの序盤の猛攻にも冷静に対処できていたハズだ。想定外の事態に焦った日本のスキ、そのメンタルの弱さをアメリカはみごとに突いたと言える。

 2014年、男子のブラジルW杯での準決勝でも、ブラジルは今大会のなでしこと同じような惨敗を喫した。ドイツ相手に早々に連続失点して焦り、前がかりになったスキを突かれてさらに失点した結果、大敗することになった。

 ブラジルのサッカー史上に残るこの大惨事もまた、試合開始早々に連続失点するというサイアクの事態を想定していなかったことによる甘さ、そんなことは起こるハズがないと思い込む慢心からくるものだった。


 

      【早く取り返したいという焦りが招いた選手交代ミス】


 第三の敗因は監督とスタッフも動揺した点にある。4点を失った後、前半30分過ぎに澤を岩清水に替えて投入したのは正解だった。精神的支柱になりうるカリスマの存在はまちがいなく必要だった。遅いという見方もできるが、前半4失点以降の日本はみごとに建て直し、澤投入の前に、大儀見のみごとなゴールで1点を奪い返していた。

 だが、次の菅澤の交代が余計だった。日本の反撃の原動力となったのは川澄であり、アメリカは彼女の右サイドからのドリブル突破に手を焼いていた。大儀見の逆襲ゴールも彼女の中央突破からのクロスで生まれた。

 だがその川澄が菅澤と交代させられたのだ。佐々木監督はおそらく、早く得点したいと焦るあまり、パワープレーのできる菅澤の方が速攻に役立つと判断したのだろう。

 だが、体格で大きく勝るアメリカ相手に速攻戦術を仕掛けるのは無謀以外の何ものでもない。

 元なでしこの丸山選手も前日のTV出演で語っていたが、アメリカに有効なのは小柄なドリブラーであり、川澄、大野、岩淵を主体にして攻めていた方がよっぽど効果的だったハズだ。菅澤を投入して以降、前半の日本の猛攻は止まってしまった。



     【キーパーミスによる痛い失点/先発させるべきだった澤】

 

 第四の敗因は、メンバーを固定しすぎた点にある。TVのスポーツニュースではほとんど取り上げられていなかったが、。日本が後半の序盤で2点目を取り、2点差に迫った直後、ようやく勝負ができるスコアになった時だっただけにダメージは計り知れないものとなった。


 その最たる原因は4失点目同様、GKの海堀のミスであり、CKからのロングボールをパンチングし損ね、流れたボールをつながれて失点となった。目の前に敵選手に入られたとはいえ、飛び出したキーパーがパンチングも出来ないのは致命的なミスである。海堀はスーパーセーブがある反面、凡ミスも多い。

 R16ではオランダ相手に目の前に落ちた弱いシュートを後ろにそらして失点している。おそらく、それはW杯今大会における最大の珍プレーだろう。GKが明白な失点ミスをすれば、次の試合では先発を外されるのがサッカー界の常識だが、日本はそうしなかった。

      そして、アメリカとの決勝戦では澤を先発起用すべきだった。

       これは結果論ではない。開始早々に失点するということ。

  そのサイアクの事態を想定していなかった慢心が招いた戦略的なミスだと言える。


 もしその危機感が充分にあれば、経験豊富なカリスマ、澤を先発起用し、サイアクの事態に備えていただろう。確かに勝ち続けているチームの先発メンバーを決勝で変えるのはサッカーの戦術セオリーから外れる事だ。しかし、「アメリカは他と別格のチームだ」という危機感があれば変えられたハズだ。

 澤がいればサイアクの事態で動揺したチームを落ち着かせ、先頭で全員を引っ張っていけた可能性は高い。

 実際、4点を失って、前半30分に澤が入って以降、日本はアメリカに1点しか奪われていない。しかもそれは先に書いたよう、GK海堀個人のミスによる失点だった。そして、澤はその前にFKでの競り合いによってオウンゴールを引き出しているのだ。彼女が入って以降のスコアは実にである。

 今も澤がいかに偉大な選手であるのか、特にアメリカ相手に大きな力を発揮しうる選手であるのか、そういう認識が監督とスタッフに大きく欠けていたと言える。



          【史上最強の強さだったチームUSA】


 ここまで、なでしこの敗因を探ってきた。だが、前回あげた全ての敗因を取り除いたとしても、果たして日本は勝てていたのだろうか。もしかすれば、最善をつくしていても屈辱的な完敗をさけられはしなかったのではないか。そんな疑問が浮かぶほど、アメリカは強かったというのも事実である。

 いつもカワイイ、FWアレックス・モーガンでさえこの試合では憎らしく見えるほど驚異的な強さだった。

 過去5年、なでしことアメリカは国際舞台での決勝戦を3度行った。そして、その中で今回のアメリカが圧倒的に最も強力なチームUSAであった。

 特に素晴らしかったのは、ロイドである。監督でさえ彼女を常々、ロイドをBEAST(野獣)と呼んでいて、試合後は、この優勝でロイドは本物の野獣になったとも口にした。ロイドはまさに野獣となって芝の上を走り回り、アメリカを優勝に導いたのだ。そして、彼女のハットトリックは男女のW杯史上、決勝戦では最も速く達成したものであり、おそらくこの記録は、今後も永遠に破られる事はないだろう。

 


   【決勝進出、最大の牽引力は女子サッカーブーム消滅への危機感】


 準優勝に終わった、なでしこにはある“熱い思い”があった。それは決勝を前にキャプテン宮間が口にした、日本の女子サッカー界全体に対する危機感である。彼女には今回のW杯に当たってある秘めた願いがあった。それは、近年の日本女子サッカー界の人気低迷を受け、再びW杯で優勝する事で、なでしこ熱を再燃させたいという思いだ。


     「なでしこブームではなく、女子サッカーを日本の文化にしたい」

 

 宮間が会見で語ったこの言葉は、日本女子サッカー界で長く語り継がれるべき名言になってもおかしくない。ブームではなく文化に。これは今年の『流行語大賞』に選ばれてもいいだろう。

 15年、7月7日号の朝日新聞一面には、宮間が所属チームから受け取る高額年俸を他の選手に分けたいと申し出ているという記事が掲載されていた。今回の日本代表23人中、5人は仕事とかけもちでサッカーを続けていて、大会MVP候補にもなった有吉もその1人だ。おそらく現役選手の中で、宮間以上に日本の女子サッカー界全体の事を考え、そして行動にうつしている者はいないだろう。

 そして、そのキャプテンの熱い思いは、チームなでしこ全員のこころにも浸透していたハズだ。何よりもこの危機感があったからこそ結束力を高められ、試合ごとに新たな得点者が出てくる“日替わりヒロイン”という事態が起こったのではないか。


 アメリカに完敗した決勝でも、なでしこは日本女子サッカーのプライドを十二分に残している。後半だけに限ればアメリカよりも3つ多いシュート9本を放ち、ボール支配率でも上回った。後半は明らかに、なでしこ優勢であり、彼女たちは最後まであきらめない精神力とすばらしい攻撃力を存分に見せてくれたのだ。<2015/7/14>■

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